47都道府県縦断!全国オリジナル地域教材でつくる「本気!」の道徳授業#33 いつの世までも~みんさー織に思いをのせて

全国各地の「ひと・もの・こと」を教材化し、子どもたちの感情、思考、価値観を大きく揺さぶる道徳授業をつくる。さらにそれらを集めてアーカイブ化しようという野望に満ちたリレー連載。原則として毎週公開します。今回の執筆者は、沖縄県竹富町の次呂久あや先生です。
編集委員/藤原友和(北海道函館市立鍛神小学校教諭)
執筆/次呂久あや(沖縄県竹富町立小浜小学校教諭)
目次
はじめに
みなさん、こんにちは。
沖縄県の小学校に勤務しております、次呂久あやです。
生まれも育ちも沖縄県石垣島。現在の勤務地は、父のルーツでもあり、ちゅらさんの島で有名になった竹富町小浜島です。子どもの頃から、島の自然や文化、伝統行事に触れてきました。何も考えることなく、何気なく。沖縄ブームに火が付き、今では沖縄の小さな離島にも多くの人が観光に訪れています。島で育った私にとっては当たり前のものばかりで、何が魅力なのか正直分からない部分もありました。しかし大学進学で島を離れ、自然も文化も伝統もまるで違う街での生活を経験することで、初めて生まれ育った島を俯瞰して見ることができました。
石垣島出身アーティストBEGINが歌う「島人の宝」では、当たり前のように通りすぎてきた島の景色・ただそこにある、名前を聞かれてもわからない、言葉の意味さえわからないものを「宝」と表現しています。島のあちこちに転がっている宝物を一つひとつ集め、子ども達と共有したい。教師という立場になり、その思いが強くなりました。当たり前を当たり前で終わらせたくない。「どうして今も続いているの?」「どうして祈るの?」どうして?の奥にある、島の自然や文化・地域行事・ひと・想いを、子どもたちと一緒に知り考える、そんな学びをつくりたい。でも、何からはじめたらいいんだよ、どうすれば一歩進めるんだよと、ひとり悩んできました。
そんな時、島から遠く離れた北海道・東北の地で、地域をまんなかに置いた授業、学びづくりをしている人達がいることを知りました。実際に函館での学習会に参加し、私のわくわくは確かな思いに変わりました。島の子ども達に必要なのはこれだ!と。島の魅力や課題に向き合う力を持った財を通し、人としてどう生きたいかを考えることで、目の前の子ども達の意識を本気で変えていきたいと思っています。地域教材の持つ価値を見つけ、磨く。先人から受け継がれてきた島の価値を掘り出し、当たり前を疑い、未来を考えつなぐ授業こそが、島に生きる子ども達の糧となると思っています。
今回の題材とした「みんさー織」は、素材が木綿、組織が平織、生産地が石垣市と竹富町の織物です。地域行事や踊りには欠かせない存在で、帯のことは知らなくとも石垣島では至る所で見かける柄です。子ども達にとっては、よく見かける柄という程度の認識で、「みんさー織」と言われてもぴんとこないというのが実際のところです。
私の学級では、小浜島の伝統行事の画像を導入に取り入れ、自分ごととして考えられるようにしました。また、みんさー工芸館への取材をもとに作成した資料を活用しながら、授業を進めました。
1 教材の背景(みんさー織との出会い)
現在は色鮮やかな糸で織られるみんさー織ですが、もともとは藍色一色の「ミンサーフ」という帯で、女性から男性への贈り物でした。近年まで竹富島で織られていたものが八重山ミンサーの原型といわれています。そのミンサーフを藍色一色から、赤、黄、オレンジといった明るい色の帯へ、さらに帯だけではなくポーチや財布などの小物やシャツなどの商品開発に挑んだのが、みんさー織に人生をかけた新絹枝(あら・きぬえ)さんです。絹枝さんはみんさー織と出会い、みんさー織の世界を広げようと挑み続けました。絹枝さんの夫である新 哲次さんも、八重山ミンサーを伝統工芸品へと認定してもらうために尽力し、夫婦二人三脚でみんさー織のために動き続けました。
4年生を担任した年、地域の伝統工芸品としてのみんさー織について知ろうと、みんさー工芸館(株式会社あざみ屋)を取材しました。そこで初めてみんさー織に携わった新絹枝さんの存在を知りました。絹枝さんの歩んだ道を辿ることで、どうしてこの織物に人生をかけようと思ったのか子ども達と一緒に考えてみたいと強く思いました。絹枝さんの姿を通して、みんさー織について理解を深めるだけでなく、見ようとしないと見えない「人の思い」に触れ、これまで目にも留めなかった島の景色や文化が、実は自分にとって大切なものなのかもしれないと考えるきっかけとなってほしいと考え、この授業をつくりました。
