“当たり前”を科学の言葉で説明する理系学問の楽しさを伝える授業を 【連続企画 探究的な学びがカギ! これからの「理数教育」のあり方 #02】

特集
探究的な学びがカギ! これからの「理数教育」のあり方

日本では、いまだに高等教育機関の理系分野における女子の割合が低く、OECD加盟国の中でも最低水準となっている。理系へ進学する女子生徒を増やすために、重要なこととは何なのか。お茶の水女子大学理系女性育成啓発研究所長を務める加藤氏に、研究所の取組とともに、学校現場での理数教育のあり方について聞いた。

お茶の水女子大学 理事・副学長
理系女性育成啓発研究所長
加藤美砂子氏

東京都出身。中学・高校と生物部に所属する。お茶の水女子大学理学部生物学科卒業。同大学院理学研究科修士課程生物学専攻修了。東京大学大学院理学系研究科相関理化学専攻単位取得退学。理学博士(東京大学)。東京大学医科学研究所、川崎製鉄(株)、(株)海洋バイオテクノロジー研究所を経て、1995年にお茶の水女子大学に着任。植物のカフェイン生合成、微細藻類を利用した有用物質生産に関する研究などを行う。

この記事は、連続企画「探究的な学びがカギ! これからの『理数教育』のあり方」の2回目です。記事一覧はこちら

女子生徒に、理系に進学した先を知ってもらう

社会で活躍する理系女性を増やすためには、やはり女子中高生の理系への進路選択の加速が必要です。そのため、女子生徒に早い時期から理系に興味をもってもらうことが大切だと考えています。

本学の理系女性育成啓発研究所の前身は、2015年に文部科学省国立大学改革強化推進事業の一つとして、奈良女子大学と連携して設置した「理系女性教育開発共同機構」であり、これまで8年間にわたり、女子生徒の理系への進路選択の支援を行ってきました。

そのひとつが、2015年当初から開催している「リケジョ-未来シンポジウム」です。女子生徒に比較的近い立場の20代後半~30代の卒業生が登壇し、理系学部に進学したあとの学生生活や研究内容、卒業後の進路について講演を行います。このシンポジウムに参加する女子生徒の半数以上は、もともと理系に興味がある人。理系に進学した先で、どのような将来の選択肢があるのかを知りたいということで参加してくれています。理系女性のロールモデルが依然少ない今、将来像を具体的にイメージする機会として、好評いただいている企画です。

「女性は理系に向いていない」というアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)は徐々に解消されてきており、特に今の中高生自身には少ないのではないでしょうか。ただ、保護者や教員の理系に対する理解不足により、女子生徒の理系への進学を自信をもって勧められない、という現状もあるかと思います。そのため、当研究所では、女子生徒だけでなく、教員や保護者向けの啓発活動も行い、理系とはどういうもので、将来の選択肢にはどのようなものがあるのかを提示しています。

理系に進む第一歩は、自然現象に疑問をもつことから

当研究所の女子中高生向けの事業は、JST(科学技術振興機構)の「女子中高生の理系進路選択支援プログラム」に採択されています。JSTとの意見交換でよく出てくるのが、もともと理系に興味のある女子生徒だけでなく、今まで興味がなかった層にもアプローチする必要があるということ。それは確かにその通りで、性別のバイアスがあって、理系進学の選択肢を最初から考えていないような人に、少しでも理系のおもしろさを伝えられる機会があればいいなと思います。

そこで最近では、文理選択がまだ決まっていない中学生に対して、理系のおもしろさを伝える活動に力を入れています。

例えば、今年の10月に初めて開催する「食べ物に関心のある人たち集まれセミナー~ケーキを徹底解説~」。当研究所の名前に「理系」とついていることで数学・理科嫌いの中学生が敬遠してしまうと困るので、入り口として、題材を中学生が興味のありそうなケーキにしたのです。「ケーキに使うクリームの乳化の原理」や、「ショートケーキの苺の赤い部分は生物学的には果実ではない」など、“何となくおもしろそうだから参加してみたらサイエンスにつながっていた”というセミナーをめざしています。

というのも、理系の学問が生活に密接に関わっているということを知れば、「理系は何かとっつきにくいことをしている」という見方が変わると思うのです。料理なんかも科学ですよね。チャーハンを作るときにどういうタイミングで調味料を入れるとおいしくなるか。それを探究するのも一つの理系の考え方です。レタスがしおれたときに、60℃のお湯につけるとパリッとする。それはなぜなのか。葉にある気孔が60℃のお湯で開いて水分が入ってくるから。それもなぜなのか。そういうふうに、日々の生活で起こる現象を当たり前と思わず、疑問をもつことが理系に進む第一歩なのではないでしょうか。

学問はつながっていると意識すると、もっと楽しくなる

女子中学生に向けた取組として、学校に訪問しての講演会も行っています。今年の5月、中学2年生の女子を対象にした講演会は「イノベーションとは何だろう」というテーマで行い、「世界が広がった」などと非常に好評でした。

理系と文系が合わさると、どういうイノベーションが生まれるのか。例えば、本学の言語文化学科の先生が、建築、デザイン工学の先生たちと協働し、江戸時代の芝居小屋をVRで再現する研究を行っています。昔に描かれた芝居小屋の絵を元にして、三次元に組み立てるのですが、これは異なる分野の力が合わさるからこそできることですよね。

