【指導のパラダイムシフト#2】忘れ物指導のパラダイムシフト①
池田修先生×藤原友和先生のコラボにより、斜め上から本質を考える新連載。第2回目のテーマは、「忘れ物指導のパラダイムシフト」です。
執筆/京都橘大学発達教育学部児童教育学科教授・池田修、北海道函館市立公立小学校教諭・藤原友和
池田 修(いけだ・おさむ)1962年東京生まれ。国語科教育法、学級担任論などを担当。元中学校国語科教師。研究テーマは、「国語科を実技教科にしたい」「楽しく授業を経営したい」「作って学ぶ」「遊んで学ぶ」です。ハンモッカー。抹茶書道、ガラス書道家元。琵琶湖の話と料理が得意で、この夏は小鮎釣りにハマってます。
藤原友和(ふじわら・ともかず)1977年北海道函館市生まれ。4年間の中学校勤務を経て小学校に異動。「ファシリテーション・グラフィック」を取り入れた実践研究に取り組む。教職21年目の今年度は、教職大学院で勉強中。教師力BRUSH-UPセミナー、函館市国語教育研究会、同道徳研究会所属。
目次
第2回目のテーマは、「忘れ物への指導」
みなさんこんにちは。京都橘大学の池田修です。連載2回目は、忘れ物への指導です。
自慢ではないですが私の人生は、探し物と忘れ物とが半分ぐらいを占めているのではないかと思います。そこに置いたはずの本がなくなる。ところが、それが冷蔵庫から出てきたりする。夏はひんやりと冷えた本を読むのに最適ですが、信じられないことばかりが起きます。iPhoneは、「探す」機能をフル活用してことなきを得ています。すべての持ち物にこの探す機能が付くといいなあと思うわけです。
そして、もう一つの敵が、忘れ物です。子供の頃から本当に困ってきました。用意できない。または、用意したものがない。この繰り返しです。確かに、用意してそこに置いたのに、ない。だから怒られる。
いえ、何もしなかったわけではありません。あれこれ工夫はしたのです。例えば、保護者会に参加するかどうかを知らせるプリントを、家に持ち帰って親に確認を取って、学校に持って行って提出する。こんなとき、小学生の私は、顔に○を描いてから帰っていました。
忘れ物をしないために、手に何かを書くということはあるかと思います。しかし、それは消えてしまうことがある。腕に書くと見えなくなって忘れてしまう。そこで、私は顔に○を描いて帰りました。帰ると、
「修、その顔どうしたの!?」
と母親が言うわけです。そこで、
「あ、お母さん、プリント」
となる。
親に、出席と書いてもらっても、その紙はカバンに入れてはなりません。カバンに入れたら、そのプリントは、学校でカバンの中に入ったまま1日を過ごし、3日を過ごし、提出の締め切りを過ぎて、先生に怒られるということになります。
だから、私は、親から受け取った出席を告げる紙は、自分の靴の中に入れておきます。翌朝、学校に行くとき、その靴の中から取り出し、片手にもったまま学校に行き、その勢いで提出します。
ここまでしないと、忘れ物を防ぐことはできませんでした。もう、それだけで、へとへとになりました。
毎回こんなことはできません。そんな私ですから、先生によく注意されました。
そんなことから、今回は、忘れ物指導についてです。
Q1. 次の指示は、訂正の必要な指示です。どこがおかしくて、なぜおかしいのか考えてください。
Q2. また、どうやればいいのか、実際の指示を考えて指示を出してください。
訂正の必要な指示の例
小学校6年生の担任であるあなたは、日頃から忘れ物の多いイケダくんに注意をすることになりました。イケダくんは、保護者会の出席か欠席かを確認する紙を締め切りが過ぎているのに、提出できていません。
「イケダくん、保護者会の紙は?」
「忘れました」
「締め切りは、昨日だよ」
「はい。知っています」
「知っているのに忘れたの?」
「はい」
「それなのに、なんで忘れたの?」
「……」
「みんなのが揃わないと、全体に迷惑がかかるでしょ」
「……」
「忘れ物をしては困ります」
「…はい。明日、持ってきます」
「必ず持ってきなさい。いいですね」
「…はい」
あなたの考え
A1.
A2.
どこがおかしい、なぜおかしい
1.「イケダくん、保護者会の紙は?」
「忘れました」
最初に、忘れ物を確認しています。イケダくんは、自分で忘れ物をしたと言っています。だから、疑うことなく、イケダくんは忘れ物をしたと担任は思っています。本当でしょうか?
