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「てびき」をキイワードに再発見する 伝説の教師 大村はまの国語授業づくり #8 一人ひとりの「安心」と「成長感」を生むグループ学習

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大村はま
連載「大村はまの国語授業づくり」バナー

日本教育史上突出した実践を展開し、没後20年を経た今も伝説として語り継がれる国語教師、大村はま。現役時代の教え子であり、その逝去の二日前まで身近に寄り添った苅谷夏子さんが、今、改めて大村はまの国語授業づくりの「凄み」を語る連載です。

執筆/苅谷夏子(大村はま記念国語教育の会理事長・事務局長)

一人ひとりの安心

「一人ひとり」ということばは教育にかかわる話の中に実に頻繁に出てくる。実際に教室の日常の中で、教師として文字通りに一人ひとりの子どもを心にも目にも留めて大事にするということはどういうことか。それについて考える際の一つの指標として大村はまの姿を紹介しようと思う。

大村はまは東京女子大を卒業後、長野県諏訪高等女学校で教師としての人生をスタートさせ、その数年後、当時の国語教育界を代表する蘆田恵之助に出会い、師と仰ぐようになった。

蘆田から大村が得た重要な指針はいくつもあるが、その一つが「安心」という着眼だった。

「(蘆田先生は、子どもたちが)安心している姿を見てほしいのであって、どの子がよくできたかと見てほしくないのに、(教室を)見る人は、なかなか学力があったとか、だれがいい答えをしたとか、そういうふうに見るでしょう。そうではなくて、みんなが安心して、われとわが力を伸ばしているという、そういう姿として見てほしいと思っていらっしゃる。(しかし、なかなかそこを見てもらうことはできず)先生の胸にあった悲しみのようなものが、なんとなくわかります。一種の孤独感、さびしさがあっただろうという気がします。」  

『大村はま国語教室2』(小学館)より

大村は国語教育の諸領域の中でもとりわけ話し合いを大事に育てようとしたが、そこでも「安心」は重要な鍵とされている。

「(話し合いのとき)話しことばがまずいなと思う子どもが、安心した顔でいないと困るんです。あせって、何か言わなくちゃ、言わなくちゃという気持ちでドキドキしている、そういう気持ちは全然話しことばを育てないのです。心配しいしい、ぼくだけだ、発言しないのは、などと思っていたりすると、そんな余計なことを考えていますから、よけい発言できません。…その子が、よく聞きほれて、安心して、あっそうかなあと思って安心して聞いている、そうすると、口があいてくるんです。安心して、安らかに、話し合いの雰囲気に入っているのです。…(安心してそこにいれば)たとえ発言しなくても学力というものはそんなに落ちないものです。考える力とか、そういう心配な力は落ちない。…安心していたら、何か言いなさいと言ってわざわざ当てたりしない方がその子はかえってしあわせ。」

子どものこんな心理を読み取っていること自体が、尊いことだと思う。集団の中で暮らしている子どもたちのこういった不安や焦りは、誰でも当たり前に経験していることであるのに、私たちは年を経て立場が変わると、そうした心のあり方を軽視しがちになってしまうのは考えてみれば不思議なことだ。
大村は一人ひとりの安心と納得を見取ろうと、こんなこともしている。

「(話し合いで発言ができないと)ひどく気にして、発言できなかったことを失策だったように思う、かわいそうな繊細な子がいるのです。そういう子どもを黙って帰してしまうと、いつまでもそれを思って考えているのは、かわいそうです。そういうときは、たいてい子どもから何か言ってきますが、言ってこなかったら教師から声をかけて、『あのとき考えていたことは何だったの』と聞いたりします。」

私自身を含め、大村の生徒たちの多くが「先生に大事にしてもらった」という言い方で大村と自分との関係を語るのだが、「大事にする」ことの内実はこんなふうに心を砕くことだったに違いない。と言っても「かわいそうだから、かばう、そっとしておく」というような同情心や甘やかし、諦めで消極策として安全が目指されているのではない。一人ひとりの子どもが不安や焦り、混乱や劣等感などに飲み込まれることなく、仲間の一人として安心してちゃんとそこに存在し関係している、そういう姿であれば、黙っている子も、今は力の弱い子も、必ず少しずつ育っていく、という見極めがある。目立った活躍の場を得づらい子どもにもそういう目を向けようとしたのが、蘆田であり、大村だった。そして、「いきいきとした教室」たらしめることを苦しいほど本気になって願っていた大村が、その「いきいき」の根源として位置付けたのが、「楽」でも「おもしろおかしい」でもなく、「確かな成長感」だった
一人ひとりの子どもがちゃんと力を獲得する実感を得ていること。その文脈で「安心」は語られている。安心の地続きにある成長。なんて高い目標だろうか。

