「授業の内容をおもしろく、分かりやすく伝える」がICT活用の入り口 【授業づくり&学級づくり「若いころに学んだこと・得たこと」第30回】

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授業づくり&学級づくり「若いころに学んだこと・得たこと」

前回、鹿児島市立学校ICT推進センターの木田博所長が、社会科の教育を専門にしていく過程を紹介しましたが、今回はその社会科の授業改善を入り口にして、次第に ICT活用に取り組んでいく過程を紹介していきます。

鹿児島市立学校ICT推進センター・木田博所長

池谷裕二先生の本がおもしろく、分かりやすかった

社会科の授業改善について考えた後、私は30代の半ばで改めて問題解決学習について学び直しました。当時は、教職大学院制度がまだなかったため、2年間かけて修士課程を卒業したのですが、そのときの研究テーマは、戦後の社会科教育史の中での社会科における問題解決学習についてです。大学時代に教育学科で、デューイやキルパトリックなどを学んだことをお話ししましたが、それをベースにしながら、特に社会科における問題解決学習について深めていったのです。それによって、子供たちが問題解決をするということはどういうことなのか、それをするためには子供たちはどんなスキルを身に付けなければならないのか、ということを考えて、授業づくりをするようになっていきました。

その後、鹿児島市内の研究校で研究主任を任されたときには、神経科学的、脳科学的見地から子供が学ぶことを考えることが必要ではないかと思うようになりました。大学院に行っただけで、もちろんすべての教育学的な学びを得られるわけではありません。しかし、私自身の中ではある程度、教育学的に考えて子供たちにどのように教えたらよいか、納得できるところがあったのです。さらに、教育学的にこのように教えるという考え方のバックボーンとなる、神経科学的や脳科学的な考え方も知りたいと思うようになり、子供たちが学習したことを、どのようなメカニズムで記憶していくのかが分からないと、有効な教え方はできないのではないかと考えました。

そんなときに、池谷裕二先生(東京大学教授)が20年近く前に、糸井重里さんと脳について対談された本を読んで、おもしろいなと思いました。そこから、池谷先生の専門的な本も多数読みました。もちろん他の専門家の本も読みましたが、私にとっては池谷裕二先生の本がおもしろく、分かりやすかったですね。それまでは、あまり科学的なアプローチはしなかったと思います。そこで、科学的に検証できるような研究テーマでの研究ができないかと思って、そのような本を読んでいきました。

ICT活用で、多様な認知特性をもった子供も学びやすくなる

そのように授業づくりを教育学的、脳科学的に考えていったわけですが、現実にはなかなか子供の学びが深まっていかないという場面もあります。私がICT活用に取り組み始めるきっかけとなったのは、そんな場面でした。

例えば、子供たちが農地整理について学習するとき、同じ場所の整理前の写真と整理後の写真を並べて、「どこが変わったかな?」と聞いたとしても、なかなか気付かない子が少なくないのです。そこで、ドイツの心理学者カール・ビューラーが提唱したアハ体験(後にクイズ番組でも多用された)ではありませんが、パソコンに2枚の写真を取り込み、農地整理前の写真から次第に整理後の写真へと変わっていくような示し方を考えたのです。それをやってみると、子供たちはいろんなことに気付くようになりました。「あ、田畑が長方形になった」「面積が大きくなった」とか「川の流れが直線になっている」と、それまでは気付けなかったことに気付くようになったのです。

加えて分かりにくいことも分かりやすくなり、記憶もしやすくなりました。例えば理科で、なぜ夏に太平洋側に雨が多く、冬は日本海側に雪が多いのかを簡単な図とともに言葉で説明されても、子供は具体的にイメージできないため、なかなか意味が分かりません。そのため知識として、「夏は太平洋側に雨が…」と覚えるわけですが、エピソード記憶化されておらず、独立した知識であるため短期間で忘れてしまうのです。そこで、エピソード記憶化していけば覚えられるのではないかと考え、湿り気をもった風のストーリーとして簡単なアニメーションにしたわけです(資料1参照)。そうすると、子供たちは理解ができるし、なかなか忘れません。

【資料1】湿った風が太平洋側から吹いてきて、高い山に…と湿った風の変化を簡単なアニメーションで説明(実際は動画になっている)。

あるいは社会科で、用水路を整理することで水はけが良くなったということも、言葉だけではなかなか分かりません。しかし簡単な画像を動かして変化を見せると、「ああ、なるほどね」と分かりやすいわけです(資料2参照)。それに画像の動きを使うことで、多様な認知特性をもった子供たちも学びやすくなります。これが、ICTを活用するようになった一つの理由です。

