理想の学校への化学変化は教頭から‼ ~教頭カタリスト論~

連載
GKC(がんばれ教頭クラブ)

元山形県公立学校教頭

山田隆弘

「カタリスト」とは化学用語で「触媒」を意味します。化学反応を促進させるための物質のことです。そこから転じてマネジメントの世界では、「周りの人の行動や意識の向上を促進したり、良い刺激となるような人材のこと」をカタリストと呼びます。児童はもちろん、教員や各種職員、保護者や地域社会など、様々な層の人々が関与する学校というコミュニティでは、そのすべてと密接に関与できる教頭こそ、組織運営のカギを握っていると言えます。つまり、教頭がカタリストとなることで、様々な素晴らしい化学変化を組織にもたらすことができると言えます。具体的に見ていきましょう。

【連載】がんばれ教頭クラブ

組織の中心になっている教頭

1 学校経営におけるカタリスト~ミッションマネジメントしよう~

校長との信頼関係で、教頭の業務の難易度は大きく変わってきます。
校長は孤独な存在です。組織全体を俯瞰するような視点から活動していますから、その指示は現場の教職員にとって「遠くから聞こえてくる声」と受け止められることも多いのではないかと思います。
そしておおむね遠くから聞こえてくる声というのは、聞こえづらかったり、理解しづらかったりするものです。
教頭が間を取り持つことにより、校長にとってはより大きく具体的な声となり、現場の教職員にとっては、分かりやすく明瞭な指示となる手助けができるわけです。
わたしの実体験をもとに、少し補足の説明をしましょう。
以前の勤務校では、校長がよくマネジメントのお題を出してくれました。
例えば、「キミが校長だったら、どんな学校にしたいか、キーワードで示してみなさい」というようなことです。
このときわたしは、当時の学校の状況から「『ぬくもりのある学校』にしたいです!」と回答しました。
校長は、「なるほど! それ、いただきます」と、次年度の学校目標に採用してくれました。

次はこの校長の声を、いかに明瞭かつ分かりやすく教職員やスタッフに伝えるか、です。
皆さんも思い当たるフシはありませんか? 学校では、案外こういった役割や行動が抜けていることが多いのです。
私は教職員たちに
「スローガンで教育はできません。校長から示された学校経営の方針やキーワードをもとに具体的なデザインが必要なのです」
と、以下のような視点を交えつつ具体的な説明をしました。

 なぜ「ぬくもり」が必要なのか
 「ぬくもり」がある学校とはどういう学校なのか
 各分掌部で、各学級で、教育課程の中で具体的にはどんなことをすればいいのか
 児童がどういう姿になれば「ぬくもり」があると言えるのか
 どこでどんな評価をしてフィードバックしていくのか

そして、児童が登校する始業式・入学式までの間に、この教育目標の実現方法をデザインしていきましょう、と伝えました。
教育目標は、その時々の学校が抱える課題によって様々です。
「不登校児童をゼロにする」
「感動のある学校に」
「地域と共に歩む学校でありたい」
などなど…。ただ教職員と、この目標を共有するだけではなく、皆で検討し、解決策を考えていくことが大切です。不登校の場合は、丁寧で迅速な対応を行うためのチーム編成を行ったり、感動ある学校づくりに向けて、音楽のイベントを実施したり、地域との連携では教育課程と公民館の事業を融合させたり、といった具体策を実施し、それぞれが成果を上げました。

この手法は「ミッションマネジメント」と言われるものです。
経営理念や共通の大きな目標を組織に浸透させ、メンバーがそれぞれのポジションで使命を遂行し、評価と改善を繰り返しつつ発展させていく、というものです。
教職員やスタッフたち一人一人に個別にミッションを与えていくのは、現場を熟知する教頭だけができることです。
前出の「ぬくもりのある学校づくり」というミッションであれば、次のように示します。

学習指導を統括するあなたの立場から、授業改善で一人一人に学習が成立するような学習方法を提案してください。一人一人が分かる、達成感ある温かい授業をつくってほしいのです

不登校傾向の児童が数名います。これらの児童が学校に来られるようにする方法を考えてください。教室が温かく安心できる場所にしたいです。まず教職員研修から始めましょう。どんな研修をしかけましょうか

事務用品が使いにくいようです。児童が動きやすく活性化したいです。まずはものを自由に使えるようにしたいです。教職員や児童がどうすれば気軽に利用できるようになるでしょうか。置くスペースや方法などをぜひ研究してアイデアを出してみてください

ぬくもりのある学校とは、それぞれの健康を常に気遣う学校ということです。暑い時期の熱中症対策が急務です。児童の命を守るために、どんなことができるか。今年は特に力を入れたいです。保健室からぜひ発信してみてください

一人一人の児童が表現して発信できて、しかも交流ができる場面をたくさんつくりたいです。掲示教育担当として、『ぬくもり』を感じられる掲示の方法を考えてください。若いセンスを期待しています!

