第57回 2021年度 「実践! わたしの教育記録」特別賞 佐橋慶彦さん(愛知県名古屋市立守山小学校)
教室に対話を生む「サポートミーティング」
愛知県名古屋市立守山小学校 佐橋慶彦
1 はじめに
5月19日
朝、教室に入ると人だかりができていた。「どうしたの?」と尋ねたところ、みんなでシュンタ君(仮)を止めているところらしい。支度が遅れ、注意を受けているうちに、かっとなってしまったようだ。シュンタ君が落ち着き始めていたのでもう少し見守ってみることにした。
「朝来たらまず準備をしないと」「みんなにも迷惑がかかってるんだよ」と教師のような言葉かけが続く。あんなに言われたら返す言葉もないよなと思いながらも、それをどう伝えようか迷い「朝の支度は終わったんだね。」と場をなだめて終わった。
4時間目。いまだに机に突っ伏しているシュンタ君に「ねえ、授業始まるよ。ほら起きて」と注意を続ける児童がいた。もうシュンタ君は限界だと感じ、止めに行こうと思った。
そこにユウキ君(仮)がやってきた。ユウキ君は大きな声で「うるせえんだよ」と言い放った。注意をしていた児童は涙ぐんでしまった。後から話を聞くとユウキ君はシュンタ君とトワイライト(放課後預かり)が一緒で、みんなからの注意に対する彼の苦手意識を理解していたことが分かった。
5年生の教室で起こった事例です。この問題をなんとかしたいという思いは同じなのですが、それぞれが自分の考えを主張し合ったことで、かえって事が大きくなっています。周囲の子がシュンタ君の気持ちを尊重しながら声を掛けていたら、ユウキ君が注意を繰り返す児童の気持ちを汲めていたら、またシュンタ君が自分に注意をする児童の思いを少しでも受け止められたのなら、この事例は違った結末を迎えていたかもしれません。
朝の約束を守ることも、言葉遣いに気を付けることももちろん大切です。しかしこの時の自分には、考え方の違いを受け入れられていないことが一番の問題であるように感じました。きっと「対話」について調べていたことが、この感じ方につながったのだと思います。
2 自分の見方が全てではない
学習指導要領では主体的な学びと共に、自己の考えを広げ深める対話的な学びが重視されています。それに伴い、グループワークや、ペアトークなどの交流学習が積極的に行われるようになりました。しかし、そんな中起こった新型コロナウイルスの流行。1年以上が経った今でも児童の交流には制限が掛かっており「対話なんてどうやってやるの」といった声が現場では漏れ聞こえています。私もどうすればいいのか分からず、対話について調べ始めていました。
調べていくと対話は、教育だけでなくビジネスや看護・医療など様々な分野で重要視されていることが分かりました。そこで知ったのが「対話は見方や考え方の違いを受け入れることから始まる」という考え方です。例えば、経営学者の宇田川元一は対話の準備として「相手にも相手なりの事情があるのかな、見えている景色が違うのかな、と想像してみること」を挙げています。また精神科医の斎藤環は『対話の中核にあるのは「自分とは違う他者」の「他者性(違うこと)を尊重すること」だと述べました。こうして他分野に目を向けていく中で「対話」を
自分と他者では見方や考え方が違うことを受け入れ、
他者とのやり取りを通じて、新たな見方や考え方を生み出していくこと
と捉え直すことができました。
この捉え方は、学習指導要領に示された「対話」とも結び付くはずです。「自己の考えを広げ、深める」ためには自分の解釈の中に留まることなく、他者の考えを受け入れていく必要があるからです。文章や機械を介していても、それは変わりません。逆に自分と違う意見に耳を傾けることができなければ、いくら対面して話し合ったところで、考えが広がることはないでしょう。
あの時のシュンタ君達はどうだったでしょうか。怒りを爆発させたり、不適切な言葉を使ったり、逆に正しさを振りかざしたり。取った行動はそれぞれ違いましたが、自分の考えをひたすら押し付けようとしてしまっていました。
自分の見方が全てではないこと、その人にはその人なりの考え方があることを伝えたい。そして、その違いを生かして見方や考え方を新しくしていく「対話」ができるようになってほしいと思いました。
