体育において、認知面を大事にすることが、技能面につながる【授業づくり&学級づくり「若いころに学んだこと・得たこと」第14回】

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授業づくり&学級づくり「若いころに学んだこと・得たこと」

今春から千葉県酒々井町教育委員会に異動になった吉田正指導主事は、昨年度末まで小学校の教員であり、千葉県の魅力ある授業づくりの達人(小学校・体育)にも認定されていました。今回は、その吉田先生が、体育の先輩から学びながら次第に体育の授業研究にのめり込み、大学院にまで行って学んた過程を紹介していきます。

吉田正先生
吉田正教諭

認知を育むことを大事にしたワークシートを工夫し、活用する

前回、初任校ですばらしい先輩方に憧れ、学んでいったお話をしましたが、実はその初任校はちょうど文部科学省の研究指定を受けており、4年連続で全国公開を行っていたのです。私は、元々の研究教科である理科の担当となって何度も研究授業を行い、改めて理科の授業づくりの楽しさを実感しました。しかし私にとって、常に学校の中心でキラキラ輝いて見えたのは、やはり体育主任や体育の先生方だったのです。ただし、若手の先輩方が多い初任校では、残念ながらとうとう体育主任になる機会は回ってきませんでした。

その後、異動した2校目でやっと体育主任になることができたのですが、実際にやってみると、朝礼台の上に立ち、中心になって朝練習や運動会を仕切るのは想像以上にむずかしく、多くの壁にぶち当たりました。憧れていた先輩方は本当にうまく子供を動かすことができるし、上手に子供たちに力を付けていくことができていたのです。しかし私がやってみると、なかなか思うように子供は動いてくれず、つい子供を叱ってしまうようなこともありました。もちろん、1人では運動会どころか朝練習もできませんから、同僚や後輩に協力してもらっていたのですが、なかなかうまくいきません。

そこで、いろんな先輩に「今、こんな状態でなかなかうまくいかないのですが」と相談をして話を聞きながら、改善を図っていきました。その過程で、徐々に「学校の体育経営って、こういうことなのかな」とか「学校の経営って、こういうことなのかな」というように、学校経営に参画していくことが少しずつ見えてきたような気がします。ただ、授業や指導がうまくなるというだけではなく、学校という組織を通して子供たちを育て、学校を盛り上げていく楽しさも見えてくるようになったのです。

そんな頃に地区の体育運営委員になる機会を得ました。ちなみに私が在籍していたのは、印旛地区にも他の地区同様に小中学校体育連盟があり、その中に5部会ある中の1つの体育運営部会で、その地区の陸上競技大会や体育研修会などを運営していく組織です。6名の委員で構成されているのですが、ちょうど私の先輩が委員を勇退するタイミングで、「正(吉田先生の名前)がやったらいい」と言われ、委員になりました。ちなみに私はこの頃、元々の専門である理科の研究会にも顔を出していたのです。しかし体育の熱い先輩から、「ぜひ、一緒に体育でがんばっていこう」という強いお誘いもいただき、体育に絞って研究に取り組むようになりました。

体育研究会では、5つの部会が持ち回りで、実践研究の提案と授業公開を行うことになっており、私が運営委員になって3年目に研究の提案・公開の順番が回ってきたのです。そこで私に「研究をやってみないか」という話がきたので、比較的自信があった器械運動の中から、マット運動で研究をしてみたいと提案をして、2年間の研究に取り組みました。ちなみに、そのときのテーマは「分かるとできるが結び付くマット運動」で、技能面だけでなく認知面をしっかり育てるというものです。きちんと分かること(認知面)を大事にすることが、できること(技能面)につながっていくというコンセプトで研究に取り組もうと考えたのです。

旧来の体育の学習では、「運動させていくうちにだんだん分かってくるよ」と言われることもありました。しかし、分からない子は分からないままずっと運動していても結局分からないし、できないままだから嫌いになってしまうのです。そうではなく、きちんと運動そのものや自分の状態について理解することができることにもつながるし、万が一、運動が苦手でできなかったとしても、将来、子供に「お父さん(お母さん)は、この運動は苦手だけれど、よく知っているし、教えられるよ」と話せるような人になってほしいと思ったのです。それで、このテーマを考えたのですが、後に、現行学習指導要領が告示されたとき、周囲の優秀な先輩方と、「自分たちが考えてきたことは間違っていなかったんですね」と話をしました。

