AIを活用した「なりたい自分になる」個別支援プログラム – 特別支援巡回指導教員・中澤幸彦先生の実践

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八王子市立上柚木中学校の中澤幸彦先生は、特別支援巡回指導教員として、生徒の個性や興味、関心に合わせた個別指導を行う中で、AIを活用しています。中澤先生が一人一人の生徒たちと向き合って作るプログラムで、AIはどんな役割を果たしているのか。興味深い取り組みを詳しく紹介していただきました。

中澤 幸彦(なかざわ・ゆきひこ) 八王子市立上柚木中学校
保健体育科として14年勤務し、生活指導主任や研究主任を経て2023年から特別支援巡回指導教員に挑戦。初任時からICTは駆使しており、コロナ禍からはGoogleサービス等をフル活用した中学校で珍しい年間を通した自由進度型で保健体育の学びを構築。さらに、2023年はAIとの教育対談本を出版するなど精力的に活躍するなどテクノロジーとともに学びを再現してきた生成AIパスポート取得者。

「好き」から始まる「なりたい自分になる」プログラム

現在、私は特別支援巡回指導教員という立場で、いろいろな学校を回って授業をしています。特別支援教室では、週1回1人1時間の個別指導時間が基本として設けられており、それ以外に4人から6人程度の小集団授業というグループワークも行なっています。個別指導では学習方法・対人関係・感情のコントロールなどで困っていることをテーマに「苦手の克服」を目標として、グループワークでは社会性や協調性、自己理解・他者理解の態度を育むことを目指して、自立活動を行います。

今回は個別授業で私が実践している、個別指導での自立活動を通して「なりたい自分になる」プログラムについてお話したいと思います。

特別支援教室の生徒は、発達上の課題、感情のコントロールや読み書き、話すことなど、コミュニケーションに関する“苦手”を抱えています。それを克服するためのワークシートやコグトレなど発達系の学習もいろいろありますが、誰でも意欲的に取り組めるわけではありません。

生徒のモチベーションが一番高まるのは、自分が好きなことに向かっているときだと思います。そこで私は、一人一人が好きで興味を持っていること、疑問に思っていることを使って、発達の課題に向き合っていこうと考えました。それが、「なりたい自分になる」プログラムです。

限られた授業時間の中で自ら学び成長するには、生徒たちの「主体的な取り組み」が大事なので、プログラムは、生徒の「好き」をテーマに、対話しながら一緒に作っていきます。生徒からより多くの考えや気持ちを引き出すために、AI(ChatGPTやBing)も活用します。

AI授業のポイントは主体性と心理的安全の確保

実際どのように授業を行なっているのか、中学2年生の生徒の実践例を紹介します。

この生徒は、読書が大好きで、毎週違う本を持ってきて読んでいました。一方で、話すことも、書くことも、国語も苦手です。そこで、「読書」を中心に、AIを活用しながら自己理解を深め、「なりたい自分」を見つけて、そこに近づく方策を考えることにしたのです。

私は、AIを使った授業を行う時のポイントは以下の通りだと考えています。

1. 導入「主体性」
教員およびAIと対話しながら自問自答して、「なりたい自分」とはどんな姿なのかイメージさせ、何をするかを自己決定します。

2. 創らせるより引き出してもらう
AIに質問してもらい、自分の考えていることを言語化したり、内なる秘めた想いに気づかせてもらったりします。自分のボキャブラリーにはなかった表現や、多面的な見方が提示されて、改めて自己を見つめることができます。

3. AI問答
自分が依頼したことについて納得できる回答が出てくるまで粘り強くAIとやり取りを繰り返します。自分がどういう回答を求めているのか気づくこともできます。

4. 表現の熟考
どんなプロンプトを入れるとAIが自分にとってのベストアンサー(答え)を表現してくれるのかを考え、実験します。対人も同じで、相手にどういう表現をすればより正確に伝わるのか考えることもします。

5. トライの増加
AIが引き出して創ってくれることでたくさんの時間が生まれます。そこで、「では自分はどうしていく?どう生きる?」と問い続けて、なりたい自分に向けてトライすることができます。

この5つのポイントの中で、実は全体の7割くらいの重要性を占めると私が思うのは、生徒と教員が対話しながら進める導入部分の「主体性」です。このプログラムには、生徒が当事者意識を持って取り組むことが何より大事だからです。

