“イヤイヤ”校内研究を “わくわく”校内研究に!~3つの壁への3つの取組~ 森俊郎さん(岐阜県養老町立笠郷小学校教務主任)

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2020年度 第56回 「実践!わたしの教育記録」 特別賞 受賞作全文公開

岐阜県養老町立笠郷小学校教務主任 森 俊郎

1.“イヤイヤ”校内研究の始まり!?

「今年の研究授業の授業者、誰にやってもらえるかな」と、毎年、そんなことが研究主任の頭を悩ませるのではないだろうか。研究授業や公開授業の授業者を決める会議は、重たい雰囲気が漂う。まして、輪番の○○市の△△教育指定校なんて“当たる”と大変!「研究すると学校が荒れる」なんて言葉も耳にする。“イヤイヤ”校内研究の始まりである。

2.“イヤイヤ”校内研究の3つの壁

筆者の着任した学校も例にもれず、“イヤイヤ”雰囲気があった。着任した学校の奥のロッカーには、前年度取り組んだ○○教育指定の名の付いた分厚い研究冊子が置かれてあった。2年後には、「主体的・対話的で深い学び」を研究テーマに掲げた大きな公表会(詳細後出)を控えていた。そんな状況で筆者は着任早々、研究主任となった。
とにかく、“イヤイヤ”校内研究をやめたい、子どもを伸ばすことはもちろん、教師も“わくわく”する校内研究にしたいと心から思った。なぜ“イヤイヤ”校内研究になってしまうのか。それは、以下の3つの壁(理由)があると考えた。

“イヤイヤ”校内研究の3つの壁
⒜トップダウンの壁
⒝束縛の壁
⒞根拠「俺」の壁

この3つの壁を打破すべく、着任したばかりの学校での2年間の取組が本実践記録である。本実践記録をまとめる中で、実践したことは、3つであることが分かった。

“わくわく”校内研究への3つの取組
⑴トップダウンからボトムアップへ!
  ~コンパスづくり~
⑵束縛から自由へ! 
 ~学び続ける教師の育成~
⑶「俺」から「子ども」へ!
 ~エンパワーメント~

3.“わくわく”校内研究への3つの取組

⑴コンパスづくり

第1の取組は、全職員で校内研究のコンパス(方針)づくりである。従来の校内研究は、既に決まった研究テーマがあり、研究推進委員会など一部の教師によるトップダウンによって、進められていた。それでは、全ての教師の心は動かない。これが“イヤイヤ”校内研究の⒜トップダウンの壁である。“わくわく”校内研究には、全ての教師の本当の『願い』がなければならないと考えた。
そこで、まず、トップダウンの校内研究から、全ての教師がやってみたいと思う『願い』のこもった研究テーマづくりに取り組んだ。そして、教師の『願い』や取り組むべき価値の実感できる校内研究のコンパス(方針)を示した。具体的には、3つの視点を用いた『願い』の「見える化」と「業務の見直し」である。

①3つの視点による『願い』の「見える化」
3つの視点とは、「求められている授業」「児童の実態」「教師の目指したい授業」である。「求められている授業」や「児童の実態」の視点として、新学習指導要領や県独自の学力・学習状況調査、全国学力・学習状況調査の結果から客観的なデータを洗い出した。その結果、「児童の主体性」がキーワードとして挙がった。

〈コンパスづくりの3つの視点〉
〈コンパスづくりの3つの視点〉

さらに、そこから、「教師の目指したい授業」について全職員で徹底的に話し合った。教師一人一人の挑戦してみたい授業、これまでの授業の様々な経験(失敗談含む)、やってみたい研究等を遠慮なく聞き合い、語り合った。
教職2年目となる20代の教師は、「これまで授業についてここまで語り合うなんてことはなかったです。いろいろな先生方の授業についての考えを知ることもできたし、自分の考えもとてもすっきりしました。これからやりたいことがどんどん出てきました!」と笑顔で答えた。
3つの視点を用いることによって、校内研究のテーマ「どの子も学びに向かい、深い学びを追究する学習集団の育成」を決めることができた。教師の本当の『願い』のこもった研究テーマにすることができた。

