デリケートな高学年女子の心をつかむポイントと3つの仕掛け

その場限りの筋の通っていない態度を先生がとれば、高学年女子はすぐに見破ります! 思春期を迎えたデリケートな年代の高学年女子への対応を例に、信頼関係を築くための仕掛けについてお話しします。
執筆/京都教育大学附属桃山小学校教諭・樋口万太郎

目次
高学年の女子の心をつかむ2つのポイント
高学年の女子の心をつかむために、気を付けていることは次の2つです。
- 筋が通った指導を行う。
- 信頼関係を築くための仕掛けを仕組む。
最近、授業を見せていただく機会や悩み相談を受ける機会が増えました。授業を見たり、話を聞いたりしている中で信頼関係を築くどころか、自分で崩している、築くチャンスを逃していると感じることが多くあります。
また、あまりにもノープランで高学年の女子に立ち向かっている方が多くいます。若手の頃は、「勢い」「若さ」でカバーできるかもしれません。いや、実際はカバーできていないのかもしれません。「勢い」「若さ」がそれを見えにくくしているのです。
苦い思い出が2つあります。ただその思い出が転機になったことには間違いありません。
教職2年目で初めて六年生を担任しました。
この学年は5年生の時に学級崩壊を起こしていました。 勤務校はミニバスケットボールの強豪校でした。 ある女子、秋元さん(仮名)がいました。秋元さんはそのチームのレギュラーでした。そして、前年度学級崩壊を起こした張本人でした。女子のややこしいグループのリーダーと言えば、より伝わるでしょうか。
4月の終わり。秋元さんが、クラスの男子を殴りました。ミニバスケットボールをしていたため、力がとても強い子でした。何が原因だったかはっきりとは覚えていませんが、秋元さんに非がありました。しかし、秋元さんはなかなか自分が悪いとは言えずに、反抗的な態度をとっていました。そこで私は、
「ミニバスケットでは、人を殴る練習をしているのか。違うでしょ?」
「ミニバスケットでつけた力は、人を殴るためにあるのか」
ということを秋元さんに言いました。すると秋元さんは、泣きながら「ごめんなさい」と自分の非を認め、その場は終わりました。ただすっきりとした終わり方ではなく、何か気まずい雰囲気が残りました。
放課後、ミニバスケットの監督であり、学年主任でもある隣の学級の先生に、職員室でこの出来事について話しました。すると、「樋口くん、ちょっとおいで」と別室に呼ばれ、
「どうして、そのトラブルと関係ないことを言うんだ!」
「君のは指導ではない! ただ相手を傷つけているだけだ!」
などと厳しく叱られました。そして、最後に、
「秋元さん自身は納得しているのか」
と言われました。
私はこの時、叱られたかったのかもしれません。厳しく叱られたことで、私自身はすっきりしました。ただ、あの雰囲気からして、秋元さんは納得していません。私は、秋元さん自身がスッキリするためにはどうしたらいいのかを考え、秋元さんに電話で指導の仕方がまずかったことを謝ることにしました。そのことを学年主任に伝えると、
「あの子たちのことを一番知っているのは、担任である樋口くん。だから、樋口くんがそうするのなら、それでいいと思う」
そして、
「これから、1本ビシッと筋を通した指導や授業をしっかりしなさい。そうしないといずれ学級崩壊になるよ」と言われました。
2つ目の苦い思い出は、秋元さんの出来事の数日前にあった懇談会での出来事です。多くの保護者が参加してくれました。今思えば、前年度学級崩壊をしていたことで、新しい先生はどんな人なのかというのが気になったのでしょう。
懇談会の終盤、「先生は2年目でお若いし、経験もあまりないから、学級がうまくいくとは思っていません」とある保護者からみんなの前で言われたのです。数人の保護者もうなずいていました。6年生初めての懇談会です。こんな場面、みなさんだったらどう思われますか。
「ショック!」
「どうしてこんな場面で言うの?」
と思われる方がほとんどかもしれません。が、私は、
(そらそうだ。まだ2年目の先生、信頼できないよな〜。初めての6年生の担任だし。保護者が心配するのも仕方がない)
と思わず共感し、納得してしまったのです。そして気付いたのが、何もせずに信頼関係を築けることはありえないということです。教師と子供、子供と子供、教師と保護者の間に信頼関係を築くための仕掛けを仕組んでいかないといけません。
では、その仕掛けをいつ仕組むのかと言えば、授業です。なぜなら子供たちが一番多くの時間を過ごすのが授業だからです。仕掛けを仕組むうえで大切にしておきたいことが、
- 女子の発言をそのまま受け取らない
- 子供として接しない
という2点です。
みなさんは、「先生は〇〇さんを贔屓している」と言われた経験はありませんか。特に贔屓しているつもりはなくても、相手がそう感じてしまっているのです。子供を叱る時、人によって叱り方や叱られる基準が異なると、贔屓をしていると思われがちです。そう思われないためには、筋が通った指導が必要です。
また、私は一学期に、
「先生は贔屓しないけれど、人によってサポートをする量や質は変えます。だって、人によって、できること・できないことの量や種類は違うから」
という話を何度も子供たちにします。
そして、「贔屓している」と言われた時には、その言葉そのままを受け取らずに、「私の話も聞いてよ」「私ともっと接してよ」「もっと構ってよ」「私も助けてよ!」という言葉に置き換えるようにしています。この年代の子供たちの多くは素直に言えません。ただ、言われた時には反省し、今後の指導の仕方について考えるようにしています。
また、子供扱いをして接するのでなく、まだできないことや未熟な部分が多い人(大人)として接するようにしています。
これらのことを踏まえ、授業においての仕掛けを紹介していきます。