ギフテッド教育、これが世界のガイドラインだ!~アジア太平洋ギフテッド教育研究大会2024ルポ・後編~ 

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4日連続で通ったので、「ホーム」のような気持ちになる香川大学正門前
4日連続で通ったので、「ホーム」のような気持ちになる香川大学正門前

2024年8月17日~20日の4日間、「第18回アジア太平洋ギフテッド教育研究大会(APCG2024)」が、香川大学(高松市)で開催されました。APCGは2年に1度開催されるギフテッドの教育研究大会で、今年が第18回です。30年以上の歴史があるギフテッドの教育研究大会で、一体、どのようなことが話し合われていたのか。4日間にわたる密着レポートの後編をお届けします。 

ギフテッドの国際教育研究大会で語られていたこと

APCGの基調講演は、全部で8つありました。大きく4つの柱に分けてご紹介しましょう。

  1. 才能を伸ばすために大切なもの
  2. ギフテッド教育の課題
  3. 日本人の発表
  4. 世界のギフテッド教育のガイドライン

1 才能を伸ばすために大切なもの

レナ・F・スボトニック教授(アメリカ)の発表より

レナ・F・スボトニック教授(アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校
レナ・F・スボトニック教授(アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校)

「どの分野においても、才能のある個人の成果に最も大きな影響を与えるのは、質の高いメンター、教師、コーチです」と、話し始めたスボトニック教授。
科学と音楽という両方の領域に才能のある生徒が並行して異なる形の才能開発を経験する軌跡を追いながら、才能を開発するための促進因子と阻害因子についての発表が行われました。

ハイドルン・シュトーガー教授(ドイツ)の発表より

ハイドルン・シュトーガー教授(ドイツ・レーゲンスブルク大学)
ハイドルン・シュトーガー教授(ドイツ・レーゲンスブルク大学)

STEMM(科学、技術、工学、数学、医学)における人材育成についての発表でした。
人材育成においてはやはり、「メンタリング」がキーワードのようです。
「メンタリングとは、経験豊富なメンターと経験の浅いメンティの間の比較的安定した二者関係です」と定義し、インターネットを使ってメンタリングを行う「サイバーメンター」というオンラインのメンタリングプログラムを紹介していました。このプログラムを利用することで、国をまたいでのメンタリングが可能になります。

2 ギフテッドの課題を解決する

リュ・ジョン教育学博士(韓国)の発表より

リュ・ジョン教育学博士(韓国・KAIST グローバル才能教育研究所 ギフテッド政策センター)
リュ・ジョン教育学博士(韓国・KAIST グローバル才能教育研究所 ギフテッド政策センター)

年齢や地域にかかわらず、ギフテッドはどこにでもいます。けれどもギフテッドプログラムに参加している学生の大部分が中流・上流の家庭出身であり、経済的に恵まれない家庭出身のギフテッドには、「教育機会へのアクセスにおいて大きな障壁がある」という問題があります。

この格差に対応するため、韓国政府が行っている教育介入プログラムの紹介と、ギフテッドが潜在能力を最大限に発揮するために必要なことについての発表が行われました。

C.マシュー・フ―ゲート博士(アメリカ)の発表より

C.マシュー・フ―ゲート博士(アメリカ・ブリッジズ教育における認知多様性大学院)
C.マシュー・フ―ゲート博士(アメリカ・ブリッジズ教育における認知多様性大学院)

才能と学習困難を併せ持つ子は、2e(ツー・イー)と呼ばれています。英語のtwice-exceptional(二重に特別な)の略称ですが、2eの子の「才能」は認識されないことがよくあります。
なぜなら、多くの教師は、生徒の「課題(学習困難)」にばかり目がいってしまい、「強み」にフォーカスするという発想がないからです。

フ―ゲート博士は、「フォーカスすべきは強みと才能である」と言います。2eにとって大切なのは、「強みと才能を伸ばすために何が必要なのか?」という戦略をきちんと練ることです。この意識改革の必要性と、生徒が持つ本来の才能を伸ばす方法についての発表でした。