3 サポートミーティングの考案
そこで、誰かの困りごとについて、みんなで意見を持ち寄って問題解消を支援していく時間を「サポートミーティング」と題して設けることにしました。それぞれの意見を受け入れながらやりとりをすると、問題の見方が変わったり、新たな考えをもてたりすることを実感させたいと考えたからです。フィンランドで生まれた「オープンダイアログ」という対話実践をもとに考案しました。以下に手順を示します。
①セットアップ
まず、教室を座席配置に沿って4つのグループ(9~10人)に分けます。少人数にすることで、一人一人がより積極的に参加することができます。また、日常的に関わる機会が多いメンバーと話し合うことで、学校生活に反映されやすいのではないかと考えました。互いの顔が見えるように大きな円になって座り、グループごとに今日の司会役と記録役を決めます。
②議題の提示
司会はまず、議題を発表します。議題は「漢字がなかなか覚えられない」「上履きをつい脱いでしまう」など具体的な困りごとに関わるもので、設置した提出箱に出されたものの中から教師が選定しました。目が行き届かない時間が生まれると予想したので、深刻な議題や人間関係にまつわる議題は避け、個別に相談したり、学級全体での学級会で取り上げたりしました。
③質問タイム
議題が確認できたら、話し合いをスタートさせます。まずは質問タイムです。議題提案者以外(以下サポーター)が順番に質問を投げ掛け、問題をはっきりとさせていきます。2~3周を目途に輪番で行います。
④私はタイム
次の「私はタイム」はそれぞれの捉え方を伝え合う時間です。自分はどう思ったか、似たような経験はなかったかなど主語を自分にして語ることを求めました。「そういう時はこうするべき」と一般的な見方を代表するような言い方は、その他の見方を否定することになってしまうからです。どんな意見も一意見であることを強調し、色々な角度から問題を捉えられるようにしたいと考えました。
⑤解決策のブレインストーミング・解決策の決定
その後、解決に向けたアイデアをサポーターが順番に出していきます。色々な意見が出ると良いと伝え、どんな考えも大切にできるよう意識させました。最後に、議題提案者が解決策を決めます。サポーターが出したものから選択することもできますし、聞いたことをもとに自分で解決策を創り出すことも可能です。最終的な決断を本人に委ねることを大切にしました。
4 実践の様子
①人差し指が痛い?
第1回のミーティングでは「鉛筆を持つとき、指が痛くて困っている」という議題を取り上げました。
A「私も、日記とか書いてると痛くなる。だから時々休んでる」
B(提案者)「そうなの? いつも真面目に書いてるからそんなことないと思ってた」
A「そんなことないよ、痛いときは痛いから」
B(提)「俺だけじゃなかったんだ」
C「私は、中指が痛くなる。だからこのクッションみたいなやつ使ってる」
B(提)「へぇ、下の指なんだ」
D「ぼくはね、濃い鉛筆を使ってる」
B(提)「いくつ?」
D「2B」
B(提)「え? 俺HB、書くのが濃いんだよね」
「私はタイム」でのやりとりです。議題提案者は円から離れて話を聞くように伝えていたのですが、円の外から一つ一つの意見に答えていました。思わず反応してしまっているという感じです。
中でも、印象的だったのは「俺だけじゃなかったんだ」というつぶやきです。そう発言したあたりから身を乗り出し「あーそうか」「なるほど」と言いながらメンバーの意見を聞くようになりました。こうした共通点への気付きや共感は他者との違いを受け入れるきっかけになるのではないかと思います。
彼は最後に、「濃い鉛筆を使って軽く握る」という解決策を生み出しました。「鉛筆を濃くする」と「軽く握る」という意見を組み合わせたものです。メンバーの話を受け入れているからこその解決策ではないでしょうか。
②対話カードの導入
