第59回 2023年度 「実践! わたしの教育記録」新採・新人賞 中原修平さん(愛知県名古屋市立神の倉小学校教諭)

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今日も明日も体育がいい!
~クリエイティブ型体育の授業を通して~

Ⅰ 研究の意義

学習指導要領によると、体育科の目標は「豊かなスポーツライフの実現」である。私の考える豊かなスポーツライフとは「いつでも、どこでも、だれとでも」運動を親しむ姿だ。しかし、昨今の実態として「運動をする子供とそうでない子供の二極化傾向が見られる(*1)」とある。豊かなスポーツライフの実現を目指す上で、授業改善が求められている。

授業改善について考える中で、私がいつもたどり着く答えは、「みんなが体育授業を楽しめるようにしたい」であった。ここで言う「みんな」とは、子どもの体力や技能の程度及び、年齢や性別、障害の有無の全てを包み込んだ「みんな」である。子どもたちがこのような違いを意識しつつ、互いを認め合えるような授業ができれば、みんなが楽しめる体育に近付けるのではないだろうか、と考えるようになった。

以上のことから、私は、互いの差を認め合い、共に学ぶ授業を通して、「いつでも、どこでも、だれとでも」運動を豊かに実践する基盤を培いたいと考え、研究をスタートさせた。

Ⅱ 子どもの実態

本学級(1年2組)の子どもは、体育の時間を楽しみにしている。「ぼくはこんなこともできるよ!」と自信を見せる子どもも多い。一方で、「投げるのは苦手だからやりたくないな」「私は小さいから力がない」と、運動能力や体格に対する不安から、苦手意識をもつ子どももいる。4月に行った折り返し走やドッジボールでは、前者のような子どもが活躍し、後者のような子どもは、邪魔にならないように動いていた。このような子どもたちが、豊かなスポーツライフの実現に近付いているとは言い難い。

では、子どもたちが、運動に苦手意識をもってしまったのはなぜだろうか。私は、①「みんなで楽しもうという意識の低さ」②「必要とされる運動技能の高さによるつまずき」の二つが原因ではないかと考える。このことから、本実践では「意識」と「技能」の二つの面で指導を工夫していくとした。

豊かなスポーツライフの実現に、体格や運動の得手不得手が大きな要因となっていいはずがない。そこで、運動が得意な子も苦手な子も、大きな子も小さな子も、全てを包み込み体育を楽しめるようにするために、以下の2点に重点を置いて実践を進めていくことにした。

Ⅲ 研究の手立て

(1)全員が楽しむための目標の設定と振り返り

まず、「みんなで楽しもうという意識の低さ」のような実態は「勝ちが前面にあること」で起きていると考える。梅沢(2020)は、体育科を「『障害児のBさん、運動が苦手なCさん、女子が2チームにいると負ける』といった考えが生じやすい教科だ」と述べている。

「勝ち」を前面に置いたゲームでは、全員が楽しむ体育には近付けないことが分かる。ここから全員が楽しめる体育のために「勝ち」よりも価値を感じる「何か」が必要であると考えた。本実践では、その「何か」をクラスで共通の目標(スローガン)として設定する。みんなで目標を立てて、それを重要視するようにしていく。

目標を作るときの指針としては、学級目標“きらきらな1年2組”を意識させたい。「みんながきらきらな(単元名)」のような目標を勝ち負けよりも重視し、「全員で楽しむ」という意識付けを行っていく。

例えば、「全員が触ったら加点」のようなルールで、全員参加を促すことも考えられる。しかし、これは、「勝つためには全員に回した方が得」という「勝ち」を前面においた損得勘定による行動であると予想される。たとえ、見かけでは全員が運動をしているように見えても、「いつでも、どこでも、だれとでも」という目標を根本的に達成したとは言えないだろう。よって、ルールで子ども全員を関わらせるような「強制の体育」ではなく「共生の体育」を目指すために、あえて「意識付け」の部分を手立てとした。

