才能教育は、すべての子どもの学びを豊かにする――「日本才能研究学会」第1回大会レポート

2026年9月26日・27日の2日間、日本才能研究学会の第1回年次研究大会が愛媛県松山市で開催されました。対面とオンラインを合わせて約120人が参加した記念すべき第1回大会では、どのような発表が行われ、どのような議論が交わされたのでしょうか? 写真とともに、学会の様子をレポートします。
目次
日本の才能教育を考える、新たな学会が始動
開会式
初日の9月26日、松山市立子規記念博物館で行われた開会式で、学会長の松村暢隆氏(関西大学名誉教授)は、同学会がギフテッドの支援団体ではなく、才能教育に関する学術研究を行う学会であることを説明し、研究領域や世代を超えた交流を通じて研究を深める場にしたいと語りました。
大会実行委員長の隅田学氏(愛媛大学教育学部教授)は、20年以上にわたって才能教育に関わってきた経験を振り返り、日本の公立学校でも広く才能のある児童生徒を包摂した教育を実現したいという思いを述べました。
才能のある子どもを選ぶのではなく、才能を伸ばす
学会長講演では、松村氏が「日米才能教育の歴史的展開の先」と題し、日米の才能教育の歩みと今後の方向性を発表しました。

文部科学省で議論されている「特定分野に特異な才能のある児童生徒」の指導・支援につながる理念の歴史的背景を押さえておきます。アメリカの才能教育では、IQなどで「才能児」を特別プログラムに選抜する古典的方法から、「全校拡充モデル(SEM)」をきっかけとして、すべての子どもの才能を伸ばす考え方に方向転換が見られました。最近では個人を「ギフテッド」とラベルづけしないで、インクルーシブな学習環境を整える方向性がみられます。いっぽう日本では、草の根的な「個性化教育」の実践が、現在の「個別最適な学び」に発展しました。私が提唱した「特才」という呼称は略語であり、個人のラベルではありません。才能が伸びるような学習環境を整えることで、困難の解消にもつながるような、多様性を包摂する日本型の才能教育のあり方が今後追求されていくでしょう。
正岡子規が見出した「自分の才能」と「他者の才能」
特別講演は、青木亮人氏(愛媛大学教育学部教授)が「俳句という場を創出した正岡子規の挫折と才能」と題して、正岡子規の生涯を通して才能の発見と育成についての考察を発表しました。

正岡子規は、最初から俳人を志していたわけではありません。小説家への憧れや新聞記者としての活動など、さまざまな挑戦と挫折を経て、俳句を自分の「やれること」「やるべきこと」として見出しました。当時の俳句界では、松尾芭蕉を絶対視するなど、従来の価値観が根強く残っていました。子規は膨大な俳句を読み直し、既存の評価基準に疑問を投げかけ、新しい俳句を提示しました。
さらに、新聞の選句欄を通じて新しい価値観を広め、弟子たち自身も気づいていない才能を見いだし、伸ばす方法を具体的に示しました。子規が変えたのは、俳句の作り方だけではありません。作品の読み方、評価の仕方、発表する場までを変え、新しい才能が育つ土壌をつくったのです。そこには、現代の才能教育にも通じるヒントがあります。
多様な立場から考える、日本型才能教育のかたち
シンポジウム「多様な才能を支える新しい教育のかたち―日本型才能教育へ向けて―」では、角谷詩織氏(上越教育大学大学院教授)が司会を務め、研究者や学校現場の教員、民間の教育実践者らが、日本の学校教育の強みや課題を踏まえた才能教育のあり方について提言しました。

