指導案はあくまで案! 捨てる勇気も必要【全国小学校授業実践レポート 取材こぼれ話④】

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全国「授業実践レポート」 取材こぼれ話
タイトル 全国「授業実践レポート」 取材こぼれ話④

全国での取材校数900に及ぶ「教育技術」担当記者が、取材時の学校現場で見聞きした、先生方の役に立つ、ちょっとしたネタを披露します。

子供の思考が深まっていかないときは、指導案の後ろの部分を捨てる勇気をもつ

前回、研究授業の見方をしたのですが、今回は、実際に研究授業を行ったとあるベテランの先生の授業についてお話をしていきたいと思います。

これは、現行学習指導要領が告示されるよりも随分、以前のお話です。ある先生に授業取材をお願いしたのですが、その方は在籍している自治体でも、よい授業をなさると評判の先生でした。たまたま事前に授業を少し拝見する機会があったときも、子供たちが対話をし、頭も体もしっかり働かせていく、とても楽しく、すばらしい授業をなさっていました。そこで、ある企画に合わせて、授業取材をさせてほしいとお願いをしたのです。

取材については、校長先生にも快くOKをいただき、ご本人と詳細をご相談する運びとなりました。そのときに「指導案を作りましょうか?」と問われたのですが、それに対して「大変ご多忙でしょうから、無理にとは言いません。ただ、もし作ってくださるならば、記事に掲載させていただきます」と申し上げたのです。実際に、他校にも指導で出向かれる機会もあるような先生ですので、おそらく作ってくださるお時間はないだろうと思ったわけです。

その後、実際に取材に伺うと、とてもしっかりした指導案を用意してくださっていました。ただし諸事情あって、担任する学級ではない学級で授業を行っていただくことになっていたのです。

実際に授業が始まると、日頃、子供たちの性格や反応を十分につかんでいる学級ではないため、なかなか指導案で考えていたようには、子供たちは反応してくれません。当然、思考も深まっていきません。そのため、その先生はああでもない、こうでもないと、多様な問いかけや働きかけを行います。ですから、どんどん予定よりも時間が遅れていったのです。

ご苦労のかいがあって、なんとか授業の最後には、ほぼすべての子供たちが当初、予定していた通りの力を付けることができていました。ただし授業時間は15分近くも伸び、1時間近いものになってしまったのです。授業後にお話を伺ったとき、その先生は「ひどい授業をしてしまった」と、子供たちにも私たちにも申しわけないという顔をしておられました。

「単元の最後にめざす資質・能力を付けられればいい」

考えてみると、その先生は綿密な計画を立ててしまったため、加えて我々のような取材が来ていたために、その通りの授業を見せようとしてくださったことが、この問題の原因になったのだと思います。さらにその大前提として、日頃、よく知らない子供たちがいる学級での授業だったということがあります。

指導案も授業構想上は必要だが、大切なのはあくまで目の前の子供。

しかし、考えてみるとこのようなことは、よく知っているはずの、自分の学級の子供たちでも起こり得ることではないでしょうか。実際に大ベテランの先生方の口からも、「こう反応してくれるだろうと思ったら、全然違っていた」というようなことを何度も聞いたことがあります。

では、そうなったときにどうすればよいのでしょうか? 別の地域のある優秀教師の先生は、「捨てる勇気です」とおっしゃいました。「指導案はあくまで案です。だから、子供の思考が予想していたように深まっていかないときは、この時間にどこまで行けそうか実態に応じて考え、後ろの部分を捨てるのです」という趣旨のお話をしてくださいました。他の地方のベテランは、「付き合うこと」と言って、子供の思考の実態にとことん付き合うことが大切だとおっしゃいました。

例えば、算数・数学のような教科の場合、内容が明確に整理されているため、1時間の中で決められた内容を完結させようと思うはずです。しかし、子供の実態がそこまで育っていないのに無理に授業を進め、しかも先の先生のように、1時間の授業ではなく、45分で終わってしまうとすれば、どんどん積み残しをつくってしまう危険性が生じるでしょう。

そのため、学習指導要領では、「単元や題材など内容や時間のまとまりを見通しながら」、体的・対話的で深い学びを通して、資質・能力を育むように示しています。やはり、子供の実態に即して、時に計画を変更し、「単元の最後にめざす資質・能力を付けられればいい」と、割りきって考えられる勇気が必要なのではないかと思います。

さて、最後に余談になりますが、こうした体験を経て以降、私は「授業取材のために、指導案は書いていただかなくても大丈夫です」と言うようになりました。もちろん、優秀なベテランの先生であれば、子供たちの実態に応じて指導案を捨て、授業デザインを変更することは難しくないのでしょう。しかし、同時に私が知る限り、日本の先生方は非常に真面目な性格の方が多いため、いったん書いてしまったら、そこに縛られてしまうのではないかと思ってしまうのです。そこで「書いていただかなくて大丈夫です」と、言うようになったわけです。

もちろん研究授業を行うのであれば、指導案を書くことが求められるでしょう。そのときに、もし思うように子供の思考が深まっていかない場合は、「私の見通しが違っていました」「子供たちの実態に合わせて、ここをこう変えました」と言える先生のほうがすてきだな、と私は思うのです。これをお読みくださった先生方は、いかがでしょうか?

一見ブツ切れの授業はよい? 悪い?【全国小学校授業実践レポート 取材こぼれ話⑤】はこちらです。

執筆/矢ノ浦勝之

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