インタビュー/片山敏郎さん|「六つの時短の取組を進めながら、教職員と子供のwell-being実現を目指す【今こそ問い直す!先生を幸せにする「働き方改革」とは④】
全国の学校で、今進められている「働き方改革」。ともすると時短ばかりが強調されがちですが、本当の意味で教師の仕事にやりがいや楽しさを感じられる改革になっているのでしょうか。学校教育のオピニオンリーダーの方々に改めて「働き方改革」の本質を語っていただきながら、子供も先生も皆が幸せになる「これからの教師の働き方」について考えていきます。連載第4回は、新潟市立大野小学校校長の片山敏郎先生にお話を伺いました。
〈プロフィール〉
片山敏郎(かたやま・としろう)
新潟市立大野小学校校長。小学校教諭として新潟県内の公立小学校、新潟大学教育学部附属新潟小学校等に勤務し、新潟市教育委員会学校支援課指導主事を経て、2023年4月より現職。長年、情報教育主任を務め、新潟市を中心に情報教育の推進に力を注いできた経験を生かし、小学校で教育DXを推進中。日本デジタル教科書学会副会長でもある。
目次
時短のために進めてきた六つの取組
「働き方改革」の目的は、教職員と子供のウェルビーイング(well-being)を実現していくことだと考えています。そのためには教職員の働く時間を減らすだけではなく、やりがいや技術、充実感を高めることが重要です。様々な工夫によって生み出した時間を使って、教職員がやりがいや技術を高めていくこと、教育活動の質を高めていくこと、その両方を充実させることによって、子供のwell-beingを高めていくことにつながるからです。
当然、この目的を達成するためには、時短(勤務時間の短縮)は欠かせないものです。教職員が時間に対してコスト意識を高め、仕事の優先順位をつけるなどして時間を大切にしながら効率よく働くのは必要なことだと私は思っています。
普段から残業することを前提にパフォーマンスを保っている先生の場合、学級や仕事がうまくいっているときはそれでもよいのです。しかし、生徒指導上の問題が起きたり、保護者との関係性が崩れたり、業務が立て込んだりしたときに、残業時間をさらに増やさないと乗り越えられなくなります。普段から長時間勤務で疲れている人にはその余力がありません。そのため、判断を誤ったり、体調を崩したりしてしまうのではないでしょうか。実際に、「残業時間の多い職員は体調を崩しやすい」と、これまでの経験から感じています。
ですから、余力をもってもらうために当校では時短を進めています。具体的には、以下の六つのことを行っています。
①教育DXの徹底
連絡をフルデジタルにして、いつでもどこでも仕事ができる状態をつくっています。それにより、打ち合わせのために集まる時間や、そのための資料を印刷する時間を削減できました。情報の受け手のほうも、自分のペースで情報を確認できるので、隙間時間を有効に使えますし、心理的にも多忙感が減るのではないかと思います。
②校時表の見直し
水曜日を4時間授業にして、「ウェルビーイングDay」としました。水曜日の放課後には会議を入れないようにして、各教員が自分の判断で使える個人裁量の時間としています。それと同時に、休み時間や掃除の時間などを見直し、他の曜日も子供たちは昨年度より約25分早く下校できるようにしました。このような小さな工夫を積み重ねた結果、昨年度よりも週当たり3時間半多く、勤務時間内に教員が校務をする時間を生み出すことができました。
③行事等の見直し
運動会を半日にする、陸上の朝練習を廃止する、陸上記録会に向けた練習の回数を見直すなど、持続可能な方向に行事等を減らしました。
④研修による教職員のスキルアップ・力量形成
教職員が仕事を効率よくこなせるようになれば、結局、時短になります。生成AI研修、ICT研修など、教職員の力量形成につながる研修を組織的に実施し、時間を効率的に使って仕事をする能力を高めています。
⑤解錠時間と施錠時間の設定
基本的に朝は7時に解錠し、帰りは18時30分には施錠をします。水曜日は「ウェルビーイングDay」ですので、17時15分に施錠します。これは、やる気があって際限なく働いてしまう人が出ないようにするためでもあります。
ただし、どうしても必要な場合は、管理職に申し出れば残れることになっています。実際には、生徒指導上の問題が起きたときなどは、施錠時間が19時になることもあります。
この取組を始めたのは2023年度からです。1年目には「これでは仕事が終わらない」と不満の声も聞かれましたが、2年目の今年度は全員が時間内に仕事を終えられるようになりました。
⑥保護者や地域の理解を得る
当校では「教職員のwell-being実現のための八策」を掲げ、学校教育ビジョンに明示して、保護者や地域にも示しています。それにより、「働き方改革」への理解を得たいと考えています。
●教職員のwell-being実現のための八策
1 安心・安全で向上的な職場の支持的風土の醸成
2 人材育成
3 授業力向上重視
4 教育DXの推進
5 ゆとりとリズムを生み出す校時表と裁量時間の設定
6 計画的な研修と学年・学級担任裁量時間の保障
7 解錠・退勤時間の設定
8 業務負担の均等化とミッションの設定
時短の取組によるよい効果は?