3 日本人による発表

大隅典子教授(日本)の発表より

大隅典子教授(日本・東北大学)
大隅典子教授(日本・東北大学)

東北大学副学長の大隅先生は、脳科学がご専門です。
今回の発表では特定の遺伝子の変異やエピジェネティック(遺伝暗号を超えた要因)な変容が、並外れた才能やニューロダイバーシティにどのように影響するかに焦点を当てました。

さらに最近の神経発達症の増加と、その生物学的なメカニズムについても話していました。生物学や、遺伝子と環境の相互作用について少しでも知っておくと、才能独自の強みを理解するのに役立ちそうです。

松村暢隆名誉教授(日本)の発表より

松村暢隆名誉教授(日本・関西大学)
松村暢隆名誉教授(日本・関西大学)

文部科学省は、2023年度から「特定分野に特異な才能のある児童生徒」の支援を開始しました。
これは、松村教授を含むグループが2022年に発表した報告書に基づくもので、「ギフテッド」が学校の内外で抱える困難への支援を目指しています。

松村先生は、日本型の才能教育について、このように述べました。

(海外のギフテッド教育にあるような)一律の基準でギフテッドと名付けた子供だけに特別なプログラムを提供するのではなく、どの学校でも教室をベースにすべての児童生徒に個別最適・協働的な学びの機会が保障されれば、障害や才能が原因で「困っているギフテッド」も才能を伸ばして活かせる。

発表の中では、山形県天童市の天童中部小学校における、「子供たちは有能な学び手である」という考えの下で子供に委ねる教育が、結果として個別最適・協働的な学びの機会の保障になっている実践事例、ギフテッド教育に起源はあるものの全米の一般授業でも取り入れられているSEM(全校拡充モデル)を日本の学校外でも使えるようにアレンジした「おうちSEM」の取組、日本最大規模の保護者団体である「ギフテッド応援隊」の活動などが紹介され、「日本のギフテッド教育の今」を網羅している印象でした。

海外の参加者からは「”ギフテッド”ではなく、”特定分野に特異な才能のある児童生徒”という表現は、何と賢明な言葉なんだろうと感心した」といった意見を聞きました。文部科学省は「ギフテッドという用語は、論者によってイメージが異なり、誤解や偏見にもつながるために用いない」と明言しています。

かつて日本に発達障害の概念が入ってきた際、海外のやり方や考え方を直輸入するのではなく、日本の風土に合うようにアレンジしながら現場に浸透させていった経緯があります。
松村先生の発表を聞きながら、「海外の動向を参考にしながら、日本ならではの支援体制を構築していくにはどうしたら良いのかな?」という「問い」が生まれました。

中島さち子氏(steAm株式会社 / 公益財団法人2025年日本国際博覧会協会)の発表より

中島さち子さん(steAm株式会社 / 公益財団法人2025年日本国際博覧会協会)
中島さち子さん(steAm株式会社 / 公益財団法人2025年日本国際博覧会協会)

インタラクティブ・メディア(対話型メディアまたは双方向型メディアの総称)が溢れる21世紀、私たちは多様化する好みや性格に応じて、自分だけの「個」を作り出すことができるようになりました。

「『創る」と『繋ぐ』は、現代のキーワードです」と言う中島さんは、インタラクティブ・メディアを活用し、プロフェッショナルな大人と子供たちとを繋ぐ活動事例を紹介されていました。新しい未来がすぐそこにあるような、ワクワクした気持ちになりました。

4 ギフテッド教育のガイドライン

ジュリア・リンク・ロバーツ教授(アメリカ)の発表より

ジュリア・リンク・ロバーツ教授(アメリカ・ウェスタンケンタッキー大学)
ジュリア・リンク・ロバーツ教授(アメリカ・ウェスタンケンタッキー大学)

ロバーツ教授が世界才能教育協議会(World Council for Gifted and Talented Children)の会長を務めていた際に、ギフテッド教育のガイドラインを策定したのだと言います。