付箋を用いた『願い』の「見える化」
付箋を用いた『願い』の「見える化」

②業務の見直し
授業について語り合うことに重きを置く一方で、校内研究の業務については大きく見直した。例えば、十分な活用の認められなかった分厚い研究冊子の作成や多くの時間を費やしていた指導案(約5枚)の作成である。目指す授業について語り合うことに重点を置くことで全教師の共通理解を経て、研究紀要を廃止、指導案をA4、1枚のみとした。後々、明らかになったことだが、これらによって、勤務校は、地域で最も残業時間が少ない学校となった。それまで過労死ラインである月80時間を超える超過勤務をする教師が複数いたが、実践した2年間では、平均残業時間60時間/月を超える職員は一人もいなくなった。働き方改革を目指す地域の教職員組合アンケートの「職場の満足度」調査では、「今の職場に満足している」と答える教師の割合が100%となった。

〈A4、1枚指導案の様式〉
〈A4、1枚指導案の様式〉
記述内容は、「単元指導計画」「本時のねらい」「本時の展開」「校内研究に関わるポイント(端的に)」のみとした。

このように、教師の本当の『願い』を「見える化」し、業務を大きく見直すことを通して、ボトムアップによる“わくわく”校内研究の「コンパス」(方針)を、まずはつくり上げた。

⑵学び続ける教師の育成

第2の取組は、学び続ける教師の育成である。従来の校内研究は、公開授業前に「〇月〇日指導案検討会△学年会議室」といった時間と場を束縛していた。多くの教師は基本的に束縛されるのが嫌いなのだ。これが“イヤイヤ”校内研究の⒝束縛の壁である。“わくわく”校内研究には、自由な時間や場、学び方、そして、学び続ける教師の存在が不可欠だと考えた。そこで、以下の2つに取り組んだ。

①「いつでもどこでも誰とでも研究会」
「いつでもどこでも誰とでも研究会」とは、授業者の希望する同僚と授業協議会をいつでもどこでも希望制で行うことである。例えば、指導案の検討では、教科部を希望によって設定したり、意見がほしい同僚(この人と一緒に検討したいと思える人)と指導案の検討を行ったりした。時には、校外の専門家(大学等)とオンラインで話合いを行った。また、それまで一つの教科を特定して公開授業を行っていたが、どの教科でも、そもそも授業でなくとも(朝の会や帰りの会でも)公開可能とした。公開授業も形式的に決めるのではなく、希望する教師が希望する授業を希望する日時で公開することとした。
その結果、学校の至るところで、授業や子どもの学びについて楽しく語り合う姿が生まれた。公開授業は、全ての教師が進んで行うこととなった。ある教師は、自ら希望して年5回以上の全校研究授業をすることになった。管理職である教頭先生も自ら希望して授業を公開してくださった。「校内研究はみんなでやっていくものだ。授業づくりに管理職という立場は関係ない」という教頭先生の言葉は、多くの教師の心に火をつけた。年度内で退職する教師の机の上には、付箋のびっしりと貼られた書籍が置いてあった。学び続けることに年齢の束縛もなかった。

いつでもどこでも誰とでも研究会の様子
いつでもどこでも誰とでも研究会の様子

今年度退職する教師の本
今年度退職する教師の本

②教師の学び方改革
授業づくりと言えば「教師用指導書」、授業は「指導書通りに」……。そのような教師の学び方を変えたかった。そこで、指導書に限らず、国内外の様々な情報を入手することができるように、教師の学びの環境づくりに努めた。例えば、独立行政法人教職員支援機構が無料で提供しているオンライン講座を活用したり、海外の教育に関する確かな情報を検索できる「エビ探」を開発したりした。職員室の一角には、持ち出し自由の「校内研究コーナー(約30冊)」を新たに設けた。
筆者開発の「エビ探」は、イギリスやアメリカを中心とした海外の教育に関する科学的根拠(エビデンス)を日本語で分かりやすく探究することができるサイトである(略して「エビ探」)。

独立行政法人教職員支援機構オンライン講座
「独立行政法人教職員支援機構オンライン講座」校内研修シリーズNo.25「『主体的・対話的で深い学び』の実現に向けて」(田村学講師)等を校内研究で紹介した。

このように、指導書はもちろん、書籍、オンライン動画、海外のサイト等、形式を束縛することなく、いつでもどこでも学ぶことのできる自由な環境を整えた。
その結果、創造的な実践が生まれるようになった。1年生担任のA先生(教職4年目の若手教師)は、学習の振り返りとして、「メタ認知」に興味をもった。「エビ探」(イギリスのエビデンス仲介機関「Education Endowment Foundation」のサイト)を利用して、「メタ認知」に関する国際的な知見を学ぶことができた。そして、メタ認知を育む1年生道徳の授業を計画した。実際の授業では、ペープサートを用いて場面理解を促したり、役割演技の場を位置付けたりした。授業終末時には、自分の心を振り返る道徳ノートの活動を取り入れた。1年生のメタ認知を育む様々な取組を意図的に仕組み、全校研究授業で貴重な提案をすることができた。

