堀 裕嗣 の辛口時評 HOLY’s Bar 一杯分だけ、話そうか。#25 学校の「伝統」は誰のものか?~ハロウィンと合唱コンクール

教育界随一の論客、堀 裕嗣先生による連載第25回。教育というジャンルに留まらず、広い社会的視野、歴史的射程に基づいた縦横無尽な論考をお届けします。毎回最後のコラムでは、教育界有数の酒豪でもある筆者の「今、推しのお酒」も紹介します。
執筆/堀 裕嗣(北海道公立中学校教諭)
目次
1.誰もが納得する「伝統」
私は「ハロウィン」が嫌いだ。
いや、「嫌い」というほど激しい感情は持ち合わせていないかもしれない。「興味がない」という言い方の方が近い。
ついでに言うと、6月の札幌を彩る「YOSAKOIソーラン祭り」なら、間違いなく嫌いである。私が25歳のときに突如始まった。こっちは夜に原稿を書いたり研究会で議論したりしようとしているのに、よさこいの連中ときたら街中を我が物で歩き回り、大音量で音楽をかけまくる。うるさくてしょうがない。しかし、「YOSAKOIソーラン祭り」をやめて欲しいかと言えば、そこまでではない。まあ、ある程度長く続けてきたことだし、それを目当ての観光客も決して少なくない。受け持つ子どもたちの中には毎年の楽しみとしている子もいるし、大会に参加している子もいる。そうした楽しみを奪いたいとまでは思わない。
一方、最近は夏の風物詩の一つ、盆踊り大会の中止や縮小が目立つ。私の住んでいる町内会ではまだそれなりに続いているが、私の住む地域でも幾つかの町内会が合同で開催していた大規模な盆踊り大会はコロナを機に潰えた。かつて飼い犬が生きていた頃、毎年散歩がてら、犬と一緒にその盆踊り大会に赴いていた私にとっては、この盆踊り大会の中止は至極寂しい。犬と一緒に食べた焼鳥はもちろん、なぜだか盆踊りで飲むビールやワンカップは高級酒にも負けない味がする。祭りとはそういうものなのだろうと思う。
自己分析するに、私にとって盆踊りは昔からの伝統であり、遺さなくてはならないもの。「YOSAKOIソーラン」は伝統とまでは言えないものの、まあそこそこ長くやっているからそれなりに認めよう。「ハロウィン」はなんだかわからない新進のものだからまったく興味が持てない。そういうことになる。
バレンタインデーにチョコのやりとりをするのに疑問は抱かないが、節分の恵方巻には大きな違和感を持つのと同じことだ。
そしてそこには、当然のことながら、一つの問いが立ち上がってくる。
いったい、「伝統」ってやつは、何年続けば誰もが「伝統」と納得するほどの「伝統」となるのか。
そういう問いである。
2.「昔から」の正体
少し調べてみる。
まずは、私がまったく興味を持てない「ハロウィン」である。
もちろん、ハロウィンそのものの歴史は長い。古代ケルトの祭りに起源をもつとされ、ヨーロッパからアメリカへと渡り、現在のような仮装や「トリック・オア・トリート」の文化へと姿を変えてきた。しかし、私が興味を持てないのは、そうした欧米のハロウィンではない。日本でカボチャを飾り、子どもたちがお菓子をもらい、若者たちが仮装する、あの「日本のハロウィン」である。
日本では1970年代、東京・原宿のキディランドがハロウィン関連商品の販売に力を入れ始めた。1983年には同店が原宿・表参道でハロウィン・パレードを開催している。参加者は約100人。当時はまだハロウィンそのものがほとんど知られておらず、参加者には外国人が多かったと言う。
1983年と言えば、私は高校生である。つまり、私が子どものころ、日本に現在のようなハロウィンはなかった。少なくとも北海道で暮らす私の日常生活には影も形もなかった。カボチャと言えば煮物であり、10月31日はただの10月31日だった。北海道では早ければ初雪が降る日というイメージである。
ところが考えてみれば、私が何の疑問もなく受け入れているバレンタインデーだって似たようなものである。日本でバレンタインデーにチョコレートを売る試みにはいくつかの起源説があるが、1958年にはメリーチョコレートが東京の百貨店でバレンタインセールを行っている。同社の沿革にも、この年に「東京の百貨店で初めてのバレンタインセール実施」と記録されている。その後、1960年代には複数の菓子メーカーが販売促進に乗り出し、1970年代には若い女性が男性にチョコレートを贈るという日本独特の習慣が広がっていった。
こちらは私が生まれる前から始まっている。
私が物心ついたころには、既にバレンタインデーはあった。小学生になれば、2月14日に誰が誰からチョコレートをもらったとか、何個もらったとか、そんなことが子どもたちの間で話題になった。だから私は、バレンタインデーを「外国から入ってきた新しい風習」とは感じていない。物心ついたときからそこにあったからである。
しかしここが、どうも怪しい。
ハロウィンとバレンタインデーの間には、私が感じているほど巨大な歴史の断絶があるわけではない。日本社会に広く定着していった時期には違いがあるものの、どちらも外国由来の行事を日本人が取り込み、日本独自の形に変形させたものだという点ではよく似ている。それなのに、私の中では片方が「当たり前」で、もう片方が「なんだかわからない新進のもの」なのである。要するに、私は歴史を見て「伝統か否か」を判断しているわけではない。自分が生まれたとき、あるいは物心がついたときに、既にそこにあったかどうか、どうやら、そのことが大きいようだ。
そうなると、ハロウィンに対する見え方も少し変わってくる。
いま10歳の子どもは2016年前後に生まれている。その子が物心ついたころには、10月になれば街にオレンジ色のカボチャが並び、スーパーにはハロウィン仕様のお菓子が置かれ、保育園や幼稚園では仮装をすることも珍しくなかっただろう。彼らにとって、ハロウィンは後からやってきた奇妙な外国文化ではない。生まれたときから、そこにある。だとすれば、その子が60歳になった2076年、ハロウィンは日本で少なくとも半世紀以上にわたって繰り返されてきた行事になっているわけだ。
そのとき彼らは、ハロウィンを何と呼ぶのだろう。少なくとも、「最近入ってきた新しい風習」とは呼ばないだろう。
どうやら「伝統」というものは、カレンダーで測れるほど単純なものではないらしい。百年続けば伝統、五十年なら準伝統、三十年なら新参者……という具合にはいかない。私たちは、その文化が何年前に始まったかではなく、自分の人生のどこにその文化が現れたのかによってその古さを感じているのではないか。
「昔からある」という言葉の「昔」とは、歴史上の昔ではない。
案外、「私がまだいなかったころ」という意味なのかもしれない。