これらの時短のための取組の主な効果を二つ挙げておきます。一つ目は、この1年半、欠員が出ていないことです。私が当校に着任して1年半になりますが、現在まで心の病気での療養休暇による欠員は一人も出ていません。もちろん、「働き方改革」だけで防げるものではありませんが、主要な要素の一つではあるとは思っています。もしも誰か一人が体調を崩して療養に入ってしまうと、その人の穴を埋めるために他の教員の負担が増えますので、校内の仕事のバランスが崩れていきます。それを防げたのは大事なことだと思っています。
二つ目の効果は、水曜日の「ウェルビーイングDay」のおかげで、教員が余裕をもって仕事ができるようになったことです。子供たちは午前中までで帰りますから、午後は研修を入れたり、個人裁量の時間にしたりしています。子供も喜んでいて、「水曜日は早く帰れるから、いっぱい遊べてうれしい」という声が聞かれます。
放課後に校務をする時間がない中で管理職が「早く帰ろう」と言えば、教員には不満がたまります。現実に昨年度は「早く帰ろうね」と声はかけるものの、勤務時間内に校務を行う時間が足りない状況でした。しかし、今年度はその反省から校時表を見直し、行事も減らし、個人裁量の時間を増やしましたので、不満の声は聞こえてこなくなりました。
ただ、保護者や地域の理解を得られているかという点では、課題は残ります。前述した「教職員のwell-being実現のための八策」をHPで公開するなどして理解を得る努力をしてきましたが、例えば、「運動会を1日開催にしてほしい」などの声が出てくることがあります。行事の精選は、熱中症予防や子供の多様化への対応、カリキュラム・マネジメントなど、様々なことを考慮して行っているのですが、「働き方改革」のためと教員のためにのみ行っていると誤解されないよう、情報発信と対話が大切だと考えています。
先生たちをやる気にするには目標の共有から
また、当校では、「時短だからやりたいことができない」といった状況にはなっていません。そもそも楽をしたい人は、もっと楽な他の仕事を選ぶと思うのです。学校の教員という仕事を選んだ人たちの多くは、創造的な仕事をしたい、楽しいクラスをつくりたい、よい学校をつくることに貢献したいという思いをもっているものです。そのためにチャレンジをしたいと思っているし、やりがいを感じたいのです。教員とはそういう人たちです。
だからこそ、目標の共有が大事だと思います。当校では「誰もがwell-beingにチャレンジ! 教育DXで『自立した学習者』が育つ わくわく学ぶぽかぽか学校」という学校のスローガンを掲げ、教職員と子供のwell-beingのために、一緒によい学校をつくっていこうという理念が教員の間で共有されています。
現在、当校では文部科学省のリーディングDX事業に取り組んでいますし、市の指定も受けた研究会を実施するためにみんなで一丸となって研究も行っています。例えば、研究会で提案授業をする、自分たちの考えた新しい授業づくりについて発表するなどの機会がありますし、互いの授業を見合うこともよくしています。各教員の活躍のフィールドは無限に開かれています。やりがいを感じる機会が非常に多いのではないかと思います。みんながワクワクするような目標設定をし、一緒に考えていけば、 大変なことにもやりがいを感じながら挑んでいけるのではないでしょうか。
働き過ぎてしまう人を出さないために
とはいえ、仕事にやりがいがあるからといって、頑張りすぎて体調を崩したりする人が出ないようにしなくてはなりません。学校では仕事力の高い教員のもとに仕事が集まりがちです。「やります。頑張ります」と口では言っても実は限界を超えていて、みんなから頼りにされる人が疲弊してつぶれてしまう……そんなことはあってはならないと思います。
このような人たちを出さないために、管理職は校務分掌で偏りがないように業務をバランスよく配分することが大前提です。しかし、実際に新年度に動き出してみたら、思ったよりも特定の教員に負荷がかかっていたり、 あるいは生徒指導等、いろいろなトラブルなどで別の負荷がかかったり、ということが起こることがあります。
そんなときはリバランスが必要になります。その人のキャパシティを超えたと判断したときには、思い切って仕事を預かり、他の人たちに再配分するなど、誰も倒れないことを優先したマネジメントが必要でしょう。
そのためにも管理職は日々の観察とヒアリングをしっかり行い、実態をつかむことが大切です。この人に負担がかかっているな、 この人は無理をしているな、と管理職がつかまなければ、リバランスのしようがないからです。これは重要なポイントだと思っています。
ではどうやって実態を把握するかといいますと、当校では、各学期に1回程度行う教職員評価面談の機会を活用しています。各教員が設定した目標に向けた努力を確認するのと同時に、無理をしていないか、不満はないかなど、心身の状態の聞き取りをします。
