鈴木惠子の「教師として大切にしたいこと」―連載第6回「授業の主役を明け渡す覚悟を『姿』で見せよう」

連載
鈴木惠子の「教師として大切にしたいこと」

温かく、生き生きと学ぶ子供たちの姿に魅了され、かつてその後姿を追い求めた先生方が全国にいた鈴木惠子先生。その授業は、授業名人と称された故・有田和正先生から、「日本一の授業」と評されました。連載第6回では、「教師が黙る」「子供たちを信じてとにかく待つ」といったポイントを中心に、子供ファーストの授業づくりについて考えます。

鈴木惠子(すずき・けいこ) 静岡県藤枝市の元公立小学校教諭。教育委員会指導主事、管理主事、小学校校長等を経て退職。好きなものは花と自然。

子供ファーストの授業はどのようにして生まれていくのか

第5回は、校長通信「友垣」から富岡先生の授業の一端をご紹介し、「子供ファーストの授業」を具体的にイメージしてみました。
今回は、富岡学級の子供たちを思い起こしながら、子供ファーストの授業がどのようにして生まれていくのかを考えてみたいと思います。

子どもを主役にするために必要な教師の覚悟

<「困った~!」が学びのスタート>

数年前に参観させていただいたある学校で、事後に授業者の先生がしきりに反省されていた姿を思い出します。
これもたまたま2年生の算数の学習だったのですが、あつし君という子が前に出てきて、十の位の部屋に、10の塊を10個入れたんです。
その場面を振り返って、授業者の先生は、「ぼくが事前に、『十の位の部屋も10の塊が10個は入らないんだよ。9個までしか入らないんだよ。』と教えておかなかったために、あそこであつし君に恥をかかせてしまいました。最初に教えておけばよかったです。」と、とても悔やまれるんです。

きっと優しい先生なのでしょうね。

私は「あつし君の間違いは素晴らしい間違いじゃないですか!」と言ったんです。
「あつし君の間違いのおかげで、十の位の部屋が10個になったら、また隣の部屋に引っ越しできる。隣の部屋を百の位っていうんだよ。教科書ではまだ百の位は習わないけれども、あつし君のおかげでみんなは百の位まで知ることができたね。得しちゃったね!」と、みんなであつし君に感謝することができます。
それこそが「間違いは宝」であることを実感させるチャンスだし、十進法の素晴らしさを実感させるチャンスだと思うんです。

まだここで百の位は教えちゃいけないなんて思う必要はありません。
困った時に教えられるからこそ、ああそうか! とそこに新しい世界が開けるのです。

子供が躓いて転ばないように……、あるいは授業が効率よく流れるように……、と先回りして、子供の学びの道筋を露払いしておくなんてナンセンス、必要感がないのに最初から教えてしまうなんてナンセンスです。
むしろ子供が躓くように、あれ? と立ち止まることができるように、「仕掛ける」のが教師の仕事。その壁を乗り越えようとするところから、子供ファーストの授業は始まります。

どんな学習課題をどんなふうに提示するかは、「子供自らが問い、みんなで追究する授業」(第4回より)を実現するための、重要なスタートラインです。

前回ご紹介した授業で富岡先生が提示した課題、【本だなに絵本が9さつあります。校長先生が25さつ買ってくれました。何さつになったでしょう。】は、この時点では、先生から「与えられた」課題であって、子供にとっての問題ではまだありません。
子供にとって切実な問題を生み出すためのきっかけにすぎないのです。
この課題を解くための操作活動の中で呟かれた、
「一の位のお部屋が14になっちゃった! 困った~」「両替しなきゃじゃん、でもどうやるのかな? それで私は困っちゃったよ。」の声こそが、子供たち自身の中から生まれた切実な問いになります。

富岡先生は、この「困った~」を生み出すために、目の前の子供たちの実態をよくよく見極めた上で、第4回でお話しした「子どもは挑戦が大好き」という子供観に立って、教科書よりも少し難易度の高い挑戦的な課題を提示し、子供たちを困らせ、わかりたい! という追究意欲に火をつけたんですね。

課題の中に意図的に□を入れ、「あれ? □には何が入るんだろう?」と、「子供自らが問う姿」を引き出し、2年生の子供たちが自然に考えたくなるように……しゃべりたくなるように仕掛けたのも、一人一人を学びの当事者、主役にしたいという強い願いがあったからです。

<教師が黙れば子供はしゃべる>

しかし、火をつけただけで、仕掛けただけで……、子供がしゃべりだすというわけでもありません。
これは5月22日の出来事です。
始業式からわずか2か月たらずの間に、「授業は自分たちのものであること」「授業では思ったことを何でも、自由に、どんどん口にしていいこと」を徹底的に伝えるための、担任と子供たちとの格闘があったはずです。
4月、5月は、これから1年の授業づくり、学級づくりを方向付ける大切な時期。
多分、富岡先生は、子供ファーストの授業づくりの第一歩として、自らがしゃべらないことをご自分に課したでしょう。
課題を板書しただけで、期待を込めて、黙って子供たちの出を待つ我慢の日々があったはずです。