いつも校内の壊れた箇所を発見して、修理をしていただいてありがとうございます。その時にたくさんの児童に声をかけてくれたり、対話をしてくれたりしていますね。今年もぜひ継続してください。あなたのファンの児童がたくさんいるのです

そして、このように言ったからには、必ず評価しフィードバックしていきたいです。「あなたのミッションを常に見守っている」という姿勢でいましょう。要は、教頭はミッション伝道師になり、対話と信頼による価値共創型の組織をつくっていくことが大きな目的です。

2 教職員間のカタリスト~風通しの良い、信頼感あふれる職場に~

人間関係で最も大事なことは、お互いの信頼感です。職員室に温かい空気感があれば、それは教室や地域へと波及していきます。学校経営を左右する重心は、職員室にあると言っても過言ではないでしょう。
そして、職員室の人間関係を構築する上で絶好のチャンスとなるのが新年度です。新しく異動してきた人との顔合わせを起点として、職員室の空気感を良い方向へと導いていきましょう。
そのために必要なこと。それは、「各人の良いところを、全員に向かって褒める」ということです。
教員は児童を褒めたり、評価したりすることには慣れていますが、自分が褒められたり、労われたりすることは少ないのではないでしょうか。
職場は人生の大半を過ごす、大切な場所です。
そこで自分が必要とされていると思えること=「ここが自分の居場所だ」と感じられることによって、人は心の安定を得、その居場所をさらに良いものにするために思いを巡らせるようになります。
そのために、この新年度のメンバー紹介を使わない手はありません。それぞれの人の美点を、あなたの言葉で皆に伝えて、心の絆をつくっていきましょう。
わたしは、こんなふうにスタッフを紹介していました。

みなさん、今日は新たなる風がふいてきました! まず、新任者をご紹介いたします。こちらは私たちの新しいリーダー、名前は○○○○せんせいです! 以前わたしは一緒に勤めていました。○○校長はコーヒーを飲むとまるで一休さんのようにアイデアが湧き出るとか…。おいしいコーヒーをわたしたちにもぜひお願いします。よろしくご指導ください!

次に、我らが教員陣の中で一番のギャグメーカーと言えば、やっぱり◯◯せんせいでしょう! ○○せんせいはお酒を飲ませると、おもしろいギャグを連発します。シラフのときも、ぜひ遠慮なくお願いします(笑)。ギャグセンスそのままの、楽しい学級経営を期待しています!

そして事務官の○○さん、彼女の笑顔はまるでこの学校の日の出のようなもの。何か困ったことがあれば、彼女に相談すると必ず解決策が見付かるんですよ! 仕事もでき、高速キーボードタイパーです。すごい速さですよ。とにかく常に温かい事務室になりそうですね。入り浸って仕事の邪魔してはダメですよ!

そして算数専科の○○先生! 算数界の貴公子、算数界のプリンス…と言いたいところですが、実は趣味はトライアスロン! あの華奢な体から想像できないほどの持久力を誇っているんです! 持久戦に強い算数の授業を期待しています!

さらに続きますよ! 2年めの新人の○○先生! 体育科卒だけあって、さわやかな笑顔でスポーツ万能。児童からの人気は絶大です。そして、実はかなりの甘党! 職員室のお菓子は瞬く間に消えてしまうかもしれません。みなさん、要注意です! 何か力仕事を頼むときは、お菓子のえさでつってください!

次に、養護教諭の新任○○せんせい、優秀な看護師でもある○○せんせいは、児童たちの守護天使のような存在です! 彼女の元気さと温かさには驚かされます! たくさんの児童に接して天使ぶりを発揮してくれるでしょう。児童の健康で疑問があったら、真っ先に頼りにしてください!

