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堀 裕嗣✕宇野弘恵 キャッチボール連載独自開発教材でつくる 渾身の「三つ星道徳授業」#7 「それでもなお人生は続く」 by 宇野弘恵

連載
堀裕嗣&北海道アベンジャーズの シンクロ道徳の現在形
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北海道公立中学校教諭

堀 裕嗣

北海道公立小学校教諭

宇野弘恵
連載「渾身の三つ星道徳授業」バナー

魅力的なオリジナル教材を続々と開発し、最先端の道徳授業実践を蓄積し続け る堀先生と宇野先生が交互にそれぞれの自信作を公開。さらには相手の教材開発と授業づくりについて解説し合う連載です。イメージしながら読むだけで感情と思考が大きく揺さぶられる傑作揃いです。

執筆/宇野弘恵(北海道公立小学校教諭)・解説/堀 裕嗣(北海道公立中学校教諭)

1 授業の実際

『それでもなお人生は続く』
D/主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること【よりよく生きる喜び】
対象学年/小学校高学年以上

① 畠中さんと出会う

映像は映さずに、畠中秀幸さんが演奏するフルートの音楽だけを流します。

https://youtu.be/WRc4yT0ig4Q?t=15
『アヴェ・マリア/カッチーニ』

視覚情報がない分、子どもたちは自然と音そのものに耳を傾けます。音楽を止めた後、

「何の音が聞こえましたか」

と尋ねます。

フルート
ピアノも聞こえた
きれいな音だった

などの反応が返ってきます。

ここで、ピアノはどのように音を出す楽器かを簡単に確認します。ピアノは比較的身近な楽器なので、鍵盤を押すと中の弦をハンマーがたたいて音が鳴るということはよく知られています。

続いて、

「では、フルートはどうやって音を出すのでしょう」

と訊きます。大部分の子はフルートを実際に見たことがないので、フルートの写真提示が必要です。そして、リッププレートに息を吹き込み左右の指でたくさんのキイを押さえながら演奏することを説明します。「フルート=シルバー」というイメージが一般的ですが、フルートにはゴールドやピンクなどの色もあること、金属製ではなく木製のものもあることを画像とともに示しておきます。この後視聴する動画では木製フルートが使われているため、学習者に余計な疑問を抱かせないための配慮です。

また、フルートは横向きに構え息を吹き込んで演奏する木管楽器です。左右の指で多くのキイを組み合わせて押さえながら音を変えていきます。一つの音を出すだけでも複数の指を同時に動かすことが多く、繊細な操作が求められる楽器です。今後の展開につなげるため、子どもたちには「思った以上に複雑そうだな」ということを印象付けておきます。

その後、冒頭で扱った畠中さんの演奏を、画像付きで視聴し、感想を交流します。

https://youtu.be/WRc4yT0ig4Q?t=15
『アヴェ・マリア/カッチーニ』

難しそう
音がとてもきれいだった
美しい演奏だった
気持ちがこもっていた

という感想の他、

意外と手は動いていない

と感じる子もいます。ここでは深追いせず、感想を交流する程度に留めます。

続いて、フルートを演奏していた畠中秀幸さんを紹介します。

写真1 畠中秀幸さん

畠中さんは、9歳でフルートを始めました。その後本格的に練習を始めるとめきめきと上達し、北海道のコンクールで中学校三年間連続優勝、高校では初めてのリサイタルを開催します。それほどフルートにのめり込んでいたのでしょうね。

その後、大学に進みますが、どんな大学に入ったと思いますか? みなさんはきっと音楽大学に進んだと思いましたよね? ところが、音大には進まず、工学部に進んだのです。畠中さんは京都大学で建築を学びながら交響楽団で音楽を続けました。大学院のときには個人リサイタルを開いたり、吹奏楽団を結成し指揮者としても活躍したりしました。

