公立小学校における「自由進度学習」への挑戦【連続企画「個別最適な学び」と「協働的な学び」の充実をめざす学校経営と授業改善計画 #03】
2020年度から広島県の「個別最適な学びに関する実証研究事業」として「自由進度学習」に取り組んできた廿日市市立宮園小学校(児童数198人/2023年3月現在)。その導入の経緯やこれまでの実践の内容と成果について、中谷一志校長、二野宮加代子研究主任に伺った。
広島県廿日市市立宮園小学校
「自分を育て みんなで伸びる」を学校教育目標に、「自立した学び手」の育成を目指している。
この記事は、連続企画「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の充実をめざす学校経営と授業改善計画」の3回目です。記事一覧はこちら
目次
きっかけは広島県の「個別最適な学びに関する実証研究事業」から
2020年度から広島県で「個別最適な学びに関する実証研究事業」が開始された。その目的は、「ICTを活用しながら、子どもたちがより主体的に学べる学習について研究する」こと。宮園小学校では、この研究事業の指定校となったことをきっかけに、自分から進んで学び続けようとする意欲や力をもった「自立した学び手」を育成するために「自由進度学習」を導入し、2022年度まで継続して取り組んできた。
研究にあたっては、まずは教職員の意識改革や対話が重要だと考え、広島県教育委員会義務教育指導課指導主事の力も借りつつ、「主体的な学びとは何か」「個別最適な学びとは何か」などについて対話を繰り返した。その中で、多くの教職員から「宮園小学校の子どもたちは自分から考えて行動することが苦手」という声が聞かれ、そうした実態を踏まえて「自立した学び手」の育成を目指した取組を進めていくことを全教職員で共有した。しかし、具体的に「何から始めればいいのか」「どう取り組めばいいのか」もわからない状況だったため、ひとつの提案授業として、中谷一志校長自ら「自由進度学習」の授業を行い、教員に参観を呼びかけた。
その当時はまだ1人1台のタブレット端末がなかったため、授業は教科書とノート・プリントが中心。授業を見た教員からは、「教師の指導がなくていいのですか」という疑問と同時に、「子どもたちが45分の授業時間を一生懸命自分たちで学ぶ姿に驚きました」という反応があったという。
「あの授業はお世辞にもよい実践とは言えないものでしたが、自由進度学習のイメージを教員間で共有することはできたと思います」
2020年9月に1人1台のタブレットが届くと、本格的にICTを使った自由進度学習がスタート。1年目は「失敗してもいいからやってみよう」という中谷校長の声かけのもと、実践しては改良するといった試行錯誤を繰り返しながら学校全体での挑戦が続けられた。授業の内容は結果的に知識・技能の獲得が中心で、子どもたちの自己選択・自己決定の場面では、習熟に応じたコースを選択させたり、練習問題として通常のドリルに加え、AIドリルやプリントを用意したりと取り組み方を工夫。教員から多くの改善案が生まれ、中谷校長もそれを後押しした。
1年目を振り返って新たに生まれた課題意識
1年目のまとめをしている際に、一部の教員から「知識・技能は伸びたけれど、思考力、判断力、表現力で伸び悩んでいる」という声が上がった。中谷校長は、「これは重要な課題意識であり、何より教員から出されたことに意味がある。教員はステップアップを求めている」と捉えた。そこで、その課題の解決に向け、2年目からは「自由進度学習」に精通する上智大学の奈須正裕教授を講師として招聘。2021年3月からオンラインでのやりとりが始まり、6月には実際に学校に招いて指導助言を受けた。奈須教授から「環境を整えれば子どもたちは自立して学ぶ」と指導を受けたことで、宮園小学校の自由進度学習の方向性が定まったという。その後も何度かオンラインなどによる相談を重ね、取り組み2年目にして「自由進度学習」の土台が固まった。3年目以降も引き続き奈須教授の指導助言を受けながら、さらなる充実を図っている。
「著名な講師の方に直接指導していただくことは、内容面の充実だけではなく、教員のモチベーション向上の面でも非常に意義があると考え、思い切って講師をお願いしました」
自己選択と自己決定を大事にする「学習計画表」
自由進度学習では、教師が作成した学習計画表にもとづいて、子どもたちが自分のペースで学習を進めていく。自己選択と自己決定を大事にしながら教科の内容を学ぶ学習形態。学習計画表では多様な選択肢を準備して学び方の順番を子どもたちに選択させるほか、タブレットやプリント、教科書など、どんな教材を使って学習するかなどを自ら選んで学べるように学習材、学習環境を整えている。
自由進度学習を始めた当初は算数のみの取組だったが、2年目から複数教科同時進行での学習が開始され、現在は、全学年で算数、低学年では国語、高学年では理科や社会などと組み合わせて行っている。