メインの運動(鉄棒)に入る前に行うドリル運動。子供たちも数種類あるドリル運動が、それぞれメインの運動の何をする上で必要なものか理解して取り組んでいる。
メインの運動に入る前に行うドリル運動の様子。運動に合わせて5~6種類用意されるドリル運動が、それぞれメインの運動の何をする上で必要なものか、子供たちも理解して取り組んでいる。

この研究では、具体的には、認知を育むことを大事にしたワークシートを工夫し、活用するとともに、実際に運動をしながら子供同士の関わり合いを通して、情報をフィードバックしながら学ぶことにも力を入れた授業づくりを提案したのです。その研究を印旛地区代表として行っていって、県で発表を行い、千葉県全体から12、3個の実践発表がある中で選ばれて、全国の体育教育研究大会でも発表を行いました。それは、ちょうど教員になって10年目のことでした。

どこか自分の指導に欠陥があるのだろうとの思いを抱える

私がそんな研究をしようと思ったのは、少々おこがましいことではありますが、「究極の指導法を探し出したい」という思いがあったからです。そのために、多様な関連書籍を読んで指導をしてみましたが、それでも解決できないことがたくさんありました。一般的に教師が目にする教科指導の本は、「こんなときはこうすればよい」という方法ばかりが書かれていて、理論が書かれていないものが多くあります。それでは、教師自身も自ら本質を考えて改善を図り、成長し続けることができず、頭打ちになってしまうでしょう。それは子供も同様です。やはり「この運動のコアの部分は何か」とか、個々の指導のバックボーンとなるべき理論がないと、結局は表面上の指導に終始して、どの子もできるようにすることはできません。

例えば、野菜を育てるとき、説明書通りに育てていくわけですが、より生き生きと育てるためには、その野菜がどういう性質をもっているのかを理解した上で、その野菜が今どういう状況かを的確に見とって、説明書プラスアルファで「こんな肥料を足してあげよう」とか、「水を多めにやろう」とか判断し、調節をしていくわけですよね。それと同様に、教師が跳び箱なら跳び箱という器械運動のコアを理解した上で、「この子は腕の感覚が足りないから、これをやってみよう」とか、「この子は体幹が弱いから、こんな練習をさせよう」とか、「この子は技能面は問題ないけれども、心理的な面に問題があるので、心理的障壁を取るためにこんな声かけをしよう」というように、児童の状況をきちんと見とって的確な支援をしていくことが必要になります。

さらに、子供たち自身もそのような運動のコアが分かって、子供同士で、あるいは自分自身について的確に見とって情報をフィードバックできれば、改善を図り続け、成長し続けることができますよね。ならば、本当に運動が苦手で自分自身はできなかったとしても、人にアドバイスをすることはできます。そんな子供たちを育てていけるような授業づくりをしたいと考えたのです。

そのために実践研究をしたわけですが、結局は、どの運動も達成率100%には届かなかったのです。例えば、倒立前転をクラス全員の子供、100%ができるようにしたいと取り組んだけれどもできませんでした。どうしても背中が曲がってしまったり、どうしても姿勢保持がうまくいかなかったりする子がいるのです。側転はほぼ100%だったけれども、その中に足が曲がっている子がいたり、真っ直ぐ回っていない子供がいたりするわけです。それで、何とかしたいと思って、いろんな方法を試してみたけれども、どうしても100%にはならず、どこか自分の指導に欠陥があるのだろうとの思いを抱えていました。

