【指導のパラダイムシフト おまけの#31】主体的な漢字学習を支援する「漢字学習履歴シート」

連載
指導のパラダイムシフト~斜め上から本質を考える~

京都橘大学教授

池田 修

北海道公立小学校教諭

藤原友和

前回、大胆かつ画期的な提案により最終回を迎え、話題を呼んだ好評連載。特別にもう一回だけ「おまけ」の回をお届けし、池田先生が独自に開発した「主体的な漢字学習」のためのデジタルツールを公開します。ぜひ学級で実践してみてください。

執筆/京都橘大学発達教育学部児童教育学科教授・池田修
   北海道函館市立万年橋小学校教諭・藤原友和

池田 修

池田 修(いけだ・おさむ)1962年東京生まれ。国語科教育法、学級担任論などを担当。元中学校国語科教師。研究テーマは、「国語科を実技教科にしたい」「楽しく授業を経営したい」「作って学ぶ」「遊んで学ぶ」です。ハンモッカー。抹茶書道、ガラス書道家元。琵琶湖の話と料理が得意で、この夏は小鮎釣りにハマってます。

藤原友和

藤原友和(ふじわら・ともかず)1977年北海道函館市生まれ。4年間の中学校勤務を経て小学校に異動。「ファシリテーション・グラフィック」を取り入れた実践研究に取り組む。教職21年目の今年度は、教職大学院で勉強中。教師力BRUSH-UPセミナー、函館市国語教育研究会、同道徳研究会所属。

30回で連載は終わりました。終わったのですが、なんと申しましょうか、連載を書き終えた私たちには余韻が残っておりまして。そんな中で、前から気になっていたことが一つの形になりましたので、もう一回付録ということで書かせていただきます。

それは、主体的な学習を支えるツールの開発というものです。
今回は、漢字学習を例として考えていきます。

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上からの道と下からの道

授業とは何かと考える時、以下に示す書籍は、すでに古典的な名著になっているかと思います。
それは、藤岡信勝先生の『教材づくりの発想』(日本書籍 1991/5)です。ここでは、授業づくりにおける四つのレベルを、(1)教育内容、(2)教材、(3)教授行為、(4)学習者と分類したことで有名です。

そして、もう一つ大事な概念を提示しています。それが、教材づくりの上からの道と下からの道です。その部分を引用します。

「教育内容の教材化」は「上からの道」、「素材の教材化」は「下からの道」に当る。二つの道は、単位を成す教材の二つの条件のうち、どちらに先に定位したかという違いにもとづく区分である。
教材づくりにおける「上からの道」は組織的・系統的方法であるのに対し、「下からの道」は、非組織的方法であり、落穂ひろい的方法でもある。「下からの道」は、その意味では副次的なものであるが、教材研究を豊かにするためには、無視しえない方法である。

藤岡信勝著『教材づくりの発想』(日本書籍)

ここでは、授業をつくる際に、教師が上からの道を取るか、下からの道を取るか、その二つがある。そして、この下からの道は「教材研究を豊かにするためには、無視しえない方法である」として大事にすべきことだと書かれています。

私は、中学校の現場にいた時、基本的に目の前の子供たちに合う教材はなんだろうかと考えて、オーダーメイドの授業をつくることをあれこれやっていました。ただ、若造の頃は、それを説明する言葉が見つからず「池田は教科書をあまり使わない」などと言われました。

確かに、教科書もいいのですけど、子供たちが興味を持つものから授業をつくりたい。その方が、勉強する気持ちになるだろうという思いから、そちらをあれこれやっていました。そんなところに、この「上からの道、下からの道」という言葉に出会い、
(ああ、俺がやっているのは、この下からの道だ。間違いではなかった)
と力強く思ったものです。

で、お分かりのとおり、ここまでは教師中心の授業づくりです。上からでも下からでも、教師が中心になってどちらかの道を選んでいることには変わりありません。本連載で考え続けてきたことは、学習者中心の授業づくりです。学習者中心の学習はどのように進めたらいいのかということです。

連載の第27回で、「主体的な学びを学ばせる 2 認めることフタを外すこと」と論じました。子供が勝手に学んでいること、主体的に学んでいることを認めよう。また、こんなんで学んでいると言ってしまっていいの?と思ってフタをしてしまっているもののフタを外そうというものです。