ペープサートを用いて場面理解を促す授業
ペープサートを用いて場面理解を促す授業

道徳ノート(低学年の振り返りの記述例)のまとめ
「前は○と思っていたけど、今日の『~』(資料名)をお勉強して」
・△という考えもあることがわかったよ。(追加○+△型)
・という考えに変わったよ。(変化○→△型)
・やっぱり○という考えが強くなったよ。(強化○→◎型)
(校内研究提案資料より)

50代のベテラン教師は、「はじめは、オンラインとか、エビデンスとかカタカナばっかりで、よく分からなかった。けれど、今、いろいろな情報は、実践の調味料だと思っている。これまでの経験と勘に加えて、こういう環境があることで、授業づくりで、力強く私たちの背中を押してくれる」と答えた。
このように、時間や場、学び方を全く束縛することのない自由な環境を整えることで、学び続ける教師の姿と創造的な実践がたくさん生まれた。

⑶ エンパワーメント

第3の取組は、エンパワーメントである。従来の校内研究の授業協議会には、「俺・私は~と思う」や「○○という指導をすればよかった」といった発言で溢れていた。このような発言の基になっているのは、発言する教師自身の感覚、つまり、根拠「俺」である。これらは、印象論や結果論になりやすく、子どもの姿から学ぶという教師の姿勢を崩しかねない。これが“イヤイヤ”校内研究の⒞根拠「俺」の壁である。“わくわく”校内研究には、「子どもはどのように学んだのか」「子どもはどう成長したのか」といった、「子ども」の学びの姿から学ぶことのできる教師集団があると考えた。そこで、子どもの学びに着目した授業協議会(付箋・パパラッチ分析)と授業ムービーの作成に取り組んだ。

①付箋・パパラッチ授業分析
公開授業後の協議会では、「付箋・パパラッチ分析」を行った。「付箋・パパラッチ分析」とは、付箋と写真を用いて、子どもの姿を記録し、子どもの学びの事実から授業を検証しようとする本校独自の協議会のやり方である。パパラッチ(有名人を追いかけ、写真を撮るカメラマン)のように、対象の子どもの1時間の変化の様子を付箋や写真に記録していった。1時間の記録は、子ども一人あたり、付箋3~5枚、写真10~20枚程度になった。

付箋・パパラッチ授業分析
付箋・パパラッチ授業分析
ねらいや時間を軸として、子どもの姿がどう高まったのかを話し合う。

とくに、参観者は、「子どもがどのような発言をしたのか」「ノートにはどのようなことが書かれてあったのか」「授業前後で学びがどう変化したのか」「それはなぜか?」を、付箋や写真を用いて追究した。
このような授業協議会を初めて経験した30代の中堅教師は、「こんな楽しい校内研究は初めてでした。子どもの学びを学ぶことは、私たちの学びになるし、とても楽しい!」と答えた。
こうした子どもの学びの事実を学ぶ教師の姿勢は、普段の授業の中でも生まれるようになった。50代のベテラン教師は、「子どもがどう学んでいるのかを知ることが、とても“わくわく”するようになった」と答えた。「普段の授業の中でも教師はしゃべり過ぎ、出過ぎていた」と多くの教師が感じるようになり、授業中の教師の立ち位置が変わった。子ども一人一人が仲間との関わりの中で、どう学びを深めていくのかを教室の後方から見守る教師の姿が増えた。どの教師も子どもの話に耳を傾け、子どもの学びに寄り添うことの楽しさを知ることができた。

教室の後方から子どもの学びを見守る教師の姿
教室の後方から子どもの学びを見守る教師の姿

そうして、子どもたちはどんどん自分たちで主体的に授業を進めるようになった。「自分たちで学習を進めるのはとても大変だけど、とても楽しい!」(4年生児童)、「どんどん追究することが楽しい。科学者になったみたい」(5年生児童)、「自分たちで創る授業は私たちの学校の宝物です」(6年生児童)という声が上がった。
このような授業協議会は、印象論や結果論の溢れる授業協議会ではなく、子どもの姿・学びの事実が話合いの中心になるため、教師をエンパワーメントする最大の材料となった。「子ども」の姿・学びの事実が、教師の校内研究のやりがいや次の実践への意欲を高めた。

