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「てびき」をキイワードに再発見する 伝説の教師 大村はまの国語授業づくり #10「本気で読む人」を育てる単元

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大村はま
連載「大村はまの国語授業づくり」バナー

日本教育史上突出した実践を展開し、没後20年を経た今も伝説として語り継がれる国語教師、大村はま。現役時代の教え子であり、その逝去の二日前まで身近に寄り添った苅谷夏子さんが、今、改めて大村はまの国語授業づくりの「凄み」を語る連載です。

執筆/苅谷夏子(大村はま記念国語教育の会理事長・事務局長)

「読む人」を育てる試み

以前にも書いたことだが、大村はまは「一人前の言語生活者を育てる」ことを自分の仕事と考えた。国語の試験でいい成績を上げるために国語教育をしたのではなく、一生ことばを使って生きていく、その力をダイレクトに、国語教師として責任をもって育てようとした(この覚悟の大きさは驚くほどだ)。

そのようにことばの力というものを大きく見たとき、「読む力」をどのように捉え、育てようとしたのか。それは第9回でも触れ、読む力を「正解へ速く到達する力」としてのみ捉えることへの疑問を書いた。テストで測りやすい力だけが「読む力」の代表のように扱われるとき、こぼれ落ちるものがある。では、大村はまが育てようとした「読む人」とは、どのような姿だったのか。

他の誰でもない、いまここにいる「自分」がことばを仲立ちに「本」に出会うこと、そのものを鮮やかに体験させて、読むことの味わい、手ごたえ、醍醐味を実際に知らせること。「本気で読む人」を現に教室に生みだすこと。そしてそうしたことを、評価のためにするのではなく、知への好奇心に導かれながら自分で歩む感覚を知らせること。

今回は、こうした「本気で読む人」を生むことを願った実践を紹介しようと思う。大村はまが教師生活最後の年1979(昭和54)年、有名な「花火の表現くらべ」の直後、中学1年生が取り組んだ単元「知ろう、世界の子どもたちを」だ。

この年は国際児童年であり、前年にそれが報道された時から大村はこれをふまえた学習をと考えていた。全集4巻の導入部分にはこんなことばがある。

国語教室をもっと…なまなましい現代性に触れているものにしたいという気持ちが、かねて私の中にあったからであると思う。

10年、20年たてば、どうしても同時代の人として、互いに関係しあいながら生きていかなければならない、世界の、現在の子どもたちである。その中に、日本の子どもたち、私たちの教え子もいる。なんとか、平和に、少しでも幸せに生きられるようにと願っている。それには、なんといっても、知り合うことが第一歩であると思う。知る、知ってもらうくふうと努力が大切であると思う。いろいろの華やかな発言も、この地道な努力なしには浮き上がってしまうと思う。

この単元は、はじめは「知ろう、世界の子どもたちを。知らせよう、日本の子どもたちを」と考えていたのであるが、時間の都合上、前半の題にしたのである。

教師のキャリアの最終盤にあった大村はまが(そして、自分も戦争を経て心底その苦難を味わった大村はまが)、世界の、現在の子どもたちの未来がなんとか平和に、少しでも幸せに、と願いながら、国語教室を営もうと本心で思ったことは尊いことだ。東京都大田区の小さな公立中学校の小さな図書館に集まった40人ほどの庶民の子どもたちに、大村は本気になってその願いを託し、それにダイレクトにつながる道を示したのだ。道は細く、頼りなげに見えるかもしれないが、ダイレクトにつながるのは確かだと考えていた。

単元「知ろう、世界の子どもたちを」の学習の流れ

【資料をあつめる】

まずは世界の子どもたちの姿を伝える資料の収集が前年のうちから始まった。以前にも書いたとおり、大村は新しい単元の土台を、子どもたちと共に資料収集から始めることが多かった。本と新聞などの記事をスクラップブックに貼ったものが作成されていく。資料が増えていくことで、子どもたちはこの学習を楽しみにしはじめ、教室の気分が盛り上がっていったという。最終的に集まった資料は、本が41冊、20~30枚の記事を貼りこんだスクラップブックが4冊となった。一部はコピーして同時に皆が読めるようにしている。