そう提案しておきながら、まだ不十分なものも感じていました。それは、学んだ証をどう説明するのか、証明するのかというものです。本人が学んだと言えば、それでいいのですが、もう少しなんとかならないかなあと考えていました。

この回に書いたように、私は『のらくろ上等兵』という漫画で、歴史的仮名遣いや旧漢字を主体的に学んでしまいました。それは後からわかったのですが、もっとリアルタイムでわかるような、フィードバックが得られるようなものはないかなあと考えていました。

子供の興味関心から漢字を学ぶ

現在、大学の教科教育法(国語)という、小学校の教員養成の国語の授業で、漢字の学習の仕方を教えています。単に「ノートに書いて覚えなさい」という指導は、指導なのだろうか? それ以外に漢字を覚える方法はないのだろうかという問いを出しながら、授業をしています。

そこでは、教師中心の授業から学習者中心の授業へはどう変わっていくのか、漢字の学習指導を通して教えています。

学習者中心の漢字指導として、私が考えているのは、クラスの児童の名前を全て漢字で書いて名表として貼り出すというものです。クラスの仲間の名前なら、子供たちは覚えます。つまり音は頭に入ります。教室の名表に漢字の名前があれば、子供たちは、(あ、あれが、いけだおさむ、くんなのね)と漢字を覚えるでしょう。
つまり、子供の興味関心のあるもの、生活にあるものの漢字を使って学びに向かわせるというものです。

他にも、こんな漢字テストも提案しています。実際に学生たちにやらせています。

「今日、朝起きて学校に来るまでに見たものを、ノートに五つ、ひらがなで書きましょう。書き終えたら、セーノでノートを交換します。そこに書いてあるひらがなを全て漢字にします。早く書けた方が勝ちです。いきますよ、セーノ!」

という感じです。さすがに大学生ですから大体書けますが(^^)。でも、英語を書く学生もいるわけで、「そういうときは英語で書くこと」とかします。さらに「辞書を見てもいいよ」などしながらやります。

子供の周りには生活があり、生活には言葉があり、言葉には漢字があります。冷蔵庫のない家に住む子供はいないと思います。レイゾウコという音も知っています。あとは、漢字です。それを覚えていけばいいのです。

この漢字テストを続けていけば、子供たちは身の回りにあるものの漢字はすぐに覚えていくのではないかと思います。サリバン先生によって導かれたヘレン・ケラーのように漢字を覚えてくれるんじゃないかなあと思います。

これが、「下からの道」の学習者主体バージョンであることはお分かりいただけるのではないかと思います。

記録したい、証明したい

現在、小学校では、学年別配当漢字表によって、各学年で覚えて書けるようにする漢字は決められています。その学年で覚えておくと、その漢字が次の学年の国語以外の教科の教科書に出てくるようにもなっているので、その学年で覚えることが求められています。お分かりのように、これは、「上からの道」です。

上からの道は、漢字テストで覚えたかどうかが記録され、成績に反映されていきます。ところが、生活の周りにある漢字を覚えたとして、それを記録することはできていないなあと、授業をしながら思っていました。なんとかならんかなあと。

つまり、(主体的に漢字を学んでいるのに、それを「頑張っているね」と認めるだけになっているなあ。フタを外してご覧と言っているのに、子供が外したことを証明する、記録するシステムがないなあ。学習者主体の「下からの道」を支援するツールがないなあ)と授業をしている最中に考えていました。

で、突然思いつきました。それは、2022.5.16.22.02のことでした。SNSに記録があります(^^)。

あーそうか。
なんで思いつかなかったんだろう。
漢字指導で、これやればいいじゃないか。
調べてみよう。
多分、無いと思う。

考えるとは不思議なことだなあと思います。
私は考えるとは、問いを立ててその問いに応えることだと定義していますが、今回のことはまさにその通りだなあと思います。問いを抱えてうろうろしていたら、2022.5.16.22.02に突然答えが降ってきました。アイデアという形で降ってきました。

そして、そのアイデアを翌日形にしたのが、「主体的な漢字学習を支援する漢字学習履歴シート」なのです。これならば、学習者が自分で興味関心に基づいて学んでしまっている漢字を証明し、記録することができます。「下からの学習」を証明することができます。

