すべての教員が仕事と子育てを両立できる風土づくり・環境整備に取り組む【連続企画「学校の働き方改革」その現在地と未来 #08】

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「学校の働き方改革」その現在地と未来
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静岡市にある南藁科小学校(児童数128名)では現在、育児休業制度や部分休業制度を誰もが気がねなく取得できる環境の実現に向けて、様々な実践が行われている。2021年の赴任当初より、子どもが主体の学校づくりと同時に、教員たちが仕事と子育てを両立できる職場づくりに力を注いできたという小澤美加校長に話を聞いた。

静岡市立南藁科小学校

静岡市の北西部に位置する公立小学校。「自ら学び、共に高め合う 児童生徒」を学校教育目標に掲げ、豊かな地域の自然やあたたかな人との出会いを大切にしながら、自己肯定感や自己有用感を高める教育活動を進めている。

この記事は、連続企画「『学校の働き方改革』その現在地と未来」の8回目です。記事一覧はこちら

学校だけの問題ではなく、必要なのは「全員の一歩」

「子育ては楽しく幸せなこと。学校も楽しく幸せな職場です。どちらの楽しさや幸せも味わえるのが、本来、教員のあるべき姿のはずなのに、この2つを両立させようとすると途端に難しくなるのはなぜなのか。私自身も育児の大変さを経験しましたが、教員としてのキャリアを通じて、同じように苦労されたり悩まれたりしている先生を見るたびに、この状況は決して良くないと思い続けてきました」

そう語る小澤校長が最初に行動を起こしたのは、教頭として赴任した前任校でのこと。休暇が取得しづらい学校の雰囲気を、管理職の立場で、改めて認識したときだった。

「とても取組と呼べるようなものではなかったと思いますが、先生たちには『休むことは悪いことではない』ということを伝え、長期休業中でなくても休暇を申請しやすい雰囲気づくりに努めました」

そして、少しでも教員の時間外労働を解消するために、勤務開始時刻より前に登校してくる子どもの保護者に対して、勤務体制が整っていない時間帯に子どもが登校してくることの保安上のリスクを説明し、登校時刻を遅くしてもらえるように働きかけたという。

「登校時刻の問題は、時間外勤務の問題、ひいては育休や部分休を取得しづらくしている理由にもつながるわけですが、とても学校だけで変えられるものではないというのが私の考えです。保護者、保護者の勤め先、そして社会全体が少しずつ変わっていく…、そうした『全員の一歩』が必要だと思っているので、私自身はその中で『学校の管理職としてできることは何かを考える』というスタンスで課題と向き合うことにしたのです」

学校の管理職として自分にできることを考える

一方、そのときの経験から、大それたことはできなくとも、管理職の適切なリーダーシップ次第で変えられることはあると手応えも感じたという小澤校長は、南藁科小学校に赴任後、改めて育児休業制度や部分休業制度の取得についても課題整理を行うことにした。

「最近は静岡市でも男性教員の育休取得率が向上するなど、事態は少しずつ良い方向に向かっていますが、それでもまだ『誰もが』とはいえない状況です。では、まだできない理由は何なのかと考えてみたところ、本校では次のような課題があることが見えてきました」

1)教員不足
2)職場の理解
3)保護者や地域の理解
4)時間外労働
5)経済的な負担

そうした中で、小澤校長が手始めに取り組んだのは、「職場の理解」を改めるために組織文化の変容を図ることだった。自分の子どもの授業参観へ行くことをためらっている教員がいれば、「自身の研修にもなるのだから、むしろ行くべき」と促したり、部分休業の取得が決して悪いことではないという認識を職員室全体で共有できるよう、休暇の理由をあえてオープンにするようにした。その結果、最近では、子育てに限らず、必要なときに気がねなく休みを申請する教員が増えてきているという。

「本人が伏せたい場合以外は、できるだけ皆に理由を知らせるようにしています。特に、入学式や卒業式といった行事への参加を理由に休まれる先生がいる時は、『今日は◯◯先生がお子さんの卒業式で休暇をとられています。おめでとうございます』と祝福のコメントも添えて、これはよい行いだと印象づけることも心がけています」

