「部活動の地域移行」が教員の働き方改革を加速させる【連続企画「学校の働き方改革」その現在地と未来 #06】

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「学校の働き方改革」その現在地と未来
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2021年10月から、渋谷区主導のもと始動した「渋谷ユナイテッド」。「新しい部活動の設置」と「外部指導員による学校部活動支援」の2つを中心とした取組は、部活動改革のフロントランナーとして注目を集める。今回は、渋谷ユナイテッドの代表理事であり、設立時から運営に尽力している豊岡弘敏氏に活動内容から地域移行の背景、学校部活動における課題までを伺った。

一般社団法人渋谷ユナイテッド

前渋谷区教育委員会教育長で、現在は東京女子体育大学、東京女子体育短期大学の教授でもある豊岡弘敏氏が代表を務める。2021年10月に設立され、11月から本格的に活動がスタートした。

この記事は、連続企画「『学校の働き方改革』その現在地と未来」の6回目です。記事一覧はこちら

「子どもたちのやりたい部活動を」-その思いからはじまった部活動改革

渋谷区では、文部科学省が「部活動の地域移行」を推進する以前から部活動に関する諸問題が議論されていたと豊岡代表は話す。

「私が渋谷区教育委員会の教育長であったとき、渋谷区にある公立中学校8校のうち、サッカー部のある学校は3校しかないうえ、部員数が足りないことから公式試合に参加できないなどの問題を抱えていました」

時を同じくしてその頃から、国が教員の働き方を是正するよう動き出し、部活動の地域移行を掲げるようになった。この流れを受けて、渋谷区スポーツ部では渋谷区教育委員会、渋谷区立中学校と連携し、2021年10月に一般社団法人「渋谷ユナイテッド」を設立。それに伴い、中学校部活動支援「シブヤ『部活動改革』プロジェクト」が試行された。

シブヤ「部活動改革」プロジェクトの目的
 ①生徒のニーズに応じた部活動の設置
 ②チーム編成が困難な種目の合同化、地域化
 ③顧問を担う教員の負担軽減を図り、適切な教育体制を構築

同プロジェクトの始動にあたって子どもたちには事前のニーズ調査を行い、保護者には説明等を行った。また、各学校に対しては、管理職および顧問を務める教員それぞれに説明会を行うとともに、丁寧なヒアリングを重ねて推し進めた。

渋谷区で校長経験もある豊岡代表と学校との関係性(繋がり)と地道な草の根活動が功を奏し、2022年4月から、学校部活動にはなかった新しい部をスタートさせた。自治体による新しい部活動の設置は、子どもたちのニーズに応えると同時に教員の働き方も改善する、「部活動の地域移行」を実現するものであった。

「子どもたちの声を取り入れることで、それまで『やりたい部活動がない』と悩んでいた子どもたちも部活動に参加できるようになり、渋谷ユナイテッドの部活動に入部することで、自ずと学校部活動が縮小されていき、教員が顧問を担わずに済む体制ができあがります。つまり、地域にある渋谷ユナイテッドの部活動に子どもたちが流れるようにと考えたわけです」

学校部活動による教員の負担とその背景にある問題

自身も公立中学校の保健体育科の教員であった豊岡代表は、教員の部活動による負担は「あまりにも大きい」と語る。

「公立の学校では、それまで顧問を担当していた教員が異動してしまったとき、新しく赴任してきた教員や新任の教員に顧問を頼むことが多くあります。教員の立場からすれば、競技経験がないどころかルールさえ理解できていないのに指導を任されるわけです。また、大会があったら生徒の引率や会場の設営、さらには審判までしなければなりません。教員にとって、あまりにも大きい負担です」

なぜ、そこまで大きな負担が教員にかかるのか。様々な要因があるものの、その根本にあるのは学校部活動を「存続させる」ことにエネルギーを使ってしまっているからだと指摘する。

「学校側からしても、入部を希望する新入生、在校生に部員がいる以上、部活動をやめるわけにはいかず、何としてでも存続できるよう動くのです。しかし、教員に無理をさせて存続させているような状況なら、いっそのこと廃部にしてしまった方がよいのではないかと考えます。それは決して子どもたちの活動を止めるというわけではありません。この先も同じやり方で続けていっても、教員と生徒、どちらも幸せにならないからです。今この時に学校部活動をリセットし、そこから新しい部活動をスタートしていくべきです」