諸外国をみてみると、高校のときから文系・理系が分かれていることはあまりありません。日本は大学受験のシステムもあり、理系・文系にすっぱり分かれすぎているという印象です。文系のクラスに行ってしまうと、もう二度と理系に戻れないというように。さらに言うと、理系の中でも分野は様々なわけですが、化学に進んだら、もう物理や生物は関係ないというような狭い考えもあるのではないでしょうか。しかし、実際には大学の化学科を出て生物や物理の研究に移るような人はたくさんいるわけです。

また、企業においても、理系だけ・文系だけの発想だと、大きなイノベーションにはつながりにくい。ですから、「自分は理系だから理系しか勉強しない」ということではなく、他の分野にも目を向けていただきたいです。学問はつながっているという意識をもって大学に進学すると、もっと勉強が楽しめるのではないでしょうか。

女子生徒の理系進学を最後までサポート

女子生徒の理系進学支援においては、ただ進学数を増やすのがゴールではありません。理系進学をして学んだ女性たちが社会で活躍することが求められています。

そのため、当研究所では、「理系フロントランナー・シーズ発掘・育成・強化プログラム」として、大きく3段階で女子生徒の進路支援をしています。まず「発掘」では、先ほどのケーキのセミナーのように、まだ進路選択を意識していない層にアプローチします。「育成」は、「リケジョ-未来シンポジウム」など、理系に興味をもち始めた層に対し、理系進学へのモチベーションの増大を図ります。そして「強化」では、「リーダーシップセミナー」など、これからの社会を牽引する意欲を育てることを目標にしています。

令和5年度理系フロントランナー・シーズ発掘・育成・強化プログラム概要(JST ⼥⼦中⾼⽣の理系進路選択⽀援プログラム)

大学を卒業したあと、組織に属して働くだけが選択肢ではありません。起業し、自分のやりたいことを実現していくという道もあります。アントレプレナーシップ(起業家精神)教育を行っている大学は多いのですが、当研究所ではその前段階の中高生に対し、将来の道は様々だということを提示しています。特に本学はグローバル女性リーダーの育成を使命としていますから、研究所では、リーダーになりたいという女子生徒の意欲を、中高生の頃から育てられるような取組を意識しています。

2015年から活動を続けてきたことで、女子生徒だけではなく、中学校・高校の先生方にも認知度が高まってきて、セミナーの参加者もだんだん増えてきました。先生同士のつながりから、当研究所の取組を知ったという方もいらっしゃいます。「この研究所は常に何かを提供してくれる」と思ってもらえることが、継続して支援をしている強みです。どんな興味・関心の層にも対応し、理系進学の最後まで面倒をみます、いつでも何かを提供しますよ、という包容力のある研究所でありたい。そのため、今後の活動も、多様な視点での企画を考えています。

教育現場で、算数・理科をおもしろいと思ってもらうために

学校現場でできることは、まず算数・理科のおもしろさを伝えることですね。おもしろいと感じると、勉強する意欲は自然と湧くものです。

理科では特に、生徒からの素朴な疑問・質問が多く出てくるでしょう。そのときに、丁寧に答えてあげてほしいと思います。「わからない」「そういうものだから」で終わらせるのではなく、生徒と一緒になって考えてみるとか、寄り添った対応というのが大切なのではないでしょうか。

本学の附属学校のある先生から、理科の授業のときに、その発見の背景にある歴史を紹介する工夫をしていると聞きました。理科の教科書には、事実しか書いていないですよね。その発見の裏には何があったのか、実験などの背景を少し話してあげると、生徒が興味をもってくれやすいとのことでした。また、座学以外の学びの場は、やはり心に残るものがあるのではないかと思いますね。

今の学校現場において、性別で得意・不得意な教科を決めつけるような先生はいないと思いますが、例えば、理科の実験をグループで行うときに、男子が実験係で女子が記録係、というように性別で役割が固定されてしまうのはよくないですね。生徒が自主的に役割を決めたことは尊重されるべきですが、女子生徒が積極的に実験をやりたいと思ったときに、それを伝えられるような世の中でなくてはなりません。ですから、性別役割分担の雰囲気を打破し、性別に関係なくやりたい役割ができる授業づくりをする、そういうことが先生方には求められると思います。

学問に性差はありませんから。理系女性の裾野を広げるためには、教員自身の意識も変わっていかなければならないと思います。

自然科学のおもしろさは、“当たり前”を自分の言葉で説明すること

自然科学は、まず科学的真実があり、そこに迫っていくという領域です。何がこの原動力であるのかとか、この現象が起こる本当の理由は何なのかとか、科学的根拠にもとづいて説明できるようにする、ということです。そのため、「理系は難しそう」という先入観に陥る生徒も多いかと思います。

しかし、「当たり前だと思っていたことが、自分の言葉で説明できたときの楽しさ」といった喜びが自然科学にはあると思うのです。当たり前を当たり前と思わず、科学の言葉で説明してみようと試みるおもしろさがあります。難しい学問であるとか、暗記科目であるなどと捉えずに、ぜひ自然現象を説明できたときの楽しさ、うれしさを生徒に教えてあげてほしいと思います。

私自身、本学の生物学科に進学したひとりです。もともと生物に興味があり中・高で生物部に所属していたというのもありますが、理系に進学した決め手は恩師の存在でした。本学の卒業生でもある当時の生物の先生が、学問のおもしろさを教えてくださったのです。

理系の世界は常に自分が生きている世界と隣り合わせです。そう思って理系の学問を捉えなおすと、また別の見方ができて楽しめるでしょう。理系学問のおもしろさを生徒たちに伝えてくださる先生方や授業が、より増えていくことを願っています。

取材・文/橋本亜也加(カラビナ)

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