深谷圭助先生の言葉が育つ教室ー「辞書引き学習」からひらく語彙指導#6 「現代仮名遣い」と「外国語の表記」―駅看板「こくさいせんたー」から考える

「辞書引き学習」で著名な深谷圭助先生が、「量子認知学」の考え方を基に「AI時代における語彙教育のあり方」について提案する全10回連載。安易にデジタルディバイスに頼ることなく、子どもたちの語彙力を確かに伸ばす実践を、毎回具体的に提案します。
執筆/深谷圭助(中部大学教授・『例解学習国語辞典/小学館』編集代表)
目次
駅の看板の前で
先日、ある市営地下鉄の「国際センター」という駅で、駅名が「こくさいせんたー」と、すべて「ひらがな等」で書かれた表示を目にしました。
まだ漢字やカタカナを知らない外国人、学び始めの方にも読めるように、という配慮なのでしょう。
ありふれた光景です。
「こくさいせんたー」。
この七つの「ひらがな」と、一つの「符号」。そのなかに、日本語の表記をめぐるいくつものしくみが、静かに折り重なっているからです。
そして、それは、私が長く取り組んできた「辞書引き学習」とも、深いところでつながっていました。正しいルールに基づいた、言葉の学習のヒントがこの看板に詰まっています。
かな文字や日本語で用いる「符号」を教える小学校の先生方には、ぜひ関心を持っていただきたい、ことばづかいのルールについて今回は触れてみたいと思います。
「ー」は、じつはカタカナではありません
まず、末尾の「ー」に目を向けてみます。
私たちはこの符号を、カタカナ語とともに見慣れています。そのため、なんとなく「カタカナの一部」だと思い込みがちです。
けれども、「ー」はカタカナではありません。
これは長音符号(ちょうおんふごう)、長音符(ちょうおんぷ)と呼ばれる、独立した符号です。
つまり「こくさいせんたー」は、「こ・く・さ・い・せ・ん・た」という七つのひらがなに、長音符号「ー」が添えられたものなのです。
「ー」がカタカナ専用の記号だという決まりは、どこにもありません。
ですから、ひらがなの語尾に「ー」がついても、それ自体は誤りとは言えないのです。
「ぁぃぅぇぉ」を、ご存じですか
この看板を見て、もう一つ思い出したことがあります。
以前、ある先生から、こう尋ねられたことがありました。
「小文字の『あいうえお』——『ぁぃぅぇぉ』は、正式な日本語なのですか。」
「ぁぃぅぇぉ」という文字そのものは、たしかに正式に存在します。
ただし、「あいうえお」を感覚的に小さく書いてよい、という意味ではありません。
「ぁ、そうなんだ」「ぇー!」のように装飾的に小書きする使い方は、携帯メールなどから広がった新しい表記であって、文化庁が定める「現代仮名遣い」に基づくものではないのです。
では、「ぁぃぅぇぉ」は、どこで正式に使われるのでしょうか。
それは、外来語・外国語の音を書き表すときです。
「ファ」は「フ+ァ」、「ティ」は「テ+ィ」、「ウェ」は「ウ+ェ」、「ウォ」は「ウ+ォ」。
単独では日本語の音節をなさない小書きの仮名が、ほかの仮名と組み合わさって、はじめて意味のある表記の単位として働くのです。
小学校で学ぶ「小書きの仮名」も、この延長線上にあります。
子どもたちは「あ・い・う・え・お」を学んだあと、つまる音の「っ」、ねじれる音の「ゃ・ゅ・ょ」を学びます。つまる音、「がっこう」「さっぱり」などの語において、小さく「っ」と表記される音を「促音(そく音)」といいます。ねじれる音、「きゃ」「きゅ」「きょ」などの語のように、一音節が仮名2文字で表記される音を「拗音(ようおん)」といいます。
けれども、「ぁぃぅぇぉ」を、それらと同じように使える独立した文字として教えるわけではありません。
「ぁ」は、「あ」の小さい版のようでいて、「あ」と同じようには使えない。少し特別な位置にある文字なのです。
こうしたルールを正確にご存じの小学校の先生は、どれほどいらっしゃるでしょうか。
私たち教師自身、普段、どれほど意識してきたでしょうか。
「現代仮名遣い」と「外来語の表記」、二つのルール
日本語の表記のよりどころには、大きく二つの柱があります。
一つは「現代仮名遣い」、もう一つは「外来語の表記」です。
政府(内閣告示)が定める「現代仮名遣い」は、和語・漢語の書き表し方を対象とします。
長音は、「おかあさん」「にいさん」「くうき」のように、母音の仮名を添えて書くのが原則です。
そして大切なのは、「現代仮名遣い」が、外来語・外来音の書き表し方を、そもそも対象の外に置いていることです。
一方、同じく内閣告示で定められた「外来語の表記」は、外来語を「原則として片仮名で書く」としています。
そのうえで、長音は「原則として長音符号『ー』を用いて書く」と定めています。
