「自由進度学習」で一人一人の子どもにオーダーメイドな学びを【連続企画「個別最適な学び」と「協働的な学び」の充実をめざす学校経営と授業改善計画#02】

特集
「個別最適な学び」と「協働的な学び」の充実をめざす学校経営と授業改善計画

特別支援学校、公立小学校の担任教諭を経て、現在は自身が創設したオルタナティブスクール「ヒロック初等部」のスクールディレクターを務める蓑手章吾氏に、「個別最適な学び」と「協働的な学び」を一体的に充実させる「自由進度学習」の実践や教員の役割、現在の教育現場に求められる変革について語ってもらった。

ヒロック初等部 スクールディレクター
蓑手章吾(みのて・しょうご)

元東京都公立小学校教員。教員歴14年。専門科目は国語で、教師道場修了。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、乳幼児心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。2022年4月に世田谷に開校したオルタナティブスクール「ヒロック(HILLOCK)初等部」のスクールディレクター(校長)を務める。著書に『子どもが自ら学び出す!自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、『個別最適な学びを実現するICTの使い方』(学陽書房)など。

この記事は、連続企画「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の充実をめざす学校経営と授業改善計画」の2回目です。記事一覧はこちら

「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実とは

近年、GIGAスクール構想の取組によって教育現場にもICTが導入されてきましたが、「一斉授業」の教育スタイルはおよそ150年前からほとんど変わっていません。

「協働的な学び」は、グループ学習や探究学習のように、一斉授業との相性がよくICTも必要としないため、充実化が謳われる以前からコツコツ実践されてきました。一方、「個別最適な学び」は、従来の一斉授業からの大きな転換が必要であり、教員が抱くこれまでの学習観などをがらりと変えてしまうため、今でもなかなか進んでいないのが現状です。

ただ、「個別最適な学び」は教員にとっても子どもにとっても、より学びやすい環境を作るものであり、もっと重視していくべきです。今までは40人ほどの子どもに対して、教員1人が手作業で記録をとったり、課題を出したり、丸つけをしたりしていましたが、ICTの導入によって同時に複数の作業を行えるようになり、子どもたちも一人一人により合ったレベルおよびスピードで課題に取り組めるようになりました。

「個別最適な学び」を進めることは、子どもの孤立を生んでしまう危険性も孕んでいます。だからこそ、コミュニケーションやコラボレーションといった「協働的な学び」との一体的な充実が必要なのです。私が取り組んできた「自由進度学習」は、「個別最適な学び」はもちろん、「協働的な学び」にも有効に機能します。

「個別最適な学び」を実現する「自由進度学習」―机間指導の実践

私が自由進度学習をはじめるきっかけとなった原体験は、特別支援学校での教員経験です。カリキュラムなどほとんど存在しない特別支援学校での教育は、まさに「個別最適」への挑戦の連続でしたが、実践した分だけ子どもたちからレスポンスが返ってくるので、強い手ごたえを感じました。また、環境を調整したらできるようになるのだと「個別最適な学び」の重要性について腹落ちすると同時に、すべての子どもが一緒に学べるインクルーシブ教育の可能性を見いだしました。その経験が現在の「自由進度学習」の実践につながっています。

自由進度学習とは、その名前のとおり、授業の進度を子どもたち自らが自由に決めることができる学習法です。具体的な進め方としては、45分の授業時間のうち、はじめの10分間に簡単なミニレッスンを行い、その後の25分間は自主学習や子どもたち同士で学び合う時間とします。そして、残りの10分間でその時間の学習を振り返ります。学習の目標も自分で定め、タブレットや教科書、プリントなど、学び方も自分で選ぶことができます。

自由進度学習の指導にあたっていちばん大切にすべきことは、「一人一人を見る」ということです。そもそも自由進度学習は、前提として「一人一人を見る」ために行うものです。教員を楽にするためにやるわけでもなければ、テストの点数を上げるためにやるわけでもありません。あくまでも、一人一人をよく見て、子どもたちが何を感じ、何を考えているのか、というのを教員自身が学ぶことが重要です。

