深谷圭助先生の「言葉が育つ教室」ー辞書引き学習からひらく語彙指導 #2 意味は一つではない ─言葉を深める─

「辞書引き学習」で著名な深谷圭助先生が、「量子認知学」の考え方を基に、「AI時代における語彙教育のあり方」について提案する全10回連載。安易にデジタルデバイスに頼ることなく、子どもたちの語彙力を確かに伸ばす実践について、毎回具体的に提案します。
執筆/深谷圭助(中部大学教授・例解学習国語辞典』(小学館)編集代表)
目次
1. 子どもはなぜ誤解するのか
理科の授業で「とける」という言葉を扱ったときのことです。
ある子どもが言いました。
「ああ、もう時間なの? 早すぎる。時間が溶けちゃった。」
「え、先生、“時間がとける”ってどういうこと? それ、『とけ』いが『とけ』ちゃうの?」
下手なシャレ(駄洒落)で、教室に笑いが起こります。
「そういえば、とけるっていう言葉だけど、『問題』も『とける』って言うよね」
「チョコが『とける』、うーん、チョコが『とろける』とも言うよね」
「『とろけそうな問題』……問題が『とろける』とは言わないかな」
「『とろけそうな問題』? ちょっと美味しそうかも(笑)」
また、教室に笑いが起こります。
しゃれやダジャレといった「言葉あそび」のできる子どもは人気者です。
しゃれ【洒落】
①当世風でいきなこと。気のきいていること。さっぱりしていてものにこだわらないこと。洒脱。
②はなやかによそおうこと。また、はでな服装。いきな身なり。おしゃれ・
③その場に興を添えるために言う滑稽な文句。ある文句をもじって言う地口。だじゃれ。警句。冗談。
「言葉あそび」ができる子どもは、言葉の引き出しが多く、その出し入れが巧みです。そうした子どもは「言葉が豊かだ」と言ってもよいでしょう。
そして、言葉の引き出しには、ラベル(立項語)が示されているのですが、その引き出しの中の言葉は、様々な言葉の意味や読み方が重なっています。
この言葉の読み方や意味の重なり方をうまく引き出しながら、子どもたちは「言葉遊び」をしているのです。
これは、「言語学」的にもとても興味深いものです。
なぜなら、「言葉の重なり合い」は、「言葉の本質」を捉えていると言ってよいのです。
2. 子どもは実は「正しく理解している」
子どもは、「とける」という言葉の意味を間違えているのでしょうか。否、そうではありません。
「時間」は見えません。だから、時間を可視化するために「時計」が生み出されたのです。「時計」がとけちゃうの? という子どもの理解自体は、むしろ正確です。時間は目に見えないわけですから、「溶ける」という意味が、固体から液体になる様を意味するのであれば、「時間」はとけない。「溶ける」とするなら、「時間」より「時計」であるべきなのです。
「時間がとける」という文脈で使われる「とける」に対する語釈は、日本最大の国語辞典である『日本国語大辞典』には掲載されていません。
辞書は過去から現在までの言葉の使われ方を整理したものですが、言葉の変化そのものを止めるものではありません。
むしろ、人々が新しい文脈で言葉を使うことによって、辞書に載っていなかった意味が少しずつ生まれていきます。「時間が溶ける」という表現も、そのような新しい意味生成の一例と考えることができるでしょう。この「時間が溶ける」という新しい語意は、新たに「溶ける」というこれまでの言葉に重ねられた意味です。おそらく、動画やゲーム、SNSで時間に対する意識が薄れ、時間が喪失したことを指して、「時間が溶け(てなくなっ)た」と表現するようになったのでしょう。
もっとも、溶けたからといって、元のモノがなくなる訳ではありませんが、そもそも、時間は目に見えるものではありません。
「時間が溶ける」「気がついたら時間がなくなる」ことを「時間が溶ける」という表現は、子どもたちにとっては理解が難しいのでしょう。
とはいえ、「溶ける」という言葉が持つ複数の意味を確認するよい機会であったといえます。
新しい言葉をたくさん知ることよりむしろ、知っている言葉が持つ重なり合った意味や読みを知ることの方が言葉の理解を本質的なものにするのです。