自由進度学習を進めるうえで、タブレットの活用は非常に有効であると中谷校長は語る。例えば、コンパスの使い方を学ぶにあたっても、動画を用意しておけば必要な子どもは何度もそれを確認して理解を深めることができる。ほかにも、答えや提出用のフォルダを用意しておくことで、子どもたちは主体的にそうしたツールや素材を活用し、自分の成果物を撮影したり、プリントの答え合わせをしたりして学習を進めていく。その一方で、つまずいている子どもに、教師が手厚く支援する時間も生まれる。
「誰に向かって説明しているかが曖昧になりがちな一斉の説明だけではなく、本当にわからない子どもにわかるような言葉で説明をすることで、本当の意味での個別最適な支援ができるようになると考えています」
自由進度学習を進めていくうえでのポイント
宮園小学校では、子どもたちの主体的な学びを促す自由進度学習に取り組むにあたっては、以下の3つのポイントを大切にしている。
①学習計画表の充実
②学習環境づくりの工夫
③個への支援の充実
また、問題が解けない子どもを見つけたら教えていくことはもちろんだが、「自立した学び手」の姿のひとつとして、わからないことは「教えてほしい」と、子ども自らが友だちや教員に援助を求めることも大切な姿だと捉えている 。
「協働的な学び」としてイメージされがちな、みんなで意見交換をするような場は意識的に設けずとも、子どもたちは自然発生的に「わからないから教えて」「一緒に進めよう」など声をかけ、行動している。宮園小学校では、このような姿を「緩やかな協働」と表現し、必要なときには協働し、一人で進めたいときは一人で進められる自由度を子どもたちに持たせている。
宮園小学校が独自に行ったアンケート調査では、自分から進んで学習に取り組めたとする子どもが、2021年度の84%から2022年度には93%にまで向上した。子どもたちからは、「自由進度学習がおもしろい」「明日は自由進度学習があるから頑張る」といった肯定的な声が上がり、そんな楽しそうな子どもたちの姿が教員たちの次の意欲にもつながっているという。
年間100時間ほどを「個別最適な学び」に充てる
指導技術の高いベテラン教員の中には、当初、自由進度学習に対して乗り気ではない者もいたという。しかし、実際に取り組んでみると、これまでの授業では見られなかった子どもたちの姿に衝撃を受け、2年目以降は、学校を引っ張る中核として、教員の相談に乗りながら取り組んでいるという。
現在、宮園小学校では各学期20~25時間を目安として、年間で75時間程度を自由進度学習に充てている。また、2022年度からは、もう一つの柱として、総合的な学習を中心とした「個人探究学習」にも年間25時間を充てているという。合計、年間100時間ほどが「個別最適な学び」に充てられている計算だ。
「もう少し増やすことができればという思いもありますが、カリキュラムのバランスや準備の負担などを考えると、今のところ年間100時間程度が適当ではないかと考えています。教員の負担という面で言うと、作成した学習材や開発した学習コーナーなどは全てストックし、毎年使えるようにしているため、準備の負担は年々、軽減されていっています」
今後に向けての課題と展望
今後に向けての課題としては、この自由進度学習の取組をいかに持続可能なものとするかだという。そのベースとして「なぜ、この学習が必要なのか」といった継続的な理念の共有が重要である。加えて、しっかりとした教材研究も自由進度学習を続けていくうえで必要だと考えている。
「人事異動は学校の宿命。その過程で、形としての営みだけが残って理念が忘れ去られるということになってはならない。そのようにならないように継続させていくことが今後に向けての大きな課題と捉えています」
また、宮園小学校教職員のチーム意識が高いことも取組の成果につながったと中谷校長は振り返る。
「単学級の宮園小学校では、例えば1年生が授業をするとなれば、1・2・3年生の教員がチームを組み、みんなで教材研究をします。そのチームの力は、すごく誇れるものだと思います」
自由進度学習が始まって3年が経ち、多くのことを学ばせてもらったと話すのは研究主任の二野宮加代子教諭だ。
「自由進度学習において重要なことは、『児童理解』と『教材研究』の2つです。子どもたちのことを常に想像しながら、学習計画表やプリントを作り、課題を用意するように心がけています」
中谷校長のビジョンやマネジメント、さらには二野宮研究主任が率先して周りを巻き込み、協働性を高めていったところに「自由進度学習」がここまで進んだ要因がある。若い教員も積極的に失敗を恐れずこの取組に挑戦した。それぞれの立場の教員が動きやすい環境をつくりながら、チームとして取り組んできた実践といえる。
これまで2022年度の一年間で300人以上もの教育関係者がその取組を見るために訪問したという宮園小学校。注目や期待もある中で、中谷校長は「これからの社会では常に知識をアップデートしていくことが求められます。子どもたちには、宮園小学校のキーワードでもある“自立した学び手”となり、自分で試行錯誤しながら最適解、最善解を目指そうとする人になってほしいですね」と語る。同校が取り組む自由進度学習は、学校教育目標でもある「自分を育て、みんなで伸びる」をまさに体現する教育活動といえる。
取材・文/三井悠貴(カラビナ)
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