②“わくわく”授業ムービー「授業の見どころ」
“わくわく”する取組として、「授業の見どころ」ムービーを作成した。「授業の見どころ」とは、公表会(約100名の参加する校内研究の発表会)の際に、授業公開前に上映したもので、参観者に授業の見どころを紹介する動画である。授業ムービーには、これまでの校内研究の取組の様子や子どもたちの変化の様子等をまとめた。とくに、学びに向かう子どもの姿を伝えた。前例のない取組であったが、多くの参観者から「学校の雰囲気がとても明るく、教師同士の仲の良さが伝わってきた」と好評を頂いた。
もちろん、公開授業後には、校内研究アンケート調査から明らかになった校内研究の成果と課題を、学校の経営方針や重点項目と併せて客観的なデータでも示した。

「授業の見どころ」ムービー
「授業の見どころ」ムービー
授業予告編として作成した「授業の見どころ」ムービー

4.成果と課題

以上、“イヤイヤ”校内研究の3つの壁を打破した3つの取組である。成果(〇)と課題(●)を以下に示す。

○校内研究アンケート(児童の授業に対する意識変化)の結果が以下のようになり、大きく改善した。
・「学級で話合い活動をよく行っている」・・・90%(全国平均84.5%)
・「自分の考えを深めたり広げたりすることで、なるほどと思うことがある」・・・95%(全国平均77・7%)
・「課題の解決に向けて自分で考え、自分で課題を立てている」・・・89 %(全国平均76.8%)
○児童の学力向上(国・算、共に大幅改善!)
○教師の「校内研究の満足度」100%!
●このような取組を2年間で終わらせるのではなく、継続的に学校の授業づくり文化として根付かせていきたい。

児童の意識 校内アンケート
〈成果 児童の意識 校内アンケートから〉

5. 終わりに

2年間の取組を終え、ある50代のベテラン教師から「30年教師やってきて、今までで一番楽しかった校内研究だった。やってよかったと初めて思えた校内研究だった。研究主任、ありがとう」と言って頂いた。“イヤイヤ”校内研究を“わくわく”校内研究に変えることができたのかもしれない。

参考文献
・『プロフェッショナル・ラーニング・コミュニティによる学校再生 日本にいる「青い鳥」』千々布敏弥 著 教育出版2014年
・「授業改善力を高める協調的授業観察分析法の提案と実践」益川弘如、村山功、酒井宣幸、石上靖芳 静岡大学教育実践総合センター紀要2009年
Education Endowment Foundation(イギリスのエビデンス仲介機関のウェブサイト 2020年6月27日検索)
・『学校の時間対効果を見直す! ―エビデンスで効果が上がる16の教育事例―』森俊郎・江澤隆輔 著 学事出版2019年
・『「エビデンスに基づく教育」の閾を探る 教育学における規範と事実をめぐって』杉田浩崇・熊井将太 編 春風社2019年
エビ探(エビデンスに基づく教育研究会のホームページ 2020年6月2日検索)
・「教育分野におけるエビデンス仲介機関の特徴」森俊郎・岡崎善弘 日本評価研究(20)第2号 p.77ー88

受賞の言葉

岐阜県養老町立笠郷小学校教務主任 森俊郎

岐阜県養老町立笠郷小学校教務主任 森俊郎さん

この度はご選出頂き、ありがとうございました。本実践は、私個人のものではなく、前任校の岐阜県養老町立養北小学校の職員みんなで取り組んだ内容です。養老町教育委員会の「特色ある教育公表会推進事業」の指定を受け、実践させていただいた経緯もあります。そのため、決して「私の教育記録」ではなく、多くの方々のご支援、ご尽力を賜った「みんなの教育記録」であったことを強くお伝えしたいと思います。
この場をお借りして、皆様に深く御礼申し上げます。岐阜県養老町立養北小学校前校長の田島英明校長先生、早﨑京子校長先生はじめ先生方、並河清次同町前教育長、森島恵照教育長、現任校の倉本雅志校長先生、いつもありがとうございます!
本実践の根底には、養北小学校の児童の皆さんの学びに向かう意欲と、『エビデンス(科学的根拠)に基づく教育実践』を具現化したいという私のライフテーマがあります。「エビデンス」と言うと、「何? それ?」「また何か新しいことしなければいけないの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、『エビデンスに基づく教育実践』は、本実践のように、児童の成長と教師の意欲、職場の同僚性を極限まで高めるものです。お読みくださいました皆さんに少しでもお役に立てれば、幸いです。


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