徹底して実践し、実践で行き詰まったら理論に戻る【授業づくり&学級づくり「若いころに学んだこと・得たこと」第15回】
今春から千葉県酒々井町教育委員会に異動になった吉田正指導主事は、昨年度末まで小学校の教員であり、千葉県の魅力ある授業づくりの達人(小学校・体育)にも認定されていました。今回は、吉田先生が達人に認定された後の取組や学級づくりについての考え方などを紹介していきます。
目次
子供の学びを細やかに見とり、先生はそれに合致する言動を取る
兵庫教育大学大学院での長期研修から戻った後、16年目に県の「魅力ある授業づくりの達人」に認定され、3年間、授業づくりコーディネーターとして地域の先生方に体育の授業を公開したり、研修会の講師の依頼を受けたりしました。そのときには、「ただ子供にやらせるだけではなく、内部感覚を(線画や言語などで)表出させ、交流させることで、より活発な対話や交流が起こり、分かるとできるがつながっていきますよ」と、長期研修での学びをお話ししました。
さらに授業公開なども行い、そのときに工夫したことは、子供たちがメインの運動(例えば、鉄棒やマット運動、跳び箱など)を行うときに、事前に必要な力を育むためのドリル運動(例えば、腕でぶら下がる力、体を支える力、ジャンプする脚力など)を行うのですが、メインの運動に入ったときに、「自分にはこの力がまだ不足している」と気付いたら、自由にドリル運動に戻って取り組めるようにしたことです。
実は以前から、メインの運動につながるドリル運動を取り入れて授業づくりをしてはいたのですが、どちらかというと教師主導の傾向が強かったと思います。しかし、ドリル運動を始めるときに、「この運動にはこんな意味があるんだよ」「この運動をやるとどんな力が付くと思う?」と詳しく説明したり考えさせたりするようにしたのです。そうすると、子供たちがメインの運動を行う過程で、「私はこの力がまだ足りないと思う」と判断し、自ら選んでドリル運動に戻っていけるようになったのです。それによって、かなり子供たち自身に任せて授業を進めていける児童主体の授業になりました。
授業では、35名に対して自分1人しかいませんから、すべての子供に細かく指示を与えることはできません。ですから、子供たちが自ら学んでいく環境を整えてあげる「授業マネジメント」に、かなり力点を置くようになりました。私の研究は、コーチと選手のような関わりの中で、内部感覚を育てていく研究だったのですが、それを授業レベルに落とし込んでいくには、この授業マネジメントが不可欠だったのです。
そのように自分自身も授業公開をしながら考え、授業改善を図ると同時に、他の先生方の授業公開にも積極的に出向き、学ぶ機会にしていきました。そのときには特に、指導案や文書資料、書籍などには出てこない「授業の行間」の部分をていねいに見ていました。例えば、先生の声の抑揚や話の間、立ち位置や視線、細かな動作など、「授業の行間」を感じ取るために授業を見に出かけていました。それは教師行動とも呼ばれるものですが、何気ない言動にその先生が子供の何をどう見とって、どう判断してそういう言動を取ったかが表れてくると思うのです。それがとても大事だと思います。
実際に授業を見てみると、例えば、「なぜ先生は子供に特に指示をしていないのに、子供たちがこんなに動くのだろう?」というような疑問をもつことがありませんか? そんなとき私は必ず研究協議で、「あのとき先生は特に何も指示はされなかったのだけれど、あの子は自発的にこう動いていました。どのような見えない働きかけがあったのですか?」というように質問をします。すると、「あのときの、あの子の学びの文脈はこうだったから、細かな指示ではなく無言で指差しだけしました」とか、「問題は技術面ではなかったし、同様の話は以前にしていたので、こんな目配せだけをしました」といった話を聞くことができるわけです。そのように子供の学びの文脈を細やかに見とって、先生はそれに合致する言動を取っており、そういうことがとても大事なのだと思っています。
教師向けの本を読むと、多様な指導方法が書いてあります。ただ、それをその通りにやるのではなく、その指導をする相手であり、学習の主体である子供の実態を把握した上で、「だからこうアレンジして指導しよう」というように、セオリープラスアルファの指導をしていくことが大事だと思いますし、若い先生方にもそういう視点で他の先生の授業を見てほしいと思うのです。
自分なりの学級づくりの考え方は先輩を真似ることからスタート
