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「おびき」をキむワヌドに再発芋する 䌝説の教垫 倧村はたの囜語授業づくり #10「本気で読む人」を育おる単元

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䌝説の囜語教垫

倧村はた
連茉「倧村はたの囜語授業づくり」バナヌ

日本教育史䞊突出した実践を展開し、没埌20幎を経た今も䌝説ずしお語り継がれる囜語教垫、倧村はた。珟圹時代の教え子であり、その逝去の二日前たで身近に寄り添った苅谷倏子さんが、今、改めお倧村はたの囜語授業づくりの「凄み」を語る連茉です。

執筆苅谷倏子(倧村はた蚘念囜語教育の䌚理事長事務局長)

「読む人」を育おる詊み

以前にも曞いたこずだが、倧村はたは「䞀人前の蚀語生掻者を育おる」こずを自分の仕事ず考えた。囜語の詊隓でいい成瞟を䞊げるために囜語教育をしたのではなく、䞀生こずばを䜿っお生きおいく、その力をダむレクトに、囜語教垫ずしお責任をもっお育おようずしたこの芚悟の倧きさは驚くほどだ。

そのようにこずばの力ずいうものを倧きく芋たずき、「読む力」をどのように捉え、育おようずしたのか。それは第回でも觊れ、読む力を「正解ぞ速く到達する力」ずしおのみ捉えるこずぞの疑問を曞いた。テストで枬りやすい力だけが「読む力」の代衚のように扱われるずき、こがれ萜ちるものがある。では、倧村はたが育おようずした「読む人」ずは、どのような姿だったのか。

他の誰でもない、いたここにいる「自分」がこずばを仲立ちに「本」に出䌚うこず、そのものを鮮やかに䜓隓させお、読むこずの味わい、手ごたえ、醍醐味を実際に知らせるこず。「本気で読む人」を珟に教宀に生みだすこず。そしおそうしたこずを、評䟡のためにするのではなく、知ぞの奜奇心に導かれながら自分で歩む感芚を知らせるこず。

今回は、こうした「本気で読む人」を生むこずを願った実践を玹介しようず思う。倧村はたが教垫生掻最埌の幎1979昭和54幎、有名な「花火の衚珟くらべ」の盎埌、䞭孊幎生が取り組んだ単元「知ろう、䞖界の子どもたちを」だ。

この幎は囜際児童幎であり、前幎にそれが報道された時から倧村はこれをふたえた孊習をず考えおいた。党集巻の導入郚分にはこんなこずばがある。

囜語教宀をもっず なたなたしい珟代性に觊れおいるものにしたいずいう気持ちが、かねお私の䞭にあったからであるず思う。

10幎、20幎たおば、どうしおも同時代の人ずしお、互いに関係しあいながら生きおいかなければならない、䞖界の、珟圚の子どもたちである。その䞭に、日本の子どもたち、私たちの教え子もいる。なんずか、平和に、少しでも幞せに生きられるようにず願っおいる。それには、なんずいっおも、知り合うこずが第䞀歩であるず思う。知る、知っおもらうくふうず努力が倧切であるず思う。いろいろの華やかな発蚀も、この地道な努力なしには浮き䞊がっおしたうず思う。

この単元は、はじめは「知ろう、䞖界の子どもたちを。知らせよう、日本の子どもたちを」ず考えおいたのであるが、時間の郜合䞊、前半の題にしたのである。

教垫のキャリアの最終盀にあった倧村はたがそしお、自分も戊争を経お心底その苊難を味わった倧村はたが、䞖界の、珟圚の子どもたちの未来がなんずか平和に、少しでも幞せに、ず願いながら、囜語教宀を営もうず本心で思ったこずは尊いこずだ。東京郜倧田区の小さな公立䞭孊校の小さな図曞通に集たった40人ほどの庶民の子どもたちに、倧村は本気になっおその願いを蚗し、それにダむレクトに぀ながる道を瀺したのだ。道は现く、頌りなげに芋えるかもしれないが、ダむレクトに぀ながるのは確かだず考えおいた。

単元「知ろう、䞖界の子どもたちを」の孊習の流れ

【資料をあ぀める】

たずは䞖界の子どもたちの姿を䌝える資料の収集が前幎のうちから始たった。以前にも曞いたずおり、倧村は新しい単元の土台を、子どもたちず共に資料収集から始めるこずが倚かった。本ず新聞などの蚘事をスクラップブックに貌ったものが䜜成されおいく。資料が増えおいくこずで、子どもたちはこの孊習を楜しみにしはじめ、教宀の気分が盛り䞊がっおいったずいう。最終的に集たった資料は、本が41冊、2030枚の蚘事を貌りこんだスクラップブックが冊ずなった。䞀郚はコピヌしお同時に皆が読めるようにしおいる。

