菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #9 「コミュニケーション力が育つ」授業レポート① ~高知県高知市立三里小学校6年1組 <前編>
菊池省三実践の最新深化形を紹介する連載第9回。今回は、高知市立三里小学校の6年生に対する飛び込み授業導入部を、ポイント解説付きでレポートします。今後、この連載では、「コミュニケーション力が育つ授業」レポートを、随時解説付きでお届けします。
目次
教室に入ってからだけが授業ではない
菊池先生が教室に入ると、子供たちから拍手が起こった。
いつまでも拍手が続く中、菊池先生が、
「ある本で読んだことがあるんだけど……」と話し始め、そこで急に沈黙した。子供たちも黙り込む。
教師が意図的に突然黙りこむことで、子供たちも黙り込む。教室が一瞬で静かになる。
3秒後に、
「拍手はあまりだらだらしないで、だいたい3秒間くらいがいいそうです。じゃあもう一回やろうか」と話しかけると、うなずく子供たち。
菊池先生がいったん教室から出て入り直すと、再び子供たちが大きな拍手をし、3秒間でぴったり止まった。
だらだらと長く続いてしまいがちな拍手について、「3秒間で止める」という具体的な数字を挙げて指示。すぐにやり直しの体験をすることで、子供たちに実感させている。
すかさず、菊池先生が窓側近くの子供のところに行き、一人の男子と突然握手をした。
「みんなの礼儀正しさに対して、彼に代表してもらって握手しているんだけど、どうして彼と握手しているかわかる人?」と尋ねた。子供たちはみんなきょとんとした様子。菊池先生が続ける。
「さっき私が学校の玄関に入ってきたとき、彼は『菊池先生ですか?』と尋ねてくれました。礼儀正しいですね」
教室に入ってからが授業ではない。学校に入ってから、あるいは、学校の近くに来たときから授業が始まっている、という意識が大切。
「へえ」「うん、礼儀正しい!」と何人かがつぶやいた。
「はい、ここで拍手!!」
菊池先生の言葉かけに、教室にさっきより大きな拍手が鳴り響いた。
価値ある行為(菊池先生への興味と礼儀正しい挨拶)を取り上げ、何人かの「つぶやき」を活かしつつ、拍手でみんなに広げている。
具体的な秒数を挙げ、「静」と「動」のメリハリを生む
拍手の後、菊池先生は、黒板左側の5分の1のスペースに<迫力姿勢>と書いた。それを読むやいなやピシッと姿勢を正す子供たち。
菊池先生が<勢>の後に「い」と書き加え、前には小さめの文字で「○の」と書き添えた。
「○には漢字1文字が入ります」と言いながらチョークを手にし、
「ここを見ていないと素早く反応できないぞー」と伝えながら、ゆっくりと1画目を書き込む。
まだ誰もわからない。続けて2画目を書き込んだところで、「あ、わかった!」と、何人かの子が手を挙げた。
菊池先生は手を挙げた子供の一人に歩み寄り、挙げた手の指先を持ち上げながら、
「右手の中指の爪の先を天井に突き刺す!」と話すと、自信なさげだった手がピシッとまっすぐに挙がった。それを見て、他の子供たちが挙げた手も、同様にまっすぐになった。
「ちゃんと手を挙げなさい」という抽象的な表現ではなく、「中指の爪の先を天井に突き刺す」という具体的な表現の方が、子供たちの心に届く。
「じゃあ、3秒だけだぞ。隣の人に『あんた、本当にわかったか!?』と聞いてごらん」
菊池先生の言葉かけに、子供たちは大笑い。みんな笑顔で、隣の子に「あんた、本当にわかったか!?」と声をかけ合った。
その笑いが続く中、菊池先生が5分の1黒板に<切り替えスピード>と書き込み、
「今のように、○に何が入るか、2秒だけ隣の人と相談しましょう」と話すと、子供たちはパシッと切り替え、2秒間で話し合った。
一つの正解を求める問いではないため、“わからない子” “自信がない子” のために、友達と確認し合い、話し合う時間をつくる。
菊池先生は話合いを終える時間を見計らいつつ、5分の1黒板に<音を消す>と書きこんだ。
その後、「話し合いが終わったら、音を消す。いい教室ですね」と伝えると、教室はたちまち静かになった。
3秒間、2秒間と具体的な数字を示しながら、静と動を繰り返すことで、子供たちの学びにメリハリが生まれる。
「では、○に何が入るかわかった人?」
菊池先生が問いかけると、ほぼ全員が勢いよく手を挙げた。
前方にいる子を指名し、
「せっかくだから、話を聞いてなさそうな人をガン見しながら言ってください」と話しかけると、みんなからまた笑いが起こった。
発表者は「ガン見」するために全員を見渡し、他の子は「ガン見」されないために、発表者の方を向く。教室に自然と「話す姿勢」と「聴く姿勢」が整うことになる。
正解は、「心」。「心の勢い」。
「見える<姿>と『頑張ろう』という心の<勢い>、セットにしたものが<姿勢>です。はい、迫力姿勢を見せましょう」
その一言で、子供たちがさらにピシッとした “迫力姿勢” になった。
(この授業レポートは次回へ続きます)
※この授業レポートの後半部は、第10回をお読み下さい。
取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 ほかの回もチェック⇒
第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
第2回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <後編>
第3回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <前編>
第4回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <後編>
第5回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <前編>
第6回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <後編> ──高知県佐川町立黒岩小学校での授業より
第7回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <前編>
第8回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <後編>