教師というのは、教えなければ! という責任感が強すぎて、たいていしゃべり過ぎているものです。
発問をして、直ちに子供から反応が返ってこずに間があいてしまうと、教師は不安になったり焦ったりして、どんどん言葉をたたみかけてしまいます。
「授業はあなたたちのものですよ!」と言いながら、教師はしゃべり続けます。(笑)

その間(ま)()は、子供自身の中から悩みや問いが生まれたり、思考が動き出したりする大切な時間なのに、……10秒と待つことができないのです。
沈黙が続くその10秒、20秒は、教師にとって、とてつもなく長く感じられるものです。
でも、最初は根比べです。子供との格闘……というより、待てない自分との格闘です。
子供を信じてとにかく待ちましょう。

教師がしゃべらなければ、子供の中から、何とか沈黙を破ろう! 風穴(かざあな)を開けよう! とする声が出てくるものなのです。必ず出てきます!

教師にとっても子供にとっても苦しいこの沈黙の中で、最初に声を発した太郎くんの勇気や主体性をうんと価値付けて、「わあ! 嬉しい!」と喜びましょう。
太郎くんの発言や呟きの内容がどんなに些細なものであったとしても、そんなことは構いません。
一生懸命思考し、授業を動かそうと子供自身の手で突破口を開いた……まさに、「子供ファーストの授業」の記念すべき第一歩なのです。
この瞬間を皆の記憶に留め、教師の喜びを学級全体の喜びとして分かち合うのです。
喜びの中で、第2第3の太郎くんが育っていきます。

「教えよう」と思うと、先生はしゃべります。が、「引き出そう」と思えば黙るし、待てるんですよ。

子供たちの関心を惹きつけ、ハテナを引き出す、とっておきの学習課題をドーンと提示したら、あとは、先生が黙る、待つことによって、子供が前へ出ます。
先生が発問しなければ考えないような子供にしては、いけません。
指示待ちの子供をつくってはいけません。
「発表しましょう」と100回言うよりも、先生が黙ればいいんです。

<ワクワク期待して待つ>

でも、黙って待つ間、決して怖い顔なんかしないでくださいね。
「格闘」とは怖い顔でにらみ合うことではありませんよ。(笑)
……子供たちみんなが、安心して声を出せる教室をつくり出さなくてはいけません。
その時にまず大事なのは、教師の顏です。
教師の顏は、子供にとって最大の教育環境です。
「黙って待つ」先生の顏は、子供たちが意見を言わないことへの不安や苛立ちや非難ではなく、「きっと誰かが風穴を開けてくれるぞ! 最初の一人になるのはあの子だろうか? この子だろうか?」とワクワクして待つ……楽しみでたまらない気持ちがあふれ出たものでありたいです。
一人一人と目を合わせながら、ゆったりとした笑顔で期待光線を送ったら、子供たちもムズムズしてきて、その期待に応えたくなるものです。一緒に楽しみたくなるものです。

「先生らしい顏」とは、威厳のある立派な顏ではなく、受容や包容力に満ちた優しい顏なのです。

ついでに、子供たちの前に、いつもデンッと立ちはだからないでくださいね。
教師が前へ立てば、子供たちの視線は教師に集中します。教師の顔色をうかがい、教師の口から出る言葉を待ちます。
その瞬間から、子供たちにとって授業は受け身なものになります。
常に前に立ちはだかることは、「授業の主役は私です。」「ドーンと私について来なさい!」と言っているのと同じですよ。

主体的な子供たちが育っているなあ、と思う授業をしている先生は、たいてい教室の様々な位置にいて(自分の姿を消し)、一人一人を絶え間なく気にかけ、豊かな表情をして子供の声によく耳を傾けています。

喋り過ぎない、怖い顔をしない、立ちはだからない、……子供たちに授業の主役の座を明け渡す覚悟を「自らの姿」で見せることが、子供たちの授業への姿勢を変えます。

子供たちを信じて待つ教師のイラスト

ただ、これは「先生が何もしなくていい。」ということとは違います。
俳優の高倉 健さんは、かつてこうおっしゃっています。

「言葉は少ないほど伝わる」

教師も、できるだけ口数少なく、その分一言一言に重みをもたせるべしと思っています。
出るべき時、指導すべき事柄はしっかり押さえなければいけないのは言うまでもありません。
子供の主体性を育てるためには、教師もまた、自身の出番について、自分の口から出る言葉について、常に自己決定していかなければなりません。
それは教師にとって、苦しくも楽しい修行です。

次回からは、子供ファーストの授業を「主体的・対話的で深い学び」へとつなげるために必要な、「話す力」「聴く力」についてお話ししたいと思います。

イラスト/岡本かな子

※この連載は隔週月曜日に公開します。どうぞお楽しみに。


■ ー 連載 鈴木惠子の「教師として大切にしたいこと」 ー 過去の回はこちら(↓)へ■

■ 第1回「わからなさがわかるかな?」
■ 第2回「し~っ! 先生には聞こえるよ!」
■ 第3回「答えは目の前の子供の中にあります」
■ 第4回「授業観・子供観を見直そう」
■ 第5回「子供ファーストの授業ってどんなもの?」


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