「これらの原則は、ギフテッド教育と才能開発の将来に向けたベストプラクティス(最善の方法)、ポリシー、方向について個人が決定を下す際の指針になります」と、ロバーツ先生は言います。

APFG(アジア太平洋ギフテッド教育連盟)のギフテッド教育ガイドライン

「APFG」とは、「APCG」の上部組織であるアジア太平洋ギフテッド教育連盟のことです。本研究大会に合わせてAPFGのギフテッド教育ガイドラインが策定されました。

APFG ギフテッド教育ガイドライン策定メンバー

APFGギフテッド教育ガイドライン策定メンバー6名の写真

(写真向かって右から) ジェ・ユブ・ジャレッド・ジョン教授(オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学)/クエク・チュウィー・ギョク博士(シンガポール・シンガポール教育省)/クオ・チンチ教授(台湾・国立台湾師範大学)/隅田学 教授(日本・愛媛大学)/マンタク・ユエン博士(香港・香港大学)/パク・キョンビン教授(韓国・嘉泉大学)


APFG ギフテッド教育ガイドラインは8つのトピックから構成されており、下記のリンクからどなたでもご覧頂けます。

APFG Gifted Education Guidelines へのリンクは、コチラ

ギフテッド教育ガイドライン8つのトピック

  1. BEING GIFTED (才能)
  2. CREATIVITY (創造性)
  3. DISADVANTAGED GIFTED STUDENTS(恵まれないギフテッド)
  4. PARENTING GIFTED STUDENTS(ギフテッドの子育て)
  5. STEM(SCIENCE,TECHNOLOGY,ENGINEERING,MATHEMATICS)EDUCATION(科学・技術・工学・数学)教育
  6. TWICE EXCEPTIONALITY(二重に特別な)
  7. STUDENT WELL-BEING(子供の幸福)
  8. CAREER DECISION AND DEVELOPMENT(キャリアの決定と開発)

熱気溢れる「セッション」・「ポスター発表」

APCGでは基調講演も含めて約170件以上の発表がありました。

ギフテッド教育の研究って、こんなに奥深いのか!

一言で「ギフテッド教育」と言っても、扱っている対象や領域、テーマの多様さは圧倒的でした。それらの内容を少しピックアップしてみましょう。

セッション1日目・2日目

  • 才能教育の感情的側面~回復力とマインドセット
  • 才能教育におけるAIの活用
  • STEAM教育フレームワークにおける才能の育成ー科目別展望
  • 2e 
  • 日本のギフテッド教育 など 
  • インクルーシブな教室環境における才能教育
  • ギフテッドチェックリスト、尺度、その他の手段の使用
  • 教室/学習環境
  • 家庭と学校の協力と支援システム  など

セッション3日目・4日目

  • 才能教育の論理的・道徳的側面
  • 才能教育における公平性と優秀性のジレンマ
  • プログラム評価/体系的レビュー
  • 国際的視点と異文化コラボレーションの比較
  • 才能の概念
  • 教師の能力と専門能力開発 
  • ギフテッドのキャリア展望 
  • アート/リテラシー など
「教師に焦点を当てる」というセッションの中で発表をされていた高校教諭の中村順子さん
「教師に焦点を当てる」というセッションの中で発表をされていた高校教諭の中村順子さん

ポスター発表

  • 2eの学生リソースプログラム ~ギフテッドの伴走者~
  • ギフテッドのキャリア志向のためのセルフコーチングアプリ
  • 日本の小学校教師は児童生徒の発達特性をどのように認識しているか
  • デザインに基づく学習を3つの感情カリキュラムに統合するアクションリサーチ
  • デジタル技術の活用による小学校ギフテッド教育における情報能力の向上
  • 小児発達におけるギフテッドの潜在割合の検討 
  • 教師のためのディベート統合授業モデルに関する研究
  • ギフテッドのストレス解消法に関する研究
  • ギフテッドのSTEAM科学学習プロセスに統合されたプロジェクトベースの教育の影響 など
日本の小学校教師は児童生徒の発達特性をどのように認識しているか」の発表をされる上越教育大学の角谷詩織教授
「日本の小学校教師は児童生徒の発達特性をどのように認識しているか」の発表をする上越教育大学 の角谷詩織教授