作ってから、すぐに藤原先生にメールして、見てもらって、実践してもらって、ここに載せてもらうことになりました

あとは、藤原先生よろしくお願いします。

☆記事末尾に「漢字学習履歴シート」の購入用ダウンロードリンクをご用意しましたので、ご活用ください。小学校・中学校で学ぶ漢字を網羅し、どれが既習でどれが未習かを子供たち自身が確認、記録できるエクセルファイルです。具体的な使い方は、ファイルの1ページ目に解説してあります。

※* 購入されたこのシートは複製して配ることはできません。ただし、購入者が、自身が指導する児童生徒に対して使う場合、児童生徒の数だけ複製して配ることはできます。
* このシートの内容は、開発者に許可なく変更することはできません。許可なく変更があった場合、動作がおかしくなることがあります。
* 適切な使い方をしていればデータが消えることはありません。ただし、万が一データが消えても対応はできません。

現場教師によるキャッチボール解説 by 藤原友和

「漢字学習履歴シート」、使ってみました

池田先生から原稿が届きました。

教材も一緒に届きました。

「漢字学習履歴シート」という、なんだか必殺技感の漂う代物です。

なんだろうこれ。

ほうほう。なるほど。あー、そういうことね!

…。

…。

…。

(時間は流れ、翌日の朝の会)

「先生。クラスルームに(リンクが)張ってある”なんだかシート”ってなんですか?」

『なんかいいらしいよ。使ってみる?』

「おー、これ面白そう。」

「何これ、どういうこと?」

池田先生から届いた教材のリンクを、「Googleクラスルーム」のストリームに張ったところ、早速子供たちは興味を示しました。

私も初めて目にする教材(当たり前ですけどね)なので、何をどうやったらいいかわからないのですが、次のように話しました。

藤原先生の先輩で、大学の先生の池田修先生という方がいるのだけれどね、新しい漢字学習の仕組みを作ったんだって。それで、皆さんに使わせてくれるということなんだけど、藤原先生ね、これとってもいいと思ったんだ。なんでいいと思ったのか聞いてくれる?

「なんでなんで?」という表情で頷いてくれる子供たち。ありがたや。
そこで次のように続けました。

前に受け持っていた子で、担任したばかりの頃は漢字10題テストが毎回20点や30点だったという子がいたんだけどね。3学期頃には50題テストで100点をとるようになって卒業していった子がいたんだ。その子がどんな家庭学習をしていたか想像できる?

「ノートにめちゃめちゃたくさん書いて練習した?」
「ドリルをお母さんに買ってもらった!」

それがね、漢字テストのための練習はほとんどしなかったんだけど、とある家庭学習をずうっと続けていたんだ。どういうものかというと、サッカー大好きだったその子、Jリーグの先発する選手と試合結果をノート見開き2ページにまとめるということを続けていたんだよね。

「それで漢字が書けるようになるの?」

そりゃあ、だって「興梠」とか、「我那覇」とか、難しい名前も全部漢字で書いていたからね。それで漢字の構成だったり、部首だったりを覚えたんじゃないかな。選手の名前に比べれば小学校で習う漢字なんてラクショーだったんじゃない?

「なるほどー。」
「へぇー。」

皆さんの中にも、「好きなジャンルの言葉や名前」だったら、習っていなくてもわかる漢字がたくさんあるって人はいっぱいいるんじゃないかな?

「あぁ、それはありますね。」

でしょ? 池田先生が作ってくれた教材はね、「すでに覚えてしまっている漢字」がどれくらいあるのか、中学校までに覚えなければいけない漢字があといくつあるのかわかるようにしてくれるシステムなんだよね。好きなものの名前を覚えているうちに、いつの間にか漢字の学習が進んでしまっていたら嬉しくない?

「確かに!」

ーーー

こんな流れで使い始めました。「漢字学習履歴シート」。
まだ取り組みがスタートしたばかりですので、何か大きな発見があったり、これまでの漢字学習との違いが手に取るようにわかったりという段階ではありません。その辺りが見えてくるにはもう少し時間が必要ですが、どうやら面白がって続けているようです。

漢字学習履歴シート
この画像は、試作版の画面です。記事末尾のリンクで実際に販売しているアプリの画面とは異なります。

出会うべき時に、出会いたい言葉と出会える

さて、この「漢字学習履歴シート」。私の感じた最大の利点は、なんといっても先ほどの子供たちに向けた「お話」の間に太字で示したところです。

すなわち、「好きなものやこと、人の名前を覚えているうちに、いつの間にか漢字の学習が進んでしまう」ことです。好きこそものの上手なれ。漢字の学習という、究極の受け身な(?)学習においても「自分の好きなもの」というフィルターを通すことで、主体的な探究の要素を持つから不思議です。