「エネルギー」「ゲーム」「テーブル」「パーティー」。いずれも「ー」で長音を表します。
つまり、「センター」を「センター」と書くのは、外来語だから自由に「ー」を使えるからではありません。外来語の表記では、長音を「ー」で表すことが原則になっているからなのです。
「せんたー」か、「せんたあ」か、「せんたぁ」か
では、この駅名の書き方に、ほかの選択肢はないのでしょうか。
まず確かめておきたいのは、外来語は原則として片仮名で書く、ということです。
ですから「センター」を通常の表記で書くなら「センター」が標準です。
「ひらがなで書くのが標準的か」と問われれば、答えは「いいえ」です。
そのうえで、あえてひらがなで書くとしたら、長音をどう表すか。候補は、三つあります。
「せんたー」
「せんたあ」
「せんたぁ」
標準は「せんたー」です。
「センター」は外来語ですから、その長音は、ひらがなで書くときにも「ー」で表すことができます。
「センター→せんたー」という書き換えは、長音という音の情報を、そのまま保っているのです。
「せんたあ」は、長音を母音の「あ」で表した書き方です。
まちがいではありませんが、「あ」を添えるのは、本来は和語・漢語の長音のための書き方でした。
外来語の音を写すなら、やはり「ー」のほうが自然でしょう。
では、「せんたぁ」はどうでしょうか。
ここで大切なのは、「ー」と「ぁ」とでは、そもそも役割がちがう、ということです。
「せんたー」の「ー」は、「センター」の長音を、そのままひらがなの表記にしたもの。
「せんたぁ」の「ぁ」は、最後の音を小書きにして、やわらかさや雰囲気を、目で見て感じさせる工夫です。
実際、「せんたぁ」のような書き方は、漫画や広告、商品名、幼児向けの表記などで、くだけた印象を出すために使われます。
標準的な表記として「せんたぁ」が「せんたー」より正しいわけではありません。
けれども、書き手が雰囲気を込めて選ぶことは、十分にあり得ます。
ですから、こう整理するのが、いちばん正確です。
一般的な日本語の表記としてなら「せんたー」。
固有の名称として、あえて「せんたぁ」と定めているのなら、その「せんたぁ」もまた成立する。
子どもと考えるなら、こう問いかけてみるのもよいでしょう。
「ふつうは『ー』を使うけれど、なぜ『ぁ』で書きたくなるお店があるのだろうね。」
表記がもつ「表情」の豊かさに、子ども自身が気づいていきます。
「まだ習わない段階では、決まりはない」
ひらがなを学んでいる一年生の教室で、私はよく、こう声をかけます。
「聞こえた音を、ひらがなで書いてみよう。」
「きのう、おかあさんと すーぱーへ いきました。」
子どもたちは、耳で聞きとった音を、知っているひらがなで一生けんめいに写そうとします。
ここで大切なのは、「まだカタカナを習っていないのだから」と、書く手を止めてしまわないことです。
この点について、国立国語研究所も、示唆に富む見解を示しています。
まだ片仮名を習っていない子が「ぼーる」「そーす」と書くとき、どう教えたらよいか。
その答えは、「まだ習わない段階では、決まりはない」というものでした。だから、書いたものをそのまま認めたり、しばらく待ったり、ときに決まりを少し示したり。相手を見ながら対応すればよい、というのです。
国立国語研究所ことば研究館「ぼおる・そおす」
https://kotoba.ninjal.ac.jp/qa/yokuaru/qa-13/(2026年9月17日アクセス)
国立国語研究所のスタンスは、「まだ習わない段階では、決まりはない」ということでしたが、「外来語の表記」の「原則」からすれば、「ぼうる」は間違いで、「ぼおる」が正しいということは、言葉も指導をする教員は知っておくべきでしょう。「ボール」には外来語表記が求められるので、「ぼ」の音便が「お」に連なるので。「ぼおる」と表記すべきなのです。「学校」が「がっこお」ではなく「がっこう」になる、現代仮名遣いのルールとは異なるわけです。とはいえ、実際、慣用的には「ボウル」は用いられていて、そうした場合には、文化庁はそれに従うこととしています(一部の教科書では、「ボール」を「ボウル」と書くこととしているものがあるようです)。
子どもは、和語と外来語のちがいに気づき、片仮名の「ー」も使いこなすようになるといいますが、これは「教えなくてよい」ということではありません。習うべき時期が来たら、片仮名も、外来語の「ー」も、きちんと教える。そのことは、いうまでもなく大切です。自然な習得を待つことと、時期が来たらきちんと教えること。その両方があって、はじめて、子どもの表記は確かなものになっていきます。
辞書を引くと、どんなカナ表記になるのか
