教育の質を上げる教員のウェルビーイングな働き方【連続企画「学校の働き方改革」その現在地と未来 #05】
2023年4月末に公表された、文部科学省が実施する「教員勤務実態調査(令和4年度)」では、前回調査(平成28年度)と比較して、“全職種における在校等時間が減少したものの、依然として長時間勤務の教員が多い実態”が明らかになった。学校の働き方改革が叫ばれて久しいが、改善が進んでいない学校もまだまだある。そこで、“教員が生き生きと働き続けられる学校改革”を推進する「先生の幸せ研究所」代表である澤田真由美氏に働き方改革の現状や目的、教員のウェルビーイングについて語ってもらった。
先生の幸せ研究所 代表
澤田真由美
東京都出身。青山学院大学卒業後、東京都と大阪府の小学校教員として約10年間勤務。教師として悩みぬいた自身の経験から、技術も心も豊かな幸せな教育者を増やしたいと、2015年に独立し『先生の幸せ研究所』を設立。幼稚園・保育園・小学校・中学校・高等学校・特別支援学校・教育委員会において、コンサルティング・講演等を行う。著書に「人生が変わる!先生のための仕事革命ワークブック!」(学陽書房)、『「幸せ先生」×「お疲れ先生」の習慣』(明治図書出版)など。
この記事は、連続企画「『学校の働き方改革』その現在地と未来」の5回目です。記事一覧はこちら
目次
現場で感じる働き方改革の現状と改革の本来の目的
2023年4月末に速報値が公表された「教員勤務実態調査(令和4年度)」によると、教員の勤務実態についてやや改善も見られたようですが、現場に携わる私の実感としては、学校の働き方改革の現状について、大きく2パターンの学校に分かれていると感じています。
パターン①…残業時間削減だけに注力している学校
パターン②…必要なことへ時間の選択と集中を目指している学校
働き方改革というと、「残業時間さえカットすればよい」と思われがちです。前者の学校については、そのような意識で残業時間削減に取り組んでいるのかもしれません。しかし、学校における働き方改革のより上位の目的は、残業時間削減ではなく、「教育の質(仕事の質)を上げること」です。「仕事の質を上げること」は、学校の働き方改革に限らずどの業種業態においてもブレてはいけないポイントです。
では、どのように上げればよいのでしょうか。一般的に、教育の質(仕事の質)=「価値÷時間」と言われています。
つまり、教育の質を上げるためには、提供する「価値」を大きくするか、業務「時間」を少なくするか、またはその両方を実現する必要があります。
そのため、残業「時間」を減らすことが教育の質向上に寄与することは間違いではありません。しかし、残業「時間」削減ばかりに取り組んでいると、例えば必要なことについて各自が考えることや、教員同士で必要な対話ができずに「価値」が大きく下がり、全体として教育の質が下がるリスクが生じます。残業時間削減だけに注力した結果、教育の質を下げかねない学校は少なくなく、そうした働き方改革へ違和感をもっている現場の先生は多いと感じています。また、そうした働き方改革が教員のやりがいを置き去りにしていることも多く、非常にもったいないことです。
残業「時間」削減は、あくまで働き方改革の目的を達成させるための手段であり、重要なポイントではあるものの、それだけを目的化すると歪みが生まれてしまいます。
“教員個人や各学校が自己決定できる範囲”を確かめることが大切
「業務をコントロールできずに疲弊している」という先生や学校と、「業務をある程度コントロールしながら働けている」という先生や学校とで、校内や地域内や地域間でも二極化している印象です。一見正反対な働き方をしている両者の根底には、教育のやり方・働き方について「自己決定したい」「本当にいいと思うことをしたい」という思いが共通して存在すると感じています。
実は、学校の業務内容の根拠である学習指導要領には、宿題・○○大会・○○展など、“しなければならない”とは書いておらず、細かいやり方は個々の学校や教員に工夫を任されています。
また、国として今後、学習指導要領の改訂に向けて考えていくべきことに内容量過積載の問題があります。しかし、それを待たずとも学習指導要領を改めて読み込むと、実はそこに示されているのは大枠だけであるため、「コントロールできない」と思っていたことでも案外手放したり変更したりできる部分がよく見つかります。
暗黙の了解として前例踏襲で行っている学校独自の業務・習慣が教員を窮屈にしているケースもあります。例えば、とある小学校では、授業参観日に教える教科・内容・板書計画を学年で揃えるという暗黙の了解がありました。ただ、ある授業参観日、どうしても他にやりたい授業があった先生は、勇気を出して「違う教科の授業をしてもいいですか?」と両隣の学級の先生に聞いてみました。すると、返ってきたのは「いいですよ」というあっさりとした答え。このとき、自分は暗黙の了解という学校の空気に自ら忖度していたことを痛感したそうです。
