平川理恵✕のもきょう(野本響子)教育談義レポート#1~「不登校」になってしまうまで、別の学び方は選べないの?

目次
はじめに
近年、不登校児童生徒数が増え続ける中、「学校に行く/行かない」の二択以外に、子どもたちが学び続けるための選択肢は増えてきています。不登校支援の考え方も、「学校に戻ること」だけを目標にするのではなく、一人ひとりの学びを保障する方向へと変わりつつあります。
けれど、ここで一つ疑問が浮かびます。
授業についていけない。友達関係がうまくいっていない。子どもと学校との間にズレが生まれた時、学校に行けなくなるほど苦しくなってしまう前に、学校にできることはないのでしょうか?
10年以上にわたり教育について語り合ってきた元広島県教育長の平川理恵さんと文筆家・編集者の野本響子さんが、不登校42万人時代の学校現場の今を語ります。
本記事は、2026年9月15日にVoicyで生配信された2本の「教育談義」(全3時間!)を、ギュッと濃縮してお届けするものです。音声でじっくり聞きたい方は、こちらからアーカイブをお聞きいただけます。▶ 教育談義・前半 ▶ 教育談義・後半
平川理恵 前広島県教育長。広島では年間予算1580億円、2万6000人の教職員のマネジメントを行う。
野本響子 文筆家・編集者。マレーシアでの子育てを経験し、海外の教育現場を取材。
不登校という「経路」
野本 平川さんと最初に教育の話をしたのは、今から10年以上前、平川さんが横浜の中学校の校長先生だった頃です。当時から不登校は問題になっていて、平川さんが作った校内フリースクールを見学させてもらいました。
平川 当時から、学校には教室に入ることが難しい子どもたちがいました。そこで校内につくったのが、今でいう「校内教育支援センター(校内フリースクール)」です。
子どもたちに「この部屋を何という名前にしようか?」と聞いたら、「何の部屋なのかわからない、暗号みたいな名前がいい」と言ったんです。そこで生まれたのが、「SSR」。Special Support Room――スペシャルサポートルームの頭文字です。
「特別支援学級」のように、名前を見ただけで誰が行く場所なのかがわかってしまうのはイヤだ……。そんな子どもたちの感性をもとに、「SSR」と名付けました。この「SSR」という呼称はその後、全国へ広がっていきました。また、「不登校の子のための場所」というラベルがあることで、かえってその場所を選びにくくなる子もいます。そこへ行くことが、「自分は“不登校の子”なんだ」と認めることになってしまうからです。私が校長だった頃、SSRは不登校の子だけの場所にはしませんでした。教室にいるのがちょっとしんどい、今日は一人で過ごしたい、少し気持ちを整えてから教室に戻りたい――そんな時にも使える、誰にでも開かれた場所にしたのです。
野本 一般的な学び方が、自分には合わない……。これを大人の「働く」に置き換えて考えてみると、どうでしょう。「あなたは一般的な働き方が合わないので、『特別支援株式会社』に行ってください」と言われて嬉しい人はいないと思います。
不登校がこれだけ増えている今、一般的な学び方が合わないことを、合わない側の子どもの問題としてだけ捉え続けていいのでしょうか。むしろ今、問い直すべきなのは、学校側の「あたりまえ」なのかもしれません。
公教育では、あたりまえのこととして、一斉指導が行われています。その学び方が合わなくても、不登校になるほど苦しくなって、ようやく「別の選択肢もあるかもしれない」という発想に至る。反対に言えばそこまでいかないと、他の学び方の選択肢を考えるスタートラインに立てない。これって、苦しすぎませんか?
平川 一般的な学び方以外を選択したければ、一度不登校という「経路」を経験せざるをえない。これは構造的な問題です。
国の理念は変わった。では、教育現場の「今」はどうなのか?