制度は変えられなくても、価値観や組織文化は変えられる

小澤校長はその後も、教員不足を補うための「チームで取り組む仕組みづくり」、時間外労働を減らすための「業務改善」、保護者や地域からの理解を得るための「情報発信」といったように、洗い出した課題を解決するための策を検討し、実行を重ねてきた。ここではその一部を紹介していく。

●チームで取り組む仕組みづくり
低学年、中学年、高学年と3つの学年団を組織。特に、道徳の授業や、朝学習、清掃、遠足などにおいて、縦割り活動における異学年交流を大事にしている。その結果、子どもたちの見とりを担任任せにせず、学校全体で行うという意識が醸成されつつあるという。

「今の時代、先生たちに必要なのは、自分だけで何とかする対応力よりも、『お互いさま』と許容しあえる心や、困ったときに互いに助け合える協働精神だと思います。もちろん教員不足を理由に先生たちが育休のタイミングを憂慮すること自体、本来はおかしなことなので、管理職が『今、休まれたら大変』という雰囲気を出すのはもってのほか。足りないことを嘆くくらいなら、チーム力の向上を図るほうが建設的ではないでしょうか。そして本当に望むべくは、育休取得を含めた全国の学校における働き方改革ができるだけ早く進んで、教員を目指す人たちが少しでも増えてくれることだと思っています」

1~6年生が共に学ぶ「全校道徳」にて、縦割りグループでの話合いをする児童たち。

●業務改善
教員たちにはなるべく好きな領域、興味がある領域で活躍してもらいたいという小澤校長の考えから、毎年、職員面談には時間を割き、教員としてのキャリアを通じて達成したいことを聞き出したり、それぞれの個性を見極めた上で、校務分掌を決定したりしているという。

「さらに本校では校内の組織や会議もタスクありきではなく、人ありきで考えるようにしています。先生たちの得意なことに合わせて新たに仕事を作ったり、そのためのチームを設置することも少なくありません。もちろん準備にはそれなりの時間を要しますが、結果的に、こうした方が先生たちの負担軽減につながるうえ、業務としての効率もよくなっているように思います」

南藁科小学校の玄関装飾は、美術が得意な用務員が担当しているという。

●情報発信
「南藁科小学校 まるわかりガイド」という、学校からのお知らせをまとめたリーフレットを保護者と一緒に作成。ガイドには、教員の勤務時間や、校外生活における学校と家庭の役割などを掲載した。

「情報発信することの効果もさることながら、こうしたガイドを一緒につくる過程で、こちらは保護者が学校の何を知らないのかが以前よりも見えてきましたし、保護者の側も、公立学校の教員に時間外勤務手当がないことや、本来は昼に休憩時間があることを知って驚かれるなど、互いに認識のギャップが埋まっていった実感がありました。また、こうした実態を知れば、ほとんどの保護者が学校側の説明に納得してくれるだろうということもわかってきました。参加者はまだ限られていますが、このように勘違いや誤解が減っていけば、学校へのクレームも減り、ひいては時間外勤務の削減にもつながるので、次年度以降もこの取組は続けていきたいと思っています」

南藁科小学校ではこのほかにも、地域の理解を得るために「南わら座談会」と銘打った地域座談会を開催。地域住民に対しても、「学校教育の今」について発信を続けているという。

保護者有志と一緒に作成した「令和5年度版 南藁科小学校まるわかりガイド」。保護者の中には、自身の子ども時代、つまり20年以上前の記憶で学校や教員を認識している人も多いことがわかったという。

