#6 お母さんの教えがノートにも表れています【連続小説 ロベルト先生!】

連載
ある六年生学級の1年を描く連続小説「ロベルト先生 すべてはつながっています!」

前文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官/十文字学園女子大学教育人文学部児童教育学科 教授

浅見哲也

今回は家庭訪問のお話です。家庭訪問は子供の家庭での様子を知り、幅広い子ども理解につながると同時に、自分の教育方針を伝えられるチャンスでもあります。

第6話 家庭訪問

六年生の生活が始まって1か月が経った頃、学校では家庭訪問が計画されていた。

家庭訪問が近づくと、子どもたちからは、

「先生、お茶とコーヒーどっちがいい? お母さんが聞いて来いって」

「先生、ケーキは好き?」

と質問された。

「いや、『お構いなく』ってお家の人に伝えておいてね。ありがとう」

と返す。本心は、そこまで気遣ってくれる保護者の方の思いが嬉しかった。

家庭訪問は、子どもの家庭での様子を知るチャンスであり、幅広い子ども理解につながる。子どもが帰宅する頃、保護者は家にいるのか。宿題ができるような落ち着いた環境はあるのか。趣味や習い事なども参考になる。あらかじめ共通して聞くことを頭に入れておく。

しかし、保護者に聞いてばかりの受け身ではいけない。家庭訪問は、直接保護者に自分の教育方針を伝えられるチャンスでもあるのだ。

教師たる者、教育方針の一つや二つはビシッと言えないと保護者は不安になる。とは言え、長々と話すことは避けたい。できるだけ簡潔に。長居は無用である。よほどの事情がない限り、どの家庭も15分程度と決めている。

家庭訪問が始まった。

今日は天候にも恵まれ、自転車で1軒目の家に向かう。そう、家庭訪問は、天候さえ悪くなければ自転車で行くようにしている。多くの先生は自動車で行く。そんな中で自転車で行くと、田園の多いこの地域では珍しがられる。

しかし、保護者の印象は意外とよい。何となく爽やかな感じがするのだろうか、それとも一生懸命さが伝わるのだろうか?

それからもう一つの利点は、一方通行や駐車場を気にすることがないので、車よりも正確な時間に訪問できるのだ。

「こんにちは。六年三組担任の朝見鉄也と申します。今日は、貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます」

多くの保護者は、仕事を休んだり、早退したりし、さらには家の掃除も普段以上に念入りにして今日の日を迎えている。そんな見えない苦労を察するのは、教師として当然のことだ。

「どうぞ、お入りください」

天候にもよるが、大抵は熱いお茶や冷たい飲み物が出される。一日に6、7軒回るとして、すべての家で出された飲み物を飲み干したら、お腹はたぷたぷになる。飲む量もほどほどにしないと途中でトイレに行けないだけに大変だ。

時にはケーキや和菓子を用意してくださる家もある。さて、食べるべきか? 私の判断基準としては、小袋入りのお菓子のような物なら、よほど進められない限りは食べなかった。しかし、生のケーキはいただいた。もちろん一度口をつけたら残さず食べた。

「これ、手作りのケーキなんです。よかったら召し上がってください」

こんな風に言われたら必ず食べた。せっかく今日のために作ってくれた好意を無にするわけにはいかない。

柏田美樹さんの家への家庭訪問で思いもよらぬことが起きた。居間に通され、正座をして待っていると、お母さんからお茶とある物が運ばれてきた。

「先生、美樹から聞きましたよ。梅干しが大好物なんですって」

「へっ?」

「この梅干し本当においしいから食べてみてください。どうぞ遠慮なく…」

「はっ、はい。ありがとうございます」

窓の外でニタニタする美樹

私は、梅干しを口に運ぶ。ふと窓の外を見ると、美樹がニタニタしてこちらを見ている。まんまとはめられた。はめられたのは私だけではなくこのお母さんも…。

とにかくその場はお母さんに恥をかかせないように笑顔で食べようとした。梅干しは好きな人であっても笑顔では食べられないので助かった。

「美樹さんは、お家で学校のことを話されますか?」

「ええ、本当によくしゃべりますよ。先生のこともいろいろ話してくれますよ。先生は20歳なんですって? 本当なんですか? あははははは…」

何も返す言葉がない…。

「宿題はいつやっていますか?」

「自分から進んでやるような子じゃないから、夜になってからやっているんですよ。学校から帰ってきたら、すぐにやるように言ってるんですけどね。えへへへへ…」

「そうですか。でも美樹さんは毎日宿題も提出していますし、ノートの使い方がとても几帳面ですね。計算ノートを見るとわかるんですよ。空白の無駄が少なく1ページをびっちり使いますからね。もしかして、食べた後のご飯粒なんかも残さないんじゃないですか?」