本の一部を紹介しよう。

『世界のみなさんへ』ヘクスレイ(偕成社)五十数か国の子どもたちの声、
『世界の子供たち』(新潮社)写真集
『シンガポールの日本人学校』日高博子(講談社)
『トンガ子連れ日記』井上冨紗子(立風書房)
『小さい目のフランス日記』根本長兵衛(朝日新聞社)
『わが少年時代のニューギニア』マタネ(学生社)
『遥かなるラオス』久保田初枝(時事通信社)

こうした本を選ぶ際に、大村は「新しいもの、現在出ているものにした。深くはないかもしれないが、新鮮であるという資料である。古いもの、歴史的なものにも心を惹かれたが、入手が困難であり、やはり、そこに描かれている生活は今日の実際から遠いのではないかと思われた。そして、その底を流れる不変なものを捉えたりすることは、1年生にはむりに思われた」と書いている。こうした見極めの良さが大村の仕事の大事な基本になっている。

【80言語のことばを聞く】

こうやって集まった多彩な、新鮮な資料を前に、「知ろう、世界の子どもたちを」の単元が始まる。最初に皆で味わったのは、資料の一つ「世界ことばの旅」(日本コロンビア)という二枚組のレコードだった。世界の80言語のカタログと銘打ったもので、それぞれの言語で、その土地の神話や童話の冒頭を語ったり、祈りのことばを唱えたり、歴史や生活について話したりしているという。80番目にはエスペラント語も登場する。もちろん語られる80の言語の意味はわからないものの、ひびきや雰囲気の違いを味わうことができて、おもしろかったという。レコードに添えられた解説で、それぞれの概要はわかったはずだ。しかしその意味を超えた何かが教室に流れただろう。てびきには「地球上には、こんなにたくさんの美しいことばがあった。人類のことばの多様な響き」とある。聞きながら、印象を一言書きとめるようにしたという。

長い準備期間を経て、大きな構えで始まる単元が、80の言語によるさまざまな話をただ聞くところからスタートさせるというところは、非常に大村はまらしい。文化の豊かさに肌で触れる時間を大切にしている。どうせ誰も意味がわからないだろうから、そんなレコードをみんなで聞いても、無駄だ、と考えていない。この豊かでおおらかな視線が教室の風土を肥沃なものにした。

【目のつけどころのてびき】

次の時間からいよいよ「世界の子どもたちを知る」ために、資料をどんどんと読む段階が始まる。
冒頭で「目のつけどころ(着眼点)のヒント」というてびきが配られた。目のつけどころ(着眼点)と言い直しているところは、語彙を育てる意識が行き届いた大村の日常的配慮の一例だ。中学1年生の語彙が豊富になるためには、暮らしの中でのこういう出会いが有効だった。そのてびきの一部を紹介する。

知ろう 世界の子どもたちを ―目のつけどころ(着眼点)のヒント

1,日常生活のようす、毎日の暮らし
2,学校・家庭以外の生活のようす
3、親と子の生活
4,兄弟姉妹の生活
5,学校 ―どんなことを、どんなふうに、勉強しているのか
6,学校 ―先生と生徒との生活
7,友だちとの交わり
8,友だち ―男子と女子の交わり
9,どんな友だちが好かれているか
10,どんな友だちが尊敬されているか
11,どんなことで叱られているか
12,どんなことでほめられているか
13,けんか、意見の合わないとき
14,なやみ、どんなことになやんでいるか
15,働く生活
16、いやがっていること
17,あそび
18,楽しみ
19,希望、どんな希望をもっているか
20、どういうことを大切に、大事なことと考えているか
21,恥としていること
22,感動するのはどういうときに、どういうことで
23,理想にしていること
24,将来に対する考え方
25,戦争、平和に対する考え方