卒業後は札幌の建築事務所に就職しました。あの大和ハウス プレミストドーム(旧・札幌ドーム)の設計にも携わったそうです。その後独立し設計事務所を経営しながら音楽家としても活動の場を広げていきます。高校の吹奏楽部に指導に行ったり指揮棒を振ったり、イベント企画や舞台演出を手掛けるなど多方面で活躍します。

こうして畠中さんは、建築家としても音楽家としても充実した日々を送っていました。

ところが、そんな畠中さんの人生を大きく変える出来事が起こります

2011年5月、演奏会のリハーサルで指揮をしている最中に脳出血で倒れてしまったのです。大勢の目の前で倒れたのですぐに救急車が呼ばれ、15分後には治療が始まりました。迅速な処置によって一命は取り留めたものの、右半身には重い麻痺が残りました。

 喪失の大きさを捉える

畠中さんの生活にどんな変化があったでしょうか。想像してみましょう。

歩けなくなる
ご飯を食べるのも大変
着替えも大変そう
歯みがきとか、顔を洗うとかも難しいのでは
字が書けない
仕事ができなくなる

など、それまでの生活が一変してしまったことは想像に難くありません。このときのことを、畠中さんは次のように話しています。

歩く、ベッドに横になる、ご飯を食べる、服を着るという日常のことはもちろん、

今まで当たり前にできていた「しゃべる」とか「右手でものを持つ」などといった、無意識に行っていたこともできなくなりました。

この先、つらく長いリハビリも待っています。右手が使えなければ建築家としてどうやっていけばいいのだろうと、将来への不安も募りました。

「今まで当たり前にできていたことが、一つひとつできなくなる」ということを丁寧に押さえます。歩くこと、服を着ること、食事をすること、話すこと、物を持つこと。私たちは普段、意識することなく行っています。しかし、その「当たり前」が突然失われた哀しみや悔しさ、不安、怒り。さらに、建築家である畠中さんにとって、利き手である右手が使えなくなることは、仕事や将来そのものを失うことにもつながるかもしれません。「かわいそう」「大変」という上っ面の同情ではなく、自分の生活を想起しながら考えます。

右半身が思うように動かず、建築家としても音楽家としても、それまでの生活を続けることが難しくなった畠中さん。しかし、リハビリを続ける中で、さらに大きな苦しみに直面します。

「変な人が入ってきた感覚」

これまで右手で当たり前にできていたことができない。左手ではできるのに、右手ではできない。図面を描こうとしても、右手は思うように動かない。左手で描けば描くほど、「右手ではもうできない」という事実を突きつけられることになります。

それまで当たり前だった自分と今の自分との違いを受け入れられず、畠中さんは心も不安定になっていきました。適応障害と診断され、「自分はもう何もできないのか」という思いになりました。

「自分はもう何もできないのか」

そう思ったときに、浮かんできたのがフルートでした。

「フルートを吹きたい」
「もう吹けないと思えば思うほど、心が求める」
「もう一度、フルートが吹きたい」

これらの言葉を一つずつ静かに提示します。

 支えとなったものを考える

畠中さんは、もう一度フルートを吹くために挑戦を始めます。まずは左手だけで演奏できないか試しました。しかし、それだけでは限界がありました。

冒頭で紹介した通り、フルートは左右の指で多くのキイを組み合わせて押さえながら音を変えていく楽器です。左手だけだとレ、ミ、ファなど、一部の音しか出すことができず、演奏できる曲は限られてしまいます。

「確かに左手だけでもフルートの音は出せるけど、それは自分が吹きたい曲ではない。自分が心から求めているのは、本当に自分が好きな曲を演奏することだ」

そこで畠中さんは、14歳からフルートの調整をお願いしていた北海道長沼町の山田和幸さんを尋ねます。

写真2 山田和幸さん

山田和幸さんは、木材を削り出してフルートやピッコロを製作する国内でも数少ない職人です。山田さんの作るフルートやピッコロを求めてたくさんの演奏家がこの工房にやってきます。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏家をはじめ、多くの演奏家から山田さんの楽器は高く評価されています。