ここで教員が心がけなければいけないのは、心理的安全を確保することです。これは非常に重要です。生徒が落ち着く場所を選ぶ、教員は正面ではなく右隣か左隣を指定させて座り、視線の逃げ道を作る、生徒の声のボリュームに合わせる、BGMを使ったり、タイムマネジメントをしっかり行ったりする、など、細かいことに気を配って、集中できる環境を作ります。

読書が好きな生徒は、当初、1時間の授業の間も頷くくらいでほとんど自分から話すことはありませんでした。そこから2か月くらい、私がいろいろな質問をしたり、彼の好きな本を一緒に読んで感想を共有したりするうち、彼は「自分は本が好き」だということを話し始め、自身の内面の気づきにつながりました。でも「なぜ本が好き」なのかまでは分析していませんでした。

そこで、「自分は読書のなにが好きなのか」について自問自答して書き出したり、AIに「本の魅力は、読者にどんな影響や成長を与えることですか? 選択肢を10個提案してください」と依頼したりして、出てきた答えをさらに具体的にしていくような作業も行いました。ただ基本は私との対話を通して、そして養護教員や他の教員、専門員など多くの人とも話して、自分にとって本を読む価値は何なのかを考えていきました。

その結果、落ち着く、感動する、言葉に出会う、などが出てきた中で、読んだことを「自分ごととして考えること」が、彼にとって一番ピンときた価値だったのです。そこで、私からの提案は、「自分の物語を創ってみる?」でした。そしてこの生徒はAIと会話しながら、『四次元の教室』という小説を1時間で作り上げたのです。彼の初めての作品となりました。

AI問答を繰り返して出来上がった1万語の小説

『四次元の教室』ができるまでのプロセスを少し詳しく説明します。小説を書くにあたり、最初に決まっていたのは、主人公は自分、内容は「なりたい自分になるまでのサクセスストーリー」ということです。でも、これだけでは情報が足りず、AIは小説を作れません。そこで、AIに情報を引き出してもらいます。

まず、小説を創る時の工程を以下のように決めました。

1. 全体像

2. 章立て

3. タイトル

4. 章ごとの本文

5. 表紙

そして、各項目で、AIと次のようなやりとりをして、内容を作っていきます。

1. AIが「引き出す」質問をする

2. 生徒が回答する

3. AIが提案する

4. 生徒が修正・要望を伝える

AIが修正し、生徒が納得したら合意する 特に3と4のAI問答を繰り返して、納得がいくまで内容を詰めていくプロセスは重要です。

AIと対話をするときに非常に大事なのは、プロンプト(指示)の作り方です。生徒がうまく作れない時は、主語、述語をしっかり入れる、具体的に説明する等々、教員がアドバイスして一緒に作ります。

例えば、「全体像」をAIに引き出してもらう時のプロンプトは、次の通りです。

「あなたはプロの小説家です。私は小説を書きます。主人公の私が『なりたい自分』になっていく小説を書きたいのですが、うまく表現できません。私に対する設問を多く設定し、私の考えを引き出してください。」

これに対して、AIは、「ジャンル」「登場人物」「設定」「メッセージ」「好みの小説」「主人公の性格」「対立要素」などについて質問してくるので、一つずつ答えます。答えられなければ、「ジャンル」だったら「選択肢を示して」と頼み、自分の性格はよくわからないのでもっと引き出して、というように、会話を続けていきます。

主人公は自分自身
なりたい自分へのサクセスストーリー
引き出す✕創る=AI

このようにして、「全体像」「章立て」「タイトル」「章ごとの本文」すべてを作るにあたって、AIと問答を繰り返して、約1万語の小説が出来上がりました。小説を読んだ生徒に、点数をつけてもらったところ、答えは65点! 意外に低い点数でしたが、理由を聞くと、一つは内容のレベルをもっと向上させたい、そして、小説では自分が成長していくけれど、リアルの自分が成長している実感がないので面白みがない、ということでした。