研究者や教育関係者、医師、民間の実践者など、さまざまな立場の登壇者が、才能教育について意見を交わしました。マイクを持って話しているのが、大会実行委員長の隅田学氏(愛媛大学教育学部教授)です。
多様な才能を支える日本型才能教育
海外の才能教育に早くから触れ、日本での研究と実践に長年取り組んできた隅田学氏(愛媛大学教育学部教授)は、日本型才能教育のあり方を提言しました。
才能教育センターが行った日本の教員への調査では約8割が才能の多様性を認識する一方、外部専門家との連携や組織的な指導・支援には課題があります。愛媛大学の才能教育センターには全国23都道府県から相談が寄せられ、学校や教育委員会も、才能を伸ばす適切な教材や活動、学びのペースの調整や周囲の子供との関係に悩んでいます。今後は、一人ひとりの強みや個性を大切にし、学校内外の人や場をつなぎながら、実践と研究を積み重ねることが必要です。
特才の子を包摂する6年生の算数授業例
文部科学省の「特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」に採択された東京学芸大学附属小金井小学校で実証研究に取り組む鈴木秀樹教諭は、通常学級での自らの実践を紹介しました。
特才の子どもへの支援を考えるとき、特別な支援に当たる「2階部分」だけでなく、通常学級での授業の工夫という「1階部分」が重要です。
↓AIとの対決を通して、多様な計算方法を協働して探究する授業実践例
小学校6年生の分数の割り算で、AIに5つの計算方法を考えさせ、それを3人1組で全て見つけるという授業を行いました。3人全員がそれぞれの解法を説明できることを条件にしたところ、算数が得意な子は自分の考えを生かし、苦手な子は仲間の説明を通じて理解を深めました。
また、普段は一つの解法で満足していた子も、別の考え方を探るようになりました。当初15分の予定だった活動は、子どもたちの希望で20分に延長しました。さらに、AIが示さなかった独自の解法も次々と生まれ、計算方法を一般化しようとする子どもも現れました。



これは、一斉授業の中で「個別最適な学び」と「協働的な学び」を一体的に充実させる実践です。特別な制度を整えるだけでなく、日々の授業で「主体的・対話的で深い学び」を実現することが、才能教育にもつながると考えています。
才能教育に求められる、学びの環境と教員養成課程の改革
エルッキ・T・ラッシラ氏(神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授)は、子どもの多様性を受け入れるために、学校や教師がどう変わるべきかを論じました。
学校現場では、子どもの個性や多様性が授業に貢献する場合は歓迎される一方、教員の負担になる場合には「邪魔」「迷惑」と捉えられることがあります。大切なのは、「みんな違うけれど、みんな重要」という視点です。子どもの問題行動も本人だけの問題とせず、その子の学習ニーズと教育環境が合っているかという視点でよく観察し、適切な教育環境を整える必要があります。
才能教育には、個別学習プランや能力に応じた一時的な学習集団の編成などの方法があります。ただし、能力が同程度でも、感情や個性によって適した環境は異なります。そのため、学ぶ場を柔軟に選択・変更できることが重要です。
こうした環境の実現には教員の理解が欠かせませんが、現在の教員養成課程では才能教育を学ぶ機会が乏しく、その改革が必要です。
多様な子どもが共に学ぶこと自体に価値がある
野口晃菜氏(一般社団法人UNIVA理事)は、インクルーシブ教育、特に障害のある子どもの教育・支援を専門とする立場から、日本型才能教育のあり方について提言しました。
多様な子どもたちが共に過ごし、対話し、合意形成を図る。その経験自体に価値があります。異なる能力や背景を持つ子ども同士の関わりから、深い学びが生まれ、民主的な社会の担い手を育てることにもつながります。重要なのは、多様な子どもが共に学ぶ「1階部分」と、特別な支援や個別の学びを提供する「2階部分」を柔軟に行き来できる仕組みです。特別支援教育、日本語指導、才能教育の知見を通常の授業改善にも生かします。
インクルーシブ教育とは、子どもを学校の「ふつう」に合わせるのではなく、多様な子どもがいることを前提に学校を変えることです。子どもをどう分けるかではなく、共に学び、それぞれの才能を伸ばせる学校をどうつくるかが重要です。
「好き」を起点に、才能が育つ学びの循環
「全校拡充モデル(SEM)」をもとに、家庭でも実践できる「おうちSEM」を展開する知久麻衣氏と上田志穂氏(ともに一般社団法人日本スクールワイド・エンリッチメント・モデル協会代表理事)は、その実践を紹介しました。
※ 「SEM」は「スクールワイド・エンリッチメント・モデル」の頭文字をとったもの。
日本SEM協会では、全ての子どもの才能を伸ばすSEMの理念に基づき、オンラインの学び場「おうちSEM SQUARES」を運営しています。半年に一度開催する「おうちSEM EXPO」は、子どもたちが自分の「好き」や探究の成果を共有する場です。メタバース空間で開催し、完成した作品だけでなく、途中経過や好きなものの紹介も歓迎しています。
他の子の作品に刺激を受けて絵画集を制作した子、パン作りからピザ窯の探究へ発展させた子など、交流を通じて学びが広がっています。大切なのは、発表の完成度ではなく、安心して自分の「好き」を表現できること。他者に認められる喜びが次の挑戦につながり、子ども同士が刺激し合いながら才能を伸ばしていく。こうした学びは、通常の学校教育でも実践できると考えています。
