鈴木惠子の「教師として大切にしたいこと」―連載第3回「答えは目の前の子供の中にあります」

温かく、生き生きと学ぶ子供たちの姿に魅了され、かつてその後姿を追い求めた先生方が全国にいた鈴木惠子先生。子供が伸び伸びと自分を開示、表現していくその授業は、授業名人と称された故・有田和正先生から「日本一の授業」と評されました。変革期の現場で、本当に大切なことについて再確認するための連載、第3回をお届けします。

鈴木惠子(すずき・けいこ) 静岡県藤枝市の元公立小学校教諭。教育委員会指導主事、管理主事、小学校校長等を経て退職。好きなものは花と自然。
第3回 「答えは目の前の子供の中にあります」
前回は、「教師として大切にしたいこと」の一つ目、「共感力」についてお伝えするために、「聞こえませ~ん!」を例にお話ししました。
今回はその続きです。
「楽しい休日をすごしましたか?」
連休明け、久々に集まった子供たちを前にして、「楽しい連休をすごしましたか? どこへ行ったのかな? 遊園地? キャンプ?……先生もね……」などと尋ねたり語ったりしませんでしたか?
そこで楽しい話題に花が咲いたかもしれませんね。
学級の大半の子供たちとは、その話題で心が繋がり、休み明けの少し重たい空気を和らげることができたかもしれません。
連休を家族そろって楽しく過ごしたであろう子供たちへの共感……でも一方で、どこへも行けなかった子……連休だってお父さん、お母さんが働いている子もいるし、ネグレクトで放っておかれている子だっている……どの家庭も旅行や外食ができるほど裕福なわけじゃない……そういうことへの共感は忘れられがちです。
みんなが行楽に出かけた話で盛り上がる陰で、寂しい、悲しい思いをしている子がいることに思いを馳せましょう。
楽しく過ごせた子供は放っておけばいいと言っているのではありませんよ。
先生に聞いてほしくてたまらない子だっていますもの!
そういう子の話は、休み時間などに個人的な会話の中で耳を傾け、よかったねと一緒に喜んであげればいいのです。
全体の前で話題にする必要はありません。
夏休み明け、もし子供たちと心が繋がりたいなと思うなら、これから始まる二学期がどんなに素敵なものか、嬉々として話す先生の姿を見せるのが一番です。
二学期に予定されている学習や行事がどんなに面白くて、みんなにとって価値あるものであるかを語る先生の顔が、笑顔で、ワクワクと弾んでいらしたら、子供もつられてワクワク乗ってくること請け合いです。
二学期に、子供たちにどんな場面でムキになってほしいか、どんな場面で笑顔にさせてあげられそうか……今から具体的にイメージして、二学期の明るい未来予想図を描いておきましょう。
「手いたずらはやめなさい」
例えば、授業中、ボーっとして発言しない子。手いたずらばかりしている子。……どの学級にも必ずいる子供たちですね。
「手いたずらをやめなさい」とずっと注意しているのに、変わらないなあと、ため息をついたり悩んだりしていませんか?
「どうしてあんなにつまらなそうにしているんだろう?」と想像してみましょう。
Aちゃんは、能力的に、勉強の内容についていけていないな。面白くないのも無理ないな。1時間ああやってただ座っていて、どんなに苦痛だろうか……。
Bちゃんは、どうも両親の仲が悪いようだ……。いつも言い争いばかりしている中にいて、きっと小さな心を痛めているんだろうな…。勉強どころではないのかもしれないな。
……と共感的に寄り添ってあげるだけで、AちゃんもBちゃんも救われます。
手いたずらする自分に注がれる先生の眼差しが、批判か、共感か、無関心か……子供は敏感に感じ取っています。
逆に塾へ行っているCちゃんにとっては、学校でやる内容は既習済みで、つまらないのかもしれないな。Cちゃんにはみんなを巻き込んでいくような発言の仕方を学ばせて、授業の中で友達と関わり合うことの楽しさを体験させていこう、とか……。
Dちゃんは、本当は力がある子なんだけれど、表現しないのは成功体験がないからじゃないかな? 自信がもてるよう、意図的に活躍のチャンスを作ってみようか、とか……。
一人一人の、表面には見えない背景に、共感的に心を寄せていくと、教師としてするべきことが見えてきます。
表面に見えている姿は、「授業に参加しない」で同じであっても、一人一人の背景によって、かける言葉も対処の仕方も変わってくるはずです。
みんな一律に「授業に参加しない子」ではないのです。
私はいつも、「答えは目の前の子供の中にあります。」「教育書よりも先に、まず子供を見ましょう。」と言っていますが、子供を成長へと導くための的確なアプローチには、一人一人の子供の共感的な見取りが欠かせないと思っています。
人は心が動かなければ変わりませんから。
手いたずらをして授業に参加しない子供たちを、「こら! ダメでしょ!」と1年間叱り続けるのではなく、それぞれが生きる道を考えましょう。
それぞれが参加したくなるように骨を折りましょう。
授業の中で、「自分ってまんざらでもないな」と感じると、子供は積極的になります。
家庭の中で辛い思いをしているBちゃんの心だって、教室だけはホッと安らげる場所にしてあげることができるのです。
あの手この手で、まんざらでもない自分を感じさせてあげて下さい。
「ここに自分の居場所がある」と感じさせてあげてください。
そうすることによって、どの子もみんな、いつのまにか授業の中心へ巻き込まれていきます。
もちろん一人一人の伸びるタイミングは違いますから、すぐに形になって表れない子がいたっていいのです。
こうすればこうなる、なんて特効薬はありません。
でも、信じて共感的に関わり続ければ、必ず「おっ」と目を見張る瞬間が訪れます。
子どもの小さな小さな変化が嬉しくてたまらない……教師のそういう姿を感じて、子供たちは、自分の中に眠っている「違う自分」に気付き、「ワンランク上の自分」を目指せるようになるのです。
個別最適化の成否を握るのも共感力
「個別最適化」を目指していくときも、AIによる習熟度の把握や躓きの分析だけに頼るのではなく、そこに人間教師としての共感的な目を加えることによって、子供の「自ら伸びようとする心の動き」を引き出すことが必要です。
「個別最適化」と称して、教材や時間、方法、支援などを、どんなにきめ細かく個別に提供できたとしても、それは子供にとって所詮与えられた学習です。
1人1台端末やデジタル教科書の様々な機能の中から自分に必要なものを選び取ったり、自分にとって最適な学びを自力で切り拓いたりしていける子供を育てなければなりません。
そのためには、子供の意欲や主体的な学びを引き出しその気にさせる、教師の共感的な子供理解が必要なのです。
オンライン授業になって、先生方が「子供理解」にどんなにご苦労されているだろうかと心を痛めています。
目の前にいる子供たちの、温もりや息遣いが感じられるその距離感、その空気感でなければ見えてこないもの、伝えられないものがたくさんありますものね。
今後先生方はパソコン画面ばかりを見て子供を評価するようになりはしないか? と、それも心配になります。
全くの老婆心ですが(笑)。
ICTが進めば進むほど、教師は権威者ではなく生身の人間として、子供たち一人一人と目を合わせ、一人一人異なる息遣いだとか、感性や発想の瑞々しさだとか、逆にわからなさやつまらなさだとか……それらをしっかり感じ取り、受け止めながら、子供たちの「内なるもの」に働きかけていくことが、必要なのではないでしょうか?
それこそが、学校に人間教師がいることの意義であり、学校が存続するための生命線であると思います。