学級経営については、若手の先生に話をするように言われたときに先輩から教えてもらった、「ドラマ型学級経営」というものを大事にしてきているとお話ししています。これは、子供たちの12か月を1クール12回の連続ドラマのようにイメージしていくものです。連続ドラマはとてもよくできていて、第1話ではメインキャラクターが出てきて、「きっとこの2人が恋に落ちていくのかな」と予想させると同時に、多様なサブキャラクターが出てくるわけです。第2話で少し展開があって方向が見えてきて、その方向に進むのだけれど、第6話、7話あたりで急変し、8話、9話と波乱が起こるのだけれど、10話、11話で収束していき、最後の第12話では必ずハッピーエンドで終わるような流れが多いわけですよね。
学級づくりもそれに似ていて、4月(第1話)で子供たちと出会い、学級の方向性が少しずつできてくる中で、数々の行事やクラスイベントでの波乱や感動を乗り越え、最後3月(第12話)ではハッピーエンドで終わるというように、ドラマをつくっていくわけです。「自分自身もクラスの中の1キャストでありながら、1プロデューサーでもあるのが担任の先生かもしれません」とお話をしています。
そこから具体的に、「4月にはドラマの始まりとして、自己紹介もしつつ、子供たちのことも知って第1話をつくってください」とお話しします。そのために、まず出会いの場面で先生が自分自身の大切にしている思いや自分自身のことを自己開示し、子供たちも安心して自己開示をできるようにして、子供たち同士、子供たちと先生のつながりをつくっていくようにお話をします。そこから、単純に右肩上がりになるのではなく、時につまずきや失敗もありつつ、ハッピーエンドに向かうドラマ(資料参照)をつくり上げていくわけですが、そのためのキーワードとして、「楽しさ」「安心感」「つながり」「分かった・できた」という4つを大事にしていることをお話ししています。また「思いやり」「チャレンジ」ということは、友達と共に成長していく上で大切なことですから、こうした言葉を使いながらお話をするようにしています。
(資料)
その他の詳細は置きますが、実はこうした自分なりの学級づくりの考え方はまず先輩を真似ることからスタートしました。体育の授業づくりで、体育主任の先生をはじめとする先輩方に恵まれて、そこから学んできましたが、学級づくりについても同様です。3年目までは、「憧れの先輩を徹底的にコピーしよう」と思って、掲示物の貼り方から朝の会や帰りの会の内容までどんどん取り入れていきました。例えば、「爽やかストレッチと言って、エンカウンターのようなものを取り入れている」と聞いたらすぐに真似をするなど、先輩が何気なくやっていることをしょっちゅう聞きに行って、すぐに取り入れていましたね。
しかし、3年目に6年生を担任したとき、学級経営がうまくいかなくなったのです。それは、自分自身の強みが分かっていなかったからだと思います。その先生の強みがあったからこそ、その子供たちだからこそできることをやっているわけで、自分の学級では自分や子供たちの実態に合わせてやらなくてはいけないのに、ただその先輩のやることをそのまま拝借してきただけでした。そのため少し、苦しい1年間になってしまいました。そこで4年目、5年目くらいから少しずつ取り入れたものを剥がしていったのです。自分や自分の学級の子供たちに合わないものはやめていったわけですね。
その後、2校目で体育の運営委員を任せてもらい、多様な先輩方の話を聞ける立場になったため、そこでも自分の学校や学級に合うかなと思うものは取り入れたのですが、全然、機能しないことも少なからずありました。それは、その学校、その学級の文脈の中でやっていることだからこそ、子供たちが輝くのだけれど、自分の学校、学級にはその文脈がないわけだから合わないわけで、そこに気付けていなかったのです。
そんなときに、「正(吉田先生の名前)、愛をささやけ」と言った先輩(連載第13回参照)から、「お前は点を打っているだけで、線で結ばれていない」「もう少し先を見て動いていけ」と言われました。確かに、先輩方の取組を和洋折衷で闇雲に取り入れていたため、1つ1つがバラバラで、1つにつながった子供たちの成長のコースを描けていなかったわけです。その後、先輩のアドバイスにより「今月は運動会があるから、この子にスポットを当てよう」とか、「この子は、来月のあの行事のときに輝けそうだぞ」というように、一人一人の子供たちを輝かせていくための見通しももてるようになっていったのです。