山田さんは、畠中さんの「もう一度、本当に吹きたい曲を演奏できるようにしたい」という思いを受け止め、すぐに製作に取り掛かりました。試行錯誤の末、右手で押さえるキイを左手側へ移動させるという大きな改良をフルートに施し、左手だけでもすべての音が出せる世界で一つだけのフルートを完成させます。普通は依頼から3年はかかるところ、たった半年でできあがりました。少年の頃から交流のあった畠中さんの思いを絶対に叶えるという、山田さんの強い思いがあったからなのでしょう。

このフルートのおかげで、畠中さんはどんな曲でも演奏できるようになりました。

再び演奏できるようになった畠中さんは、自分がこんなにもフルートが好きだったこと、そして、自分は今フルートが好きだったから吹いているのだということを実感します。

これは、いったいどういうことでしょうか。右半身が麻痺する前の畠中さんは、フルートが好きではなかったのでしょうか。もし好きではなかったとしたら、一体なぜ畠中さんはフルートを吹いていたのでしょう。

少し時間を取って考えさせた後、畠中さんのことばを提示します

「(     )されるために演奏していた」

再度少し時間を取って考えさせた後、静かに

「評価されるために演奏していた」

と提示します。

「評価されるために吹く」ということと「好きだから吹く」ということは、何が違うのでしょう。

子どもたちには、まず自分の考えを書かせます。ここでは、自分の経験と重ねながら考えることができるよう十分な時間を確保します。

評価されるためだと、人のことばかり気になる
好きだからやるのは、自分が楽しい
評価されるためと思ったら、苦しい
好きだからやるのは自分のため。評価されるは人のため など

畠中さんはフルートが嫌いだったわけではありません。小さい頃から夢中になって練習し、努力を重ねてきました。でも、コンクールで結果を出したり、人から認められたりするうちに、「評価されること」が演奏する理由になっていたのかもしれません。

病気によって、その評価も、賞も、肩書も、一度すべてを失いました。それでもなお「吹きたい」と思った。そのとき初めて、自分の心の奥には「好きだから吹く」という気持ちがずっとあったことに気付いたのです。

ここでは、「評価されること」が悪いと言いたいのではありません。誰かに認められることや、上達を目指して努力することも大切です。しかし、それ以上に、自分の心が本当に求めているもの、自分が心から好きだと思えるものは、人からの評価とは別のところにあることを押さえます。

 自分の生き方を見つめる

「前の演奏も力強くて好きだったけれど、今の方が一つひとつの音を大事にした繊細な音色で、とても心に響く」

これは、クラリネット奏者でもある畠中さんの奥様のさおりさんの言葉です。授業の初めに音だけで畠中さんの演奏を聴きましたが、今度は映像とともに聴いてみます。畠中さんがどのような表情で、どのように一音一音を大切に演奏しているのかに目を向けながら聴いてみましょう。

可能であれば教室の照明を全て落とした中で、畠中さんの演奏を最後まで静かに視聴します。

https://youtu.be/WRc4yT0ig4Q?t=15
『アヴェ・マリア/カッチーニ』

演奏が終わったら、そのまま音だけをリピートしながら次の文をスライドで1枚ずつ提示します。

もう二度と立ち上がれないと思っても、

もうおしまいだと絶望しても、

それでも

なお

人生は続く。

そんなとき、あなたを救うのは、

あなたが心から愛するもの。

愛してやまないものは何だろうと、

そっと自分に問いかけてみてください。

自分の心の声を、ちゃんと聴いてみてください。

そんなものないよ、というならば、

これからの日々できっと見つかるはず。

あなたが、ちゃんと自分の声に耳を傾けるならば。

畠中さんの演奏を最後まで聴き終えたところで、静かに授業を終えます。

2 この授業をつくるにあたって

私の記憶が正しければ、あれは2023年4月8日土曜日、朝7時50分頃のことです。この日、私は札幌で開かれる国語セミナーに参加するため、ホテルで身支度をしながらNHK「おはよう北海道 土曜プラス」を見ていました。その日の特集は、「左手のフルート奏者・畠中秀幸さん」でした。

