「見た目のこと、言っちゃだめ?」――ルッキズムを教室で考える【教室から始める性教育~“いのち”と“多様性”を育てる授業】#16
今回のテーマは「『見た目のこと、言っちゃだめ?』――ルッキズムを教室で考える」です。「クラスで一番かわいいのは、誰だと思う?」といった会話を耳にしたとき、教師はどう応じればよいでしょうか。見た目を楽しむことと、見た目で人の価値や扱いを決めることは違います。今回は、外見に基づく偏見や差別を指す「ルッキズム」を取り上げ、教室での声かけや学年に応じた短い活動を通して、誰もが安心して過ごせる関わり方を考えます。小学校や中学校で性教育の指導に長年携わったスペシャリストである、帝京平成大学教授・郡吉範先生による連載「教室から始める性教育~“いのち”と“多様性”を育てる授業」の第16回です。この連載では、安心して実践できる基礎的・基本的なことがらやすぐに使えるヒント、ちょっと背中を押す言葉などをお届けします。具体例は、郡先生の経験や現場での実践に基づくものですので、現場でのヒントにしてください。
執筆/帝京平成大学人文社会学部教授・郡 吉範

目次
ほめたつもりでも立ち止まる
休み時間、子供たちが話しています。
「クラスで一番かわいいのは、誰だと思う?」
教師が声をかけると、1人が不思議そうに言いました。
「悪口じゃないよ。ほめているんだよ」
こんな場面を想像してください。先生なら、なんと答えますか。「見た目のことは言わないようにしましょう」で終えると、「髪形をかわいいと思うのもだめ?」「好きな服を着たいのは、いけないこと?」と、子供に疑問が残るかもしれません。
今回考える「ルッキズム」は、こうした迷いにも関わるテーマです。最初に、大切にしたい軸を確認しましょう。
見た目を楽しむことと、見た目で人の価値や扱いを決めることは違います。おしゃれを楽しむ気持ちも、自分の外見が気になる気持ちも、否定する必要はありません。考えたいのは、友達の容姿を勝手に採点したり、見た目によって仲間への入れ方や接し方を変えたりしていないか、ということです。誰かが「つらい」と言ってから始めるのではなく、日頃の関わりを全員で考えることを大切にします。

見た目で人を決め付けない
ルッキズムは、外見に基づく偏見や差別を指す言葉です。容姿をからかうことだけでなく、「見た目がよいから代表にしよう」「あの体型なら運動は苦手そう」と、外見から能力や性格を決め付けたり、不公平な扱いにつなげたりすることにも目を向けます。
「女の子は細く、かわいく」「男の子は背が高く、たくましく」といった期待が重なる場合もあります。外見の問題を、特定の性別の子供だけの問題にしないことも大切です。
自分の体をどう捉え、どう感じているかは、「身体イメージ」と呼ばれます。周囲の外見に対する評価の影響を受けることもありますが、自分の見た目が気になることと、人を外見で差別することは同じではありません。「その考えはルッキズムだ」と子供の悩みまで責めれば、話しにくくしてしまいます。
学校で取り上げる理由は、流行語だからではありません。子供が、容姿を気にして発表をためらったり、体を笑われることを恐れて活動から離れたりするなら、学ぶ機会や居場所にも関わるからです。
教師が判断するときは、「誰かが嫌がったか」だけでなく、本人を置き去りにして容姿を話題にしていないか、外見から決め付けていないか、機会や扱いに差をつけていないかを確かめたいと思います。