私が大村教室の生徒だった昭和40年代、一学級は45人ほどだった。その45人の中学生を、45の魂、45の心、45の人生、と本気で受け止めるのに要するエネルギーとキャパシティーはどれほどのものだろうと驚かずにはいられない。一回の授業が予定通り進行した、混乱が生じることもなく、力のある子からいい発言も出て、まずは授業としてはまとまった、という全体としてとらえて概観する姿勢からは、「一人ひとり」の視線は容易に抜け落ちてしまうに違いない。生徒だった私はその頃まったく気づいていなかったけれども、45人の一人ひとりが「おとなしく」でも「無難に」でもなく、「安心して」着実に学んで、そして力を獲得している姿を実現するために、いくつもの手が打たれていたのだ。その一例として、グループ学習の時のてだてを紹介したい。

「グループ学習は非常に大事で、いやだの、要らないだのと言っていられることではないと思います。……グループ学習の指導は人と人とがいっしょに暮らしていることの価値、それは人生の価値、喜びかもしれません、そういうところを目ざしながら本気で手をかけて、気持ちをこまかく込めてやっていかなければならない仕事と思っています。」 

「昭和四十五年度に入った頃から、私は個別化ということを非常に重く考えるようになった。教育は結局個人である。学級もグループも、個人を育てるためのもの、個人の成長には、そうした大小さまざまな集団の中にあってこそ成されるものがあるからである。決して…手間省きをはじめとする便宜のための一群れ、一束ではないことをはっきりと考えるようになった。…個別化という観点から見て疑問の残る単元は取り止めるようになっていた。」

このグループ学習に対する志の深さは驚くほどだ。人と人とがいっしょに暮していることの価値、人生の価値、喜び…それを実感させたい、便宜のための群れや束ではない、と本気になって個人を考える。そういう大村はそもそもグループの編成について心を砕いていた。

「グループは大きな要素で単元学習の中によく使われますが、編成を気をつけないと単元学習に役立つグループにはならないと思います。能力別グループといってもよろしいし、個人差のグループといってもよろしいですが、そのときの仕事によって自分が意義を考えて編成するわけでして、私は、たった一時間のためにグループを編成することもございます。……グループの編成のことについては、とにかく、こまめに変えるということが、まず、大事だと思います。……ひとつの学習がすんだら、さっさと解散して、他の目的の勉強なら、そのために編成しなおした方がいいと私は思います。」

能力別グループであっても、グループがそれだけ頻繁に変わっていき、新しい単元に夢中になっている動的な状況の中で、生徒は妙な差別意識や優越感・劣等感などと共にグループ編成を捉えることはほとんどなかった。そもそも大村自身が生徒を能力による序列で価値づけていないことが、実は教室の「安心」の底流になっていたのではないか。こうした側面については、大村の残した代表的なことばの一つ、「優劣のかなたに」を中心に改めて別の回で書こうと考えている。

では、具体的にはグループはどんなふうに「意義を考えて編成」されていたのか。

たとえば資料を読むという要素が大きいある単元の際のグループ分けは次のような配慮でなされている。

まず一人ひとりの「読む力」に着目して評価一覧を作る。この場合の「読む力」とは、①読むことの速さ・②文章を読んで要旨をつかむことの速さと正確さと深さ・③要点をとらえることの速さと正確さ・④要点と要点との関係のとらえ方、の4点に絞られている。
その4項目で全員の力の現状を整理した上で、読む速さがそろっていること、要点をとらえる速さもそろっていることを重視して、グループは編成された。その理由について、「一人だけ読みがのろかったりすると学習が進まず速い子のためにもおそい子のためにもよくない。要点をとらえるのが自分だけおそいと、いつも自分で考えることができずに、ほかの人の考えに、うやむやのうちに従ってしまうことになりやすい。いつもせかせかしていて、焦らなければわかることもわからなくなってしまうこともある。

