インタビュー/俵原正仁さん|「働き方改革」は、雑談のできる職員室づくりから始めよう!【今こそ問い直す!先生を幸せにする「働き方改革」とは⑥】
全国の学校で今進められている「働き方改革」。ともすると時短ばかりが強調されがちですが、本当の意味で教師の仕事にやりがいや楽しさを感じられる改革になっているのでしょうか。学校教育のオピニオンリーダーの方々に改めて「働き方改革」の本質を語っていただきながら、子供も先生も皆が幸せになる「これからの教師の働き方」について考えていきます。連載第6回は、兵庫県の公立小学校校長の俵原正仁先生にお話を伺いました。
〈プロフィール〉
俵原正仁(たわらはら・まさひと)
1963年、兵庫県生まれ。 兵庫教育大学を卒業後、兵庫県の公立小学教諭、教頭、市教育委員会事務局を経て現職。「笑顔の教師が笑顔の子供を育てる」という「笑育」のコンセプトに基づき、楽しく笑顔あふれる学校づくりに取り組んでいる。『管理職のためのZ世代の育て方』(明治図書出版、2023)、『プロ教師のクラスがうまくいく「叱らない」指導術』(学陽書房、2014)、『なぜかクラスがうまくいく教師のちょっとした習慣』(学陽書房、2011)など著書多数。
目次
「働き方改革」の本来の目的とは?
そもそも教員が「働き方改革」をする目的は何だと思われますか。
厚生労働省は労働時間の見直しをすることで、「『働き過ぎ』を防ぎながら、『ワーク・ライフ・バランス』と『多様で柔軟な働き方』を実現する」としています。文部科学省は、教員の「働き方改革」の目的を「教師のこれまでの働き方を見直し、自らの授業を磨くとともに、その人間性や創造性を高め、子供たちに対して効果的な教育活動を行うことができるようにすること」だと考えています。私に言わせれば、どちらも同じことを言っています。要するに、教員の「働き方改革」の本来の目的は、「教員が機嫌よく、楽しく働けるようにすること」だと私は考えています。
今、多くの学校で行われている「働き方改革」の何が問題なのかというと、目的と手段が逆になっていることでしょう。時短(勤務時間の短縮)はあくまでも手段です。にもかかわらず、教育委員会や管理職が時短にこだわりすぎて目的にしてしまうため、教員は追い立てられてつらくなってしまうのではないでしょうか。
学校がすべきなのは、職員室の雰囲気をよくすること
「働き方改革」の本来の目的を達成するために、学校がまずすべきことは何かというと、それは職員室の雰囲気をよくすることです。その鍵となるのは雑談です。ここまで読んで「え?」と疑問を感じた方もいるかもしれません。確かに雑談は時短とは相反する部分もありますが、いかに雑談のできる職員室にするかが重要なのです。
学校によっては、職員室で教員が皆自分のパソコンを見ながら無言で仕事をして、退勤時間になったら帰る、といったことが日々行われているそうです。これでは何か起きたときに協力し合えないでしょう。なぜ雑談が重要なのかというと、雑談をすることによって、管理職と教員、教員同士がつながれるからです。つながっていれば、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)がしやすくなりますし、トラブルになっても自然とみんなで何とかしていこう、という形になります。雑談をしていたら、そのぶん帰るのが遅くなりますが、「楽しく働く」という目的に必ずつながります。
しかし、雑談をしようと思っても、最近は全員が集まる飲み会がほとんどなくなり、昔に比べると雑談のきっかけを見付けるのが難しくなったのではないでしょうか。では、どうやったら職員室で雑談ができるのかというと、私の場合は、ふらっと職員室へ行って教員に話しかけます。毎日授業を見て回っていますので、一番多いのは「今日の授業は、ここがよかったね」「〇〇さんと△△さんの発言が面白かったね」など、授業のプラスの面に言及して、そこから自然な感じで会話に入っていくパターンです。これはベテランから若手まで全員に使えます。私はこのために授業中に校内をうろうろしていると言っても過言ではありません。
または、持ち物に注目してみます。教員がアイドルやアニメのキャラクターの顔がついた文房具などを使っていたら、「これ誰? 好きなの?」と聞いてみるのもいいと思います。もしも相手の好きなものが分からないときは、逆に自分の好きなものを開示します。私は野球が好き、プロレスが好き、アイドルグループのももいろクローバーZが好きです。こちらから自分の好きなものの話をすると、相手も話に乗ってきやすくなります。例えば、「昨日、野球の試合を見に甲子園球場へ行ったけど、阪神が負けた」という話をした後に、「野球は好き?」と聞きます。答えが「嫌い」でもいいのです。「じゃあ何が好き?」と尋ね、そこから雑談が始まります。