「そうなんです。それは昔からよく言っていますから」

「やっぱり。お母さんの教えがノートにも表れていますよ」

「そんなもんですか?」

「でも、こういうことって、とっても大事だと思うんです。ちょっとしたことでもいい加減にしないというか、気がつくというか。何でも最後まできちんとやることは、できそうでできないことですよ」

「美樹にも取り得があってよかったです」

「今は几帳面さとか真面目さとかが面白さよりも大事にされていない気がするんです。そこで特に1学期は、子どもたちに真面目の大切さに気づいてもらいたいと思っているんです」

「わかりました。今後とも美樹をよろしくお願いします」

「こちらこそ、ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

こうして、柏田美樹の家の家庭訪問は終わった。

帰ろうとすると美樹がひょっこり出てきて、何事もなかったかのように手を振って私を見送った。私は手を振り返しながら、美樹がお母さんに、本当は私が梅干しが嫌いなことを隠し通してくれることを祈るばかりであった。

今日の最後の家は、洋の家だった。母子家庭の洋は、母一人子一人で生活している。

「先生こんにちは。散らかっていますが、どうぞお上がりください」

「ありがとうございます。今日はお仕事じゃなかったんですか?」

「さっき帰ってきたところなんです」

「すみません。お疲れのところ」

「先生。うちの洋はどうですか? ご迷惑をかけていませんか?」

「いえいえ、迷惑なんてかけていませんよ」

私の頭の中には、長縄跳びの練習を途中で放棄し、あの捨てゼリフを残した洋の姿がよみがえる。

「洋くんは学校から帰ってくると、どうしていますか?」

「私が仕事から帰ってくるのは午後の6時頃なので、それまでには宿題をやっていたり、あとは友達とゲームをしたりしているようです」

「同じクラスの亮太くんが近くにいるから、よく遊んでいるみたいです」

「洋くんは、学校のことをお家でお母さんに話したりしますか?」

「ほとんど話しませんね。男の子だから仕方がないんでしょうかね?」

「そうですね」

「もう、洋くんは反抗期に入ったように感じますか?」

「そうですね。言葉遣いが乱暴になってきたかな…」

「でも、この前の休み時間に、一年生の子が転んで擦りむいたのを見つけて、保健室に連れて行ってあげていたんですけど、それはそれは優しい言葉をかけていいお兄ちゃんでしたよ」

「そうなんですか? そんな面もあるんですね」

「はい。優しいですよ。ところで洋くんはどちらかというと運動は自分からはやらない方ですか?」

「そうなんですよ。家ではゲームばっかりで、走ったりするのも苦手ですねえ」

「実は六年生になると親善運動会がありまして、全員参加の学級対抗長縄跳びという種目があるんです。私はその大会で、三組の子どもたちを優勝させたいと思っているんです」

「はあ…」

お母さんたちには、それがどんなものなのかがイメージできていないので、はっきりとしない返事になるのも無理はなかった。

「もし洋くんが、その練習のせいで学校に行きたくないとか言い出したら、私に連絡してくださいね」

「そんなに大変なものなんですか?」

「いえいえ、縄跳びがうまく跳べないからといって、罰を与えたり、仲間外れになるようなことは決してありません。どんなに跳べない子でも練習すれば必ず跳べますよ。とにかく本人が諦めないことが大切なんです。ですから、お家で何か悩んでいるようなことがあれば聞いてあげて、励ましてくれればそれでいいんです。ぜひお願いします」

「はい、わかりました」

「それから、10月にある親善運動会の日に、もしご都合がつくようでしたら、ぜひ応援に来てくださいね」

こうして1週間に渡った家庭訪問も、雨が降らずにすべて自転車で回ることができ、37名の家庭訪問を無事に終えることができた。

次回へ続く


執筆/浅見哲也(文科省教科調査官)、画/小野理奈 


浅見哲也先生

浅見哲也●あさみ・てつや 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官。1967年埼玉県生まれ。1990年より教諭、指導主事、教頭、校長、園長を務め、2017年より現職。どの立場でも道徳の授業をやり続け、今なお子供との対話を楽しむ道徳授業を追求中。

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