自由進度学習の導入も仕事と子育ての両立をアシスト

また、「子どもが主体の学校づくり」の一環として取り組んでいる自由進度学習も、仕事と子育てを両立できる職場づくりに大きく寄与しているという。

「これまでは、担任が休みをとるとなれば子どもたちに自習を課すことになるので、事前に大量のプリントを準備したり、休み明けも丸付け業務が待っていて、これも休業申請をためらう理由の一つになっていました。それが自由進度学習を取り入れた後は、普段から子ども主体で学びが進んでいくので、担任以外の先生でもファシリテーターやコーチとして代わりを務められるようになりました。まだすべての学年がすべての教科で取り入れるまでには至っていないのですが、それでも現在は、急に担任が休むことになってもいつも通りの授業を行うことが可能になっています」

子どもに自習を強いることがないので保護者の理解も得やすくなり、教員同士でカバーし合うことも容易になるというわけだ。また自由進度学習の導入により、一斉授業のときのような毎時間ずつの準備は単元を通した準備に変わり、一度作成した準備物は教師間で共有できるので、そこでの負担軽減も大きくなるという。

小澤校長は、「1人1台端末がなければ、自由進度学習への転換はここまでスムーズにできていなかったはずなので、すぐにこのような成果は生まれていなかったかもしれません。それが以前とは違うところだと思います」と、取組がうまく進んでいる理由を説明してくれた。

ちなみに、まだまだ1人1台端末の活用に苦戦している学校もある中で、南藁科小学校ではそうした苦労はなかったのかを聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「本校の教員には、『ICTに関しては、すべてを把握しようとするのを諦めよう』と繰り返し伝えてきました。そのせいか、最初から負担に感じる先生はあまりいなかったように思います。ちなみにその際によく例としてあげていたのが、途中で仕様の変更があっても困りにくいといわれる「アジャイル開発※」の考え方です。『正解がわからない社会を生き抜く術を身につけようと子どもに言っているのだから、私たちも走りながら考えることにしましょう』と伝えました。これはICTだけでなく、英語でもプログラミングでも何にでも言えることですね。実際に試してみるとわかると思いますが、先生が失敗しても子どもたちは馬鹿になんてしません。むしろわからないときに『わからない』、間違えたときに『間違えた』と正直に言える大人を、子どもたちは信頼しているように思います」

※アジャイル開発…主にソフトウェア開発の分野で、最初に厳密な仕様を固めずに、おおまかな仕様にもとづき細かな開発とテストをくり返しながらプロジェクトを進めていく手法。途中での仕様変更に対応しやすく、開発期間も短くなるとされる。

働き方改革にはあらゆる角度からの取組が必要

これまでの実践とは直接関係がないように思えるICTとの向き合い方の話をここで深掘りしたのには理由がある。というのも、働き方改革には特効薬のような解決策はなく、複雑に絡まり合った課題を解決するためには、あらゆる角度からの取組が必要だというのが小澤校長の持論であり、しかもそのたくさんの取組が互いにつながり、補完しあっているのがこの実践の特徴でもあるからだ。

「先日、公開授業を行った際、外部の方から当日授業を行った先生に『自由進度学習になって負担は増えていないか』という質問がありました。実は私もこれまでストレートに聞いたことがなかったので、なんと答えるのだろうと思いながら耳を傾けていたのですが、その先生は『負担はありません。でも子どもと向き合える時間が増えたことで、もっとこうしたい、もっとこんなことがやりたいという思いが湧いてきて、そんな自分の好奇心を抑えるのが大変です』と答えていました。主体性が感じられ、しかも楽しそうなその姿はまさに、自由進度学習を導入した後の本校の子どもたちと似ていて、働き方改革としてはまだ道半ばではあるものの、取組の方向性は間違っていなかったと安心しました。ただ繰り返し言っているように、一人の管理職である私や、一つの学校にできることは限られています。決して他人任せにしようという意味ではありませんが、社会全体で学校をよくするという考え方がもっと広がっていくことで、はじめてこの課題は理想の状態に近づけるのではないかと思っています」

自身も3人の子育てを経験した、南藁科小学校の小澤美加校長。現在は、学校管理職として、子育て世代に優しい学校風土・職場環境づくりに取り組む傍ら、2030SDGsゲームの公認ファシリテーターとして学校外の活動にも勤しんでいる。

取材・文/石川 遍

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