【木村泰子の「学びは楽しい」#5】子どもの声が聞こえていますか?

連載
木村泰子の「学びは楽しい」【毎月22日更新】

大阪市立大空小学校初代校長

木村泰子

映画「みんなの学校」の舞台、大空小学校の初代校長の木村泰子先生が、全ての子どもが自分らしくいきいきと成長できる教育のあり方についてアドバイスする連載第5回目。今回は、訪問先の小学校で出会った子どものエピソードから、コロナ禍の学校現場で今大切にしたいことを考えていきます。(エッセイのご感想や木村先生へのご質問など、ページの最後にある質問募集フォームから編集部にお寄せください)【 毎月22日更新予定 】

執筆/大阪市立大空小学校初代校長・木村泰子

【木村泰子の「学びは楽しい」#5】子どもの声が聞こえていますか イラスト
イラスト/石川えりこ

最近、学校現場で感じたこと

最近はようやく、学校訪問する機会が出てきました。この2、3年、オンラインでのセミナーが当たり前になりつつあるところで、学校現場で子どもたちに出会うと新鮮な喜びを感じます。また、反対に、これまでと違って、気になる学校の空気も感じるところです。一言で言うと、先生たちの指示・命令がとても厳しくなっている気がします。

ある学校の「水遊び」の授業では、先生がマイクで「だまれ!」「声を出すな!」「今、声を出した子は水から上がれ!」と怒鳴りまくっています。子どもは水に入って「つめたい!」って言いますよね。「アッ!」って声を出しただけでもマイクから怒鳴り声が聞こえるのです。子どもが少しでも水の中で動くと、「誰が勝手に動いているのですか! 先生の指示が聞けない子はプールに入れません!」と脅迫にしか聞こえない指導(?)が続きます。

「水遊び」の目的は、水の中で自由に動けるようになることです。水深を下げて、子どもが自分の体と水の特性を感じながら水の恐怖を感じないように楽しく動く工夫をするのが、「水遊び」の授業です。他の教科と違い、夏だけの限られた少ない時間の中で、一生水を怖がらない子どもが育つこと、それが「水遊び」の目的です。誰もがスイミングに行ってはいません。自分の「命」を水から守る、かけがえのない学校での授業です。

指示を守れる子どもに?

授業を終えた先生に授業の目的を聞くと、「指示を守れる子どもにしないといけないので」と言われました。「先生、『水遊び』は楽しかったですか?」と聞くと、返事はありませんでした。

コロナ禍で、先生と子どもの関係性を問い直す時が来ている気がしました。「マスクをして しゃべらないで 人と離れる」。この授業の中での当たり前によって失われていく力を問い直すときではないでしょうか。

この学校の「水遊び」の授業から教えてもらったことがたくさんありました。コロナ禍でも「主体的・対話的で深い学び」を実現していくことを見失ってしまったら、取り返しがつきません。問い直したいですね。

「自分で決めた!」

先日訪問した学校で出会った子どものことです。

9時頃、私が学校に入ろうとすると、前にいた1年生の子どもと母親が、手をつないで門の中に入っていきました。しばらく歩くと、突然その子はランドセルを投げて「家に帰る!」と泣いて叫びながら母親をたたき始めました。どうしたものかと思いながらも「私はこの学校にサポーターで来たヤスコといいます」と言いながら、その子と話し始めたのですが、「帰る」「帰る」の繰り返しです。大空小では当たり前の子どもの姿でした。

困っているお母さんに子ども一人で帰れるのかと聞くと、家は近くで大丈夫とのことなので、「じゃあ、無理に学校に来なくていいから一人で帰ったらいいよ。お母さんと私は『あなたが帰ったよ』って先生に伝えておくからね。さよなら」と言ってお母さんに目配せしながら私とお母さんが手をつないで門に入りました。すると、その子は、「お母さんと一緒に帰る」と言って私たちのところに来たのです。そこで、ようやくこの子と対話ができました。

「学校は無理やり来るところじゃないよ。あなたが自分の考えで行動すればいいんだよ」と伝えると、「今はいったん帰る。そこから考えて、行きたくなったら自分で行く」と自分の言葉で語ったのです。

この子は「不登校」と言われていて、学校は、気になりながらも、「母子分離ができない」ことが原因で来られないと思っていたようです。

校長や関係の教員にこの子のことを伝え、学校内を回っている間に私は忘れてしまっていたのですが、お昼前になって校長室の前でまたこの子と母親に出会いました。家でしばらく考えて「学校に行く」と自分が決めて登校したそうです。今まで学級に入っていたらしく、もう帰るからと言って私を待っていました。「自分で決めて学校に来るってすごいなあ」って周りの教員たちと一緒に話していると、お母さんが「私が学校に一緒にいれば、この子は学校にいられるのですが」と話したその時に、この子が語った言葉です。

「僕が学校に行かないので、パパがママを怒るからママがかわいそうで心配だから……」

母親はこの言葉を聞いて驚いていました。そこから作戦タイム開始です。

「まずはパパにお話しして、分かってもらわないといけないね」

この子は安心した表情で「うん」と答えました。誰からパパに話してもらうのがいいかを聞くと、「担任の○○先生から言ってもらいたい」と即答しました。

この日の夜に両親とこの子の3人が学校に来て、担任や校長たちと一緒に「どうすればこの子が安心できるか」について、対話しながらそれぞれの行動を確かめ合ったとのことです。

きっと、この子は自分の声を聞いてくれた大人たちに安心したんだろうなあと想像します。もし、門でこの子に出会わなかったら、学校の大人は誰も気づかなかったでしょう。学校に行くことがプレッシャーになっている子どもたちがそれぞれの家庭で抱えてしまっている困り感を考えると、学校の私たちには気付かないことがいっぱいあることが当たり前なのかもしれません。

だからこそ、指示や命令ではなく子どもの小さな胸の中にある声を聞かせてもらえる大人になることが大事なのではないか、そう再認識させてもらえた学校との出会いでした。

・「主体的・対話的で深い学び」の実現を見失っていないか? コロナ禍で失われていく力を今こそ問い直そう。
・それぞれの子どもたちが抱える困り感に気づくために、指示や命令ではなく、子どもの胸の中の声を聞かせてもらえる大人になろう。

 

※木村泰子先生へのメッセージを募集しております。 エッセイへのご感想、教職に関して感じている悩み、木村先生に聞いてみたいこと、テーマとして取り上げてほしいこと等ありましたら、下記よりお寄せください(アンケートフォームに移ります)。

 

きむら・やすこ●映画「みんなの学校」の舞台となった、全ての子供の学習権を保障する学校、大阪市立大空小学校の初代校長。全職員・保護者・地域の人々が一丸となり、障害の有無にかかわらず「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに尽力する。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」流・自ら学ぶ子の育て方』(ともに小学館)ほか。

 

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