特に実践してほしいのが「机間指導」です。今どんな問題を解いているのか、その子のレベルに合っているのか、どのくらい集中しているのかなどを子どもたちのそばに行き、一人一人確認します。さらに細かくいえば、「間」に注目してほしいです。子どもたちが、どの過程のどの部分がわからないのか、どういった方略を練っているのかといった「間」をよく見取りましょう。

例えば、計算問題を解いていたら、間違えるポイントは10個あるうちの1個くらいという段階の子がいたとしても、一斉授業だとその子がどこでつまずいたのかわからず、もう一度最初からやり直しさせたりします。しかし一人一人をよく見取っていれば、一人一人に寄り添った机間指導の中で「繰り上がりが正しくできていなかった」などのポイントを正確に指摘できます。的確なアドバイスがもらえれば、子どもは最小限の労力で「できた!」を実感でき、学習が楽しくなります。

自由進度学習では、その教員と子どもが通じ合う瞬間が多く生まれます。子どもたちの学んでいる姿とその熱を必死に見取り、教員も共に成長していくことが「個別最適な学び」および「新しい教育観」への気づきをもたらしてくれます。

「自由進度学習」における「協働的な学び」の側面

自由進度学習は、「個別最適な学び」に重点を置いているように思えますが、「協働的な学び」もより充実させます。自由進度学習というと、子どもが黙々と勉強する「塾」のようなイメージを持たれる方が多くいます。しかし、それは誤解です。むしろ、「ファミレス」や「カフェ」のようなイメージに近く、子どもたちが自由に立ち歩いたり、雑談したりします。

なぜそのような環境になるのかというと、子どもたちに「座席を選ぶ」ことを許容しているからです。すると、得意な子に教えてほしい子もいれば、教えてあげながら自分の能力を向上させる子もいて、子ども同士で積極的に協働するようになるのです。

また、自由進度学習では比較したり、能力に優劣をつけたりしないため、みんなが同等に努力するようになります。すでにその単元を終えた子は、わからないでいる子に教えたり、より高いレベルの問題に挑戦したりしますし、教えてもらった子は一人でも解けるようになるまで必死に頑張ります。

これが一斉授業だと、「この問題わかる人?」と発すれば、得意な子だけが答えて授業が進んでいき、苦手な子が自分なりに思考する構造が生まれなくなってしまいます。一方、自由進度学習だと、苦手な子同士が時間をかけて、試行錯誤し合う姿が見られるんですね。自分の成長のさせ方を理解できるようになると、「この分野なら教えられる」「チームに貢献できる」といった役に立てる喜びを実感し、自信や目標が生まれます。そして、互いをリスペクトすることでコミュニケーションも円滑に行われるようになります。この教え合う時間こそが「協働」であり、思考力を養うのです。

「自由進度学習」にプラスして行いたい、「算数的な探究学習」

自由進度学習でもカバーしきれない領域があります。それは、問題を解いているだけでは出合えない疑問や探究をみんなで共有したり、体験したりする時間です。受験のための勉強では、「数字ってなんのためにあるのだろう」、「単位はどうして必要なのだろう」といった「そもそも」を問い、考える力は養われません。そこで、ヒロックで導入したのが「算数的な探究学習」です。1つ、実践例を紹介します。

単位の「グラム」の単元では、はかりを1個置いて、「この教室の中から5グラムぴったりのものを持ってこよう」と子どもたちに呼びかけます。すると、子どもたちは教室中を何周もして、5グラムぴったりのものを探し回ります。「これ3グラムしかない」とか「200グラムもある」と楽しそうに試行錯誤します。

この授業の目的は、数字をぴったり当てることではなく、単位の感覚を覚えることです。「目で見ているだけでは重さは測れないけれど、数値化することで共有できる」という体験をさせることで、子どもたちの情報量が増え、数字および単位の有用性の理解につながります。そして、実際に体感してみることで解像度が上がり、世界が広がるのです。

この学習をより深めていくと、単位だけでなく圧力にも応用することができます。例えば、A4用紙と10円玉は同じ5グラムです。しかし、A4用紙と10円玉を右手と左手、それぞれに乗せたときの感覚は違います。手のひらにかかる圧力が分散されているのか、一点だけに集中しているのかで、同じ重さのものでも感覚が異なります。子どもたちは「なんで? なんで?」と新たな疑問を発します。

