菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #10 「コミュニケーション力が育つ」授業レポート① ~高知県高知市立三里小学校6年1組 <後編>
菊池省三実践の最新深化形を紹介する連載第10回。前回に引き続き、高知市立三里小学校の6年生に対する飛び込み授業後半のレポートをポイント解説付きでお届けします。
目次
自分自身の言葉で発表することが大切
「わかった人は音を消し、迫力姿勢で見てください」と話しながら、菊池先生がみんなに1枚の写真を見せた。
「成人式かなあ……」
前の席の子が思わずつぶやくと、菊池先生がすかさず、
「今、彼がつぶやいていたことを聞いていた人?」と問いかけた。
何人かが手を挙げ、指された最後列の子が、「○○君は『成人式』と言いました」。
みんなが大きな拍手をした。
思わず出てしまった子供のつぶやきをスルーせず、全体の学びに活かそうという意識が重要。「今、つぶやいた言葉を聞いていた人?」と全員に問いかけることで、発言を全員で共有し、集中して学び合う空気をつくっていく。
「成人式とはどういう式のことをいいますか? こういう式だと考えたことを言えばいい。一人一人違っていいんです。まずは隣の人と7秒だけ相談しましょう」。
縦列で指名された5人が起立した。
すると、菊池先生が最前列にいる女子に、
「このクラスでは、『前の人と同じです』と言う人はいないよね? 絶対1文字くらいは変えて話すよね?」と話しかける。みんながうなずいた。
たとえ拙くても、一人一人に自分自身の言葉で発表させるため、発表前にあえて子供たちを牽制する言葉をかける。子供の「○○さんと同じです」いう発言をあらかじめ封じてしまう。
「成人した人が参加する式」。
「20歳になって子供から大人に変わる式」。
「成人してみんなで集まる式」。
「子供を卒業する式」。
「20歳が集まって、みんなで祝う式」。
どの子も自分の言葉で発表できた。
「今、2番目の子だけが言っていた言葉があるんだけど、言える人?」
突然の菊池先生のツッコミに、みんなが「えっ!?」とした表情に。
「子供から……?」と菊池先生がヒントを出すと、半数の子たちが「あっ!」と手を挙げた。
「こうやって、聞くときには音を消して聞くのが、いい教室なんだね」と、菊池先生がみんなをほめた。
「静かに聞きましょう」と指導するのではなく、プラスの視点できちんと聞いていた人をほめる。
まずは自分で考え、自由な立ち歩きで意見交換
菊池先生が黒板に、<大人>と書きながら、「こう書いて<おとな>と読みますが、もう一つ、<たいじん>という読み方があります」と話し、2枚目の写真を見せた。
ある成人式で、新成人たちのために楽器を演奏した小中学生の写真だ。
「式の後、彼らは『もう来年は成人式に出たくない』と言ったそうです。なぜでしょうか。まずは配った紙に自分の考えを書きます。その後、席を立って自由に友達と相談し、お互いの考えを写し合いましょう」と伝えた。
子供たちは一人一人が理由を予想したあと、自由に席を立って意見交換を始める。
まずは自分一人で考えて書き、その後で自由に立ち歩きながら友達と話し合うよう指示する。話合いによって気付いたことを自分の紙に書き加えていくことで、確実に質の高い意見になっていく。
「面倒くさいからかな」。
「ちゃんと見てくれなかったんじゃない?」。
この話合いの時間を2分ほどとった後で、発表タイム。
・面倒くさかったから
・恥ずかしかったから
・ちゃんと聞いてくれなかったから
・もう会えなくなるから
等の意見が黒板に並んだ。
実際に演奏した小中学生が挙げた理由は、『せっかく一生懸命練習して演奏したのに、だらっとした態度でおしゃべりをしていて、聴いてくれない人がたくさんいたから』。
それを伝えた後、菊池先生は子供たちに問うた。
「小中学生にそういう気持ちにさせてしまったこの人たちを大人だと思う人は○、思わない人は×を書きましょう」。
ほとんどの子が×と答えた。
×と書いた理由を問うと、
●後輩の演奏を聴くのは当たり前。
●子供が成人になる人のために演奏したのに、見ていた人は子供より大人になれていない。
等の発言があった。
そこで菊池先生が、3枚目の写真を見せた。ユニフォーム(作業着)を着て宅配便の配送をしている一人の若者が写っている写真だ。それを子供たちに見せながら、
「この若者も新成人ですが、仕事が忙しくて、成人式の日には休めませんでした。ですが配送所の所長さんが特別に、仕事の合間に作業着のまま成人式に参加する許可をくれたのです。
作業着のまま参加した成人式で、彼は小中学生の演奏を真剣に聴いていたそうです。やがて式が終わり、集合写真を撮影する時間になると、その若者は受付で、『私はこんな格好ですから、写らないで帰ります』と言い、帰ろうとしました」と、背景を説明した。
そして、
「そのとき、受付の女性が、彼にある言葉をかけたそうです。さて、どんな言葉をかけたでしょうか?」と子供たちに問いかけた。
一人一人が自分で考えた後、自由に立ち歩きながら友達と2回目の意見交換。1度目より、男女が一緒になって意見を交わす姿が見られた。
高学年児童が自由に立ち歩いて意見を交換する際、えてして男女別々のグルーブや、仲の良い子供同士のグループをつくってしまいがち。しかし、温かい関係性でつながり、ある程度成熟した学級の子供たちであれば、自由な立ち歩きによる話合いを楽しみ、性別や友達関係を超えて意見を交わせるようになっていく。
話し合いの後、また発表タイム。黒板には、
●気にせずに写って。
●仕事頑張ってください。
●写ってもいいんですよ。
等の言葉が並んだ。
それらを受けて、菊池先生が事実を伝える。
「実際に女性がかけた言葉は、『何言ってるのよ。あなたがこの中で一番大人で、かっこいいのです。堂々と写真に写ってください。』でした。では、受付の女性は、この青年のどんなところがかっこいいと思ったのでしょうか? 書きましょう」。
鉛筆の音だけが教室に響き渡った。
子供たちが書き終わったタイミンクで、菊池先生が、
「どうしても言いたい人?」と促し、子供たちが一斉に手を挙げた。10人ほどが次々に発表する。
子供たちから自ら発表したいという雰囲気が感じられたときは、「どうしても言いたい人?」という言葉かけで、自発的な発表を促す。
●仕事を一生懸命していたから。
●仕事が忙しくても成人式に出たから。
●しっかり聴いていた態度。
●場の目的に合った態度を取っていたから。
こうした発言を受け、菊池先生はまとめに入った。
「今、みんなが発表してくれたような人のことを、<たいじん>といいます。
たとえ12歳でもこうしたことができていれば<たいじん>。できていない人は20歳を過ぎていても<小人(しょうじん)>です。担任の先生から、6年1組のみんなは、最上級生になって頑張ろうとしている、と聞きました。素晴らしい<たいじん>になれるよう、これからもみんなで成長してください」。
菊池先生がそう話して授業を締めくくると、子供たちみんなが大きくうなずいた。
授業後、子供たちは、
「今日はいろんなことをいっぱい考えた」
「友達の意見を聞きながら、『そんなこと考えているんだなあ』と思った」
と感想を話してくれた。
取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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