それから、日常での観察や対話も重要です。私は毎日、全学級の授業を見に行くことにしています。そのときに子供の様子とともに教員の表情なども観察します。そして、「この先生は今、ストレスがたまっているようだ」と感じたら、個別に声かけをして話を聞いてみることにしています。
管理職としては、その教員がキャパを超えて働いてしまったときに、「つらい」というメッセージをもらえる関係性を日頃から築いておくことが大切なのですが、自分から言えないタイプの教員もいます。管理職が観察などから見取り、声をかけ、仕事のリバランスをしていくことが大切です。
また、初任者や2年目の教員への配慮も必要です。彼らには「教材研究にもっと時間を割きたい」という思いが当然あると思います。しかし、小学校の場合は空き時間が少ないので、そもそも1日の6時間分の授業の教材研究を毎日全部一人でやりきるのは難しいことです。ですから、仲間の力を借りて分担する必要があります。当校では、初任者や2年目の教員がいる学年では、学年主任が相談に乗り、一緒に教材研究をする、自分の作ったよい教材をシェアする、などの対応をしています。そのためにも普段から同僚性を高めることを意識し、若い教員を孤立させないよう配慮しています。それから、一部ですが教科担任制も行っています。これにより、やらなければいけない教材研究の科目を減らせるのは大きなメリットです。
働き方改革の成果を適切に評価するには
「働き方改革」=「時短」になってしまう学校があるのは、「働き方改革」を時間外勤務時間でのみ評価しがちだからだと思います。しかし、本来は、勤務時間を減らすだけではなく、生み出した時間によって教育活動が充実しているかどうかが重要です。また、仕事の満足度ややりがいも尺度として、評価をすることが大切だと思います。
管理職にできることは、教職員評価面談での教員との対話の中で、各教員に「働き方改革」に関連する目標を設定させることです。そして、その達成に向けて、こんな努力をして、勤務時間はここまで短くなり、こんな仕事にやりがいを感じている、といったことを対話の中で把握し、評価していくことが大切でしょう。
学校が「働き方改革」を進めるための三つのポイント
学校が「働き方改革」を推進していくにあたって、ポイントは三つあると考えます。
一つ目は、学校全体で行うことです。教員それぞれの工夫を認めることはもちろん大切です。ただし、自分だけの効率を考えて動いてしまうと、本人は気づかないうちに、他の人にしわ寄せが行くことがあります。ですから、自分勝手で個人主義的な「働き方改革」がなされないように管理職は配慮しなければいけないと思います。そのためには「働き方改革」は教育委員会や学校が組織的に行っていくことが極めて重要です。みんなで取り組み、みんなの幸せにつながるように進めていく必要があります。
二つ目は、管理職がトップダウンで決めないことです。当校が目指すのは、教職員だけではなく子供も含めたwell-beingです。このゴールを打ち出したのは私ですが、冒頭でご紹介した六つの取組は、私がトップダウンで決めたわけではありません。「そのゴールに向かうためにはこんな手法があります」と例示をして意見を求めたり、他にもアイデアを募集したりして、教職員から意見をもらって整理したものをみんなで対話しながら確認していく、という形で決めていきました。年度が動き出してしまうと、途中で学校経営の方針を見直すのは難しいことですから、最初の枠組みをどうつくるかに時間をかけました。2023年12月から動き出し、まとまったのは2024年3月です。みんなの意見も取り入れ、合意しながら計画をつくっていきましたので、うまくいかなかったときにも、不満をぶつけ合うことはありません。「こういう思いでみんなで進めてきたけれど、ここがうまくいかなかったね。だったらどうしていく?」という話になっていきます。
三つ目は、リバランスをしていくことです。「働き方改革」に求められるものは、それぞれの立場での不断の努力だと思います。例えば、行政だからできることと管理職だからできることと、教員だからできることは違います。大切なのは「昨年度全部決めたからそれでいい」のではなく、それぞれの立場で毎年考え続けていくことだろうと思います。つまり、リバランスです。
当然、地域の実態によっても、その年の教職員の顔ぶれによっても、学校が重視するものは違ってくるでしょう。例えば、教職員がみんな疲弊しきっていて、きつい働き方になっている学校では、まずはとにかく残業を減らすことを目的にしていいと思います。また、当校では運動会を2024年度は半日にしましたが、 学校によっては1日開催にして、その代わり、運動会を教育の核に据えて、カリキュラム・マネジメントをしてもいいと思うのです。
単純になんでも減らすのではなく、必要に応じて増やしてもいいのです。大事なのは、増やすことも減らすことも、そのときのメンバーが決めていくことです。自分だけではなく互いのwell-beingを目指し、互いを尊重し、みんなの最適解を求めて、対話をしながら進めていきましょう。
インタビュー・文/林孝美 イラスト/池和子(イラストメーカーズ)