辞書を引くとき、その語がどのようなカナ文字表記になるのかを知ることは、とても大切なことです。
例えば、「ファッション」という語を引かせてみます。
「ファッション」のなかには、「フ・ァ・ッ・シ・ョ・ン」と、通常の大きさの仮名と、小書きの仮名が入り混じっています。
子どもには、こんな疑問がわいてきます。
「『ァ』は『ア』なのかな。」
「『ッ』は『ツ』なのかな。」
日本語の文字が「一文字=一音」という単純なしくみではないことを、辞書を引くという行為を通して、子どもは早い段階で体験するのです。
長音符号もまた、辞書のなかで独特のふるまいを見せます。
「こくさいせんたー」を辞書の見出しとして考えたとき、それは「こくさいせんたぁ」でも「こくさいせんた」でもありません。
ところが、五十音順に並べるときには、これを「こくさいせんたあ」として扱います。
『日本国語大辞典』をはじめ、主要な辞典は、配列の規則をこう定めています。
長音符号「ー」は、直前の仮名の母音と同じものとして並べる、と。
ですから「せんたー」は、並べ替えのうえでは「せんたあ」の位置に置かれます。
「せんたぁ」と小書きの「ぁ」に直すのではありません。
「ー」を、直前の「た」の母音「あ」に読みかえて、位置を決めるのです。
ページをめくり、「せんたあ」の位置に見出しを見つけたとき、子どもは「ー」が「あ」として並んでいるしくみに、自分の力で気づきます。
「あっ、『あ』のところにあった!」
子どもは「せんたー」と書いたものを、「せんたあ」と書き直す必要はありません。
見出しの表記は「せんたー」のまま、辞書の配列のうえでだけ「せんたあ」として処理される。
この「示される文字」と「探すときの位置」の違いに気づくことこそ、辞書というしくみを理解する鍵になります。
日本語は「一文字=一音」ではない
「こくさいせんたー」という一語を、もう一度ながめてみましょう。
「こ・く・さ・い」は通常の仮名。「せ・ん・た」も通常の仮名。「ー」は長音符号。そして全体としての「せんたー」は、外来語。
「ー」は小文字ではありません。
「ぁぃぅぇぉ」は長音符号ではありません。
「っ・ゃ・ゅ・ょ」は小書きの仮名です。
それぞれが異なる役割を担い、文字の形・音・語・意味の関係は、決して一対一ではないのです。
文字を読む。文字の形に気づく。音との対応に気づく。語のまとまりを認識する。
辞書引き学習が育てようとしているこの過程は、「一文字=一音」という素朴な理解が崩れるところから、本当の意味で始まるのかもしれません。
AIに聞けば一瞬、それでも辞書を引く意味
この連載で繰り返しお伝えしてきたのは、便利であることと、学びが深まることは、必ずしも同じではない、ということでした。
生成AIに「こくさいせんたーは、ひらがなだけで書いていいの?」と尋ねれば、整理された説明が数秒で返ってきます。たいへん便利です。
けれども、あまりに早く答えが示されると、子どもは「なぜだろう」「ほかの見方はないかな」と考える前に、「わかった」と思ってしまいがちです。
辞書を引くという行為には、答えにたどり着くまでに、必ず「あいだ」があります。
ページをめくり、似た言葉と出会い、少し迷う。その「あいだ」の時間こそが、子どもが自分の頭で言葉を考える時間です。
「ー」がどこに並ぶのか、という小さな問いも、AIに聞けば一瞬で済みます。
だからこそ私は、あえて辞書のページのなかで、その答えに出会わせたいと思うのです。
おわりに――子どもの「あれ?」を取りこぼさない
駅の一枚の看板から、ずいぶん遠くまで歩いてきました。
「こくさいせんたー」という何気ない表示は、私たちがふだん意識せずに使う日本語表記の、驚くほど豊かなしくみを映し出しています。
子どもが辞書を引きながら、ふと立ち止まる瞬間があります。
「『ァ』って、『ア』のこと?」
「『ー』って、どこに並ぶの?」
その小さなつまずきの一つひとつが、言葉の世界の奥行きにふれる、貴重な入り口です。
その問いを取りこぼさず、子どもと一緒に立ち止まってみること。
そこから、言葉が育つ教室が始まるのだと、私は思います。
一枚の看板の前で、私自身がそうしたように。


<筆者プロフィール>
ふかや・けいすけ。子どもの自ら学ぶ学習意欲と語彙力、言語活用能力、読解力を短期間で圧倒的に高める「辞書引き学習法」の開発・提唱者。子どもの学習意欲の低下や学力低下といった問題を打開する確かな指導法として、教育界で一際注目を集めている。その効果の高さから国内の教育現場はもちろんシンガポールなど海外でも導入されている。講演では子どもたちに実際の指導を行うことで学習意欲と学力向上を実感できる内容を盛り込み、また、教育現場における正しい指導法を伝授する。
