鈴木惠子の「教師として大切にしたいこと」―連載第5回「子供ファーストの授業ってどんなもの?」

温かく、生き生きと学ぶ子供たちの姿に魅了され、かつてその後姿を追い求めた先生方が全国にいた鈴木惠子先生。その授業は、授業名人と称された故・有田和正先生から、「日本一の授業」と評されました。連載第5回では、「子供ファーストの授業づくり」の具体について考えていきます。

鈴木惠子(すずき・けいこ) 静岡県藤枝市の元公立小学校教諭。教育委員会指導主事、管理主事、小学校校長等を経て退職。好きなものは花と自然。
10年前の授業を覗いてみましょう
第4回では、「教師として大切にしたいこと」の二つ目、「子供ファースト」の授業づくりについてお伝えするにあたって、授業観・子供観を見直しました。
今回は、かつて私が発行した校長通信「友垣」の一文をご紹介しながら、「子供ファーストの授業」の具体を見ていきたいと思います。
随分昔のものですが、小学校の50代の男性教員、富岡先生が行った2年生算数の授業の様子を書いたものです。
ベテランの先生が授業を公開して下さった時には、その授業実践を、若手に継承したい一心で、よくこんなものを書いて先生方にお配りしていました。
さあ、10年前の教室を覗いてみましょう。
子供ファーストの授業をイメージする
( 資料 )
「 友 垣 」
◎富岡学級から学ぶこと
【本だなに絵本が9さつあります。校長先生が25さつ買ってくれました。 何さつになったでしょう。】
先生が黒板にゆっくり問題を書くと、読み終えた子供たちが次々に呟き出します。
「私、なに算かわかるよー」「ぼく、たし算だと思うよ。」
「なんでだかわかるー。ここに『買ってくれました。』とあるからだよ。」
「買うってことは増えることだもんね。」
「(教室に貼ってある既習事項の掲示物を指さして)『買ってくれました』はたしざんの中にある言葉と似てるよ。」
「そうだ。『もらうと』と似てる。」
「 には『合わせて』が入るんじゃないの?」
……富岡学級には教師の発問は必要ありません。黒板に問題を書いただけで誰彼ともなく自然に追究が始まるのです。
教師は要所要所で子供の発言を整理したり課題を明確化したりすることはありますが、あとはうんうんと頷いたり、へ~え!と目を見開いたりするだけ。
子供同士で関わり合い、触発されながら、どんどん大切なことに気付いて、話がつながっていきます。……まさに追究を楽しむ子供の姿です。
追究を楽しむ子供はどうすると育つのでしょう。
意図的で緻密に考え抜かれた課題提示
問題の中に を入れただけで、子供はハテナ? と立ち止まり、興味をもち、考え始めます。子供の習性を巧みに生かし主体性を引き出す仕掛けです。
さらに、繰り上がりのある筆算の導入でいきなり「9+25」を扱ったことにより、おはじきを並べて操作しようとした子供たちから、「これ難しい…」「たしざんのお話がしにくい…」「えー?一の位のお部屋が14になっちゃった!」「困った~!」「両替しなきゃじゃん、でもどうやるのかな? それで私は困っちゃったよ。」と自然に学習問題が生まれていきました。
子供にとって少し高めな壁が、追究意欲に火をつけたのです。
毎日の積み上げで鍛える
● 言葉で説明すること
「算数は国語ですよ。」と富岡先生は言います。
課題把握も操作も筆算もすべて言葉で説明しながら行うことを普段から習慣付けているのでしょう。言葉を駆使して説明させることによって算数的思考力を鍛えているのです。
●「わからない」「困った」が言えること
加えて、普段から「わからない」「困った」が言えることを徹底して大事にしていることがうかがえます。授業はわからないことをみんなで解決する場だということ、それが授業の楽しさだということを、口で言うだけではなく日々体感させているのでしょう。
● 友達の発言をよく聞くこと
じつによく聞いています。そして学習のルールを徹底すること。
例えば、ワークシートを書き終わると、黙っていい姿勢でみんなが終わるのを待ちます。
● 自由が保障されていること
例えば、自由に前へ出てきたり、自由に演技が始まっちゃったり……。
あきら;(前へ出て)あのさあ、一の位が14になっちゃったから両替するよ。(123…と数えながら黒板の磁石を10個取り、その10個をどうしようか迷っていると…)
みんな;先生に10円玉と交換してもらえば?
あきら;そうか! 先生、この10を10円玉と両替してください。
先 生;どうぞ。(と両替してあげる。)
あきら;ありがとう。それで十の位の20と、この10で30。30と4で34になります。
みんな;あ~わかった!!(自然に拍手)……(自然発生の演技で楽しく理解が深まった場面です。)