このことは副次的な効果も生み出します。それは「他人と進捗を比較しない」ということです。従来の漢字の学習では、全員が同じ漢字を同時期に学習することが一般的でした。学年別配当漢字があり、「◯年生で習う漢字」があらかじめ決まっています。当然、教科書もそのように編集されています。

ですから、全員が同じ日にテストを受けるわけですが、これは「できる・できない」を可視化してしまいます。それが漢字学習履歴シートのように自由進度による学習を支援するツールがあれば、他人との比較はあまり意味がなくなっていきます。やらされる学習による閉塞感を軽くすることができるのではないかと期待しています。

加えて、言葉を覚えるということは新たな概念を獲得することでもあります。その子にとって、出会った新しい言葉、新しい概念が学習に最適なタイミングだったのかどうかはわかりません。覚えることになっているから覚える、覚えるべき時期とされているからその時期に出会う。これでは生きて働く言葉の力にはなりづらい部分も出てくるでしょう。

この問題についても、「漢字学習履歴シート」は解決策を提示してくれるように思います。知りたいとき、学びたいときに出会った語句は無理なくその子にとっての語彙になっていくでしょうから、この意味においても自由進度学習支援ツールのはたす役割は小さくないように思います。

いずれにせよ、使い始めたばかりのこのツール。本連載のおまけとしてついてきたわけですから、漢字学習のパラダイムシフトの瞬間を見逃さないように子供たちの学習の進め方をよくよく観察していこうと思います。

連載の終わりにちょっと寂しいような気もしていましたが、思いもかけず新しいことが始まりました。池田先生、ありがとうございます!


池田先生開発の「漢字学習履歴シート」Excel版は以下よりダウンロードしてお使いいただけます(有料)

ご利用料金:100円(お申込みから30日間ダウンロード可)

※購入日の翌日を1日目と数えて30日目いっぱいまでご利用いただけます。購入履歴(日時)は マイページにてご確認いただけます。

※月額制ではありません。期間終了後に自動更新して新たなお支払いが発生することはありませんのでご安心ください。

※個別の領収書発行はできません。経費請求等の帳票としては、小学館ペイメントサービスからの購入完了メール、もしくはマイページの購入履歴、クレジットカードのご利用明細等をご利用ください。

※デジタルコンテンツの性質上、ご購入後の返品・返金には対応できません。

特定商取引法に基づく表記>>


池田修先生×藤原友和先生コラボ連載「指導のパラダイムシフト~斜め上から本質を考える~」ほかの回もチェック⇒
第1回  避難訓練のパラダイムシフト
第2回  忘れ物指導のパラダイムシフト その1
第3回  忘れ物指導のパラダイムシフト その2
第4回  漢字テストのパラダイムシフト その1
第5回  漢字テストのパラダイムシフト その2
第6回  コンテストの表彰のパラダイムシフト
第7回  宿題のパラダイムシフト その1
第8回  宿題のパラダイムシフト その2
第9回  自由研究のパラダイムシフト
第10回 グラフの読み取りのパラダイムシフト その1
第11回 グラフの読み取りのパラダイムシフト その2
第12回 教師の間違い
第13回 夏休み明けのパラダイムシフト
第14回 指名のパラダイムシフト
第15回 対応のパラダイムシフト その1
第16回 対応のパラダイムシフト その2
第17回 対応のパラダイムシフト その3
第18回 対応のパラダイムシフト その4
第19回 対応のパラダイムシフト その5
第20回 対応のパラダイムシフト その6

第21回 対応のパラダイムシフト その7
第22回 学習観の転換

第23回 「学習観のチグハグ問題」の解決に向けて――主体的・対話的で深い学びから考える その1
第24回 「学習観のチグハグ問題」の解決に向けて――主体的・対話的で深い学びから考える その2
第25回 「学習観のチグハグ問題」の解決に向けて――主体的・対話的で深い学びから考える その3
第26回 主体的な学びを学ばせる 1――自信を育てるには?
第27回 主体的な学びを学ばせる 2――認めること、フタを外すこと
第28回 主体的な学びを学ばせる 3――意図的に不十分であること
第29回 主体的な学びを学ばせる 4――授業で観察される姿
最終回 教師主体の学びと学習者主体の学び――授業のあり方を比較する

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