悪化した職員室の雰囲気を改善するコツ
すでに職員室の雰囲気が悪くなっている学校でも、その状況を改善しようと思ったら雑談が有効です。これはクラスと一緒だと思います。クラスが荒れ出したときに、担任が職員室に戻ってしまって教室にいなければ、クラスはどんどん荒れていきます。担任が教室にいることが大事なのです。職員室の雰囲気が悪くなってきたら、教頭か校長がいつも職員室にいて雑談でいいので、教員たちに話しかけることが大切です。
若手教員の行動に何かと文句をつけるベテラン教員は、管理職とつながっていないから好きなことを言えるのです。そのベテラン教員のクラスの子供の様子や授業の内容について、普段から管理職が話しかけていけば、心の距離が縮まり、きついことを言いにくくなります。その管理職が若手教員と普段から仲良く話していたら、若手教員にも文句を言いづらくなるかもしれません。だからこそ、管理職は普段から教職員一人一人をよく見て、雑談をしてつながっておくことが大切です。私はどの教員にも同じように話しかけることを意識しています。
若い教員向けの研修が「働き方改革」につながる
他にも「働き方改革」の目的を達成するために、学校が行ったほうがいいことがあります。それは若い教員向けの研修です。
その場合、管理職が研修の内容を考えるのではなく、まずは若い教員に話を聞くことから始めるといいと思います。前任校では若い教員が多かったので、仕事で何に困っているのか、どんな作業に時間がかかっているのかを聞いてみました。そのときに出てきたのは、例えば、子供が提出したノートを見るのに時間がかかる、テストの丸つけに時間がかかる、などでした。そこで研修をして、赤ペンで返事を書くときのコツや、効率よくテストに丸をつける方法などを教えたのです。時短はあくまでも手段の一つですが、それを実現するためにどんな方法があるのかを、ベテランや管理職が伝えるのは大事なことだと思います。若い教員に話を聞き、意見を研修の内容に反映させたことで、若い教員が当事者意識をもつことにもつながりました。
それから、子供と楽しく付き合う方法を伝えていくことも重要です。例えば、そのためにどんな授業をしたらいいか、どんな教材研究をすれば面白い授業ができるか、学級づくりはどのように行えばいいのか、どういうふうに子供を見たらいいのか、といった内容の研修の場をつくり、学校全体に楽しい雰囲気をつくっていくことも「働き方改革」につながると思います。
若い教員が多い学校では、「全員参加ではない研修」を行ってみるのもおすすめです。放課後に会議を入れない日を週に1、2日とっておき、 そのうちの1日で「このテーマで研修をします」と告知し、校内のベテランの教員が講師をして、参加したい人だけが集まって行います。このような希望者のみが参加する研修を、前任校では月に2回程度行っていました。実際にやってみると、若い教員だけでなく、自主的にベテランの教員も参加してくれました。
誰かが無理をしないように配慮することも重要
また、みんなが楽しく働くためには、誰かが無理をしないことも大切です。例えば、毎日最後まで学校にいて施錠するのは教頭の仕事になりがちですが、教頭も「みんな」の中に入れなければいけないと思います。
ところが実際は、「働き方改革」で他の教員を楽にするために、教頭や一部の担当者が逆にたくさんの仕事を請け負っていることが多いのではないでしょうか。どうしても仕事ができる人、安心して任せられる人に頼ってしまうところがあると思うのです。
それを防ぐには、校長はいつも職員室や校舎内をうろうろし、授業を見て回り、一部の人に仕事が集中していないかに注意を払い、必要であれば配分し直す必要があります。
当然、「あの学年のあの保護者にはA先生でないとダメ」という状況も出てくると思います。その場合は、A先生でなくてもできる仕事を他の先生にお願いすればいいのです。ただし、そのような状況になったとき、管理職はトップダウンで決めずに、全員が集まる場で事情を説明し、意見を聞く機会をつくる必要があります。そうすることで、「この状況で、あの仕事もA先生に任せていてはよくないですよね」という意見が他の教員から絶対に出てきます。それを受けて再配分することがポイントです。トップダウンで仕事を振ってしまうと、他の教員は「やらされる」と感じ、「なぜA先生の分までやらないといけないのか」と思うものだからです。教員たちから出てきた意見を踏まえての再配分であれば、当事者意識をもって自主的に動いてもらえます。
現任校での「働き方改革」の具体的な取組は?