本の䞀郚を玹介しよう。

『䞖界のみなさんぞ』ヘクスレむ偕成瀟50数か囜の子どもたちの声
『䞖界の子䟛たち』新朮瀟写真集
『シンガポヌルの日本人孊校』日高博子講談瀟
『トンガ子連れ日蚘』井䞊冚玗子立颚曞房
『小さい目のフランス日蚘』根本長兵衛朝日新聞瀟
『わが少幎時代のニュヌギニア』マタネ孊生瀟
『遥かなるラオス』久保田初江時事通信瀟

こうした本を遞ぶ際に、倧村は「新しいもの、珟圚出おいるものにした。深くはないかもしれないが、新鮮であるずいう資料である。叀いもの、歎史的なものにも心を惹かれたが、入手が困難であり、やはり、そこに描かれおいる生掻は今日の実際から遠いのではないかず思われた。そしお、その底を流れる䞍倉なものを捉えたりするこずは、幎生にはむりに思われた」ず曞いおいる。こうした芋極めの良さが倧村の仕事の倧事な基本になっおいる。

【80蚀語のこずばを聞く】

こうやっお集たった倚圩な、新鮮な資料を前に、「知ろう、䞖界の子どもたちを」の単元が始たる。最初に皆で味わったのは、資料の䞀぀「䞖界䞀呚こずばの旅」日本コロムビアずいう二枚組のレコヌドだった。䞖界の80蚀語のカタログず銘打ったもので、それぞれの蚀語で、その土地の神話や童話の冒頭を語ったり、祈りのこずばを唱えたり、歎史や生掻に぀いお話したりしおいるずいう。80番目にぱスペラント語も登堎する。もちろん語られる80の蚀語の意味はわからないものの、響きや雰囲気の違いを味わうこずができお、おもしろかったずいう。レコヌドに添えられた解説で、それぞれの抂芁はわかったはずだ。しかしその意味を超えた䜕かが教宀に流れただろう。おびきには「地球䞊には、こんなにたくさんの矎しいこずばがあった。人類のこずばの倚様な響き」ずある。聞きながら、印象を䞀蚀曞きずめるようにしたずいう。

長い準備期間を経お、倧きな構えで始たる単元が、80の蚀語によるさたざたな話をただ聞くずころからスタヌトさせるずいうずころは、非垞に倧村はたらしい。文化の豊かさに肌で觊れる時間を倧切にしおいる。どうせ誰も意味がわからないだろうから、そんなレコヌドをみんなで聞いおも、無駄だ、ず考えおいない。この豊かでおおらかな芖線が教宀の颚土を肥沃なものにした。

【目の぀けどころのおびき】

次の時間からいよいよ「䞖界の子どもたちを知る」ために、資料をどんどんず読む段階が始たる。
冒頭で「目の぀けどころ着県点のヒント」ずいうおびきが配られた。目の぀けどころ着県点ず蚀い盎しおいるずころは、語圙を育おる意識が行き届いた倧村の日垞的配慮の䞀䟋だ。䞭孊幎生の語圙が豊富になるためには、暮らしの䞭でのこういう出䌚いが有効だった。そのおびきの䞀郚を玹介する。

知ろう 䞖界の子どもたちを ―目の぀けどころ着県点のヒント

日垞生掻のようす、毎日の暮らし
孊校・家庭以倖の生掻のようす
、芪ず子の生掻
兄匟姉効の生掻
孊校 ―どんなこずを、どんなふうに、勉匷しおいるのか
孊校 ―先生ず生埒ずの生掻
友だちずの亀わり
友だち ―男子ず女子の亀わり
どんな友だちが奜かれおいるか
10どんな友だちが尊敬されおいるか
11どんなこずで叱られおいるか
12どんなこずでほめられおいるか
13けんか、意芋の合わないずき
14なやみ、どんなこずになやんでいるか
15働く生掻
16、いやがっおいるこず
17あそび
18楜しみ
19垌望、どんな垌望をもっおいるか
20、どういうこずを倧切に、倧事なこずず考えおいるか
21恥ずしおいるこず
22感動するのはどういうずきに、どういうこずで
23理想にしおいるこず
24将来に察する考え方
25戊争、平和に察する考え方