このてびきは、この後、第43項まで続いている。ここに挙げられた着眼点を見ると、大村が「世界の子どもたち」の今を、たんなる情報、統計データとして扱おうとしているのではないことがくっきりとわかる。私たちと同じように、家族と暮らしながら学校へ行き、遊び、何かを喜んだり、悲しんだり、望んだりしながら一日一日を暮らしている、その「人」の営みにリアルな視線を誘おうとしている。世界が具体的な姿を立ち表すさまを本の中で見せようとしているのだ。ここに大村はまのてびきの一つの特色がいかんなく表れている。大村はこうやって言葉で、世界の鮮やかな光景につながる小さな窓を開けてみせる。

生徒たちは、じっくりとこのてびきに向き合った後、一つの書棚に集められた本やスクラップブックを個々に読み進めながら、てびきの視点を意識しながら事実を拾いあつめ、カードに記入していく。

「本は、ただ始めから終わりまで読むのではない。目的と資料に合わせて、速読み、斜め読み、拾い読み、要点読み、熟読、精読など、いろいろの読み方を選ぶ。」大村がそう話したら、生徒たちは「なぜかとてもおもしろそうに笑う」と全集に記されている。このとき、中学1年生がとてもおもしろそうに笑った気持ちが、私にはわかる気がする。

本や資料をそんなふうに、自分で態度、スタイルを決めて読むような自由と自律をぽんと渡されることが、子どもには新鮮で、意外でもあり、愉快でもあったのだ。「とてもおもしろい」と思ったのだろう。読み方は私が私の目的や観点で選び、決める、それを知ったこと自体が、「読む人」の背を押す。

【読む どんどん読み、メモをとる】

この後、授業時数4時間を使って、子どもたちは「世界の子どもたち」の姿に迫っていった。時数としては4時間でも日数としては8日あったので、自宅で読みすすめた生徒が多かったという。宿題になったわけではない。自分の仕事を自分の判断で持ち帰り、進めたということだ。

「授業のない日でも、本を返す、本を借りる人で、書架のまわりがよく混み合っていた。放課後、スクラップを見ていることも多かった。また私に、インドの子どもの話とか、アメリカの子どもの考えが意外であったとか、いろいろの話を聞かせてくれた。」

一項目を1枚のカードにメモしていくが、1年生にはメモの加減は難しかったという。

「カードの書き方があまりくわしくて、読む時間より、書く時間の方が長くはないかと思われる子どもに対して、程度をのみこませることが難しかった。資料をもう一度見たければ見られるように、出所を書いているのだから、メモは、もう見られないという気持ちで写すのではない、と指導したが、なかなか書きすぎは直らなかった。」

こういう「仕事の作法」のようなもの、もっと言えば「思考の作法」のようなものは、どの単元をも貫く重要なもので、「なかなか直らない」にしても実地の中で必要感とともに体得されていくわけだ。

子どもの研究は、どれもそうであると思うが、研究として、そう高いレベルに達することはできないと思う。内容的には、とるに足りないものといえよう。しかし、その研究の進め方は、本格的でありたいと思う。今度の学習も、資料の扱い、カードの使い方などの指導には力を入れた。

こうした大村の冷静な見極めと、その上での本格志向は、大村教室の生徒にとってある独特の安心と誇りに結びついていたように思う。もちろん「とるに足りないもの」と、大村は生徒には言わなかっただろう。しかし、絶対的な価値を求められているのではないし、また、甘やかして手放しで「素晴らしい」とほめるはずもないことは自明だった。今できるかぎりのことを、本格的に、本気ですることを求められたことが、教室に知的な明るさを生んでいた。

子どもたちのメモをまとめた表も全集には掲載されている。それぞれのメモには、資料のどこに原文があるか、位置も示してある。

*しつけ(ほめる、しかるについて)