ここからは具体的な手段の話です。これまでに述べてきた考え方を踏まえ、現在、校長として以下のような取組を行っています。
基本的に、文部科学省の「全国の学校における働き方改革事例集」に掲載されている取組を参考にしています。通知表をICT化したり、職員会議をペーパーレスにしたり、評価のアンケートをICT化したり、などを進めています。
兵庫県では小学校の高学年で教科担任制を導入しています。中学年では社会と理科の交換授業をしたりしています。それにより、教材研究も、成績をつけることも教員の負担が軽減されています。
授業に関しては、標準授業時数をオーバーしすぎないようにしています。最初に総授業時数を計算して、標準授業時数を超えている授業の時間を減らし、職員会議や研修の時間を確保しています。これらのある日は、子供を5時間で下校させれば、勤務時間内に実施できます。
行事については、運動会は市内のすべての小学校で午前中のみになりましたが、他の行事は基本的に減らしていません。子供たちが行事から学ぶことは多いからです。ただ、その準備段階を簡略化するといった工夫はしています。
給食費の徴収や、学年の教材を買うときの会計については、担当する人を市教委が配置してくれています。
このような様々な取組により、業務量は以前に比べて確実に減りましたので、大体の人は早く帰れるようになりました。現任校は子育て世代の教員が多いので早く帰る人が多いのです。一部の若い教員だけが遅くまで残っていますが、私は「一人きりでいなければいいかな」と思っています。例えば、若い教員が2、3人で子供の話をしながら、 楽しそうに仕事をしている場合は、あまり気にしないことにしています。その一方で、一人だけで教室で遅くまで残って仕事をしている教員を見かけたら、要注意です。何らかの手助けが必要でしょうし、仕事の割り振り方を見直さなければいけないと思いますので、声をかけることにしています。
削減したことを、元に戻してもいい
「働き方改革」で業務を見直すときの判断基準は、「先生が楽しく仕事ができるかどうか」です。例えば、文部科学省の事例集で紹介されていることでも、それをすることで教員たちがつらくなるとしたら、やらない方がいいと思います。逆に、削減したことで、教員たちがつらくなってしまったのなら元に戻してもいいのです。
実際に現任校では、私が校長として着任してから、会議を一つ増やしました。この学校には、職員朝礼や朝の打ち合わせ、夕方の打ち合わせなどが一切なかったからです。事務的な連絡はそれでもいいと思うのです。「この書類の提出のしめきりは〇月×日までです」のような連絡は、職員室にあるホワイトボードに書いたり、Web上の掲示板に書いたりして、情報がみんなに周知されれば済むからです。あるいは、担当が該当者に直接声をかければいいことです。
ただ、問題だと思ったのは、みんなが集まる場がないので、クラスの子供に関する話での交流ができないことでした。もちろん、月に1回は職員会議などでそういった話ができますが、例えば、「こんな課題を抱える子供が今日、転校してきました」「特別支援学級の子供の落ち着きがなくなっています。もしも校内をうろうろしているところを見かけたら、このように声をかけてください」「うちのクラスでいじめ事案的なことが発生したので、このような対応をしています。他の先生も廊下を遠回りして、できるだけうちの教室の前を通ってください」のような、今起きていることをリアルタイムで伝える機会がないのは不便だと感じたのです。そのせいか学校全体で他人事というか、「他の学年のことは知らない」といった雰囲気があり、チーム学校としての空気が少し弱い気がしました。
そこで、「働き方改革」と逆行するのは承知のうえで、私が異動してきた2023年度の2学期から会議を週1回増やしました。もしも放置して大きなトラブルに発展したらその対応に時間を取られて、結局は学校が楽しくなくなってしまうからです。