では、「なりたい自分」に近づくために、次にやることは? この生徒が自分で考えたのが、「自己理解を深める」でした。

自己理解を深める「取説×AI」「座右の銘×AI」

彼は、自分の感情や行動のパターンがどうなっていて、どうしてうまくいかないのか、どういう時うまくいっているのか、もっと自分のことを知りたいと思っていました。そこで、自分の「取扱説明書」をAIと作ることにしたのです。 取説の内容は、以下の通りです。

1. 自己理解

2. 自分の対応(自分でできることは何か)

3. 周囲の対応(周りの人にどんな理解や対応を求めるか)

4. まとめ

自己理解のための最初のプロンプトはこれです。

「あなたはプロのカウンセラーです。中学生の私は、自分がどういう良さを持っていて、どんな個性があるのかわかりません。自分の取扱説明書を作るために、設問をしてください。その設問に私が答えるので、中学生にもわかる表現で分析してまとめてください。」

AIは、日常生活や学校生活において、楽しいと感じること、ストレスへの対処、乗り越えた経験、好きなことば等々さまざまな質問をしてきます。すぐに答えられないことについては、「思い出させて」「わからない」「引き出して」といった質問をします。このように、小説を作った時と同じく「引き出す(AI)」→「回答(生徒)」→「提案(AI)」→「修正・要望(生徒)」→「合意(生徒)」を繰り返し、取説の内容を詰めていきました。

その結果できあがったのが、「日常のリズム」「学習スタイル」「コミュニケーションスタイル」「ストレス」など全15項目からなる「僕の取扱説明書」です。これは職員室の先生たちにも配布しました。

さて、小説も作り、取扱説明書を作って自己理解が深まってきたら、次の問いは「有言実行」です。この段階で、どうすれば有言実行できるのか自信を持てずにいました。そこで、AIに次のように聞きました。

「あなたはコーチングのプロです。中学生の私は有言実行することが大切だと考えています。行動力を向上させたり、それを維持するための手立てとして有効なものを紹介してください。」

これに対してAIは「目標のスモールステップ」「ルーチンの確立」「達成感の可視化」等々さまざまな提案をしてきました。その中でこの生徒が主体的に選んだのが「座右の銘」です。読書が好きな彼は、ことばの力を信じています。何かがうまくいかない時に帰るべき場所、原点として「座右の銘」を持つことが、有言実行するのに有効だと考えたのです。

小説や取説を作った時と同様、座右の銘を作るためのプロンプトを投げて、AI問答を繰り返します。できあがった彼の座右の銘は、「過ぎ去りし日々の思索は、今を照らす燈なり」ということばでした。

この生徒は、自分から話し始めるのに半年かかりました。でも最終的には誰に対しても、自分の思いを夢中で話せるようになっていました。主体性を持ってプログラムに取り組んだ結果だと思います。

対話をしながら自分について知るさまざまな活動

対話を通して「好き」を見つけて自己理解を深めていく方法は10人の生徒がいれば10通りあります。それを決めるのは生徒本人です。そこで、この人となら話しても大丈夫という心理的安全を確保した上で、私はコーチングの手法とAIを活用して、いろいろな方法で「好き」を引き出すようにしています。今、注目される探究に通ずるところがあると考えます。

ある生徒は、ひろゆき氏の「論破」に関心があり、よくビデオを見ていました。そこで「すごい!」と思って見ているだけでなく、一緒にビデオを見てどうやって論破しているのか考察し、AIにも分析してもらい、自分たちでも論破をやってみることにしました。彼が出してきた「数学は学校教育にいらない」というテーマで、私と本気でディベートし、その結果を反省する、ということを繰り返して、人を説得させる方法や合意の仕方、学習の価値について多くの気づきがありました。

お菓子が好きだという生徒は、お菓子の何が好きなのかを考えるために、AIに他の「動詞」を提案してもらいました。すると、たくさんの選択肢から、自分は「お菓子を作っているのを見ることが好き」であることに気づきます。対話を通して「その後を想像するとわくわくするから」等の理由にも気づきました。では、他に「見ることが好き」なことはある? と聞くと 「新体操を見ることが好き」だということを思い出し、見ることだけでなく、「話を聞くのも好き」で、だからいろんな話をしてくれる「先生が好き」「たくさんインプットしたことを基に想像することが好き」だということに気づきます。「お菓子が好き」が、さまざまな自分についての発見につながっていきました。