大量の資料を読む活動を含まない別の単元ではまた違った配慮でグループ分けがなされる。前回紹介した「ほめことばの研究」の際の実例を全集から見てみよう。

「この学習には、読みものの少ない、小刻みな発言の多くなるという特色がある。それで、グループの編成に当たって、特に、理解力と発言力とを取り立てて考えてみた。」

「理解力」については、この単元で「ほめことば」についていろいろ調べたり、比べたり、ランク付けしたりし、その結果を分析することを踏まえて、次のように捉えている。

  • ことばについていろいろのことがよくわかっている。
  • ことばについて考えが豊かである。
  • ことばについて意見を持っている。
  • 図表の読みなども深い。
  • 発表すべき内容を豊かに持てる。

「発言力」については、グループでの話し合いのときに、積極的に、機をはずさず、発言できるか、ということを捉える。

こうした視点での「理解力」「発言力」の二点について、大村はクラスの生徒全員をそれぞれ5段階で評価し、一覧表を作り、その表を元に男女各6つのグループを編成した。そして今回この単元では特に大村が第2、第3と名付けたグループが、特に注意を傾けて指導をする対象となっている。

第1グループは、理解力、発言力ともに5か4というような力のある生徒のグループ。
第2グループは、理解力は2や3、発言力は4といったグループ
第3グループは、理解力は4か5、発言力は2といったグループ
第4、第6グループは、2、3の変形あるいは中間型のグループ
第5グループは、理解力、発言力ともに弱いグループ

生徒に寄り添う大村はま

それぞれの能力グループの特徴について、大村は次のように考えている。

「第2グループは、いわゆるあまりできる子どもでない。しかし、気軽に口をひらく。それは長所でもあるが、時によって、あまり深く考えていないことを賑やかに話し出して、話し合い全体の程度を低くしたり、ことに、第3グループの子どもを、発言したくないような気持ちにさせてしまったりすることがある。(理解力に優れ、発言力の弱い)〇などは、にがり切ってしまうことがある。この学習では、とくに、そういうことになる心配があるので、ここ(第2グループ)に集め、一つには次に考えなければならないことを提出したり、もうひとつ考えないと話し出せないようにしたりして、(切り離すことで)口の重い子どもが、ゆっくり考えて、ゆっくり話し出せるようにしようとした。

第3グループは、いわゆるよくできるといわれる子どもに属する。いろいろわかっており、よい考えも心の中に育てているが、それを口に出す習慣がついていない。人の話を聞いて、そうだと思っても、自分もそう思うということを言う習慣がない。人の発言に連れてわいてきた、あるいは、心の中にまとまってきた考えがあっても、自分でそれを味わったり確かめたりして満足している。……(発言がないのは)元気がないとか、怠りとかいうことではない場合がほとんどである。この際、第2グループのようなタイプの子どもから別にして、気をつけて引き出して話させたかった。また、理解力では並ぶ(しかし発言力がよりしっかりとした)第1グループのような子どもからも離して、注意して指導し、この学習の発表会では、第1グループとあまり差のない活発な、いきいきとした発表をさせたかった。もし、発言力に重点をおかず、(第1と第3を混在させた)編成をしたら、(第3に属する)〇や〇は、伸びられないと思う。」

それにしても、こんなふうにして一人ひとりの子どものそれぞれ異なる課題を確かに意識して大事に育てようとした大村の姿勢には驚かされる。そしてその背景にある学力観が、単なる「テストの点数の序列による把握」ではなく、人間というものを広く、深く見ていることが痛感される。たとえば発言力にしても、わかっていても言わない子、ゆっくり考えたいために機を逃す子、深い考えのない発言を聞いて「にがり切ってしまう」子、自分の考えの中で満足している子、などが確かに把握されているのが尊いことだ。人が人を見る確かで温かな、実際的な理解が感じられて嬉しい。