学校部活動にはない、ユニークで新しい部活動

新しい部活動の形としてスタートした渋谷ユナイテッドの部活動は、2023年8月現在で10種あり、週1回~月2回程度の頻度で主に土曜日に実施されている。

ダンスやフェンシングといった中学校の部活動では珍しい種目や、デジタルクリエイティブやeスポーツ・メタバース、ボッチャなど学校部活動にはないユニークな部活動がそろう。(2023年度渋谷ユナイテッドクラブ募集案内より引用)

サッカー部やラグビー部以外は、通常の学校部活動では経験できないようなユニークな部がそろう。実施する部活動は、子どもたちのニーズを調査し意見を反映したうえで、指導や活動場所などをすべて渋谷区で実現できるようなスポーツや文化活動である。

「『部活動の地域移行』である以上、その地域で行わないと意味がありません。そのため、活動場所は渋谷区の施設を利用し、講師陣は渋谷区にゆかりのある支援団体や企業の方々です。活動できれば、指導してもらえれば何でもいいというわけではなく、渋谷区とかかわりのある方々に教えてもらうことを大事にしています」

例えば、サッカー部であれば渋谷区のクラブチームであるFCトリプレッタ、ボウリング部であれば渋谷区にあるボウリング場・笹塚ボウルのスタッフでプロボウラーでもある井口直之氏といったプロ選手から指導を受けることができる。

また、ゲームやAI制作などができるデジタルクリエイティブ部では、株式会社MIXIの本社ビルでコンテンツごとに社員が指導を担当。料理・スイーツ部では服部栄養専門学校で和洋食からスイーツまで、プロのシェフおよびパティシエの指導のもと、実習が受けられる。

ボウリング場や調理専門学校などは、渋谷区と企業が連携して活動場所を用意。また、ラグビー部やフェンシング部が活動する区施設は所管宛てにスポーツ部からの公用申請によって使用料が免除されている。

それぞれのユナイテッドクラブの活動に生き生きと取り組む子どもたち(渋谷ユナイテッドクラブ提供)

「一流の講師から指導を受けられるということで、子どもたちはもちろん、保護者の方々からも多くの喜びの声をいただいています」

大会や日々の練習の成果を披露する場も多く設けられている。昨年度まで「全国中学校体育大会」の参加規程に該当せず出場できなかったが、今年度から中体連の方針が変更され、今後は、渋谷ユナイテッドとして参加できるようになるので夢がふくらむ。

また、ボウリングやボッチャといった競技は、区民大会などに参加。ダンス部では渋谷のプロバスケットボールチームである、サンロッカーズ渋谷の試合のハーフタイムショーでダンスを披露した。「大人に混じって活動するのもよい経験になる」と豊岡代表は話す。

「可能な限り大会に参加したり、発表する場を設けたりするようにしていますし、今後もっとそういった機会を増やしていきたい。渋谷ユナイテッドでは、得意・不得意によらず、子どもたち全員が活躍できる場をつくっていきたいと思っています」

外部指導員とマネジメントへの支援によって既存の学校部活動にも改革を

新しい部活動の設置による「部活動の地域移行」は渋谷区および渋谷ユナイテッド独自の取組であるが、その一方で他の自治体同様に「外部指導員による学校部活動支援」も今年度から一歩踏み込んだ取組が行われている。

現在、区立8中学校のうち、2校をモデル校に指定し、ユナイテッドコーチ(外部指導員)を配置。この支援によって、教員は指導面で部活動に関わる状況がなくなり、負担が大きく軽減された。他の6校でも来年以降にユナイテッドコーチ(外部指導員)による支援を進め、ゆくゆくは渋谷区の全公立中学校で教員が指導を担当せずに済む体制を構築していくという。

ただ、教員の技術指導面の負担は軽減されたものの、顧問として出欠確認や生徒、保護者への連絡、練習場所の確保、大会参加申込などのマネジメント業務はこれまで通り行っているのが現状だ。