しかし、そんなときに管理職から「それはあなたの考えですよね」と言われました。「例えば、Aさんがこの行事に向けて立てた目標は何だったか、答えてみなさい」と問われたのですが、答えられません。「じゃあ、あなたはその目標をもった子供にどうやって声をかけるのですか?」「どうやってフィードバックするのですか?」と問われるわけです。そして、「子供たち一人一人がどういう思いをもって、どういう目標を立てて取り組んでいるのかを大事にしてあげなさい」とアドバイスされました。そこから、子供自身の目標を大事にして、「Bさんは目標に書いたことを意識して取り組めていたし、結果もすばらしかったね」とか、「Cさんのあのときの行動で、目標通りグループ全体も高めることができたね」というように声をかけられるようになり、子供との関係もグッと良くなりましたし、私の考えも伝わるようになってきました。
そのように多様な先輩方から学びながら、一人一人の子供の思いも大事にしつつ、学級としても成長していくドラマ型の学級づくりというイメージができ上がってくるわけです。ですから、私自身の学びの過程は守破離ではないのですが、全部丸々コピーしたことからスタートし、壁にぶち当たってから崩しながら、さらに多様な先輩のアドバイスを受けて、自分のオリジナリティが少しずつできてきたのだと思います。ただ、何事もとことんやりきって壁にぶち当たることでこそ、気付くこと、学べることが多いのではないでしょうか。
体育でも「質を高めたかったら、量をこなす」と言います。子供たちにも、「先生の言ったことをやったら突然、うまくなるわけじゃないんだよ」「運動の量をこなす中で徹底してやってみて、行き詰まったら考え直してみて」と言うのですが、「徹底して実践し、実践で行き詰まったら理論に戻り、そこから考え直す」というように、理論と実践を往還することが大事で、それは授業づくりだけでなく、学級づくりでも変わらないように思います。
自分が楽しいと思えるような取組をどんどん実践していく
最後に、若い先生方には、日々、先生自身が明るく元気に楽しくあってほしいと思います。私は「楽しい体育」が一番だとよく言うのですが、「あの授業、すてきだな」「楽しそうだな」「真似してみたいな」と思ったことは、主体的にどんどん実践してみることが大事です。それを繰り返し、もし「ああ、今回ちょっと外れてしまったな」と思ったら、軌道修正すればよいだけです。ですから、まず自分が楽しいと思えるような取組をどんどん実践していってほしいと思います。
それをやっていくためには、職員室の中でより良い人間関係を築いておくことがとても大切で、その上で、いつも元気に子供たちと対話ができることが教師という仕事のベースになると思います。それがないまま、日々一人で、自分のスタイルを築こうと思うと苦しいだけになってしまうでしょう。ですから、分からないことは「分からない」と言いながら、周囲の先生方に支えてもらいながら、日々楽しく取り組めるようにしていってください。
教師という仕事を選ぶ人はしゃべりたがりだし、おせっかいを焼きたがりの人が多いものです。だから何も心配することはありません。子供たちを育てるように、若手の先生も育ててくれるものです。先輩の先生方は必ず面倒を見てくれます。私自身が校内の若手に対しても、「こんなことをやってみたいです」ということは叶えてやりたいと思ってきましたし、できる限りそれをやらせてあげるようにしてきたつもりです。ですから、「やってみたいな」「チャレンジしてみたいな」ということは、どんどん声に出してチャレンジしながら、自分自身のスタイルを確立していってほしいと思います。
最近、教師という仕事はブラックだと言われて、敬遠されることもあるようですが、自ら考えて行動せず、「あれもこれもやらなければならない」と追われてしまうと苦しくなってしまいます。それはどんな仕事でも同じだと思います。そうではなく、「明日はこんなことをやって子供たちを驚かせよう! 楽しませよう!」と教師自身がワクワクしていることが大事だと思います。
教師という仕事は子供たちを育ててきた保護者よりも先に、その子たち一人一人の多様な「できた」に立ち会えるわけで、こんなに楽しい仕事はないと思います。そんな仕事についている自分自身に誇りをもって子供たちに愛をもって接してほしいですね。子供たちが、家族ではない人をこれだけ信頼して、好きになってくれるなんて、本当にすてきな仕事だと思いませんか。そんなすてきな仕事をしている先生は、いつも元気で笑顔であってほしいと思います。
【授業づくり&学級づくり「若いころに学んだこと・得たこと」】次回は、7月6日公開予定です。
執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之