【資料2】用水路が整理されることで水はけが良くなったということも、簡単なアニメーションで変化を見せることによって理解を深めた(こちらも簡単な動画になっている)。

もう一つの理由は前回、社会科には一つだけの答えがないとお話ししましたが、ではどうすれば、多面的・多角的な考え方に気付かせられるかというときに、ICTが有効だと考えたからです。ある事実について学ぶときに、もちろん教科書は大事ですが、その記述だけではなかなか多面的・多角的に考えていくことはむずかしいと思います。ですから過去も、いろんな人に聞くとか、図書館の資料を調べるといったことをやってきていました。しかし、インターネットを活用すれば、玉石混交のありとあらゆる知識に触れることが可能です。その間違いも混じった情報の中から、自分で「この辺りが確からしいところかな」と思いながら情報を整理し、考えをまとめていくプロセスがとても大事だと考えるようになりました。

例えば歴史で、織田信長が本能寺で討たれることになった理由にも多様な説があります。それが歴史としては興味深いのですが、それを判断するためには多様な知識・情報が必要です。その情報に子供たちがより多く触れられるところに意味があると思います。私が、最初にICT活用に取り組むようになった理由はこんなところで、授業の内容をいかにおもしろく、分かりやすく伝えられるかというところが入り口だったのです。

子供たちが授業中に「お客様」でいられなくなった

ところが、子供たちがタブレットを持って自由に活用するようになってくると、ICTの役割が変わることを強く感じるようになりました。平成21年に、スクール・ニューディール政策によって、教室に大型のテレビと各教室に5、6台のパソコンが入ったのです。鹿児島市では、この事業に手を挙げていたため、普通教室にノートパソコンが配備されることになりました。このことで端末が5、6台あれば、それを数クラス分集めると1クラス全員が1台端末を持って授業を進めることができるようになったのです。

最初は、これを使って、いかに効果的・効率的に教えるかということから取り組み始めたのですが、活用していくなかで、授業中における子供たちの様子に変化が起き始めました。それは、子供たちが決して授業中に「お客様」でいられなくなったということでした。具体的には、それまでの授業では、苦手な教科や分からない内容について、問いが投げられていても、なるべく先生に当てられないようにしていたり、分かったような顔をしてうなずいていたりすれば、ある面、やりすごせたわけです。ところがタブレット端末やノートバソコン(以下、情報端末)が手元にあると、自分の考えを書いて、先生に送信したり、友達と共有したりしないといけません。当然、先生や友達の話を聞いていないと何を書いていいかも分からなくなります。ですから、子供たち一人一人が「お客様」ではなく、授業の「主役」にならざるを得ないのです。つまり私が若手の頃に、授業中、全員に声をかけていくことで、下を向いている子を授業の真ん中に連れ出そうとしたのと同様のことが、情報端末を持つことで自然に起こるのです。

それによって、これまではおもしろい考えをもっていても、おとなしいためになかなか取り上げられることのなかった子供の考えが、情報端末での即時共有によって、「ああ、○○さんって、あまり発表はしないけど、すごいことを考えているんだね」と、子供同士にも教師にも見えるようになりました。クラスの中で良い考え、おもしろい考えをもっている子供を漏らさずすくい上げることができるようになるというのは、本当にすごいことです。

【写真3】実際に道徳で、木田先生がパソコンとアプリを活用して行った授業。

実際に今から10数年前、道徳の授業で初めて1人1台の情報端末を使って授業したとき、それまでの授業に比べて、3倍くらい手が挙がったことがありました(写真3、4参照)。それぞれが互いの意見を十分に吟味して、「私は○○さんの意見に対して~だと思う」と次から次へと意見が出るわけです。ちなみに、それまでの授業では自分の考えを各自ホワイトボードに書いて黒板に貼り、それを比較しながら意見を出し合っていました。しかし情報端末を使うことで、そんなに意見の量が変わるということは、ホワイトボードを貼り出す方法では、子供たちは互いの意見を読み込んで比較することが十分にはできていなかったということになります。

それまでも友達と考えを共有して比較することが重要だ、とは言われていましたが、そうしているつもりが、実は方法的に実現できていなかったこと、さらに情報端末によってそれが実現できることで子供たちの意見は活性化され、思考が深められるというのはとても重要なことだと実感しました。

【写真4】アプリを活用した道徳の授業では、子供たちは自分の手元で友達の多様な意見を見て、比較して考えることが可能になる。それが挙手の大幅増にもつながった。

今回は、社会科の授業改善から次第にICT活用に取り組み始めることや、そこで気付いたことなどを紹介しました。次回は、教育委員会に異動になり、より指導的な立場からICT活用について関わり、考えたことや若手の先生方へのアドバイスなどを紹介していきます。

【授業づくり&学級づくり「若いころに学んだこと・得たこと」】次回は、10月27日公開予定です。

執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之

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