このおびきは、この埌、第43項たで続いおいる。ここに挙げられた着県点を芋るず、倧村が「䞖界の子どもたち」の今を、単なる情報、統蚈デヌタずしお扱おうずしおいるのではないこずがくっきりずわかる。私たちず同じように、家族ず暮らしながら孊校ぞ行き、遊び、䜕かを喜んだり、悲しんだり、望んだりしながら䞀日䞀日を暮らしおいる、その「人」の営みにリアルな芖線を誘おうずしおいる。䞖界が具䜓的な姿を立ち衚すさたを本の䞭で芋せようずしおいるのだ。ここに倧村はたのおびきの䞀぀の特色がいかんなく衚れおいる。倧村はこうやっお蚀葉で、䞖界の鮮やかな光景に぀ながる小さな窓を開けおみせる。

生埒たちは、じっくりずこのおびきに向き合った埌、䞀぀の曞棚に集められた本やスクラップブックを個々に読み進めながら、おびきの芖点を意識しながら事実を拟い集め、カヌドに蚘入しおいく。

「本は、ただ始めから終わりたで読むのではない。目的ず資料に合わせお、速読み、斜め読み、拟い読み、芁点読み、熟読、粟読など、いろいろの読み方を遞ぶ。」倧村がそう話したら、生埒たちは「なぜかずおもおもしろそうに笑う」ず党集に蚘されおいる。このずき、䞭孊幎生がずおもおもしろそうに笑った気持ちが、私にはわかる気がする。

本や資料をそんなふうに、自分で態床、スタむルを決めお読むような自由ず自埋をぜんず枡されるこずが、子どもには新鮮で、意倖でもあり、愉快でもあったのだ。「ずおもおもしろい」ず思ったのだろう。読み方は私が私の目的や芳点で遞び、決める、それを知ったこず自䜓が、「読む人」の背を抌す。

【読む どんどん読み、メモをずる】

この埌、授業時数時間を䜿っお、子どもたちは「䞖界の子どもたち」の姿に迫っおいった。時数ずしおは時間でも日数ずしおは日あったので、自宅で読み進めた生埒が倚かったずいう。宿題になったわけではない。自分の仕事を自分の刀断で持ち垰り、進めたずいうこずだ。

「授業のない日でも、本を返す、本を借りる人で、曞架のたわりがよく混み合っおいた。攟課埌、スクラップを芋おいるこずも倚かった。たた私に、むンドの子どもの話ずか、アメリカの子どもの考えが意倖であったずか、いろいろの話を聞かせおくれた。」

䞀項目を枚のカヌドにメモしおいくが、幎生にはメモの加枛は難しかったずいう。

「カヌドの曞き方があたりくわしくお、読む時間より、曞く時間の方が長くはないかず思われる子どもに察しお、皋床をのみこたせるこずが難しかった。資料をもう䞀床芋たければ芋られるように、出所を曞いおいるのだから、メモは、もう芋られないずいう気持ちで写すのではない、ず指導したが、なかなか曞きすぎは盎らなかった。」

こういう「仕事の䜜法」のようなもの、もっず蚀えば「思考の䜜法」のようなものは、どの単元をも貫く重芁なもので、「なかなか盎らない」にしおも実地の䞭で必芁感ずずもに䜓埗されおいくわけだ。

子どもの研究は、どれもそうであるず思うが、研究ずしお、そう高いレベルに達するこずはできないず思う。内容的には、ずるに足りないものずいえよう。しかし、その研究の進め方は、本栌的でありたいず思う。今床の孊習も、資料の扱い、カヌドの䜿い方などの指導には力を入れた。

こうした倧村の冷静な芋極めず、その䞊での本栌志向は、倧村教宀の生埒にずっおある独特の安心ず誇りに結び぀いおいたように思う。もちろん「ずるに足りないもの」ず、倧村は生埒には蚀わなかっただろう。しかし、絶察的な䟡倀を求められおいるのではないし、たた、甘やかしお手攟しで「玠晎らしい」ずほめるはずもないこずは自明だった。今できるかぎりのこずを、本栌的に、本気でするこずを求められたこずが、教宀に知的な明るさを生んでいた。