ただし、トップダウンでいきなり増やしたわけではありません。1学期は様子を見つつ、同じ時期に異動してきた人たちとも話しながら、「やっぱり打ち合わせの機会があったほうがいいよね」という空気を職員室につくっていき、2学期の途中から会議を増やし、2024年度も続けています。実際に変えてみたら好評です。子供の問題に学校全体で関わろうという雰囲気になってきました。さらに、保護者の対応でも効果がありました。以前は、保護者から電話がかかってきたときに、しっかり伝えなければいけないことがあるのに電話を受けた教員が事情を知らず伝言だけ受け取って電話を切ってしまい、その結果、話が余計にややこしくなる、といったことがあったのです。今は電話を取った教員も事情を分かっているので適切な対応ができ、対応の第1歩目が遅れることがなくなりました。
「働き方改革」の成果は数値ではなく言葉で表現する
私もかつて教育委員会で働いていたことがありますので、教育委員会が取組の成果を数値化したい気持ちは理解できます。だから、時短にこだわるのでしょう。しかし、「働き方改革」に関しては、数値ではなく言葉で表現すればいいのではないかと考えます。
大事なのは、「教員が楽しく働けているか」です。精神的に追い詰められている教員は、授業を楽しそうにしていないことが多いですから、管理職は授業を見て回り、それを見取る必要があります。中には、追い詰められていても子供の前だけは頑張る教員もいます。授業の様子を見るだけではなく、放課後の職員室での様子や、教室で残って仕事をしているときの様子も意識して見る必要があります。
そして、教育委員会から「働き方改革」の成果を問われたら、校長は「本校の先生方は笑顔で楽しそうに授業をしています。職員間の人間関係もよく、みんな意欲的に頑張っています」のように、事実を言葉で伝えるのです。これは子供の通知表の所見欄の文章表記の部分と同じです。職員室の雰囲気はいいか、先生が楽しそうに仕事をしているかなどの観点で見て、言葉で評価していけばいいと思います。
若い教員へ三つのメッセージ
私の学校経営のモットーは「笑顔の教師が笑顔の子供を育てる」です。これからも学校としてできる様々な取組を積み重ねながら、笑顔の教員を育てていきたいと思っています。
最後に、現在の「働き方改革」に翻弄(ほんろう)されている若い教員へ三つのことを伝えておきたいと思います。
一つ目は、「働き方改革」というカードをうまく使ってほしい、ということです。学校には、旧態依然として「なんでこんなことを今もやっているの?」と思うような、昔から続く業務があると思うのです。それに対しては「働き方改革」のカードを切って、「やめましょう」と提案して削減し、「そのかわりにこっちをやりましょう」という形で新しいことを提案していけばいいと思います。
二つ目は、何かやりたいことがあるときは、管理職を巻き込んでいくことです。多くの管理職は、若い教員が「こんなことをやりたいです」と言ってきてくれたらうれしく思い、力になりたいはずです。職員会議などで提案する前に、まずは管理職に相談して、一緒に作戦を立てたほうがうまくいく可能性が高くなります。
実際に、現任校のある若い教員はよくその手を使ってきます。その教員はかつて職員会議で提案したところ、「この学校には合わない」とはじかれたことがあって、校長の私に相談に来たのです。話を聞いてその教員の意見に納得したので、一緒に作戦を立てて進めています。よくホウレンソウ(報告・連絡・相談)が大事だと言われますが、これはマイナスの内容に限ったことではなく、プラスの、ポジティブな報告や相談についても言えることです。「こんなことをしてみたいのですが、どう思いますか」などと相談し、戦略的に管理職をうまく巻き込み、味方になってもらうといいと思います。
三つ目は、したたかになることです。私の若い頃には「他の人はやっていない」「前例がない」という理由で、ベテランから抑えつけられ、やりたいことがやれなかった経験が多々ありました。それが今は「働き方改革」と名前が変わっただけです。こういうことは昔もあり、私はしたたかに管理職を巻き込んだり、仲間をつくったりしながらやりたいことをやってきたのです。そういうしたたかさを若い教員には身につけてほしいです。
そして、「働き方改革」のカードを使い、管理職を巻き込み、したたかさを身につけて楽しい職場にしていってもらえればと思います。
インタビュー・文/林孝美 イラスト/池和子(イラストメーカーズ)