番組の冒頭で、畠中さんのフルート演奏が流れました。私は思わず化粧する手を止め、テレビに見入ってしまいました。そこにあったのは、テレビでよくある「脳出血を乗り越えた感動物語」ではありませんでした。「どうしてもフルートが吹きたい」という畠中さんの一言が、なぜか強く心に残りました。病気を乗り越えたことよりも、病気になった後もなお、ひとりの人間として「自分はこれをしたい」と願う姿に、人間として生きるとはどういうことなのかを突きつけられたような気がしたのです。

番組が終わるとすぐに、忘れないよう畠中さんのお名前と「NHK」という文字だけをノートに書き留めました。そして帰宅するとすぐに、この授業づくりを始めました。 

道徳科では、病気や障害などの困難を抱えながら生きる人が教材として取り上げられることがあります。「困難に負けず努力する」「夢をあきらめない」「苦しい状況でも前向きに生きる」。そうした姿は、確かに私たちの心を動かします。私自身も困難の中で生きる人の姿に敬意を抱いています。

けれども、そうした教材に出合うとき、私はときどき違和感を覚えます。

「この人は本当に立派だ」

という感想だけに終わる授業には、どこか当事者を自分とは別の場所に置いて眺めているような感覚があるからです。

「こんなにも大変な状況にあっても、頑張っている人がいる」

こうした物語は、子どもたちに勇気を与えるかもしれません。しかし一方で、「自分はこんな大変な状況ではなくてよかった」「この人に比べれば、自分は恵まれている」と感じさせはしないでしょうか。また、「こんなに大変な人でも頑張っているのだから、自分も頑張らなければ」と受け取らせはしないでしょうか。

一見すると、どちらも優しさや前向きな学びのように見えます。でも、私はここに少し怖さがあると思っています。「かわいそう」「大変なのに頑張っていてすごい」という見方は、その人を「自分より大変な人」「自分たちに何かを教えてくれる人」として位置付けてしまうことがあるからです。

人は皆、自分自身の人生を生きているはずです。それなのに、誰かの人生が私たちを励ましたり、勇気づけたり、努力させたりするための材料になってしまう。私には、それがとても失礼で烏滸がましいことに感じるのです。

畠中さんは、病気になったから強くなったわけではありません。努力したからすばらしい結果を手に入れたという話でもありません。

右半身に麻痺が残り、それまで当たり前にできていたことができなくなった。建築家としても、音楽家としても、それまでのようには生きられなくなった。そんな状況の中で、それでも「フルートを吹きたい」という思いが残った。

私は、そこにこの教材の大きな意味があると思っています。

授業の中で、畠中さんは「評価されるために演奏していた」と語ります。もちろん、それまでの演奏が偽物だったわけではありません。フルートが好きだったからこそ9歳から長い時間をかけて練習を続けてきたのでしょう。けれども、コンクールで評価され人から認められ音楽家として活躍する中で、いつの間にか「評価されること」が演奏する理由の一つになっていた。

ところが、病気によって、それまで当たり前だった生活も建築家としての仕事も音楽家としての活動も、思うようには続けられなくなりました。評価されることも、賞や肩書も、それまでの自分を支えていたものも、一度は失われてしまった。それでも残ったのが、「フルートを吹きたい」という思いでした。

畠中さんはもう一度フルートを吹こうとしました。左手だけで吹くことを試し、それでは自分の吹きたい曲が吹けないと分かると、山田さんに相談しました。山田さんは畠中さんのフルートへの思いに動かされ、左手だけですべての音を出せるフルートをたった半年間で作り上げました。

畠中さんに「どうしても吹きたい」という抑えることのできない思いがあったからこそ、もう一度フルートと向き合えたのです。そしてその思いは、病気になって突然生まれたものではなく、9歳からフルートと向き合い続けた積み重ねの中にあったものなのです。