全体で行う学級会にはない参加度の高さと意見の深まりが見られ、少人数グループのメリットを感じていました。しかし、デメリットも明らかになってきました。ミーティング中に起こる問題に教師がうまく対処できないのです。学級会であれば全員で同じ話をしているので、違和感を覚えたタイミングで介入し、課題を投げ掛けることができます。しかし、4グループが同時に行うサポートミーティングでは、異なる課題をそれぞれのタイミングで抱えるため、全体指導の効果があまり望めません。また介入も遅れます。実際に、自分の問題を真剣に聞いてもらえない、せっかく出した意見が否定されてしまうといった不満を子ども達から聞いていました。
そこで、あらかじめ課題になりそうな事がらを予想し、それをもとに「対話カード」を作成することにしました。「対話カード」を事前に選択することで、班全体で課題を共有してから話し合いに臨むことができます。途中で手が打てない代わりに、事前の準備を充実させようと考えました。
③感情をコントロールできない
迎えた第5回のサポートミーティング。1班は「オープンな質問」というカードを選択しました。
1班の議題は「感情のコントロールができない」というものでした。今までにない重たさを感じる議題です。提案者は冒頭の事例に登場したユウキ君。実際に、イライラする気持ちを抑えきれないことが何度かありました。しかし、仲間の力を借りれば、自分を変えることができるかもしれないと思ったのでしょう。ユウキ君の気持ちと、1班の話し合う雰囲気の良さを考えて、この議題に取り組ませることを決めました。
対話カードの効果は質問タイムに感じられました。
Q1 どんな時にイライラするの?
A1 事情も分からずに止められるとき。
Q2 キレやすいときとそうじゃないときがある?
A2 うーん、人による。根に持っちゃう。
Q4 家と学校は違う?
A4 学校はみんながいるから・・
Q7 何をすると落ち着ける?
A7 ぼーっとする。
Q11 解決策が思いつくことはあるの?
A11 んー、でも相手に勝ってやろうという気持ちが強くて、そこまで考えられない。
Q13 仲直りしたいって思う?
A13 思うんだけど、みんながいると言いにくく思っちゃう。なんか見られてて。
Q14 私、目立つ服とか着てくるとみんなの目線が気になるけど、もしかしてそんな感じ?
A14 そう! みんなにじろじろ見られるのがすごい嫌。
Q=サポーターの質問 A=提案者の答え
サポーターからの質問に答えることによって、自分の問題に対する見方が変わっていることが分かります。初めは「事情も分からずに止められる」「相手によって根に持つ」と他人に視点を置いていますが、だんだんと自分の感情に視点が移っています。そして「感情のコントロールができない」というあいまいだった問題が「相手に負けたくないと思って熱くなる」「みんなの前では素直になれない」と明確になってきています。
また、サポーターはいつもよりも落ち着いたトーンで語りかけていました。この日書いた日記からも、悩みを丁寧に扱い、相手の立場に思いを馳せていたことが伝わってきます。
ユウキ君にもこの気持ちが伝わったようで、サポーターのみんなの質問やアイデアを受け入れて「とにかくそこから離れて、時間をおく」「壁に額をつけて、頭を冷やしてみる」という解決策を決めていました。
5 子ども達の変化
すぐに感情のコントロールができるようになったわけではありません。しかし、考え方の変化が発言から見受けられました。ユウキ君が仲間に注意をしたことをきっかけにトラブルに発展してしまった時のことです。仲裁に入って話を聞くと、このように語りました。
「挑発されたって○○には見えたかもしれないけど、そんなつもりじゃなかった。はじめは普通に言ってたけど聞いてくれなかったから、俺も心の中ではけっこうイライラしてて。それで、まだ気持ちのコントロールがうまくつかなくて、悪口みたいに言っちゃった」
自分なりに気持ちをコントロールしようとしていたことが伺えます。また、相手の主張を最後まで聞いてから自分の意見を言っていることに気が付きました。相手の意図を知ろう、自分の気持ちを分かってもらおうとしているように感じられました。
ユウキ君は、学期末に行った振り返りの中で、サポートミーティングについてこう記しています。