ただ全国大会での発表後、11年目頃に、研究の成果を広げるように言われ、地域の体育実技講習会で講師をするようになったのです。しかし、そこで受講者の先生から、「吉田先生、そうは言われても、できない子供がいる場合はどうするのですか?」と言われることがありました。私自身も達成率が100%になっていなかったこともあって、質問にも答えきれず、「もう少し理論を勉強しないとダメだ」と改めて思うようになりました。そこで、大学院に行って勉強をしたいという希望を出したのです。その結果、新教育大学制度という制度を活用し、2年間、地元を離れて兵庫教育大学大学院で学ぶ機会を得ることができました。

運動の学習では、他者との対話だけでなく自己内対話が重要

兵教大では、筒井茂喜教授の下で学びながら研究に取り組んだのですが、最初の1年間は、35人学級という規模の学級で1人の教師が行う授業としては、子供同士の学び合いが鍵ではないかと思い、いろいろ考えていきました。しかし、今一つ「これだ」という実感を得られる方向性を見付けることができませんでした。

その間、並行して多様な専門書を読んでいったのですが、そこで学んだことで大きかったのは2つです。一つは運動学という学問に触れたことで、勉強になったのは「教師のための運動学」(大修館書店)という本でした。その中に「動感」という動きの感覚に寄り添うのだ、という少し抽象的な話があって、それはバイオメカニクスとは異なり、数値で表すことがむずかしいものなのです。ただ、それはとてもおもしろいと思いました。もう一つは運動心理学で、東京学芸大学の杉原隆名誉教授の書籍が勉強になりましたし、書籍にはなっていませんが、愛媛大学の田中雅人教授が力量的表象、空間的表象といった運動表象について研究されたことなどもとても勉強になりました。

それで、運動学と運動心理学、運動表象の合わせ技ができないだろうかと筒井教授にご相談したのです。「運動の感覚(動感)を通して子供たち同士が結び付いていくのは学び合いではないでしょうか」と話すと、「それはおもしろいので、もう少し深めてみなさい」と言っていただき、さらに深めて研究していくことにしました。

その後、2年目に実際に行った研究は、大学生を対象とし、倒立を学習する過程で、学習者が自分自身の倒立の状態を線画で描くというものです(資料参照)。あくまで学習者自身の内部感覚を線画で描くわけですが、それはあくまで内部感覚であり、的確に捉えられていない場合が多いわけです。そこで、他者(協力者)の視点からのフィードバックを与えて、的確に修正をしながら学習を進めていくというものです。線画によって自身の内部感覚を表象させるとともに、その内部感覚による線画と実際に他者から見た実態とのズレを修正し、運動の改善を図っていきます。運動の学習では、他者との対話だけでなく自己内対話がとても重要で、そのために自分自身の内部感覚を線画で表象させるわけですね。この方法は、効果があることが推察されましたが、対象が大学生であり、事例数が少なかったため、さらに研究を深める余地が残されました。

【資料】吉田正先生と筒井茂喜教授連盟の研究実践報告の中に示されている実践事例。実際の逆立ちの姿と自分自身をイメージした線画のズレを修正し、次第に逆立ちができるようになってくる。
【資料】吉田正先生と筒井茂喜教授連名の研究実践報告の中に示されている実践事例。実際の逆立ちの姿と自分自身をイメージした線画のズレを修正し、次第に逆立ちができるようになってくる。

やはり、学習者が自分自身の状態を的確に捉えることは、改善を図る上でとても大事だと思いますが、実際の小学校の体育では、例えば前転をするのに目をつむって回っているという例も少なくありません。それでは、自分の状態が分からないままあっという間に運動が過ぎ去ってしまいます。ですから、「分かる」という部分が欠落してしまうわけです。それに、1人では自分自身の状態が分からないことが多いため、動画を撮ってみたり、他者と関わりフィードバックをもったりして、的確に自分自身の状態を把握し、改善を図っていきます。それは学び合いにもなっていくわけですね。

大学院での研究後、本務校に戻って、17年目に県の「魅力ある授業づくりの達人」に認定された吉田先生。その後の経験を通して学んだことや学級づくりの考え方、若手へのメッセージなどを次回、紹介していきます。

【授業づくり&学級づくり「若いころに学んだこと・得たこと」】次回は、6月29日公開予定です。

執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之

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