もちろん、このようにあっさり進められる場合ばかりではなく、丁寧な意思決定のプロセスが必要な場合もあります。しかし、このように暗黙の了解を破り、本当にいいと思うことをするためには、「シンプルに考える」「空気を読みすぎない」ことが重要かもしれません。まずは個人や学年、学校レベルで決定できる範囲を確認することが、現状の改善への第一歩になることでしょう。
教員のウェルビーイングな働き方と学びの個別化・協働化
私が代表を務める「先生の幸せ研究所」では、“先生たちが本当によいと思うことを実現できる働き方”が、教員のウェルビーイングな働き方だと考えます。
子どもたちにとって何が必要なのか、最もわかっているのは子どものいちばん近くにいる先生であり、「子どもに必要なこと=先生が本当によいと思うこと」を実現することこそが、教員のやりがいや幸せにつながると考えるためです。
この“本当によいと思うこと”は、教員によってそれぞれ異なります。なぜなら、各学級にいる子どもたちも違えば、人それぞれ教員を志した理由・背景も異なり、価値観も異なるためです。例えば、先述した、授業参観日に他のクラスとは異なる授業をしたという先生の行動も、その先生にとっての“本当によいと思うこと”でした。
さて、このように教員によって異なる“本当によいと思うこと”ですが、「学びの個別化・協働化」も、そんな“よいと思うこと”を考えるうえで、ぜひ検討してほしいテーマの一つです。それは、学びの個別化・協働化が先生のウェルビーイングな働き方にも教育の質の向上にも寄与する可能性があるためです。
実際に、当社が支援させていただいた、学びの個別化・協働化をテーマに授業改革を行った公立学校があります。ここでいう個別化は、ICT活用の文脈での個別化ではなく、子ども一人一人の学び方を尊重した授業への転換のことです。
これまでのような一斉講義も個別の学びもその時々で使い分けて、子ども一人一人を尊重していくことで、同学校の先生からは、「意欲的な姿勢や学び合いの姿が多くの生徒に見られるようになりました。教員サイドでも、授業中、本当にフォローが必要な生徒によりきめ細かく対応できるようになりましたし、生徒自身が自律的に学び進めるため授業準備の負担も減りました。生徒と先生の双方にとって、よいことだらけです」という声が寄せられました。これは、学びの転換と教員のやりがい・ゆとりを増やし、ウェルビーイングな働き方を実現した一つの事例と言えるでしょう。
学びの個別化・協働化は、ぜひ考えてほしいテーマの一例ですが、学びの個別化・協働化を含め、“本当によいと思うこと”を実現するプロセスは、とてもクリエイティブであり、またその先生にとって意義のある時間を増やすという意味でとても楽しい作業だと思います。ぜひ、読者の皆さんも自身が思う“本当によいこと”について考えてみてはいかがでしょうか。
教員のゆとり・幸せは子どもたちに好影響を与える
「先生の幸せ研究所」では、学校の組織改革に寄与する講演やワークショップなど、様々な事業を展開しています。
学校をチームにして時間を最大限に生かすための「時間予算ワークショップ®」は、最も多く実施しているプログラムです。「子どもが下校するまでの勤務時間内で、30分間自分の仕事ができる時間を創出してください」というテーマで、教職員がアイデア出しをしていくものです。
同ワークショップでは、アイデアが出揃ったあと、次の3つに分類します。
自助:個人でできること
共助:学校組織でできること
公助:国・教育委員会でできること
分類してみると、先生たちは「自助や共助、つまり教員個人や学校の裁量でできることが案外多い」ことに気が付きます。この気付きこそ、同ワークショップのポイントです。
時間予算ワークショップ®の実施も含めて当研究所が支援し、実績を挙げたのが愛知県江南市立布袋中学校です。
同中学校では時間予算ワークショップ®で挙げられた「部活動のあり方を見直したい」という意見を踏まえ、「部活動を考える会」を発足させました。同会では生徒に意見を聞きつつ、保護者および地域も巻き込み対話を行い、平日の部活動を週4日から週3日、活動時間(夏)も2時間から90分程度に変更することなどが決まりました。部活動を考える会では、対話を通じて、生徒・教員・保護者(地域)の3者の納得解を導き出すことができました。
さらに「授業を考える会」も発足させ、10名の先生が自由進度学習を実践しました。同学習の実践後は、教員の授業準備の負担は減る一方で、生徒たちが生き生きと学び合う様子が自然発生するようになりました。
このような取組の結果、布袋中学校では教育の質を上げつつも、先生の月時間外平均は60時間から30時間に半減しました。さらに、教員のウェルビーイング向上も確認されました。
全国の現場の先生たちからは、「私生活を大事にし、ゆとりをもつことに罪悪感を覚える」「これまでを変えることに勇気が出ない」といった相談も受けます。しかし、布袋中学校の事例のように、教員がゆとりをもつこと・幸せになることは子どもたちに好影響を及ぼします。ぜひ、子どもたちのためにこそ、自分自身を大切にし、これまでのやり方・働き方を見直してみてください。
取材・文/庄子歩
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