「忘れました」は、実は、いろいろな日本語に「翻訳」できます。この場合でも、
・なくしました
・カバンに入れておいたのに、隠されました
・汚れてしまって出せません
・親が忙しくてやってくれません
・親と喧嘩していて、お願いできません
・間違えてゴミと一緒に捨てられました
・親の仕事のスケジュールが決まらないので、書けません
親が記入をして提出すればいい状態になっているものを提出しないで忘れたというのであれば、上記のものはほとんど「忘れた」ではないはずです。しかし、子供は、「忘れた」と言うのです。日頃から忘れ物の多いイケダくんなので、担任は単純に忘れたのだと思うのですが、ここは大事なところ。確認が必要です。
2. 「締め切りは、昨日だよ」
「はい。知っています」
「知っているのに忘れたの?」
「はい」
知っているのに忘れるということを、この担任の先生は、理解してくれていないようです。「あー、明日だよな、明日出さなきゃいけないんだよな」と分かっているのに、できないことってあることが分かってもらえない。なんでか分からないんだけれども、その日に行動に移せないという子供がいるんです。大人もですが。
優柔不断ともちょっと違います。
ADHDの傾向のある人は、この、締め切りが分かっていてもできないということがあります。「分かっているんだったら、やりなさい」と簡単に言いますが、「分かっているのに、なぜかできない」という子供もいることは知っている必要があるでしょう。
3. 「みんなのが揃わないと、全体に迷惑がかかるでしょ」
「……」
「忘れ物をしては困ります」
「…はい。明日、持ってきます」
先生に注意を受けて、子供は黙っています。このとき、先生はどう思っているのでしょうか。
・一体、この子は何回言えば分かるんだ?
・学年会で報告するのに、できないな。困ったなあ。
・親は一体どうしているんだろうか。
一方イケダくんは、どう思っているのでしょうか。
・一回の説明で忘れ物をしなくなるような方法を考えてよ、先生。一回やってダメだったら、別のやり方を考えてよ。
・忘れ物で迷惑がかかる? そんなこと言われなくたって分かってるよ。僕だって怒られたくないし、忘れ物をなくしたいんだよ。
・忘れ物をしたくてしてるんじゃないよ。したくないのに、してしまうんだよ。あなたが先生なら、勉強をできない子供を勉強ができるようにするように、忘れ物が多い僕を、忘れ物をしない僕に変えてよ。
ま、イケダくんはそんなふうに思っていましたね。
ここで大事なのは、「したくてしている忘れ物はない」ということです。したくないのに、忘れている。そして、本人も困っているということです。
4. 「必ず持ってきなさい。いいですね」
「・・・はい」
そんな子供に「忘れ物をするな」と言う「指導」だけで、忘れ物がなくなるわけがありません。人は命令では動きません。理解と納得で動くのです。ここでは「はい」と答えないと先生が許してくれないから、イケダくんは「はい」と答えています。しかし、届いていません。明日も忘れて、また先生に「指導」を受けるでしょう。ああ、かわいそうなイケダ少年!
ところで、忘れ物ってなんでしょうか?
忘れ物とは、何でしょうか?
少し古い本ですが、家本芳郎先生の名著『忘れ物の教育学』(家本芳郎 1989年 学事出版)には以下のようにあります。
「学校における学習その他の活動に必要な道具や準備を忘れること」
『忘れ物の教育学』(家本芳郎 1989年 学事出版)
これを元にして、家本先生は、忘れ物の対象になるものをリストアップしています。今ではちょっと考えられないものまでありますが、見てみましょう。
1)学習用具。教科書・教材・ノートなどである
2)筆記・文具類。ある学校の例だが「筆箱・筆記用具・消しゴム(無臭)・下敷(無地)・メモ帳・ハサミ・のり・セロハンテープ・定規・カッター・分度器・コンパス・ばんそうこう・サインペン・油性マーカー・色鉛筆(十二色以下)・十円玉一個(緊急電話用)・小型ソーイングセット(女子だけ)・くし(女子だけ)」とある
3)宿題。学習に関連したレポート・作品などの提出物も、ここに入る
4)提出物。清掃用のぞうきんとか保健指導上の検便など
5)提出書類。進路希望調査・家庭調査簿やPTAの出欠席・委任状などの類
6)徴収金。学校納付金・PTA会費・社会見学費などのお金
7)校則できまっている規則に関するしたく。交通安全カード・記名・生徒手帳など
8)置き忘れ。更衣室に時計を置き忘れたり、音楽室に笛を置き忘れるといったこと
この中の何かを忘れたら「忘れ物」になるのです。子供たち、反乱しなかったのでしょうか。
それに、これだけのものを持ち歩いたら、危険です。児童が持ち歩いている荷物は、どのぐらいの重さになっているのでしょうか。平均で5.7kg、中には10kgを超える児童もいたとのことです 。こんなに重たいものを身に付けて、ふらふら歩いて登下校したら、本当に危険です。
また、そもそも、子供たちは不利です。勉強のための道具を毎日持ち帰らなければなりません。そして、その道具は変化します。これは忘れ物を誘発するために仕掛けられているのではないかと思わざるを得ません。