実際の授業では、「困ったことはありませんか?」と投げ掛け、随時振り返りを行うようにしていく。ここで出た、「これはありなのか」「〇〇がずるをする」のような問題の解決にも、定めた目標を基に、子どもとともに解決策を考えていきたい。

また、授業の終末にも、記述での振り返りを行い、すべての子どもの困りを表出できるようにして、次回以降のゲームに生かせるようにしていく。

(2)個々の差を埋めるためのルールの工夫

「必要とされる運動技能の高さによるつまずき」について、松田・鈴木(2016)は、「小学生は発達段階からみても公式ルールでゲームをすることは難しく、(中略)ゲームに参加できない多くの生徒がいる」と述べている。ここからルールの工夫によって、必要とされる技能を緩和していく必要が感じられた。しかし、全員が一律でルールの工夫を受けても、技能や体格の差は埋まらない。

そこで、本実践では、個々に焦点を当てて、ルールの工夫を行っていく。こうすることで、個々の差を埋め、全員が今もっている力でゲームを楽しめると考える。これは、個別最適な学びのうち、「指導の個別化」の実現にあたる。指導の個別化は、器械運動や陸上運動などの個人で行う運動ではよく見られるが、ゲームなどの集団で行う運動ではあまり見られない。本実践を通して、集団で行う運動でも取り入れられることを示したい。

具体的には、ルールの工夫を以下の4つのステップで行っていく(資料1)。

資料1:ルールの工夫の4つのステップとそれぞれの意図
資料2:2つの手立ての関係

①~④のステップによるルールの工夫によって、個々の技能差や体格差を埋められ、みんながゲームを楽しめるのではないかと考えた。

中には、特定の子のみが使えるルールの工夫を「ずるい」と言う子が出てくるかもしれない。そんなときは(1)の目標を再確認していく。「みんなが楽しむために必要なルールの工夫であること」や「勝つか負けるかが50:50になった方が盛り上がること」を理解させたい。

それゆえに、(1)の手立ては(2)の手立てを成り立たせるための土台にもなり得る(資料2)。

(1)の手立てにより、「全員が楽しむ」という意識付けを行い、人間関係を創り、雰囲気を創る。(2)の手立てにより、個々の技能差や体格差を埋めて、ルールを創り、ゲームを創る。最初と最後では、まったく異なる体育授業が創られていくだろう。

この2つの手立てによって行われる授業を、教師と子どもが工夫を出し合い、みんなで楽しめるような体育授業を創っていくという点から、「クリエイティブ型体育」と名付けた。このクリエイティブ型体育の授業が、「みんなが楽しめる体育」に有効であるという仮説の基、実践を行う。

また、本実践は、抽出児童として、AとBの二人に焦点を当てた活動や発言の様子による検証も実施する。二人を選んだ理由は対照的な運動能力、性格であったからである。詳細は下の通りである。

Ⅳ 実践の様子 1年 ボール転がしゲーム (7時間)

最初のルールは以下の通りである(資料3)。

資料3:コートを俯瞰した図と最初のルール

(1)全員が楽しむための目標の設定と振り返り

ゲームに慣れた第2時に、「得意な人も苦手な人も楽しめるような目標を決めよう」と投げ掛けた。学級目標(きらきらな2組)を基に話し合い、「みんながきらきらなボール転がしゲーム」という目標が出来上がった。

第3時には、「守りの人がボールをキャッチしてから、強くボールを返してくる」という意見が出された。これは、守り側が時間を稼ぐための作戦だったようだ。しかし、「これをありにしたら、みんながきらきらになれないし、面白くない」という子どもの発言で、「ボールは優しく転がして返す」というルールが創られた。

第4時には、「Bさんがすぐに怒ってきて困る」という振り返りがされた。Bに聞くと「点が入ったかどうか」で口論になってしまうそうだ。私は、「これはチャンスだ!」と思った。以下は、話し合いの様子である(資料4)。

資料4:話し合いの様子
資料5:試合前にあいさつをする様子

このように、子どもたち自身でトラブルを解決できたり、相手意識をもてるような案が出たりと、すばらしい経験となった。そこからは、Bを含めた全員が、怒る機会が減った。子どもたちが話し合いを通して、トラブルの解決方法を創り、相手に感謝をする雰囲気を創ることができた。