カーリングのロコソラーレの選手たちの「そだね~」という言葉がひと頃話題になりましたが、「そだね~」はまさしく共感の言葉ですよね。
北京五輪での、彼女たちの奇跡的な逆転劇を目の当たりにして、「そだね~がもたらす安心感」が、彼女たちに力を出し切らせ、奇跡を生む原動力となっていたことを確信しました。
子供たちが安心して持てる力を発揮するためには、「自分は自分でいい」と子供が自己肯定感を感じることができるよう、「そだねえ。」「そだねえ。」「それでいいんだよ。」と寄り添い続けることが何より重要であり、そのために必要な教師の資質が「共感力」なのだと思っています。
教育は、お互いに「言葉」を交わしながら、心を通わせていく過程そのものです。
共感力のある先生から発せられる言葉は、子供に温かくしみ込み、子供を変える力を持つものだと思います。
もしも、「おかしいなあ……あれだけ熱心に指導しているのに、変わっていかない……」と悩まれている先生がいたら、「子供の気持ちを共感的に受け止めた上での指導であるかどうか? 正論であっても押しつけになっていないか?」……一度立ち止まってみられるといいと思います。
ご自分から発せられた指導の言葉を、受け取る側の子供たちがどんな気持ちで聴いているか、……素直に沁み込んでいっているか、悲しい思いで聞いていないか? しらけて聴いていないか? 子供が自ら変わろうとする力に成り得ているか?……一度想像してみられるといいと思います。
その想像力、共感力を磨くことによって、指導の言葉、指導の中身は自ずと変わってくるものと思います。
先生から言われるまでもなく、「正論」は子供もはじめからわかっているものです。
イラスト/岡本かな子
※この連載は隔週月曜日に公開します。どうぞお楽しみに。
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