教育の「原点」に立ち戻る!教育実習【5年3組学級経営物語 13】
通称「トライだ先生」こと、2年目教師・渡来勉先生の学級経営ストーリー。夢や希望を抱き、理想を追ったあの頃…。けれど、多忙さに気持ちを擦り減らせ、厳しい現実に心が折れることもあります。そんな時は原点回帰! 教職への情熱や誇りを取り戻し、子どもたちのために「教師道」にレッツトライだ!
文/大和大学教育学部准教授・濱川昌人
絵/伊原シゲカツ
10月①「教師道」にレッツトライだ!
目次
<登場人物>
トライだ先生(渡来勉/わたらいつとむ)
教職2年目の5年3組担任。 真面目で子ども好きの一直線なタイプ。どんなことでも「トライだ!」のかけ声で乗り越えようとするところから、「トライだ先生」とあだ名が付く。トラブルに見舞われることが多く、学級経営の悩みが尽きない。特技は「トライだ弁当」づくり。
しずか先生(高杉静/たかすぎしずか)
5年1組担任で、今年はじめて学年主任に抜擢された、教職10年目の中堅女性教諭。ベテラン教諭に引けを取らないリーダーシップぶりは、剣道五段の腕前に依るところも。産休明けで、子育てと仕事の両立に日々奮戦中。
オニセン(鬼塚学/おにづかまなぶ)
教職生活4年目の5年2組担任。祖父と父が有名校長で母も教師という教育一家出身。イケメンでなおかつ優秀な成績で教育大学を卒業したという、典型的な〝オレ様〞タイプの教師。しかし、昨年度、学級内のトラブルに十分対応できず、再び5年担任を任じられたという経緯をもつ。
教育実習スタート!
「いい先生を目指して、本日から全力で教育実習を頑張ります。みなさん、どうぞよろしく!」
全校朝礼で熱く語る大和川強くん。顔馴染みになった子どもたちが、歓迎の拍手で迎えます。…ポイント1
大和川強くんって、どんな人? 大和川くんの登場回をチェック! ⇒ 【4年3組学級経営物語18】
「大和川くんをよろしく頼みます。指導教官!」
子どもたちの最後尾で、朝礼台を見つめる渡来勉先生。下を向き、ボソッと呟く鬼塚学先生。
「高杉先生に押しつけられた。前の学校や去年の学年とトラブったのに、…オレには無理だよ」
自信無さそうに立ち去る鬼塚先生。見送る渡来先生の肩を、高杉静先生がポンと叩きました。
「面倒くさいとか、人の世話は御免だと断り続けていたのに…、鬼塚先生、どういう心境の変化ですか?」
質問する渡来先生に、真顔で答える高杉先生。
「見直し始めたんだ、今までの自分の生き方を」
子どもたちを見つめながら、高杉先生は話を続けます。
「この半年のいろいろな体験が、教師人生を見直す気にさせたんだ。今が絶好の機会…、そう思い、教育実習を任せた。熱血漢の大和川くんとは、摩擦や衝突もあるだろう。だが、それも互いの成長の一過程。支えるぞ、チーム5年で!」
主任の思いを、渡来先生は受け止めました。
ポイント1 【教育実習への対応】
大学で学ぶだけでは教師になれません。現場でしか得られない「学び」―その体験 の大切さや貴重さを、我々教師は知っています。多忙な教育現場ですが、「原点」としての教育実習は大事にしていきたいものです。ベテランばかりでなく、中堅や若手も指導を受け持つことで、自身を磨くよい機会ともなります。
オレ様とガキ大将と子どもたち
数日後。子どもたちが帰った教室で、採点に励む渡来先生の赤ペンが急に止まりました。教務主任、大河内巌先生の言葉を、ふと思い出したのです。
『…教師を目指すにはかくあるべき、と小さい頃から叩き込まれ、指示通り教育大学に進学。優秀な成績で卒業、教師になったが、…過干渉への反発や刷り込まれたプライドが、他の意見を受け入れず己を押し通す鬼塚先生をつくった。だが生き方は変えられる。自分が努力すればな』
オレ様と元ガキ大将か…。そんな事を考えている時、突然大声が響きました。2組の方向です。大急ぎで駆けつけると、立ちすくむ大和川くんを鬼塚先生が怖い顔で睨みつけていました。
「ど、どうしたんです。2人とも怖い顔して…」
鬼塚先生が、青筋をたてて喋り始めました。
「指導教官に意見するなんて、百年早いんだ!」
「トモコは怯えていたんですよ、鬼塚先生の叱り方に。…あんな厳しくする必要はないです!」 …ポイント2
「トモコじゃなく、ノリを叱っていたんだよ!」
「誰かが叱られると、トモコは心臓がギュッと縮むそうなんです。敏感で、優しい子ですから」
「学級の規律を保つには、仕方ないことだ。子どものことは、担任が一番よく分かっている!」
「でも、叱り過ぎるともっと学級は荒れます」
「やかましい! 理想の押し付けは、ごめんだ」
その言葉にショックを受けた大和川くん。体から力が抜ける様子が、はっきり分かりました。
ポイント2【よりよい叱り方】
子どもが言うことを聞かない、指導者に余裕がない等の理由で、大声で叱責したり威圧的に対応したりして自己嫌悪した経験はありませんか。そんな時は、生徒指導の基本である「自己指導力の育成」に立ち戻りましょう。子ども自身が正しく「事実確認」をして「振り返り」をする。それを適切に支援することで、自力解決の道を開き「自己指導力」を育てるのです。
5年2組にレッツトライ…しなければ!
週末の終業時、大和川くんを誘う渡来先生。
「先輩として労うよ。今日はおごっちゃうぞ!」
嬉しそうな大和川くん。休日前で、会話も弾みます。駅前商店街に続く大通りを並んで歩きながら、遠慮気味に大和川くんが語ります。
「学生ボランティアに行き過ぎ、履修単位ギリギリで…。大河内先生に頼み込み、やっと実習を引き受けてもらいました。でも、大学の先輩から注意されました。忙しい現場に迷惑をかけるんじゃないぞって…。それに教員採用試験の発表が、月末なんです。教育実習の最終日。…ここは、何があっても実習では辛抱、我慢ですよね」
微妙な表情の大和川くんに、ズバリ答えます。
「教育実習は教職の原点。教師道を追求する場で、余計な気遣いは無用。前にも言ったけれど、困ったことがあれば何でも相談するんだぞ!」 …ポイント3
暫く考えて、元気よく答える大和川くん。
「大人の都合より子どもを中心に…、ですね。了解です、つまらない遠慮は一切しません!」
元ガキ大将に、心の中でエールを送る渡来先生。
『鬼塚先生と子どもたちの人間関係は、ひび割れ始めている。大和川くんの加入で、さらに広がるだろう。けれど2人が理解、協力し合えれば内側から改善できる。…トライしなくちゃな』
まだ、何一つ課題は解決していませんが…。
ポイント3 【「子ども中心」の教育観】
教育現場では、確かに理想を追ってばかりはいられません。現実的な対応も大切ですが、教師の仕事効率や大人の人間関係等が子どもたちへの対処方法の根拠となるのは本末転倒。由々しき事ですが、教育現場では無いとは言い切れません。「子どもが中心」という考えは、理想ではなく「当たり前」のこと。それを忘れないことが教師の「原点」であると考えます。
(次回へ続く)