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どの子も必要とされ、活躍できるクラスをつくるために【事例から学ぶ 学級経営の極意Ⅴ②】

連載
事例から学ぶ 学級経営の極意Ⅴ

埼玉県東松山市教育委員会教育長職務代理者

稲垣孝章
事例から学ぶ 学級経営の極意Ⅴ

本連載では、学級経営を長年、研究・実践してきた稲垣孝章先生が、今まで出合った子供の事例をもとに、学級経営を行う上で大切なことを解説します。第2回は、ある6年生の男児のエピソードから、自発的、自治的な活動の意味とどの子も活躍できる学級経営の在り方について考えていきます。

執筆/埼玉県東松山市教育委員会教育長職務代理者
 城西国際大学兼任講師
 日本女子体育大学非常勤講師・稲垣孝章

転校し、再度転入してきたEさん

「やっぱり、俺のクラスはここだった」
この言葉は、転校していった6年生の男児Eさんが、転校先の学校を抜け出して上履きのまま、勝手に本校に戻ってきたときに発したものです。決して、よい行動と言えるものではありませんが、この言葉の背景にあるEさんの心情から学ぶことがあるように思います。この言葉に込められたエピソードをもとに、求められる学級経営の在り方を再確認していきたいと思います。

Eさんは、もともと他県の学校から転入してきた子供です。多動傾向があり、成育歴も厳しい状況で、他とうまく関わることが苦手な子供でした。自分の思い通りにならないと激情してしまうこともたびたびありました。時には、自傷行為をしたり、器物破損となる行動をとったりすることもあり、友達とのトラブルも頻繁に起こす、学級担任としてはとても指導の難しい子供でした。

6年生のある日、Eさんは家庭の事情で他県に転校することになりました。不謹慎な話ですが、学級担任としてはEさんが転校することで、少し安堵したところもあったというのが正直なところでした。                                     
しかし、数か月後、Eさんは本校の教室の外に立っていました。それも上履きのままの姿で……。

その時に、Eさんが言ったのが冒頭の「やっぱり、俺のクラスはここだった」という言葉でした。聞いてみると、その時に在籍していた学校の朝会の後、そのまま学校を抜け出して電車を乗り継いで2時間以上かけて本校に戻ってきたということでした。当然、転出先の学校では大騒ぎになっていたようです。結局、保護者も本人の強い希望を受け入れて、家族で話し合って本校に戻るように考え、再度、転入してきました。

他校を抜け出してきた男児とそれを見て驚くクラスメートや先生

イラスト/池和子(イラストメーカーズ)

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