鈴木惠子の「教師として大切にしたいこと」―連載第2回「し~っ! 先生には聞こえるよ!」

連載
鈴木惠子の「教師として大切にしたいこと」

温かく、生き生きと学ぶ子供たちの姿に魅了され、かつてその後姿を追い求めた先生方が全国にいた鈴木惠子先生。子供が伸び伸びと自分を開示、表現していくその授業は、授業名人と称された故・有田和正先生から「日本一の授業」と評されました。変革期の現場で、本当に大切なことについて再確認するための連載、第2回をお届けします。

鈴木惠子(すずき・けいこ)  静岡県藤枝市の元公立小学校教諭。教育委員会指導主事、管理主事、小学校校長等を経て退職。好きなものは花と自然。

第2回 「し~っ! 先生には聞こえるよ!」

前回は、「教師として大切にしたいこと」の一つ目、「共感力」についてお伝えするために、「はい、他に?」「教えてあげましょう」の二つを例にお話ししました。

今回はその続きです。

「聞こえませ~ん!」

こんな場面はありませんか?

引っ込み思案のちよちゃんが、今日初めて算数で自ら立って発言したのだけれど、蚊が鳴くような声だったんです。

蚊が鳴くような声だと、途中で、元気のいい子が「聞こえませ~ん!」なんて言ったりします。

教室のあるあるですね。

先生によっては「聞こえないなら聞こえませんと言いましょう。」と指導される方もいらっしゃいます。

そしてちよちゃんにも、「もう一度大きな声で言ってみようか。」と促します。

聞こえなくても平気でやり過ごしてしまうような冷たさや無関心を教室にはびこらせてはいけないし、ちよちゃんには伸び伸びと自己表現させてあげたいと願うからですよね。良かれと思ってしている指導です。

私も20代の頃、そのように指導していた時期がありました。

でもそのように指導しながら、心の中に何かモヤモヤとした迷いというのか、胸の痛みを感じていたのです。

だって、小さな声の子というのは、自信がないんですもの……、引っ込み思案のちよちゃんが、胸をドキドキさせながらやっとの思いで言えたんですもの。

「聞こえませ~ん!」なんて大合唱されたら、オドオドしてよけい心が縮こまってしまいます。
ああ、発表なんてしなけりゃよかった と後悔するでしょう。

そんな状態で、何度言い直しを求められても、……それがどんなに優しい励ましの声であっても、大きな声なんか出るものではありません。

そこへの共感力です。

ある時から、私は「聞こえません」と言わせるのはやめました。

代わりに、
「し~っ! 先生には聞こえるよ!」
と息を殺し、自分の全神経をちよちゃんの声に集中させる姿を、子供たちに見せるようにしたのです。

そうすれば、何とか聞き取れるものなのです。

聞こうと思えば聞こえる。理解しようと心を寄せれば聞き取れるものなのです。

教師のそんな姿を見て、子供たちも、ちよちゃんが発言する時には、ちよちゃんの方へ身を乗り出し、耳をそばだて、全身全霊で聞き取ろうとする態度を身に付けていきます。

「アッ! 私にも聞こえた!」「僕にも聞こえた!」……となるんです。

「みんなにも聞こえたの? 先生嬉しい!」と喜びます。

発言できたちよちゃんの頑張りを称え、蚊の鳴くような声を聞き取ったみんなの優しさを称えます。

相手を変えようとするのではなく、自分の聞き方を変えようとする謙虚な学び手が、ここでも育ちます。

そんな聞き方をしてくれる仲間に支えられて、ちよちゃんの心は徐々に開かれ、表情も明るく、声も少しずつ大きくなっていきます。

そうした小さな事実を、学級の一人一人が成長していく大切な宝物として位置付け、価値付け、みんなで喜びを共有していくのです。

集団思考の基本となる「耳を傾ける文化」の源は、共感力なのです。

「しーっ、先生には聞こえるよ」場面イラスト
「しーっ、先生には聞こえるよ!」

イソップ物語の「北風と太陽」のお話、ご存知ですよね?

「北風」になって力ずくでコートを脱がせる……力ずくで欠点を直させるのではなく、「太陽」になって、子供が自らコートを脱ぐ……自ら良い方向へ動き出す、そのきっかけをつくってやることは、教師の素敵な、そして楽しい仕事ではないでしょうか。

もちろんこの事例は小さな声の子供にだけ当てはまることではありません。

子供というのは誰でもまだ語彙力がなく、言葉足らずだったり回りくどかったりして、なかなかストライクゾーンに当たる話し方はできないものです。

そこでイライラするのではなく、「この子は何を言ってくれるんだろう?」と興味津々で、期待を込めて心を寄せていくと、言葉にはならない思いだとか、未熟な言葉の裏に隠された発言の価値だとかに、気付かされることが少なくありません。

先生や周りの子供たちに共感的に聴く力がないために、聞き逃してしまっている、素通りしてしまっている大切な発言というのが、けっこうあるものです。

私は自分の授業記録を録ってみては、いつも後からそのことに気付き、「ごめんなさい。あなたは本当はこういうことが言いたかったんだよね!」と、翌日、子供に謝ったことが何度もありました。

あの場で、私に聞き取る力があったらあの子を生かしてあげられたのに、と後悔する……日々その繰り返しでした。

でもそこに気付くことが、教師としての自分磨きの一歩だと思っていました。

皆さんもできたら、時々、ご自分の授業を録音して聞いてみましょう。

スマホで手軽に録音できる時代です。帰りの車の中で聴きながら帰ればお時間はとりません。

かつての私のように、子供を理解しているようで理解していないご自分に、ハッと気付かされることと思います。

イラスト/岡本かな子

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