第56回2020年度「実践! わたしの教育記録」審査員講評
2020年度の 「実践! わたしの教育記録」 には、136編もの応募作が寄せられ、厳正なる審査の結果、特選1編、特別賞1編、そして5編の入選作が選ばれました。4人の審査員の先生方に、今回の入賞作についての講評を伺いました。
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目次
このような状況下でも「できることをしていこう」という先生方の強い意志に敬意

上越教育大学教職大学院教授 赤坂真二さん
今年度も、夢と希望を教室にもたらすことが期待される力強い実践群が集まりました。特選のオガタ彩野氏の実践は、一読して全体構想の秀逸さを感じました。SNSの教育的な可能性を見抜き、外国語教育で活用しようとしたことは勿論ですが、何よりもねらいとする能力の中核を英語学習に対する「内発的動機付け」をターゲットにして、新学習指導要領の掲げる資質・能力にアプローチするという根幹がしっかりしています。資質・能力の構造をよく勉強され、実践を構想したことが伝わってきました.
特別賞の森俊郎氏の実践は、校内研修を活性化することにより、授業改善がなされ、子どもの意識変容まで起こしていることが見事だと思います。校内研修に関するレポートでは、研修の改善、教師の意識の変容まで示されることがあっても、子どもの変容まで言及されることは少ないですが、そこまでしっかりと見取ってまとめたことは、校内研修の記録のあり方としてお手本と言えるだろうと思います。
入選4作品中の高橋正明氏の実践は、ソーシャルディスタンスが求められるこの状況でも、「つながりを断ち切らない」という強い決意を感じました。同じく三好達也氏の実践は、保健体育科を超えて教科等を横断的につなぎ、子どもの人格形成に迫ろうとする意欲的なものでした。また赤坂真氏の実践は、ICTが苦手な教師にも挑戦の意欲をかき立てるアンプラグドのプログラミング教育の提案でした。そして山香昭氏の実践は、教育事務所のあり方はかくあるべきと言っているようで、率先垂範の姿に感銘を受けました。また、新人賞の谷太一氏の実践は、オンライン学習の教育効果を知る貴重な記録となっていました。さらなる実践によってデータを蓄積し、提案を実証していってほしいと思います。
今年度は、小学校における新学習指導要領の本格実施がなされましたが、新型コロナウイルス感染症対策によって、活動の中止、縮小、短縮等の制限などを余儀なくされる状況となりました。しかし、このような状況下においても「できることをしていこう」という教師としての強い意志を感じることができました。実践現場で子どものために尽力する先生方に敬意を表したいと思います。
この状況を教育が変わるプラスの機会にしようとする
みなさんの情熱に熱い気持ちになる

学校法人
軽井沢風越学園校長
軽井沢風越幼稚園園長
岩瀬直樹さん
コロナ禍で、未曾有の混乱状態だった学校教育。その中でも昨年よりも多く実践記録の応募があったと聞き、この状況を教育が変わるプラスの機会にしようとするみなさんの情熱に熱い気持ちになる。
特選に選ばれた「教育用SNS『Flipgrid』の活用による外国語教育の新しい広がり」のオガタ彩野さんの実践は、コロナ禍において、従来の授業をオンラインに載せるという志向性ではなく、ホンモノ(世界)とつながることに活用することで、新たな協同と探究の可能性を垣間見せてくれた。初等教育の外国語学習、いやそれにとどまらずプロジェクトベースの学びに大きな示唆を得られる実践である。実践の記述方法もプロセスの開示が丁寧で、読み手の学びになる点でも特選に相応しい。
また特別賞「“イヤイヤ”校内研究を“わくわく”校内研究に!」の森俊郎さんの実践は、従来の形に囚われず新しい形を模索していくプロセスが端的に興味深かった。森さんのビジョンを上手に具体に落としていき(それもキャッチーで“わくわく”を促し)、その結果教師が「学び手」として変わっていく、すなわち職員室が「学習する組織」として変容していくことが本実践の核であり、子どもの変容と教師の変容は入れ子構造であることを示した。
入選の三好達也さん。ボッチャの教育的価値を実践から丁寧に探った記録。体育からも総合的な学習の時間をつくれることを示した。同じく高橋正明さんの取り組みは、コロナ禍の中、デジタルとアナログをうまく融合した好事例。ノートを郵送したところをスタートにしたところにセンスを感じた。入選の山香昭さんの実践は、菊池実践を教育事務所の経営に生かした点で非常に興味深い。ミッションから再定義したからこそ、そのミッションを実現するための具体策がリンクしている。入選の赤坂真さんは、シーケンスやアルゴリズムを子どもと一緒につくり、ロボ演算として昇華させた点に感心した。最後に新人賞の谷太一さん。コロナ禍の中、Zoomの同期性とロイロノートの非同期性をうまく組み合わせて、子どもの学びの保障体制を迅速に構築したことに価値を感じる。低学年における学年教科制も興味深い。これからの発展を大いに期待している。
コロナ禍の中、学びを止めない
先生方の真摯な実践に頭が下がる