栄養教諭の◯◯せんせいは、○○小学校からの異動です。学校ランチの魔術師として毎日子供たちを魅了していたそうです。お一人でスペシャルスムージーの研究をしているそうです。ぜひレシピを聞きたいものです。これから本校でどんな魔術を披露してくれるかわくわくしています

そして、本日は残念ながらご欠席ですが、給食調理員の○○さん、技能スタッフの○○さん、スクールサポーターの○○さん。
みなさん、この学校の大事な仲間です! 彼らがいるからこそ、私たちは笑顔で毎日を送ることができるのです! これからたくさんお話をして距離を縮めていきたいです

新任者には取材をしておこう

新しくメンバーに迎え入れる人には、誰もが興味をもっているはずです。
新メンバーが少しでも早く職員室の空気に馴染んでもらえるよう、会話のネタになるような豆知識をあらかじめ仕入れておき、新任の紹介時に披露するのが大変効果的です。新任者からも、「この人は自分のことを大事に思ってくれている」と信頼度が上がりますよ。

① 赴任前に来校してもらったとき、雑談を多めに。趣味や特技やエピソードを引き出す

② 履歴書や各種調書を見ながら、ネタになりそうなことを仕込んでおく

③  勤務校の知り合いに取材して、その人の評判や長所、特性などを取材しておく

④ 上記が難しいときは、「趣味」「特技」「日常生活での嗜好品」「家族ネタ(おもしろい家族紹介)」「勤務校や学生時代にがんばったこと」などのアンケートに答えてもらう

3 地域コミュニティと学校のカタリスト~教育の広がりを求めて~

新年度は他の地域から教職員が移動してくることも珍しくありません。せっかくの機会ですから、あなたが率先して新任者を案内し、地域の皆さんと改めて会話をすることで、関係性をより良いものにしていきましょう。

①事前準備

●訪問先のリストを作成する
●スケジューリングし、電話で訪問先に訪問予定時刻を伝えておく
●新任者のプロフィールをまとめ、経歴、専門分野、趣味などを含めた紹介文を作成する

②訪問

●スケジュールに従って各地を訪問する
●新任者を紹介し、新任者からも自己紹介してもらう
●お相手が不在の場合は、簡単なメモを添え、上述した新任者の紹介文書をポスティングする

③不在者へのフォローアップ

●訪問時不在者があった場合、ポスティングしたことを電話やメールで伝えておく

こういった丁寧な手法で新任者を地域に紹介しておくと、地域の学校に対する信頼感が高まり、後日、何か問題が生じたり、協力が必要になったりする場合に、地域から協力してもらえる可能性が高くなります。
公共機関、公民館、学童保育所、地区の委員、PTA関係者、同窓会関係者、交番(駐在所)、お寺、郵便局、学校医や保健医療関係者などから候補をリストアップしましょう。

かの武田信玄は、強固な城を持ちませんでした。
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」
という和歌で詠まれているように、大きな城や高い石垣や深い堀などの「ガワ」よりも、重要なのは生き生きと活躍する「人」であるという考えを持っていました。
学校はまさに教員や児童生徒といった「人」で構成されるものですから、たとえ、きれいな校舎、充実した教材、満ち足りた教育環境があったとしても、「人」に和がなければ、どうしようもありません。この名言は学校経営にぴったり合う言葉ではないでしょうか。信玄公はまさに、戦国時代のカタリストだったのではないかと思います。

イラスト/坂齊諒一


山田隆弘(ようだたかひろ)
1960年生まれ。姓は、珍しい読み方で「ようだ」と読みます。この呼び名は人名辞典などにもきちんと載っています。名前だけで目立ってしまいます。
公立小学校で37年間教職につき、管理職なども務め退職した後、再任用教職員として、教科指導、教育相談、初任者指導などにあたっています。
現職教員時代は、民間教育サークルでたくさんの人と出会い、様々な分野を学びました。
また、現職研修で大学院で教育経営学を学び、学級経営論や校内研究論などをまとめたり、教育月刊誌などで授業実践を発表したりしてきました。
『楽しく教員を続けていく』ということをライフワークにしています。
ここ数年ボランティアで、教員採用試験や管理職選考試験に挑む人たちを支援しています。興味のあるものが多岐にわたり、様々な資格にも挑戦しているところです。


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