一人ひとりの「安心」を求める具体的な営みは、こんなふうに重ねられていったのだ。

全集からもう一つ、大村の考え方がコンパクトによく表れている例を見てみよう

大村全集第7巻にある「単元 どの本を買おうか」は、新しく学級文庫に買い入れる本を考えていくという単元だった。学級会で図書委員から、読書の広がりを受けて学級文庫の本を増やそうという提案が出て、全員が支持した。生徒は100円ずつ出し合い、足りないところは大村が寄付して5000円の予算で購入する。ここまでは学級会の中で決まったが、担任である大村は、ここから国語科の単元として取り組むことを考えた。単に皆の希望を募って購入する本を決めるのではなく、もっとさまざまな側面から考えさせる単元としたのだ。「一つのことを考えるのに、何かを根拠とすることにまず気づかせ、……どんなことを根拠にすべきかを考えさせることができると思った」と大村は書いている。

  • 今ある学級文庫の本のリストアップ
  • 自分たちの読書傾向
  • 読書記録の中にある「読みたい本」のリスト
  • 本の希望の調査(個別の書名を挙げての調査ではなく、・動物と人間が友だちのようになっている本・中学生が主人公の物語・すごくこわい本・世界中を歩き回って、風俗とか習慣・しきたりなどを書いた本……といった具合に31の項目が並んだ「こんな本があれば読みたい」というてびきが用意され、アンケート調査が行われた)
  • 各出版社の図書目録

こうしたさまざまな材料をそろえ、検討して、グループ毎に購入案を作成し、グループの代表の話し合いで購入図書を決定するという単元になった。活動は個人で、グループで、全体で、グループの代表の話し合いを聞き手として囲んで、と変化に富み、はずんだ気持ちで進んだという。

「このグループの話し合いは、話し合う内容が具体的で、本を買うという目的が単純明快である。だれでも発言しやすい。みんなが発言できるよい機会である。そして、自然に理由や根拠をもってものを言い、理由や根拠を考えながら意見を聞くということを体験させ、実習させることのできるよい機会でもある。このよい機会を生かすために、グループの編成に注意した。」

●グループの編成

大村は、今回の活動の特色から考えて、子どもたちを次の5グループに分けている。

 じっくり考え、発言はややおくれるタイプ。しっかりした考えを少し遅れて言い出す。それで、この場合のように、深くというよりは広く見て意見を述べる場合には、やや不向きである。長所の生かせない場面である。

 ちょっと考えて、気軽にすぐ発言するタイプ。いわゆる発言の活発な子であることが多い。この場合は、あまり深く掘り下げて考えるという向きでなく、このタイプの子どもにとって活躍に適しているといえる。内容がこのタイプの子どもの向きと程度に合っている。楽しく活躍できる機会である。

D Aにもう一つ力の加わった子どもである。この場合、内容は、この子どもにとって少しやさしく、らくに考えらくに優れた意見が出せる。余裕のある生徒である。

 考えることも発言することも弱い。いつも思うような活躍のむずかしい子である。しかし、この場合は、内容が少しとらえやすく、何とか考えがつき発言もできる、めったにない、元気を出すよい機会である。

C ABDEのほかの子どもである。

この分け方は、「この場合のグループ活動の特色を中心にしているので、……他の面、たとえば、いわゆる学力は、まちまちであることはもちろんである。そして、グループ編成の実際にあたっては、その点も考慮することはもちろんである。また、それぞれの長所、短所についての指導は、もちろん必要であるが、この場合は、その指導は目標にしない。

この単元で育てたいこと、指導したいことは、最初から十分に絞られてグループが作られているのだ。欲張らない、また次がある、という姿勢があるからこそ、詰め込み過ぎずに割り切った、落ち着いたグループ指導ができたのだとわかる。

こうして4人のグループが編成された。その際の重要なポイントを大村は次のように挙げている。

(1) AタイプとBタイプとを同じグループにしないこと。Aが不快になり、グループ活動を好まなくなりやすい。
(2) BタイプとEタイプとは必ず同じグループにしないこと。Eは非常に学習がしにくい。
(3) DタイプとBタイプはなるべく同じグループにしない
(4) Bタイプは、Bタイプだけか、CタイプのBタイプ寄りと、できるだけ組むようにする。

大村はこう書いている。

「(能力別でない)混合グループで、できる子どものそばに年じゅう座っているできない子の気持ちというものを考えなければならないと思うのです。始終できる人のそばで、わがつたなさをひしひしと感じながらやっているというのは、どんなにつらいかと思います。……それで、そういう子を集めておいて、そのかわりとっておきの指導をする、そのほうがいいと思うのです。発表のときなんか、決して遜色があるようなことはさせません。……一方、できるほうの子どものグループには、かなりいいものができていても、少し意外な着眼点を見せて、奮起させるように、程度の高いものをぶつけますので、それこそ優越感に浸っているひまはありません。先生の代わりにできない子どものお相手をし、世話を焼く暇に、自分を力いっぱい伸ばす時期だと思うのです。自分が優れていることが意識できなくなるような、びっくりするような程度の高いものに出会わせたいと思います。」