アメリカ ・罰は賞より効果が少ない ・叱る方法、夕食ぬき。 ほめてしつける。
タイ ・叱るのは体罰が一番
ソ連 ・理由を説明する説得調。子どもの自立心と集団生活への適応性。
イギリス ・世界一厳しいしつけといわれている。
フランス ・食べ物を残し「ママに叱られる」しつけがものをいう。詰め込み教育はしない。
日本 ・どうもあまくなってしまう。
*教育

スウェーデン ・国語の授業のようす タイプライターの練習、機械でのトレーニング
インドネシア ・絵本、工作、色紙を切ったりちぎったり ・しつけや図画工作中心
フランス ・冒険物語や絵日記風の学校紹介に混じった詩 ・自由研究
タイ ・少年僧 仏典の勉強
*働く生活

メキシコ 汗だくで窯にマキをくべていた
アメリカ 息つく間もない忙しさ。
イギリス 働いている母にかわって、皿洗い、アイロンかけ
インドネシア 母親代わりに地方出身の少女が子守(1%)
キューバ 2、3年生男子100人が汗を流しながら下草を刈っていた。
タイ 学校から帰ると母を助けてガチョウを世話し、弟の面倒をみる

このようなメモを増やしていきながら、子どもたちはどんどんと読み進めていった。資料一覧にチェックを入れながら、できれば全部を読みたいと一生けんめいになっている。まだ読んでいない本を探すと誰かが借り出していた、ということが増える。読む勢いが増していった。

花を愛した大村はま

【多彩なグループ発表会】

そしてグループに分かれて、6日、6回にわたって発表会が開かれる。発表のスタイルのヒントを記したてびきもユニークだ。

発表の形を考える(ヒント)

1,劇
2,対話・話し合い(二人の仲良し。あやつり人形を使って)
3,日記、学級日記
4,インタビュー
5,手紙
6,ひとつのお話(出来事) それをどう思うか。

世界の子どもたちの日常に迫ったこの単元の終末の発表に、このような広がりがヒントとして示されているのも、楽しく、そしてふさわしいことだ。形式的な報告書を読み上げるというようなことは、最初から想定されていない。

テーマとしては、1,日常生活(叱り方とか、遊び方とかはこの中に) 2,働く 3,学校生活 4,希望、夢 5,楽しみ 6,ほしいもの 7,―のお金があったらどう使うか、 8、好き嫌い を準備する。1から4は中心となるが、5から8は軽く一言、中休みとして。

一つのテーマで二つ、三つの形があってもいい。日常生活などはいろいろの面があるので、ある場面は劇に、ある事がらは対話に、またある場面の気持ちは日記に、というように。また日記も、一人の日記ではなく、いく人もの日記にするとよい。

グループが、いつもみんなで一つのことにかかるとは決まらない。劇なども、めいめい一人ずつ作って発表しあい、どれかに決めたり、二つ一緒にしたり、直したりする。 

単元を締め括る発表会が、その内容に似あう多彩さと豊かさ、広がりを持ち得るように、大村がさまざまな手立てをヒントとして示していることがわかる。この発想の自由なあり方は、生徒たちに歓迎されただけでなく、いつのまにか伝染していく。感化といっていいかもしれない。

記録によれば、個人で資料を読むのは11月9日に終え、翌10日からは発表の計画、相談、制作、練習が始まる。第一グループの発表は11月21日。それまでの授業時数は7時間。教室は活気に満ち、仕上げに近づくと「ときどき、異様にしんとしたり、また、急に声高になったり」したという。

次にあげるのは、第1回、第4回の発表会のプログラムだ。

第1回 世界のここに、こんな子どもの生活がある その1

開会のことば

1,てい談 ドイツの子どもたち ドイツ担当3人
2,放送劇 おばあさんとその孫の一日 アメリカ担当4人
3,放送劇 夕食のひととき アメリカ担当4人
4,対談  楽しいお祭りの日(あやつり人形、指人形とともに) スウェーデン担当3人
5,放送劇 弱肉強食の国で生き延びる子どもたち インド担当5人
6,日記  アラーの神に仕えて インドネシア担当4人

