学校の1丁目1番地とは?【伸びる教師 伸びない教師 第39回】
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豊富な経験によって培った視点で捉えた、伸びる教師と伸びない教師の違いを具体的な場面を通してお届けする人気連載。今回のテーマは、「学校の1丁目1番地とは?」です。長なわ8の字跳びにチャレンジした子供たちの感動のお話です。
執筆
平塚昭仁(ひらつか・あきひと)
栃木県公立小学校校長。
2008年に体育科教科担任として宇都宮大学教育学部附属小学校に赴任。体育方法研究会会長。運動が苦手な子も体育が好きになる授業づくりに取り組む。2018年度から2年間、同校副校長を務める。2020年度から現職。主著『新任教師のしごと 体育科授業の基礎基本』(小学館)。
目次
長なわ8の字跳びのスモールステップ
教育講演会で企業の代表を務めている方のお話を聞きました。
「企業は社会貢献に関する事業も多く行いますが、企業の1丁目1番地は利益を出すことなのです」
講演のはじめにこの言葉を聞き、私の頭の中で「学校の1丁目1番地はなんだろう」という疑問が駆け巡りました。学力テスト、学校評価などの数値を上げることなのか、子供の安全なのか、結局、自分のなかで答えが出ないまま講演会が終わりました。
講演会から数週間が経ち、その疑問を忘れかけた頃、4年生の体育を手伝うことになりました。学校全体で長なわ8の字跳びの大会があるということで、その指導を中心に授業を組み立てました。
長なわ8の字跳びは、学級全体が1つになることができるよい教材ですが、反面、うまく跳べない子にとってはプレッシャーのかかる教材でもあります。この学級でも、うまく跳べない子が何人かいるとのことでした。
そこで、まずはなわに対する恐怖心を取り除こうと、1時間目は大なわ、長なわ、短なわなど、いくつかのなわを準備し、子供たちになわを使った遊びを考えさせました。
次の時間は、前の時間に長なわのなかでボールをパスしていたグループを紹介し、その遊びにみんなでチャレンジすることにしました。
なわに入れない女の子
みんなが楽しくチャレンジしているなか、回っているなわに入れずずっと立っている女の子を見付けました。周りの子が、回っているなわに合わせて「はい」と入るタイミングで声をかけてくれるのですが、その女の子は「はい」に合わせて前屈みになることが精一杯で、うまく入ることができませんでした。
そこで、回っているなわを正面から通り抜ける「くぐり抜け」を学級全体で行いました。「くぐり抜け」は跳ぶ動きがないので、くぐり抜けるタイミングだけに集中できるからです。
何か所かくぐり抜けポイントを作り、ゲーム形式で行ったところ、その女の子もタイミングをつかむことができたようで、楽しそうに参加していました。子供たちを集め、くぐり抜けるコツを聞いたところ、回るなわが床についた瞬間にダッシュすればよいという意見が多く出ました。
子供たちに、「そのダッシュするタイミングは、8の字でなわに入るタイミングといっしょだよ」と伝えると、その女の子の顔が一瞬パッと明るくなりました。
長なわ8の字跳びができた!
その後、長なわ8の字跳びにチャレンジしました。
なわを回すスピードを「速い」「普通」「ゆっくり」のグループに分け、自分に合ったスピードでチャレンジさせました。
その女の子は「ゆっくり」のグループを選びました。はじめは、なかなか入れなかったのですが、何回かチャレンジしているうちにコツをつかみ、入れるようになりました。
その女の子がいる「ゆっくり」のグループに学級全体の前で跳んでもらいました。
その女の子は、なわが床につくところをじっと見つめ、体でリズムをとりながら入るタイミングをはかっていました。なわが10回ほど回った後、勢いよくなわにダッシュし、見事跳ぶことができました。
周りで見ていた子供たちから自然と拍手が起きました。
跳び終わった後、よほどうれしかったのでしょう。その子は顔を真っ赤にしながら泣いていました。
授業の最後、子供たちに
「今、〇〇さんがなんで泣いているか分かるかな。初めて8の字を跳べたからなんです。きっと今まで、長なわの授業があるたびにつらい思いをしてきたのだと思います。あきらめずによくがんばったね」
と言うと、その女の子は手で顔をおおい、おいおいと泣き崩れました。
授業後、1人の男の子が私に話しかけてきました。
「校長先生、ぼく、8の字は得意なんだけど、なわ跳びができないんだよ。できるようになるかな」
「きっとできるよ。先生といっしょにあきらめずにがんばろう」
と言うと、その子はスキップをしながら前を歩いていた友達の肩に手をかけ、教室に向かっていきました。
数値に表すことができないドラマ
学級では、体育に限らずこうしたドラマがあることと思います。
かけ算九九を言えるようになった……。
発言が苦手な子が自分から手を挙げ発表した……。
担任は、そこに至るまでのその子のがんばりを知っているので、自分のことのようにうれしくなり喜びを共有します。その子のがんばりを目の当たりにした周りの子も確実に変わっていき、ドラマの数だけ学級全体が成長していくのが分かります。
それは数値に表すことのできないことであり、表せたとしてもほんの少しの値です。
けれども、私たち教師はそうした子供の姿が見たくて日々努力を続けています。
講演会での疑問が頭をよぎりました。
「学校の1丁目1番地とは」
子供の成長する姿、なのかもしれない……。
そんなことを思いました。
構成/浅原孝子 イラスト/いさやまようこ
※第16回以前は、『教育技術小五小六』に掲載されていました。