「渋谷ユナイテッドの部活動とは違い、学校部活動である以上は顧問がいなければなりません」

そこで、渋谷ユナイテッドでは、今後すべての部活動を「渋谷区の部活動」として実施し、マネジメント業務も渋谷ユナイテッドが行うことで、さらなる教員の負担軽減を図る。現在、各モデル校には部活動運営全体を管理する「スーパーバイザー」および部活動のマネジメント業務を顧問に代わって担当する「クラブマネージャー」を配置している。

今年度の7月から、複雑多岐にわたるマネジメント業務を顧問から引継ぎを受け、日々試行錯誤を繰り返しながら部活動の運営を行っているのが現状である。

「外部指導員による学校部活動支援」は、「地域連携」である。このプロセスを経て、渋谷ユナイテッドは完全な「部活動の地域移行」の達成をめざしている。

学校部活動の課題とこれからの未来

教員の負担を軽減し適切な教育体制を構築することも重要だが、真の意味での「部活動の地域移行」実現には、これまでの学校部活動をしっかりと顧みる必要があると豊岡代表は語る。

「部活動の地域移行にあたって、従来の学校部活動の負の部分は確実に排除していくべきです。体罰やパワハラ、セクハラ、『ブラック部活動』と呼ばれるような長時間および休日にまで及ぶ練習など、これまで問題視されてきたことは絶対に引き継いではなりません」

さらに、そうした学校部活動の“負の部分”は、日本の学校部活動にまん延している、行き過ぎた「勝利至上主義」による影響が大きいと続ける。

「勝つために努力することを否定するわけではありません。ただ、勝つことを第一にした『勝利至上主義』による指導では、スポーツや文化を心から楽しむという学校部活動の本来の目的から逸脱してしまいます」

また、勝利至上主義は「一つの部活動で上をめざさなければいけない」といった価値観を植えつけてしまっているともいう。それにより、兼部することが難しかったり、一度入部したら引退するまで同じ部活動に所属しなければならなかったり(退部することにネガティブなイメージがある)と、子どもたちが多様なスポーツや文化に挑戦する機会を阻害してしまっているのだ。

「『夏は水泳がいいな、冬はサッカーにしよう』と、状況に応じて部活動を変更してもいいと思います。それに、一度入ってみたものの『合わないな』と感じたら、すぐに別の部活へ移動したっていい。多様な活動環境を選択できるようにすることが子どもたちの幸せにつながりますし、伸び伸びと部活動に取り組めるようになると思います」

渋谷ユナイテッドの部活動は兼部することが可能。また、前年度までは学校部活動と渋谷ユナイテッドの部活動が重なってしまうときは、学校部活動を優先するように子どもたちに伝えていたが、今年度からは子どもたち自身で選べるようにしたという。

「子どもたちの主体性を尊重するようにしました。今後、さらに部活動の地域移行が進み、学校という組織からはなれたとき、子どもたち自身が自分の意志で選び取れる環境が増えていくと思います」

一方で、学校部活動の良い部分は積極的に引き継いでいくことも重要であると話す。

「学校部活動は豊かな人間性を育み、人間的成長を促すなど、教育的に意義のある場です。このことを渋谷ユナイテッドは大切にします。例えば、仲間への思いやりや助け合い、挨拶や活動終了後の片付けなど、礼儀やマナーを大事にする。渋谷ユナイテッドのポリシーは、単なるスポーツクラブやお稽古事教室にはせず、あくまでも学校部活動の良さを継承し運営することです」

部活動の地域移行に伴い、子どもたちのスポーツ環境の改革も必要だと語る豊岡代表。

「新しい部活動の設置」と「外部指導員による学校部活動支援」の二本柱で進めてきた渋谷区および渋谷ユナイテッドの部活動改革は、今後平日も含めた「部活動の完全地域移行」を段階的に進めていく。また、継続してニーズ調査を行い、マネジメント面とよくすり合わせたうえで、新たな種目も検討していくという。そのために、学校や渋谷区体育協会などの団体、渋谷区にゆかりのある支援団体・企業との連携、協働をより一層強化していくとのこと。

そして、ゆくゆくは、高校生、大学生、大人まで幅広い年代の人々がスポーツ・文化活動を楽しめるような「総合型地域クラブ」への発展をめざす。中学校の部活動改革からはじまった渋谷ユナイテッドの活動は、渋谷区ひいては日本の部活動の未来を大きく変えていくことだろう。

取材・文/鷲尾達哉(カラビナ)

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