閉会のことば
第4回 世界のここに こんな働く子どもの生活がある

開会のことば

1,インタビュー ブライアン君にきく アメリカ担当3人
2,談話 生活のために インド担当4人
3,日記 手伝い トルコ担当2人
4,てい談 ぼくも一人前だ トルコ担当3人
5,てい談 メキシコの子どもたち メキシコ担当3人
6,談話 働く生活・働く子どもの姿 スペイン担当2人
7,手紙 アルジェリア系の男の子から フランス担当2人
8,日記 美容院で スウェーデン担当1人
9,日記 働く生活 アメリカ担当1人

閉会のことば

第1グループの発表の終盤におかれた放送劇「弱肉強食の国で生きのびる子どもたち」のシナリオの一部を見てみよう。この劇の4分の1ほどにあたる冒頭部だ。

 日常生活(放送劇)「弱肉強食の国で生きのびる子どもたち」

X この夏、私は、熱帯の国インドを訪れた。くらくらと目まいのするような暑さだ。その暑さの中、私はある一家を訪ねた。彼らは、そこら辺一帯では、金持ちであったと思う。

A 私は、今11歳よ。もう立派なおとなだわ。私の起床は6時半。それから、1キロの道のりを、カメを頭の上にのっけて水運びをするの。慣れれば、そう苦にはならないわ。それに、はだしだから、つまずいてもたおれないし、気持ちがいいの。

B ここでは、水が足りないんだ。水は貴重品というわけさ。炊事、せんたくは池でできるけどな。飲み水は、ちょっとな……。

X でも、その池では、水浴、牛の世話もするのだろう?

B ああ、それがどうした。ぼくらは、子どものころ、あの池で排便もしたぜ。その池はとてもにごっていて、どぶみたいなものだ。

X 彼らは学校に通っていないし、はだしだ。しかし、この国では、この一家は、豊かなほうなのだ。
次に私は農村を訪ねた。

C 学校? そんなの行ったことないや。

D だれかが行ってるってことは聞いたことあるけど……な?

C ああ、だけど興味ないや。そんなとこ行くよりも、羊や牛たちといっしょに働く方がいいさ。

D あなたは、昨日、この村に来たんでしょう?

X ああ、そうだよ。昨日一日世話になって、ごちそうになったんだ。
チャイ、バナナ、チャパティー、野菜カレー、ヨーグルト。君たちも、いつもこういうもの、食べているんだろう?

C まさか。なあ?

D ああ、ぼくらの食事は、朝、水とローティ、昼、牛乳とローティってものさ。

E ここではお客が来れば、ごちそうをするのが礼儀となっているんじゃよ。なあ、お若いしゅう、あんたが食べたのは、その家の、最高のごちそうというわけなんじゃよ。今年はまあまあ豊作だったから、みんな元気なのじゃがな。5年ほど前の大ききんのあとは、ひどかったからのう。食べ物は木の実だけじゃった。
 ……

このように、放送劇では、自然な会話でそこで暮らす子どもの姿を浮かび上がらせようとして、かなり練り上げられ、資料のあちこちで収集したであろう暮らしの細部がしっかりと考えられた位置をしめている。読んだことが読み手たちの心に積もって層をなし、光景を形づくっていることに驚く。そして、自分たちが知り得たことを、大事に思っていることも伝わってくる。13歳の子どもたちにも、それだけのことができるのだと思うと、敬意に近い気持ちが涌いてくる。