こういった「算数的な探究学習」は、最近の公教育でも弱いとされている、子どもたちの量感覚を養うと同時に、自発的に問いを立てたり、探究したりする力を育てます。自由進度学習と併せて、子どもたちから自然に「なんで?」が出るような仕掛けのある授業づくりが必要です。

探究カリキュラムとして、実際に空気を熱して気球の原理を学んでいる子どもたち。

一人一人に合ったオーダーメイドな指導を

自由進度学習は、どれだけ子どもたち一人一人を見て、その子に合ったオーダーメイドな指導ができるかというところに尽きると思います。そして、それが子どもたちの成長する喜びや自信、ひいては幸せにつながっていくと考えています。一人一人に合った指導を実現していくために、現在の公教育のシステムに対して具体的に次の2つのことを提言します。

①学習範囲を絞らない
自由進度学習においては、学年や単元によって学習範囲を絞る必要はないと考えています。苦手な子には十分に時間をかけてあげればいいですし、得意な子にはよりレベルの高い問題を解かせてあげるべきだと思います。特に、習熟度に差が出やすい算数に関していえば、一度つまずいてしまった子がどんどん遅れをとってしまう一方で、理解が早い子は時間も能力も持て余してしまいます。学習範囲を絞らず、それぞれのレベルに合わせて指導していけるようなシステムにすべきです。以前でしたら、教員側の管理などの負担が考えられましたが、ICTが導入されてきた今、データベースなどを有効活用すれば説明責任も含めて実現可能であると思います。

②CBT(Computer Based Testing)の導入を
CBTとは、コンピュータ上で実施されるテストのことです。CBTを活用すれば、テストを一斉に同じタイミングで受ける必要もなければ、場所も問いません。また、学力を正確に測定できます。というのも、CBTは選んだ解答によって、次に出題される問題が分岐されるからです。例えば、問1の問題は共通で出題されます。正答の場合、問2はもう少し難易度の高い問題が出題されます。一方、誤答の場合、正答したパターンとは別の問題が出題されます。すると、同じ100点満点のテストでもより精密に子ども一人一人のテスト結果がわかります。何を理解していて、どの段階で間違っているのかをすべて把握することができます。教員と子ども、双方にとってメリットが大きいため、早急に導入するべきでしょう。

アナログベースでつくられた一斉授業および一斉テストからの転換は、教員が学びのパラダイムシフトをしなくてはいけない、Wi-Fi環境を整備しなくてはいけないなど、課題が山積みです。ですが、真に「個別最適な学び」を実現したいならば、アナログの一斉授業には限界があります。様々なものがコンピュータに置きかわっている中、教育は150年も変わっていないという事実を改めて考えていく必要があります。

タブレットを用いた自由進度学習で、一人一人に指導する蓑手さん。

子どもたちが指導方法を選択できるように―教育のグレートリセットを

私が現在運営しているヒロックは、いわゆる公的な教育機関ではないですが、学習指導要領の内容を十分にカバーする教育活動を行っています。そのうえで、現在の公教育ではなかなか実現できない、私たちだからこそできる試行錯誤にやりがいを感じています。ですから、ヒロックを1つの実験校として、今後も公教育の学校および教員の方々、行政と連携していきたいと考えています。

上手くいったことも上手くいかなかったことも共有していくので、それを日本の教育の糧にしていただきたいです。例えば、自由進度学習を進めていく中で、一時的に学力が他の子たちにおよばないといったケースが出てくると思います。そうしたとき、「だから、我慢してやらせなければいけない」と切って捨てるのではなく、「そもそも比べる意味はあるのか」、「その能力って本当に必要なのか」と改めて問うていくことが教育のグレートリセットにつながります。

すべての授業を一斉授業から自由進度学習に転換してしまう必要はないと思います。しかし、一斉授業の一択しかない現在の教育環境は健全ではありません。「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実に向けて、「自由進度学習」は大きな選択肢の1つになっていくべきだと思っています。

取材・文/鷲尾達哉(カラビナ)

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