第6時には、これまで1人だけでボールを転がしていたBが、仲間と順番にボールを転がす場面が見られた(資料6)。訳を尋ねると「順番で投げた方がみんなが楽しいと思った」と、目標を意識した発言が聞かれた。

資料6:仲間にボールを渡すBの様子

本実践では、何度か「これはありなのか」「ずるをしてくる」という意見が出たが、全員が同じ基準をもって、話し合うことができた。以下は、本実践で創られたルールである(資料7)。

資料7:本実践で創られたルール

本実践で得た「ルールを変えられる」という経験の価値は計り知れない。このような経験は、子どもたちに充足感を与えると考える。これは、体育授業に限った話ではない。もし、この先の学校生活で、自分たちに合わないルールがあれば、修正し、よりよい生活を送れるようになってほしい。

次に載せるのはBの学習感想である(資料8)。

資料8:Bの学習感想の記述

本人に記述の内容や意図を詳しく尋ねると、「僕とみんなで協力したから、できることが増えた」と教えてくれた。仲間にボールを渡す様子や、学習感想の記述から、Bが「みんながきらきら」という目標に、「勝ち」よりも価値を置いているように感じられた。

以上のことから、目標の設定と振り返りは、全員がゲームを楽しむために有効であると言える。この手立てにより、「みんなが楽しむ」という意識付けを行うことができた。

一方で、「みんなが楽しむ」という意識付けはできたが、「勝つこと」への意識が必要以上に薄れてしまったようにも感じる。「相手が点を取れるように、少し弱く守る」という発言も出てしまった。何のために、目標を設定したのか、その都度丁寧に説明をする必要が感じられた。

(2) 個々の差を埋めるためのルールの工夫

第2時までは、全員が一律のルールでゲームをした(ステップ①)。一律のルールで行ったため、教え合いもあり、ルールの浸透は早かった。一方で、「全然点が取れなくて楽しくない」「距離が遠いから、うまく投げられない」という困りが表出された。Aも同様な学習感想であった。

第3~4時からは、苦手申告制度を取り入れた(ステップ②)。子どもたちには「苦手な人でも楽しめるようにしたいこと」「勝つか負けるかが50:50になった方が面白くなること」を伝えたところ、この制度を快諾してくれた。

このステップでは、攻め側が「1m前から転がす」「得点エリアを広げる」「守りを3人から2人に減らす」という3つのルールを教師が指定した順番で試し、ルールの工夫を学べるようにした(資料9)。

苦手申告ができる人数に制限はない。また、誰が苦手申告をした人なのか一目で分かるように、赤白帽子を赤と白で分けた。赤帽子の子どものみがこのルールで行い、白帽子の子どもはこれまで通りのルールで行った。

資料9:3つの工夫したルールで試した、各コートを俯瞰した図

すると、誰でも一試合2点ほどは取れるようになってきた(資料10)。学習感想でも「たくさん点が取れた」という記述が見られた。

資料10:1m前から転がしている様子

さらに、「あいているところをねらうとよかった」という記述も見られた。第2時までは、一律のルールでやっていたので、「ボールを強く転がす」ことのみが技能課題となっていた。強く転がさなければ、守りが防いでしまうからだ。

しかし、第3時からは、ボールを投げる強さに応じても、ルールの工夫を受けることができたので、「ねらったところにボールを転がす」という技能課題にも焦点を当てることができた。

第5~6時では、順番に学んだ3つのルールを、チームごとに選べるようにした(ステップ③)。偏ることなく、チームごとに違ったルールを選んで楽しんでいた。

第6時の終末には、子どもたちでルールを創るために「今までやってきた3つのルールを進化させよう!」と投げ掛けた。すると、「2つのルールを同時に使ってもいいようにする」や「片足だけ線を出て、より前から投げてもいいようにする」などのすばらしいルールを創ることができた。

