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提言|木村泰子 「困っている子が困らなくなる学校」をつくる 【発達障害8.8%をどう受け止めるか #3】

特集
発達障害8.8%をどう受け止めるか

大阪市立大空小学校初代校長

木村泰子

「通常学級の小中学生の8.8%に発達障害の可能性」という調査結果を専門家たちはどう受け止めているのかを知り、学校の未来を考える7回シリーズの第3回目です。この調査結果を受け、学校管理職はどんな行動を起こすことが求められるでしょうか。映画『みんなの学校』で知られ、インクルーシブ教育を実践した大阪市立大空小学校初代校長の木村泰子さんに聞きました。

木村泰子(きむら・やすこ)
大阪府生まれ。「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに情熱を注ぎ、支援を要する子どもたちも同じ場でともに学び、育ち合う教育を具現化した。45年間の教職生活を経て2015年に退職。現在は全国各地で講演活動を行う。『「みんなの学校」が教えてくれたこと』(小学館)など著書多数。

本企画の記事一覧です(週1回更新、全7回予定)
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 提言|児童精神科医が指摘! 発達障害の子どもと不登校の関係は?
 提言|木村泰子 「困っている子が困らなくなる学校」をつくる(本記事)

4つの質問項目から見えてくるもの

この報道に対し、「8.8%は多いね。先生は大変だ」などと感想を述べる人たちがいるようですが、その認識は本当に正しいのでしょうか。表面的な部分だけを見てあれこれ意見を言う前に、まずは8.8%という数値は、誰が、どんな質問項目に対して答えた子どもの事実なのかを理解する必要があります。この調査に回答したのは学級担任であり、「児童生徒の困難な状況」を表す質問項目が学習面は46、行動面は45ありました。その中で、私が注目したのは以下の4つです。

①話し合いが難しい(話し合いの流れが理解できず、ついていけない)
②読みにくい字を書く(字の形や大きさが整っていない。まっすぐに書けない)
③教室や、その他、座っていることを要求される状況で席を離れる
④周りの人が困惑するようなことも、配慮しないで言ってしまう

(文部科学省「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」より)

①については、「話し合いの流れが理解できない子ども」が学級にいるならば、学級担任にはやるべきことがあります。多様な子どもたちが話し合いの流れを理解できるように、どんな手段をとり、どんな伝え方をしたのでしょうか。この質問にはそういった肝心な部分が考慮されていません。もしかすると「話し合いの流れがわかりましたか」と教員が質問したときに、わからないけれど忖度して「はい」と言っている子どももいるかもしれません。このような子どもたちにこそ、配慮が必要ではないでしょうか。むしろ「全然わかりません」と答える子どものほうが、主体的に学んでいると言えるわけで、このように主体的に自分の考えを表現している子どもを発達障害と捉えようとする、悪しき傾向が質問から見て取れます。

②では「まっすぐに字が書けない子ども」を発達障害であると決めつけていますが、そういう子どもは昔から山ほどいました。今の大人にもたくさんいるでしょう。にもかかわらず、その子どもたちを発達障害というくくりに入れて、排除しようとしていることが感じられる質問です。しかも今の時代はパソコンがありますから、社会に出て、字をまっすぐに書けなくて困る場面などめったにありません。この質問には意味がないと思います。

③の「教室で座っていられない子ども」がなぜそのような行動をするのかというと、脳が心理的な危険を察知し、「危険から逃げなければいけない」と思うからです。まずは床に座ります。そうすると、教員に怒られるので教室を飛び出すのです。そもそも「教室で椅子に座って先生の話を聞くこと」はそんなに大事でしょうか。子どもが学ぶ目的は、それではないはずです。しかし、学校では「授業中に子どもは椅子に座っているのが当たり前」という考え方を踏襲しているために、座っていられない子どもを問題視し、発達障害であると決めつけるのです。