子どもたちのメモをたずめた衚も党集には掲茉されおいる。それぞれのメモには、資料のどこに原文があるか、䜍眮も瀺しおある。

し぀けほめる、しかるに぀いお

アメリカ ・眰は賞より効果が少ない ・叱る方法、倕食ぬき。 ほめおし぀ける。
タむ ・叱るのは䜓眰が䞀番
゜連 ・理由を説明する説埗調。子どもの自立心ず集団生掻ぞの適応性。
むギリス ・䞖界䞀厳しいし぀けずいわれおいる。
フランス ・食べ物を残し「ママに叱られる」し぀けがものをいう。詰め蟌み教育はしない。
日本 ・どうもあたくなっおしたう。
教育

スりェヌデン ・囜語の授業のようす タむプラむタヌの緎習、機械でのトレヌニング
むンドネシア ・絵本、工䜜、色玙を切ったりちぎったり ・し぀けや図画工䜜䞭心
フランス ・冒険物語や絵日蚘颚の孊校玹介に混じった詩 ・自由研究
タむ ・少幎僧 仏兞の勉匷
働く生掻

メキシコ ・汗だくで窯にマキをくべおいた
アメリカ ・息぀く間もない忙しさ。
むギリス ・働いおいる母にかわっお、皿掗い、アむロンかけ
むンドネシア ・母芪代わりに地方出身の少女が子守
キュヌバ ・、幎生男子100人が汗を流しながら䞋草を刈っおいた。
タむ ・孊校から垰るず母を助けおガチョりを䞖話し、匟の面倒をみる

このようなメモを増やしおいきながら、子どもたちはどんどんず読み進めおいった。資料䞀芧にチェックを入れながら、できれば党郚を読みたいず䞀生けんめいになっおいる。ただ読んでいない本を探すず誰かが借り出しおいた、ずいうこずが増える。読む勢いが増しおいった。

花を愛した倧村はた

【倚圩なグルヌプ発衚䌚】

そしおグルヌプに分かれお、日、回にわたっお発衚䌚が開かれる。発衚のスタむルのヒントを蚘したおびきもナニヌクだ。

発衚の圢を考えるヒント

劇
察話・話し合い二人の仲良し。あや぀り人圢を䜿っお
日蚘、孊玚日蚘
むンタビュヌ
手玙
ひず぀のお話出来事 それをどう思うか。

䞖界の子どもたちの日垞に迫ったこの単元の終末の発衚に、このような広がりがヒントずしお瀺されおいるのも、楜しく、そしおふさわしいこずだ。圢匏的な報告曞を読み䞊げるずいうようなこずは、最初から想定されおいない。

テヌマずしおは、日垞生掻叱り方ずか、遊び方ずかはこの䞭に 働く 孊校生掻 垌望、倢 楜しみ ほしいもの ―のお金があったらどう䜿うか、 、奜き嫌い を準備する。からは䞭心ずなるが、からは軜く䞀蚀、䞭䌑みずしお。

䞀぀のテヌマで二぀、䞉぀の圢があっおもいい。日垞生掻などはいろいろの面があるので、ある堎面は劇に、ある事がらは察話に、たたある堎面の気持ちは日蚘に、ずいうように。たた日蚘も、䞀人の日蚘ではなく、いく人もの日蚘にするずよい。

グルヌプが、い぀もみんなで䞀぀のこずにかかるずは決たらない。劇なども、めいめい䞀人ず぀䜜っお発衚しあい、どれかに決めたり、二぀䞀緒にしたり、盎したりする。 

単元を締め括る発衚䌚が、その内容に䌌あう倚圩さず豊かさ、広がりを持ち埗るように、倧村がさたざたな手立おをヒントずしお瀺しおいるこずがわかる。この発想の自由なあり方は、生埒たちに歓迎されただけでなく、い぀のたにか䌝染しおいく。感化ずいっおいいかもしれない。

蚘録によれば、個人で資料を読むのは11月日に終え、翌10日からは発衚の蚈画、盞談、制䜜、緎習が始たる。第䞀グルヌプの発衚は11月21日。それたでの授業時数は時間。教宀は掻気に満ち、仕䞊げに近づくず「ずきどき、異様にしんずしたり、たた、急に声高になったり」したずいう。

次にあげるのは、第回、第回の発衚䌚のプログラムだ。

第回 䞖界のここに、こんな子どもの生掻がある その

開䌚のこずば

おい談 ドむツの子どもたち ドむツ担圓人
攟送劇 おばあさんずその孫の䞀日 アメリカ担圓人
攟送劇 倕食のひずずき アメリカ担圓人
察談  楜しいお祭りの日あや぀り人圢、指人圢ずずもに スりェヌデン担圓人
攟送劇 匱肉匷食の囜で生き延びる子どもたち むンド担圓人
日蚘  アラヌの神に仕えお むンドネシア担圓人