教育実践研究家
菊池省三さん
コロナ禍の中であっても、本年度の応募総数が昨年度を上回った。学びを止めない先生方の熱意に頭が下がる思いである。
特選に選ばれたオガタ彩野氏の実践は、視点が新しくダイナミックな単元構成で、そこでの学びには真の対話が行われていたであろうと判断できる。SNSという生徒の身近な問題を取り上げ、実践の場を用意し、豊かな言語活動を通して学びが構成されている。本来求められているALの参考となる素晴らしい実践である。
特別賞に選ばれた森俊郎氏の実践は、校内研修の改革に一石を投じるものである。形骸化している校内研修を打破するヒントにあふれている。各校で工夫して取り入れていただきたい。個人的には、「根拠『俺』の壁」「パパラッチ分析」が気に入った。
学級づくり部門入選の三好達也氏の実践は、教科横断的発展的な研究記録である。生徒の実態から出発し、具体的な指導の実際を丁寧な記録として残されているところにも、実践への三好氏の思いがあふれている。若手教師に学んでほしい点である。
同入選の高橋正明氏の実践は、教師と子どもをつなぐ温かい内容である。本年度ほどその必要性が叫ばれたことはないであろう。テーマの配列等にも配慮があり、日常の作文やスピーチ指導等にすぐに役立つ提案である。
学校づくり部門入選の赤坂真氏の実践は、プログラミング教育=パソコン学習となっていないところに共感が持てる。育てたい思考を明確にして実践している。その中で、課題でも述べておられるが、実践を繰り返す中で指導過程を修正している点も素晴らしい。
同入選の山香昭氏の実践は、教育事務所所長という立場からの報告である。ご自身が、現場の学校に行き、実際に授業を通して教職員の意識改革、授業改革をねらったものである。今までにない挑戦的な内容で、多くの地域に広がってほしい事実である。
新採・新人賞の谷太一氏の実践は、コロナ禍で「できない理由」を口にしていた先生方には耳の痛い内容である。政治的にも「厳しい」香港という場所で、ハイブリッド型の授業に挑戦した実践に勇気をいただいた。
本年度も真摯な実践に学ばせていただいた。感謝の気持ちをもって、私の立場から私なりに学んだことを伝えていきたい。
子どもの事実をつぶさに見つめながら
自分の言葉にしている実践に心を動かされた

大阪市立大空小学校初代校長 木村泰子さん
今年は大変な中での実践記録に取り組んでいただき、心から敬意を表します。ありがとうございました。昨年にも増して子どもの事実をつぶさに見つめながら自分の言葉にしておられる先生方の実践に心を動かされました。今年は審査員の評価が分かれたと聞いています。それだけ比較が困難な多様な実践記録だったと言えるでしょう。学ばせていただいた中のほんの一言ですが、お伝えします。
オガタ彩野さんの実践は、負の面を承知しながらSNSの新しい広がりの可能性を軸にした世界につながるチャレンジでした。森俊郎さんの「子どもの学びの事実」に視点を当てた研修は教員自らの主体的・対話的で深い学びを生む実践でした。高橋正明さんの記録からは、子どもと教員がともにチャレンジする尊い実践が伝わってきました。三好達也さんは、正解がない問いを問い続けることへのチャレンジを通して教員の願いと子どもの事実が見事に記録された実践であり、今まさに、全国の学校現場へ伝えたい教育記録でした。赤坂真さんからは、新たなカリキュラムを通しての学びの記録を提供していただきました。山香昭さんの実践は、一番注目するものでした。コロナ禍で学校現場が惑う中、「お役に立つ」教育事務所の目的を見事に実践された記録です。学校現場を支援する教育事務所のこの実践こそが、想定外に遭遇し困っている学校現場に必要不可欠な実践です。全国の教育行政の方々が学んでいただきたい教育記録です。谷太一さんからは香港での貴重な実践を学ぶことができました。
言葉は足りませんが、「教育記録」をご提出いただいたすべてのみなさまに心から感謝いたします。存分に学ばせていただきました。ありがとうございました。
2020年から新学習指導要領のもとでの実践が始まっています。中教審特別部会の中間報告に「誰一人取り残さない学校教育を」と言語化されました。ぜひ、次年度もすべての子どもを主語に日々の実践を重ねてください。「すべての子どもが学ぶ・すべての子ども同士が学び合う」教育実践を記録していただきたいと願います。子どもに学ぶ教員の実践記録を楽しみに待っています。
受賞作の全文公開はこちら
【特選】教育用SNS「Flipgrid」の活用による外国語教育の新しい広がりー「つながる」を生かした言語活動ー 静岡県立沼津東高等学校教諭 オガタ彩野
※他の入賞作品は、2021年2月15日ごろ公開予定です。
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