では、子どもたちはどうでしょう。

今、心から好きだと言えるものはあるでしょうか。時間を忘れるほど夢中になれるものはあるでしょうか。誰かに褒められるからでも評価されるからでもなく、「自分が好きだから」という理由だけで続けたいと思えるものはあるでしょうか。

もちろん、今はまだなくてもよいのです。そして、子どものうちに「自分の人生を支えてくれるもの」を持っていなければならないわけでもありません。ましてや、この授業で「あなたも夢中になれるものを見つけなさい」と伝えたいわけでもありません。

ただ、自分の心が何を求めているのか、ときどき耳を澄ませてほしい。人からどう見られるかではなく、自分は何が好きなのか。何をしているときに自分らしくいられるのか。何を失いたくないと思うのか。

そうしたことを、自分自身に問いかけてほしいのです。

「よりよく生きる」とは、誰かから見て立派な人になることでも、困難に負けない強い人になることでもない。自分の人生の中で、自分が大切にしたいものを見つけ、それを大切にしながら生きていくこと。そして、自分が愛するものは今すぐ見つからなくてもよい。これからの人生の中で少しずつ見つけていけばよい。

畠中さんの姿を見て、私はそんなことを考えました。

人生には、自分の力ではどうすることもできないことが起こります。大切にしていたものを失うこともあるでしょう。思い描いていた人生を歩めなくなることもあるでしょう。

それでもなお人生は続く。

そのとき、自分の中に何が残っているのか。何を失っても、なお「好きだ」と思えるものは何なのか。「もう一度やりたい」と願うものは何なのか。自分は何を大切にして生きていくのか。

この授業を通して、子どもたち一人ひとりの中にこの問いが残ってくれたら。

そんな願いを込めて、この授業をつくりました。

【追記】

現在、畠中さんは、建築設計のお仕事をしながら様々な活動をされています。演奏活動をはじめ、「命を守る教室」など教育に関わる活動にも心を注いでいらっしゃいます。活動の場を北海道以外にも開いていらっしゃいますので、たくさんの方が畠中さんのお話や演奏を聴くことができます。

下記にサイトを記しましたので、ぜひ、ご覧ください。

畠中秀幸 | 左手のフルーティスト | 札幌市

「この人は本当に立派な人だ」
「こんなにも大変な状況にあっても、頑張っている人がいる」

こうした思いを抱くことをゴールに設定する道徳授業に、宇野さんは違和感を表明している。私もこの違和感を共有することができる。そこには「思考」がない。「自分も頑張らなくては」はあるが、「頑張る」の具体がない。自分が同様に「本当に立派な人」になるには何が必要なのか。自分が同様に「大変な状況」に陥ったとき、それでも「頑張る」にはどうすればいいのか。なぜ多くの人は逆境において頑張れないのか。その「具体的思考」がない。もちろんときにはそうした高揚感を与えるだけの授業はあり得るだろう。しかし、すべてがそれでは「実践力」を身につけることができない。道徳授業が「カタルシス」を与えるだけのものに堕してしまう。それではいけない。

この授業においてまず感心させられるのは、畠中さんの「アヴェ・マリア/カッチーニ」を映像を排して音源だけで提示したことだと思う。宇野さんはその後、「何の音が聞こえましたか」と問うているが、子どもたちがこの音源を聴きながら感じたこと、考えたことは決してどんな楽器が使われていたかだけではないはずだ。聴覚以外のすべてが遮断され、聴覚と思考とを直接的に結んだからこそ思考され得るものが子どもたち一人ひとりの中に浮かんでは消え、消えては浮かんだ数十秒になったはずである。視覚を使わないからこそ得られる思考、感慨、発見、実はこうした営みは意図的に作り出さなければなかなか経験できない。こんなに容易な手法なのに実践する教師は少ない。映像があると、教師は何も考えずに映像を流してしまう。すると、教師としてはほんとうは演奏をこそ聴かせたいのに、子どもたちは視覚情報から得られるさまざまなディテールに目を向けることになる。この手法を開発したことは、小さいようだが宇野さんの大きな功績だと私は捉えている。北海道の私たちの仲間は、この授業を体験して以来、さまざまにこの手法を使うようになっている。音楽系題材の授業では、授業を豊かにするための強力な武器として機能する。