一方、教師はどうでしょうか。言ってしまえば、教師は手ぶらで学校に来て、手ぶらで帰っても問題ありません。なぜなら、仕事道具はすべて学校に置いてあるからです。子供たちは、圧倒的に不利なのです。
この子供たち、イケダ少年は救われることはないのでしょうか。いえ、救われる可能性はあります。
おっと、字数がきた。この話、解決編は次号に続きます。
現場教師によるキャッチボール解説by 藤原友和
みなさんこんにちは。北海道で小学校の教員をしております、藤原友和です。 連載2回目は「忘れ物指導」ですね。
小学生とはいえ、教科が年々増えていくのに比例して、子供の持ち物も増えていく傾向にあります。加えて、近年では熱中症対策+コロナの感染拡大予防のために飲料水は水筒に入れて各自持参という対応も始まり、ランドセルの中身はすでにパンパンの飽和状態。「忘れ物をなくする」なんて大人でも至難の技ではないかと思います。
イケダ少年。なかなか苦労していますね。
私のこれまでの学級に、イケダ少年のような子はいなかったかというと、もちろんそんなことはありません。特に、今から十年近く前に担任したA君は大変でした。当時はちょうど「特別支援教育」が通常級も含んでスタートした頃でしたので、職場の詳しい先生のアドバイスを受けながらさまざまな「作戦」を立てていたことを思い出します。
そもそもA君は、学校に来る意義自体をそれほど認めていません。毎日毎日、たいしてやりたくもない勉強に、お義理で付き合ってくれているものですから「忘れ物をしてはいけない」ということがそもそも「ナニソレオイシイノ?」という状態でした。
優しく言って聞かせてもダメ。
厳しい口調で注意してもダメ。
提出物でどうしても必要なときは、放課後に持ってくるように指示してから帰宅させてもダメ。
おうちに電話するとお母様が恐縮して持ってきてくださるのですが、こちらも申し訳なく、かといって有効な方法は見付からず、私もお母様も途方に暮れていました。
そんなあるとき、「ワーキングメモリ」のことを知りました。
「もしかしたら、A君は、だらしないのではなくて、そもそも必要な持ち物を覚えていられないのではないか」
「メモを取らせたとしても、そのメモがどこにあるのかを忘れてしまうのではないか」
「仮に、持ち物を用意できたとして、それを玄関先に置いてきてしまうのではないか」
さまざまな想像が頭を駆け巡りました。
そうです。「想像」です。
これまでの私は、「提出物を集めている場面」という、目に見える範囲のみを問題として、なんとかしようとこちらの都合を押し付けていたのでした。
そうではなく、「提出が必要なプリントをA君に渡してから、提出締め切りの日までの間に、どこでどのようにエラーが起きているのだろう」と考えるようになりました。つまり、「教師から見えない部分への想像」が働き始めたのです。
イケダ少年を救う「方法」が見付けられるとしたら、まずは教師の忘れ物観を転換しなければならないのではないか、というのが私の考えです。教師の見えない部分に想像力をはたらかせようとする姿勢が大切で、その上で最適な解を導き出さなければなりません。 A君には、「家に帰ったらやることリスト」を渡して、お母様にチェックしてもらうこととしました。そして、全部できたら1ポイント。10ポイント貯まったらご褒美がもらえるシステムにしてみました。
結果は紆余曲折。成果が上がるまではすんなりといかず、この後も試行錯誤を繰り返しながら徐々に徐々に改善していきました。
しかし、意外な副産物もありました。お母様からは「Aのことを叱る回数が減った」という言葉を聞くようになったのです。 気が付けば私も、このチェックリストを見ながら、「この日は帰ってすぐにやったのね」「この日はテレビの誘惑に勝てなかったのか」など、これまで見えていなかったおうちでの様子も把握する事ができて、少し心に余裕が生まれました。
教師の都合ではなく、見えない部分も含めた子供の様子から発想するという「転換」は、担任である私や、A君親子にとって少なからずよい方向に作用したのではないかと思います。
ところで、話は飛びますが、子供の頃ランドセルがあまりにも重くて、発達上・健康上よろしくないという判断から、「事務連絡」が平成30年9月6日付けで出されたことは記憶に新しいところです。 (「児童生徒の携行品に係る配慮について」平成30年9月6日付)
いわゆる「置き勉を認めるなど、工夫してね」ということなのですが、この連絡が出て以降、風向きが変わりましたね。私の勤務する学校では、国語と算数だけは持ち帰るけれど、あとは全部学校に置いておく事ができるようになりました。この結果、忘れ物は激減。私も子供たちもハッピーです。
次回はイケダ少年を救う解決編。
おそらく方向性としてはそれほど変わらないのではないかなー、と思いながら、快刀乱麻の解決策を楽しみにしております。
おっと、明日は月曜だ。忘れ物しないようにしなきゃ。
イラスト/高橋正輝