確かな力を付けることへの責任とこだわり
十分に子供主体の授業でありながら、1時間の中にトレーニング的な要素もふんだんに取り入れ、しっかり子供に力を付けていきます。
・おはじきを並べる操作(個学)はただ並べるのではなく、「はじめに」「つぎに」「一の位」「十の位」という言葉を使ってお話ししながら並べるよう指示します。
・「両替してひっこしすることを『繰り上げる』と言います」と教えた後、「繰り上げる」という新しい用語を全員で6回唱えさせ、頭に刻み込ませます。
・『繰り上げる』を使った説明の仕方のモデルを教師が示し、全員に後について言わせます。ゆっくり→早く→みんなで→ひとりで。繰り返し言ってみることで、子供たちは計算の仕方の理屈を理解します。思考の言語化を繰り返すことで、イメージがより鮮明になります。
付けたい力を確実に定着させることで、一人一人の基盤がしっかりし、自信をもって追究するために必要な土台が固まります。
さらにトレーニング的な場面が別枠で設定されるのではなく、子供たちの思考の流れの中で無理なく自然に取り込まれているところが絶妙です。
温かく関わり合う子供はどうすると育つのでしょう。
「では式を教えてください。」の発問に全員が挙手。先生は迷わず公平さんを指しました。
公平さんは前へ出て、公平さんらしい自信なげな小さな字で「9+25」と書きました。隣の学級から「ゴーゴーゴー」の元気な歌声が響いてきましたが、誰一人気が散る子はいません。公平さんの手元に全員が注目する中から、「公平くん、合っているけどお話ししながら書いてくれる?」「公平君、もうちょっと見えるように大き目に書く方がいいよ。」と、優しい言い方だけど公平さんにとっては厳しい注文がつぶやかれます。
困ってしまった公平さんに、「私にお話しさせてください!」と大勢の助っ人。「公平くんので合ってるけど、お話しします。」……指された紗枝さんが説明しながら大きな字で書き直しましたが、公平さんが書いた小さな文字も消さずに〇をつけて残してくれました。厳しさの中に温かさがいっぱいのワンシーン。
優しさだけでは力は付きません。優しさに裏付けされた厳しさは、切磋琢磨に必要不可欠です。
貴恵さんの発言と全く同じ発言がコピーの様に三人続いた時、先生は「ハハハ」と大らかに笑い、「いいなあ! 自分の意見をはっきり言えていいね。」とほめました。
「いいなあ!」は愛情たっぷりのアイメッセージです。どんな意見も(たとえ全く同じでも)ゆったりと受け止めてくれる教師の懐の中で、生き生きと自己表現できる子供たちが育っています。………
H24年5月22日
鈴木
授業の様子を、イメージしていただけたでしょうか?
「学びに向かう力」「主体的・対話的に学ぶ力」が、10年前の2年生の子供たちに、すでに育とうとしていることを感じていただけたでしょうか?
今皆さんが向き合おうとしている新しい教育用語は、じつはちっとも新しくなんかないのだとお気付きいただけたことと思います。
次回は、このような授業がどうして生まれるのかを掘り下げたいと思います。
イラスト/岡本かな子
※この連載は隔週月曜日に公開します。どうぞお楽しみに。
■ ー 連載 鈴木惠子の「教師として大切にしたいこと」 ー 過去の回はこちら(↓)へ■
■ 第1回「わからなさがわかるかな?」
■ 第2回「し~っ! 先生には聞こえるよ!」
■ 第3回「答えは目の前の子供の中にあります」
■ 第4回「授業観・子供観を見直そう」
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