閉䌚のこずば
第回 䞖界のここに こんな働く子どもの生掻がある

開䌚のこずば

むンタビュヌ ブラむアン君にきく アメリカ担圓人
談話 生掻のために むンド担圓人
日蚘 手䌝い トルコ担圓人
おい談 がくも䞀人前だ トルコ担圓人
おい談 メキシコの子どもたち メキシコ担圓人
談話 働く生掻・働く子どもの姿 スペむン担圓人
手玙 アルゞェリア系の男の子から フランス担圓人
日蚘 矎容院で スりェヌデン担圓人
日蚘 働く生掻 アメリカ担圓人

閉䌚のこずば

第グルヌプの発衚の終盀におかれた攟送劇「匱肉匷食の囜で生きのびる子どもたち」のシナリオの䞀郚を芋おみよう。この劇の分のほどにあたる冒頭郚だ。

 日垞生掻攟送劇「匱肉匷食の囜で生きのびる子どもたち」

X この倏、私は、熱垯の囜むンドを蚪れた。くらくらず目たいのするような暑さだ。その暑さの䞭、私はある䞀家を蚪ねた。圌らは、そこら蟺䞀垯では、金持ちであったず思う。

A 私は、今11歳よ。もう立掟なおずなだわ。私の起床は時半。それから、キロの道のりを、カメを頭の䞊にのっけお氎運びをするの。慣れれば、そう苊にはならないわ。それに、はだしだから、぀たずいおもたおれないし、気持ちがいいの。

B ここでは、氎が足りないんだ。氎は貎重品ずいうわけさ。炊事、せんたくは池でできるけどな。飲み氎は、ちょっずな  。

X でも、その池では、氎济、牛の䞖話もするのだろう

B ああ、それがどうした。がくらは、子どものころ、あの池で排䟿もしたぜ。その池はずおもにごっおいお、どぶみたいなものだ。

X 圌らは孊校に通っおいないし、はだしだ。しかし、この囜では、この䞀家は、豊かなほうなのだ。
次に私は蟲村を蚪ねた。

C 孊校 そんなの行ったこずないや。

D だれかが行っおるっおこずは聞いたこずあるけど  な

C ああ、だけど興味ないや。そんなずこ行くよりも、矊や牛たちずいっしょに働く方がいいさ。

D あなたは、昚日、この村に来たんでしょう

X ああ、そうだよ。昚日䞀日䞖話になっお、ごちそうになったんだ。
チャむ、バナナ、チャパティヌ、野菜カレヌ、ペヌグルト。君たちも、い぀もこういうもの、食べおいるんだろう

C たさか。なあ

D ああ、がくらの食事は、朝、氎ずロヌティ、昌、牛乳ずロヌティっおものさ。

E ここではお客が来れば、ごちそうをするのが瀌儀ずなっおいるんじゃよ。なあ、お若いしゅう、あんたが食べたのは、その家の、最高のごちそうずいうわけなんじゃよ。今幎はたあたあ豊䜜だったから、みんな元気なのじゃがな。幎ほど前の倧ききんのあずは、ひどかったからのう。食べ物は朚の実だけじゃった。
   

このように、攟送劇では、自然な䌚話でそこで暮らす子どもの姿を浮かび䞊がらせようずしお、かなり緎り䞊げられ、資料のあちこちで収集したであろう暮らしの现郚がしっかりず考えられた䜍眮をしめおいる。読んだこずが読み手たちの心に積もっお局をなし、光景を圢づくっおいるこずに驚く。そしお、自分たちが知り埗たこずを、倧事に思っおいるこずも䌝わっおくる。13歳の子どもたちにも、それだけのこずができるのだず思うず、敬意に近い気持ちが涌いおくる。

そしお単元の最埌には、たずめの文章を個々に曞いた。䞖界の子どもたちに぀いお、知りえたこず、考えたこず。身に぀けた力などを文字にしおいった。

44の囜の子どもの生掻を描いた本や資料を読んだこず、読むうちに䞀぀䞀぀の鮮やかな事実に惹き぀けられたこず、そもそも最初から、倧村が「いた、䞖界で暮らす、みなさんず同じような子どもたちの姿を知ろう」ず、心の底からの誘いをしたこず。そうやっお始たったこの単元は、読むずいうこずが、䞖界に目を向け、知ろうずするこずに重なり、読めば心が動き、驚いたり、おんなじだず喜んだり、苊境に胞を痛めたりず、連動せずにはいられなくなったこず。もちろん圌らが読んだ本は、䞖界のある小さな䞀角を切り取ったものであっお、それがすべおではないこずは圓然だが、くっきりずした姿で実圚を瀺した。蚀葉が䞖界をその分だけ広げたのだ。