各セッションにはそれぞれ発表者が複数人いましたし、タイトルを紹介できたポスター発表は、ごく一部にすぎません。こんなにも膨大な数のギフテッドの研究があることに驚きました。

日本人が「最優秀ポスター発表賞」を受賞

閉会式では、優れたプレゼンテーションを表彰するために、2 つの最優秀口頭発表賞と 2 つの最優秀ポスター発表賞の授与が行われました。

新井しのぶ先生(日本)の発表より

最優秀ポスター発表賞を受賞した新井しのぶ先生(日本・中村学園大学)
最優秀ポスター発表賞を受賞した新井しのぶ先生(日本・中村学園大学)

ノートをとるのが苦手だったり、授業に集中していないように見えた小学校4年生の女の子Aさん。
学級の中では、引っ込み思案で口数が少ない児童です。ある日、学校外で開催されている科学教室でAさんの姿を見た担任教諭は、「Aさんが、こんなに楽しそうに活発に活動している!」と驚きます。

そこから、「公立小の学級担任の先生」と「科学教室の先生」との連携が始まります。シンプルワンペーパー(※)を使ってAさんへの「効果的な教育支援」や「特に配慮を要する点」について一緒に考え、Aさんの育ちを見守りました。

シンプルワンペーパーについては、下記の記事で紹介しています。

情報共有の方法として、児童生徒のプロファイル・シートを1枚の紙にまとめ(動画内では「シンプルワンペーパー」と呼ばれる)、子供の特性を整理・共有しておく事例が紹介されています。

勤務校に「ギフテッド」が入学してくる! 教職員チームは、まず何をすべきか? 
新井先生のポスター発表より。困難さと才能の状況に応じての出現の濃淡を表す概念図
新井先生ポスター発表の図より引用。

「困難さ」と「才能」は常に併存しているわけではなく、同じ領域の学習活動であっても状況に応じて濃淡のある出現をすることを示した点が大変ユニークで評価されると共に、学校と学校外の教育連携の重要性を提案する研究でした。

新井先生のポスター発表の内容については、別の機会を設けて詳しく解説する予定です。どうぞお楽しみに! 

日本の先生方へ

APCGルポの最後には、APCG2024 実行委員会委員長 隅田 学教授に以下のようなコメントを頂きました。

APCG2024は、日本初開催、6年ぶりの対面開催でした。日本に学術母体もありませんし、期待ばかりでなく不安も大きかったわけですが、26ヶ国・地域から309名、ユースサミットは7ヶ国・地域から111名の申込がありました。計420名。これだけのギフテッド関係者が日本で集結したことは過去にありません。何かが変わる、日本で今まで議論されてきた才能教育、ギフテッド教育が変わる予感がします。

「ギフテッド」や「ギフテッド教育」は、メディア等を通しても知られるようになってきましたが、日本語で入手できる情報はその扱う範囲も量もまだ限られています。地域や所得等に係わる格差を超えて、子供一人ひとりの「強み」を育み、多様性の中で輝く個性が強調し合える社会を実現するためには、学校の先生方の理解と支援が不可欠です。才能ある児童生徒を取りこぼさないために、APCG2024で得られた日本全国、そして世界の仲間と共に、その教育支援の輪を広げたいと思います。

子供一人ひとりの「強み」を育み多様性の中で輝く個性が強調し合える社会を実現するためには、学校の先生方の理解と支援が不可欠

筆者も全く同感です。そのために先生方にお届けすべき情報は、何なのだろうか? 今回の密着ルポを通じて、そんな問いが生まれました。

取材・文/楢戸ひかる

パラパラと見るだけでギフテッド教育の「ポイント」がわかる1冊


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