「みんながみんな同じじゃない」という気付きが、発言や行動の変化につながったのだと思います。
変わったのは彼だけではありません。給食の配膳時のことです。B君が席を立ちロッカーの上で作業をしていました。当番への配慮は見られましたが、着席して待つことがルールになっていました。そこへAさんが向かっていきました。
7月8日
A「何してるの?」
B「ん? 係の新聞」
A「ああ頑張ってるもんね、でもそろそろ座ったら」
B「今日中に完成させたいんだよね、ここダメかな」
A「微妙だね。早めに食べて席でやれば?」
B「あーそうだね、そうするわ」
何気ない一コマですが、B君が意見を受け入れ、自分の考えを新たにしていることが分かります。また、Aさんの「何してるの?」という声の掛け方からは、相手の事情を知ろうとしていることが伝わってきます。こうした小さな変化が教室のあちこちで、見受けられるようになりました。また、アンケートでは「クラスの中に気持ちを分かってくれる人がいる」と感じている児童が増加しました。教室内に相手の考えを大切にした関わりが広がってきていることがこの結果からも示唆されます。
6 おわりに
サポートミーティングはまだまだ試行錯誤の最中です。意見のぶつけ合いや他愛もないおしゃべりに終わってしまうことも多く、カードの追加や、振り返りの導入など改善策を模索しています。
しかし、互いの声に耳を傾け、自分の発言や行動を変えている様子が色々な場面から見られるようになりました。話し合う時だけでなく、注意をする時やけんかをしてしまった時も、相手の気持ちを聞こうとしています。
このような変化が起きたのは、サポートミーティングが「みんながみんな同じじゃない」ことの良さを実感できるものだったからではないでしょうか。対話が生まれ始めた教室を見て、私はサポートミーティングの可能性を感じています。これからも、子どもたちが目の前の現実を、他者とともによりよくしていくことができるよう、研究と実践を重ねていきたいと思います。
〈引用文献〉
宇田川元一(2019)『他者と働く「わかりあえなさ」から始める組織論』NewsPicksパブリッシング
ヤーコセイックラ・トム・アーンキル著 斎藤環監訳(2019)『開かれた対話と未来 今この瞬間に他者を思いやる』医学書院
〈参考文献〉
野口裕二編(2009)『ナラティブ・アプローチ』勁草書房
Dジーンクランディニンら著 田中昌弥訳(2011)
『子どもと教師が紡ぐ多様なアイデンティティ カナダの小学生が語るナラティブの世界』明石書店
井庭崇・長井雅史(2018)『対話の言葉 オープンダイアログに学ぶ問題解消のための対話の心得』丸善出版
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受賞の言葉
愛知県名古屋市立守山小学校 佐橋慶彦
この度は、大変栄誉ある賞に選出いただき、ありがとうございます。教室の子ども達との取組がこのような形で評価していただけたことを、とても嬉しく思っております。
サポートミーティングはみんながみんな同じじゃないことの良さを実感させることで、教室に対話を生むことを試みた実践です。自分と違う見方や考え方をしてくれる人が必要だという確信が、この実践の考案につながっています。
私は元々、なんでも自分でやってしまおうという独り善がりな考えをもっていました。しかし「先生はこうなんだね、私はこうしているよ。」と柔らかく導いてくださった初任校の先生方や、子ども達のためにという思いを共有し、新しいアイデアを一緒に生み出してくださる現任校の先生方、たくさんの気付きと喜びをもたらしてくれた教え子たち、周囲の皆様のお蔭で「他者の力」の大切さに気付くことができたのだと思います。私を支えてくださったすべての方々に、改めて御礼申し上げます。
最後に、いつも帰りを温かく迎えてくれる長男と愛犬、そして「本当にやりたいことがあるならどこにでも学びに行けばいいし、もしそれが形になったらこういうところに応募してみたらいい」と自分の研究とこのコンテストへの応募を薦めてくれた妻に、心からの感謝を伝えたいと思います。