④の「周りが困惑するようなことを配慮しないで言ってしまう子ども」こそ、学びのリーダーとなり、社会を変えていくのではないでしょうか。例えば、教員が「先生の言うことを聞きましょう。わかりましたか?」と聞くと、多くの子どもは「はい」と答えます。こういう場面で、ある子どもが「なぜ先生の言うことを聞かなきゃいけないの? 先生の言っていることは、間違っていると思う」と言ったとしたら、教員はこの子どもの言葉に耳を傾けるべきです。なぜなら、自分の考えをしっかりと述べられる子どもを育てるために学習指導要領が改定されたからです。

4つの質問はすべて、教員にとって自分の授業の妨げになる「困る子ども」の姿を表しています。話し合いの流れが理解できて、まっすぐに字が書けて、教室で座っていられて、皆が困惑するようなことを言わない子どもを育てるのが教員の指導力であるという、学校の悪しき「当たり前」が今回の調査によって暴露された形です。これらの質問をすること自体が旧時代の考え方だと私は思っています。

変わる必要があるのは、子どもではなく教員

私が9年間校長を勤めた大空小学校には、前の学校で発達障害というレッテルを貼られた子どもたちがたくさん転校してきましたが、どの子どもも通常学級で一緒に学べていました。薬を飲まされていた子どもは、飲む必要がなくなりました。なぜそうなったのかというと、周りの環境が変われば、困っている子どもがどんどん減るからです。子どもを取り巻く環境のことを、大空小学校では「空気」と呼んでいましたが、学校にどんな空気が流れているかが重要なのです。その空気を吸って子どもは育つからです。そして、その空気を生み出しているのは、教員です。具体的には教員の言動、行動、表情です。変わる必要があるのは子どもではなくて、教員のほうなのです。

例えば、授業中に「黒板に書いてあることをノートに書きなさい」と教員が言ったときに、Aという子どもが「なぜ黒板にあることをそのまま書かないといけないの? 自分のノートには、自分で必要だと思うことを書けばいいんじゃないですか?」と言い出したとします。それを聞いたある教員は「ガタガタ言わないで写しなさい。文句を言ってはいけない」と叱るでしょう。その結果、この学級ではAと周りの子どもたちが分断されます。「Aは先生の言うことを聞かない悪い子だから叱られた。自分はAみたいになりたくないから、先生の言うことを聞こう」と、こんなふうに考える子どもを生んでしまうからです。そして、周りの子どもたちは教員がいないところで、悪い子のAをいじめ始めます。人数でいえば、大勢対一人ですから、Aはつらくなって学校に行けなくなります。このようなことが自殺・不登校・いじめの根幹にあると私は思っています。

反対に、もしも教員がAの発言から学ぼうとし、「素晴らしい意見だね。みんなはどう思う?」と周りの子どもたちに問いかけたらどうでしょうか。きっと様々な意見が飛び交い、子どもたちは多様な学びを獲得することができます。そして、教室の空気が豊かになればなるほど、子どもたちは子ども同士の関係性の中で育ち合います。これが本来の学校の姿だと思います。

このように周りの環境を調整しても、それでもみんなと一緒に学ぶことに対して、困り感を持つ子どもがいたら、そのときは脳に何らかの障害があるのかもしれないので、病院で検査を受ける必要があると思います。しかし、多くの学校で起きている今の現実は、先ほどの4つの質問に該当するような子どもがいたら、「周りに迷惑だから」という理由で医者に行くことをすすめ、発達障害の診断をもらってきます。その子どもたちは別室で通級指導となるわけですが、もしも現在の特別支援教育が各学校で充実していたら、自殺・不登校・いじめが過去最多を更新することはないと思うのです。なぜ過去最多になるのかと言ったら、「困っている子ども」を、教員が「困る子ども」として見るからです。つまり、教員の指示を聞かない子ども、教員を困らせる子どものことを、発達障害と呼んでいるという事実があります。

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