第7時では、全員に「どのルールがよさそう?」と投げ掛けた(ステップ④)。子どもたちは「2つのルールを使ってもいいんじゃない?」と言うので、この時間はこのルールも追加して行った。このルールを喜んだのがAである(資料11)。Aは「1m前から投げる」「守りを2人に減らす」という2つのルールによって、一試合に2~3点取れるようになった。

資料11:「1m前から転がす」「守りを2人に減らす」の2つのルールを使っているA

単元終了後、ルールの工夫を受けた17人の子どもに「どのルールが点を取りやすかったですか」というアンケートを取った(資料12)。全員がルールの工夫により、点を取りやすくなっていたことが分かった。

資料12:「どのルールが点を取りやすかったですか」の回答。複数回答あり

次に載せるのはAの学習感想である(資料13)。

資料13:Aの学習感想の記述

Aが体育授業を「楽しい」と言った。さらに、「ルールがあるから」という言葉も出た。Aは、ボール転がしゲームを楽しんでいたことが分かった。4月のドッジボールでは隅にいたAの変容に、胸が熱くなった。

以上のことから、4つのステップによるルールの工夫が、個々の差を埋め、全員が楽しむゲームのために、有効であったと言える。

さらに、第3時より、「ねらったところにボールを転がす」という技能課題にも焦点を当てることができた価値も大きいと考える。ルールの工夫が、「全員が楽しい」だけでなく、体育科の技能の目標達成にも有効であることが示された。これからも、全員が楽しいに加えて、体育科の技能課題を習得できるために効果的なルールの工夫を考えていきたい。

一方で、第6時の終末に創ったルールを一つしか試せなかったことは課題である。単元計画を見直し、4つのステップの時間配分については、今後検討していく。

Ⅴ おわりに

単元終了後のアンケートでは、全員が「楽しかった」と回答した。単元の前は、個々に対するルールの工夫に「ずるい」という意見が出ることを心配していた。しかし、体育の経験の浅い1年生であるからか、全員がルールの工夫を気持ちよく受け入れることができた。低学年のうちから、「勝ちよりも、全員が楽しい方がいい」「ルールの工夫をすれば誰でも点が取れて楽しくなる」という2つの土台ができていれば、中学年以降もルールの工夫を受け入れることができるのではないだろうか。

これから先の体育授業で、本学級の子どもたちは、さまざまな差を感じることになるだろう。しかし、子どもたちは勝ちよりも価値のある目標を定め、個々の差を埋めるルールを創ることができる。みんなが楽しめる体育授業を創ることができる。この経験を活かし、本学級の子どもたちが、豊かなスポーツライフの実現をしてくれることを願う。私も、更なる楽しい体育授業を目指し、成長する覚悟だ。

【参考資料】

文部科学省(2017)学習指導要領解説 体育編(*1)
苫野一徳・梅澤秋久(2020)真正の「共生体育」をつくる/大修館書店
松田恵示・鈴木秀人(2016)体育科教育/一藝社
梅澤秋久(2016)体育における「学び合い」の理論と実践/大修館書店
苫野一徳(2017)はじめての哲学的思考/筑摩書房
岡野昇・佐藤学(2015)体育における「学びの共同体」の実践と探究/大修館書店
中央教育審議会(2021)「令和の日本型学校教育」の構築を目指して

受賞の言葉

愛知県名古屋市立神の倉小学校教諭・中原修平

この度は、大変栄誉ある賞に選出していただき、誠にありがとうございます。自分の実践と子どもたちのがんばりが認められ、とてもうれしく思います。

私が教職に就き、体育の授業をしていると、運動技能の高い子どもの邪魔にならないように、隅でじっとしている子どもがどのクラスにもいました。本実践は、運動技能の差や体格の差にかかわらず「みんなが体育授業を楽しめるようにするにはどうしたらよいだろうか」と模索してきた結果をまとめたものです。

本実践を発表する機会を与えてくださった教育技術の方々、多大なる協力と理解を示してくれた本学級の児童にも、重ねて感謝を申し上げます。

今回の受賞を励みに、今後も子どもたちが体育授業を楽しいと思えるような実践を進めていきたいと思います。

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