野本 文部科学省の資料や学習指導要領を読むと、「主体的な学び」、つまり生徒中心の学びへと、ずいぶん変わってきているように見えるんです。
平川 文部科学省が目指している方向はよくわかりますし、現場の先生方も本当に毎日、精一杯、教育に取り組んでいらっしゃいます。そのうえで、「では、実際の現場はどうなっているのか」を、しっかり見つめていく必要がありますよね。文科省は今、「実装する」ということを強調しています。
どんなにいい理念や制度も、実際の学校現場に届き、そこで使えるものでなければ意味を持ちません。掲げられた理念が、現場で本当に機能しているのか。そこを一つひとつ検証していく必要があると思うんです。
野本 私自身、最初は「日本の教育は、ずいぶん変わってきている」と思っていました。でも、これだけ多くの不登校の子がいるという事実がある。学校現場では、何が起きているのか? が、わからなくなってきたんです。
平川 そこは、先生や保護者、教育に関わっている人たちに「教育現場は、変わってきていますか?」と聞いてみないとわからないですよね。一人ひとりの話は、その人個人の体験です。でも、その声を一つひとつ聞いていくことで、「教育現場の今」が見えてくると思うんです。
もちろん、立場によって見えている景色も違うでしょうし、いろいろな人たちの話を聞いていきたい。どの現場が優れているという話ではなくて、少しでも子どもたちにとっていい教育になる方向に進んでいけばいいんです。
「いい教育」は、一つなのか?
野本 もう一つ思うのは、学校に求められていることの幅が、あまりにも広いということです。「もっと自由にやってください」と言う保護者がいる一方で、「教科書をしっかりやってください」と言う人もいる。「宿題を出してください」と言う人もいれば、「出さないでください」と言う人もいる。
先生方は、これだけ異なる期待を一つの教室の中で引き受けざるを得ないのが現状です。自分が先生だったら、「いったい、どこに合わせればいいんだろう」と困ってしまうと思うんです。そもそも、一人の先生が、一つの教室の中で、すべての家庭のニーズに応えることは可能なのでしょうか?
平川 そう考えると、やっぱり教育にもいくつかの選択肢があっていいと思うんです。海外に目を向けると、教育の「チョイス(選択肢)」が豊富な国もあります。実は私と野本さんは、ともに子どもにマレーシアの教育を受けさせた「ママ友」でもありますよね。
野本 ただ選択肢を増やせば、それで解決するわけでもないと思うんです。選択肢があっても、子ども自身が「自分がどうしたいのか」がわからなければ、選ぶことはできません。選ぶためには、主体性が必要です。
ここで一つ、「教育哲学」という考え方を紹介したいんです。私が海外の大学院で教育学を学んだ時、最初に問われたのが、「あなたは、どんな教育観を持っていますか?」ということでした。
教育には「これが正解」という一つの形があるわけではないことに、そこで初めて気づきました。例えば、前述の「宿題を出してほしい/出してほしくない」「もっと自由に/もっと教えてほしい」という話にも、それぞれの教育観が表れてきます。
これは「教育について意見が対立している」のではなく、実はその前に、自分は何を「いい教育」だと考えているのか? という問いが一つ抜けたまま、みんなで「宿題はいる/いらない」「自由に/もっと教えて」と話しているのではないかと私は感じているのです。
そもそも、「いい教育」とは何なのでしょうか。
第2回では、野本さんの知見を手がかりに、この問いをもう一段掘り下げます。
(文/楢戸ひかる)
平川理恵(ひらかわ・りえ)
京都市生まれ。(株)リクルートに入社。企業派遣により1998年、南カリフォルニア大学経営学修士(MBA)取得。1999年、留学仲介会社を起業し、10年間黒字経営を果たす。2010年、全国で女性初の公立中学校民間人校長として横浜市立中学校長に就任。2018年より広島県教育委員会教育長。年間予算1580億円、2万6000人の教職員のマネジメントを行う。その間、文部科学省等の政府審議会委員なども務める。2024年8月、株式会社アカデミア・ネクサスを設立。
野本響子(のもと・きょうこ)
文筆家・編集者・大学院生。パソコン雑誌・カメラ雑誌編集者を経て、マレーシアに11年滞在し、現地教育機関を取材。著書に『子どもが教育を選ぶ時代へ』(集英社)、『東南アジア式「まぁいっか」で楽に生きる本』(文藝春秋)など。
楢戸ひかる(ならと・ひかる)
ライター。教育・お金をテーマに取材・執筆。近年は、不登校の子どもたちの学びの場やギフテッド教育を継続的に取材し、多様な学びの選択肢を探究している。Webサイト「主婦er」運営。著書に『ギフテッド応援ブック』『不登校だから、輝ける!』(ともに小学館)など。
単行本『不登校だから、輝ける! 花まるエレメンタリースクールの挑戦』が発売中です。
学び方の選択肢を、どのように作っていくのか。そんな問いを、実際の教育現場から考えたのが『不登校だから、輝ける! 花まるエレメンタリースクールの挑戦』です。不登校を経験した子どもたちが、新しい学びの場でどう変わっていくのかを追いました。