その後の展開も、ゴールに向けて見事にスモールステップが積み重ねられていく。順風満帆な人生を送る人のフルート演奏だったのだなと思わせておいてからの180度の揺さぶり。絶望へと向かうしかないと誰もが考えざるを得ないところから再起をかけ息を吹き返す展開。更には畠中さんの再起に協力を惜しまない山田さんやさおりさんの登場。山田さんやさおりさんが脇役に止まらず、彼らが畠中さんをどう見ていたか、どんな想いで寄り添ったかにまで思いを馳せざるを得なくなる。さまざまな方向に配慮の行き届いた授業である。

子どもたちに対する授業としてはこのままで良いのだろうが、中学生に授業するとしたらという仮定で、私なら扱いたいという視点を二つだけ。

一つは、畠中さんが二つのことを追う半生であったことが、その後の再起・再生に与えた影響はなかったのか、という視点である。フルートと建築という畑違いの創造的営みをともに追い続ける中で、バランスを取ったり相互に創造的発見の触媒となったりといったことがおそらくはあっただろうと思うのだ。そしてそうした経緯があったからこその「もう一度、フルートを吹きたい」だったのではないか。そんな気がするのである。

一見相互には関係しないように見える物事を折衷したり融合させたり止揚したりすることは「創造」の大きな源泉の一つである。畠中さんが前半生において常にそうした構えで日常を過ごしていたことは、おそらく「もう一度、フルートを吹きたい」の大きな礎になっているように思われるのだ。もちろんこうしたことはご本人への取材が必要になるわけだが、宇野さんはこの原稿の発表のために畠中さんと連絡をとったということだから、私としてもちょっと欲が出てしまってこんなことを書いている。

もう一つは、「評価されるために演奏していた」である。宇野さんは「ここでは、『評価されること』が悪いと言いたいのではありません」とは言っているが、「自分はこんなにもフルートが好きだったのだ」の前にはやはり悪者の印象は拭えない。おそらく畠中さんの中には、「評価されるために演奏していた」時代に「評価されるために演奏していた」からこそ得られたものがあるのではないか。延いては現在の自分の演奏に影響を与えているものも少なくないのではないか。「いまの自分」と「あの頃の自分」とを対比し反芻する中で、既に畠中さんの中では明確化されているような気がするのだがどうだろう。

ないものねだりなのかも知れないが、こんな二つのことを思った。

いずれにしても、「心から好きなものが自分を救う」というテーマは、イチローや大谷を題材とした偉人道徳とはまったく違う、見る者、知る者の心をえぐる展開となっている。その意味で、この授業もやはり、「宇野弘恵」という授業実践者の、「宇野弘恵」という授業職人の代表作の一つだと思う。

堀裕嗣先生

ほり・ひろつぐ。1966年北海道湧別町生まれ。札幌市の公立中学校教諭。現在、「研究集団ことのは」代表、「教師力BRUSH-UPセミナー」顧問、「実践研究水輪」研究担当を務めつつ、「日本文学協会」「全国大学国語教育学会」「日本言語技術教育学会」などにも所属している。『スクールカーストの正体』(小学館)、『教師力ピラミッド』(明治図書出版)、『生徒指導10の原理 100の原則』(学事出版)ほか、著書多数。

宇野弘恵

うの・ひろえ。北海道公立小学校教諭。民間教育研修などに参加、登壇し、今日的課題や教員人生を豊かにすることを学んでいる。著書に『あと30分早く帰れる! 子育て教師の超効率仕事術』(学陽書房)、『スペシャリスト直伝!高学年担任の指導の極意』、『伝え方で180度変わる!未来志向の「ことばがけ」』、『生き方を考える!心に響く道徳授業』(以上明治図書出版)など多数。

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