アニメが好きな生徒は、「自分が転生したら」という設定で、なりたい自分について好きなように話すうちに、生まれ変わった時のアニメのキャラを作りたいと言い出しました。そこで、どんな材料があればキャラを作ってくれるのか、AIに設問を作ってもらって答えるというプロセスを何度も繰り返します。「もっとミステリアスに」「ジャケットの中パーカーを着ている男性」「名前にはギリシャ古代の言葉を入れる」、背景は「ファンタジー」で、などと細かく指定して、とてもカッコいいキャラが出来上がりました。この過程でも、現実を避けたくてファンタジーの世界にしたけれど、今現実に対して持っている不満は何?といった会話を通じて、いろいろな現状の気づきがありました。

他にも、AIは使いませんが、エンゲージメントカードで自己理解を深めることもあります。「努力」「財産」「家族」「時間」等々88種のカードから、自分が大事にしているものを常に7枚残し、取捨選択していくのですが、なぜ「家族」を捨てて「時間」を取ったのか等、理由を聞いていくと、リアルに自分のエピソードを語れるようになります。そして、自分に興味を持つようになり、結果、自分の新たな一面を発見したりするのです。

このような活動を通じて、生徒たちは、自分で問いを立てて探究し、徐々に自己理解を深めていくことができていると思います。

“特別”支援ではなく全員に必要な“個別”支援をAIで

なぜ授業でAIを使うのか。答えがはやいとか、たくさんの提案をすぐに出せるといったことはもちろん、生徒たちが、AIとは対等に会話ができるという点も大事です。先生に何か言われると無意識に「はい」と従ってしまったりする生徒たちも、AIについては知能が高くても自分より上の立場ではないと思っているので、言われたことを参考にするかどうかは自分で主体的に決めています。

また、コミュニケーションの苦手な生徒は、「うまく伝えられないから言わない」ことも多いですが、AIは何を言っても答えてくれるし、Noを言わないので、言い方を気にせず安心して話すことができます。生徒たちに「どう、AIって?」と聞くと、「便利ですね」「意外と偉そうじゃないですね」などという答えが返ってきます。AIはこういうものだ、と教えるのではなく、AIを使いながら生徒たち自身がいろいろ気づいて、使い方を考えていけばいいのです。

今回特別支援教室での例を紹介しましたが、私はこれを特別支援教室専用の授業だとは思っていません。特別支援というよりは、みんなに必要な個別支援の授業です。今はICTを活用することで、どんな教室でも個別最適の学びが可能になりました。そこでは、教員は「〇〇を教えよう」ではなく、この生徒は「どのような自分になりたいのだろう」と考え、そのイメージを引き出して気づかせます。そのための学習であり、生徒たち自身が自分の学びをデザインしていくことが大事だと思います。

私は、学力とは、今までどれだけ学んできたかではなく、これから楽しく学んでいく持続可能な力のことだと考えています。教えてもらったことを10個覚えるより、1つ自分で気づいて行動していくことに価値があるのではないでしょうか。子供たちはみんな、もともと「主体性」を持っています。それを信じて引き出してあげると、知りたいことがあれば自分で調べて情報を取りにいったり考えたりするモチベーションを持って、生徒たちは学びに向かっていきます。

AIを活用した授業で、教員が何か特別な専門性を求められることはありません。ただ、生徒たちにAIを効果的に使わせるために、一つだけ私が頑張ったことがあるとしたら、それは自分のことばを磨くことでした。AIを使った個別指導では、相手から引き出すための言い回しや、コーチングの術を持っていることが本当に大切です。私自身、これからも「ことば」を勉強しながら、個別支援の授業を続けていきたいと思っています。

『AIで個別最適化 〜特別支援教室でのICT活用〜』(前編)|中澤 幸彦(八王子市立上柚木中学校)
『AIで個別最適化 〜特別支援教室でのICT活用〜』(後編)|中澤 幸彦(八王子市立上柚木中学校)

取材・執筆/石田早苗

教育現場でICT活用を実践している先生や学生たちが、その実践事例やノウハウをプレゼンテーション形式で紹介するYouTubeチャンネル「iTeachers TV 〜教育ICTの実践者たち〜」はこちら → https://www.youtube.com/iteacherstv

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