「私の心のなかだけの指定席に着くのは、できない子ということではないのです。できる子のほうも同じことです。いわゆるできる、できないということでなく、いま、何かの点で、特に手をかけなければいけない時期にいる子どもということです。」


この細やかに一人ひとりの「安心」と「成長感」を見据えたあり方が、あのレベルの高い大村教室に不思議な明るさを生んだ。

もちろん大村教室を出たら、こんな深い配慮に基づく手が差し伸べられることはないだろう。大村の心の中の指定席は期限付きのもので、卒業後はそんなことは期待できない。世の中は甘くない。

けれども、大人になる練習をする学校という場で、こんなふうに見守られ、「安心」を守られながら、力を付け、それを実感し、自信を得ていくことができれば、自分の力でなんとか進んでいけるのではないか。その勇気をもらえるのはないだろうか。――15歳で大村教室を旅立った時の私は、そんなふうだった。

折々に一人ひとりの傍らに置かれ対話を生んだ椅子。大村の仕事のシンボルともなり、研究仲間が「黄金の椅子」と呼んだ。
折々に一人ひとりの傍らに置かれ対話を生んだ椅子。大村の仕事のシンボルともなり、研究仲間が『黄金の椅子』と呼んだ。
大村はまの肖像

<大村はま略歴>
おおむら・はま。1906(明治39)年横浜市生まれ。東京女子大学卒業後、長野県諏訪市の諏訪高等女学校に赴任。その後、東京府立第八高等女学校へと転任。すぐれた生徒たちを育てるが、戦中、慰問袋や千人針を指導、学校が工場になる事態まで経験する。
敗戦後、新制中学校への転任を決め、後に国語単元学習と呼ばれるようになった実践を展開。古新聞の記事を切り抜いて、その一枚一枚に生徒への課題や誘いのことばを書き込み、100枚ほども用意し、駆け回る生徒を羽交い締めにして捕まえては、一枚ずつ渡していったと言う。1979(昭和54)年に教職を去るまで、単元計画をたて、ふさわしい教材を用意し、こどもの目をはっと開かせる「てびき」を用意して、ひたすらに教えつづけた。退職後も、90歳を超えるまで、新しい単元を創りつづけ、教える人は、常に学ぶ人でなければならない、ということを自ら貫いた。著書多数。
2005年、98歳10ヶ月で他界。その前日まで推敲を進めていた詩に、「優劣のかなたに」がある。

<筆者略歴>
かりや・なつこ。1956年東京生まれ。大田区立石川台中学校で、単元学習で知られる国語教師・大村はまに学ぶ。大村の晩年には傍らでその仕事を手伝い、その没後も、大村はま記念国語教育の会理事長・事務局長として、大村はまの仕事に学び、継承しようとする活動に携わっている。東京大学国文科卒。生きものと人の暮らしを描くノンフィクション作家でもある。
主な著書に『評伝大村はま』(小学館)『大村はま 優劣のかなたに』『ことばの教育を問い直す』(鳥飼玖美子、苅谷剛彦との共著)『フクロウが来た』(筑摩書房)『タカシ 大丈夫な猫』(岩波書房)等。

ロングセラー決定版!
灯し続けることば
著/大村はま

「国語教育の神様」とまで言われた国語教師・大村はまの著作・執筆から選びだした珠玉のことば52本と、その周辺。自らを律しつつ、人を育てることに人生を賭けてきた大村はまの神髄がここに凝縮されています。子どもにかかわるすべての大人、仕事に携わるすべての職業人に、折に触れてページを開いて読んでほしい一冊です。(新書版/164頁)

https://www.shogakukan.co.jp/books/09840090

大村はま先生の貴重な講演動画!「忘れ得ぬことば」大村はま先生 白寿記念講演会 5つのことばがつむぎ出す、国語教育の源泉【FAJE教育ビデオライブラリー】〈動画約60分〉がこちらでご覧いただけます。

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