䞭孊校の囜語の授業で、読むずいうこずがこういう行為であるこずを熱䞭ずずもに䜓隓するこずの意味は倧きい。その時の限界ずいうものは垞にあるが、その限界の範囲内で、読むこずの本質を倖さず、䞀人ひずりが我が事ずしお粟䞀杯読み浞り、それを劇にしたり、日蚘に曞いたりしお、他者にも瀺そうずした。こうやっお、ダむレクトに読む力そのものを、倧村は倧きな望み平和ず幞せずずもに働きかけ、育おおいったわけだ。

「本気になった時の力を力ずみる」ずいう倧村のこずばは、こういう教宀を頭に眮いお蚀っおいる。「本気になったずき、読み取るべきものはちゃんず読み取るこずができるものだ」ずいう蚌蚀も、こういう子どもたちの姿が背景にある。

倧村が育おようずしたのは、䞎えられた問題に答える子どもではなく、こずばを手がかりに䞖界ぞ歩み出す「読む人」だった。

倧村はたの肖像

倧村はた略歎
おおむら・はた。1906明治39幎暪浜垂生たれ。東京女子倧孊卒業埌、長野県諏蚪垂の諏蚪高等女孊校に赎任。その埌、東京府立第八高等女孊校ぞず転任。すぐれた生埒たちを育おるが、戊䞭、慰問袋や千人針を指導、孊校が工堎になる事態たで経隓する。
敗戊埌、新制䞭孊校ぞの転任を決め、埌に囜語単元孊習ず呌ばれるようになった実践を展開。叀新聞の蚘事を切り抜いお、その䞀枚䞀枚に生埒ぞの課題や誘いのこずばを曞き蟌み、100枚ほども甚意し、駆け回る生埒を矜亀い締めにしお捕たえおは、䞀枚ず぀枡しおいったず蚀う。1979昭和54幎に教職を去るたで、単元蚈画をたお、ふさわしい教材を甚意し、こどもの目をはっず開かせる「おびき」を甚意しお、ひたすらに教え぀づけた。退職埌も、90歳を超えるたで、新しい単元を創り぀づけ、教える人は、垞に孊ぶ人でなければならない、ずいうこずを自ら貫いた。著曞倚数。
2005幎、98æ­³10ヶ月で他界。その前日たで掚敲を進めおいた詩に、「優劣のかなたに」がある。

筆者略歎
かりや・な぀こ。1956幎東京生たれ。倧田区立石川台䞭孊校で、単元孊習で知られる囜語教垫・倧村はたに孊ぶ。倧村の晩幎には傍らでその仕事を手䌝い、その没埌も、倧村はた蚘念囜語教育の䌚理事長・事務局長ずしお、倧村はたの仕事に孊び、継承しようずする掻動に携わっおいる。東京倧孊囜文科卒。生きものず人の暮らしを描くノンフィクション䜜家でもある。
䞻な著曞に『評䌝倧村はた』小孊通『倧村はた 優劣のかなたに』『こずばの教育を問い盎す』鳥飌玖矎子、苅谷剛圊ずの共著『フクロりが来た』筑摩曞房『タカシ 倧䞈倫な猫』岩波曞房等。

ロングセラヌ決定版
灯し続けるこずば
著倧村はた

「囜語教育の神様」ずたで蚀われた囜語教垫・倧村はたの著䜜・執筆から遞びだした珠玉のこずば52本ず、その呚蟺。自らを埋し぀぀、人を育おるこずに人生を賭けおきた倧村はたの神髄がここに凝瞮されおいたす。子どもにかかわるすべおの倧人、仕事に携わるすべおの職業人に、折に觊れおペヌゞを開いお読んでほしい䞀冊です。新曞版/164頁

https://www.shogakukan.co.jp/books/09840090

倧村はた先生の貎重な講挔動画「忘れ埗ぬこずば」倧村はた先生 癜寿蚘念講挔䌚 ぀のこずばが぀むぎ出す、囜語教育の源泉【FAJE教育ビデオラむブラリヌ】〈動画玄60分〉がこちらでご芧いただけたす。

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