そして単元の最後には、まとめの文章を個々に書いた。世界の子どもたちについて、知りえたこと、考えたこと。身につけた力などを文字にしていった。

44の国の子どもの生活を描いた本や資料を読んだこと、読むうちに一つ一つの鮮やかな事実に惹きつけられたこと、そもそも最初から、大村が「いま、世界で暮らす、みなさんと同じような子どもたちの姿を知ろう」と、心の底からの誘いをしたこと。そうやって始まったこの単元は、読むということが、世界に目を向け、知ろうとすることに重なり、読めば心が動き、驚いたり、おんなじだと喜んだり、苦境に胸を痛めたりと、連動せずにはいられなくなったこと。もちろん彼らが読んだ本は、世界のある小さな一角を切り取ったものであって、それがすべてではないことは当然だが、くっきりとした姿で実在を示した。言葉が世界をその分だけ広げたのだ。

中学校の国語の授業で、読むということがこういう行為であることを熱中とともに体験することの意味は大きい。その時の限界というものは常にあるが、その限界の範囲内で、読むことの本質を外さず、一人ひとりが我が事として精一杯読み浸り、それを劇にしたり、日記に書いたりして、他者にも示そうとした。こうやって、ダイレクトに読む力そのものを、大村は大きな望み(平和と幸せ)とともに働きかけ、育てていったわけだ。

「本気になった時の力を力とみる」という大村のことばは、こういう教室を頭に置いて言っている。「本気になったとき、読み取るべきものはちゃんと読み取ることができるものだ」という証言も、こういう子どもたちの姿が背景にある。

大村が育てようとしたのは、与えられた問題に答える子どもではなく、ことばを手がかりに世界へ歩み出す「読む人」だった。

大村はまの肖像

<大村はま略歴>
おおむら・はま。1906(明治39)年横浜市生まれ。東京女子大学卒業後、長野県諏訪市の諏訪高等女学校に赴任。その後、東京府立第八高等女学校へと転任。すぐれた生徒たちを育てるが、戦中、慰問袋や千人針を指導、学校が工場になる事態まで経験する。
敗戦後、新制中学校への転任を決め、後に国語単元学習と呼ばれるようになった実践を展開。古新聞の記事を切り抜いて、その一枚一枚に生徒への課題や誘いのことばを書き込み、100枚ほども用意し、駆け回る生徒を羽交い締めにして捕まえては、一枚ずつ渡していったと言う。1979(昭和54)年に教職を去るまで、単元計画をたて、ふさわしい教材を用意し、こどもの目をはっと開かせる「てびき」を用意して、ひたすらに教えつづけた。退職後も、90歳を超えるまで、新しい単元を創りつづけ、教える人は、常に学ぶ人でなければならない、ということを自ら貫いた。著書多数。
2005年、98歳10ヶ月で他界。その前日まで推敲を進めていた詩に、「優劣のかなたに」がある。

<筆者略歴>
かりや・なつこ。1956年東京生まれ。大田区立石川台中学校で、単元学習で知られる国語教師・大村はまに学ぶ。大村の晩年には傍らでその仕事を手伝い、その没後も、大村はま記念国語教育の会理事長・事務局長として、大村はまの仕事に学び、継承しようとする活動に携わっている。東京大学国文科卒。生きものと人の暮らしを描くノンフィクション作家でもある。
主な著書に『評伝大村はま』(小学館)『大村はま 優劣のかなたに』『ことばの教育を問い直す』(鳥飼玖美子、苅谷剛彦との共著)『フクロウが来た』(筑摩書房)『タカシ 大丈夫な猫』(岩波書房)等。

ロングセラー決定版!
灯し続けることば
著/大村はま

「国語教育の神様」とまで言われた国語教師・大村はまの著作・執筆から選びだした珠玉のことば52本と、その周辺。自らを律しつつ、人を育てることに人生を賭けてきた大村はまの神髄がここに凝縮されています。子どもにかかわるすべての大人、仕事に携わるすべての職業人に、折に触れてページを開いて読んでほしい一冊です。(新書版/164頁)

https://www.shogakukan.co.jp/books/09840090

大村はま先生の貴重な講演動画!「忘れ得ぬことば」大村はま先生 白寿記念講演会 5つのことばがつむぎ出す、国語教育の源泉【FAJE教育ビデオライブラリー】〈動画約60分〉がこちらでご覧いただけます。

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