提言|中邑賢龍 学習障害の子どもの見つけ方とICT支援 【発達障害8.8%をどう受け止めるか #6】

特集
発達障害8.8%をどう受け止めるか

「通常学級の小中学生の8.8%に発達障害の可能性」という調査結果を専門家たちはどう受け止めているのかを知り、学校の未来を考える7回シリーズの第6回目です。学習障害のある子どもへの支援を、学校は今後どのように進める必要があるでしょうか。東京大学先端科学技術研究センターで、障害のある子どもへのICT支援研究を行ってきた中邑賢龍さんに聞きました。

中邑賢龍(なかむら・けんりゅう)
1956年、山口県生まれ。広島大学大学院教育学研究科博士課程後期単位取得退学後、香川大学教育学部助教授、カンザス大学・ウィスコンシン大学客員研究員、東京大学先端科学技術研究センター教授などを経て、2022年より現職。専門は人間支援工学。ICTを活用した学び支援研究、不登校やひきこもり状態になっている若者を支援する研究などを推進。著書に『発達障害の子を育てる本 スマホ・タブレット活用編』(講談社、2019年)、『どの子も違う』(中公新書ラクレ、2021年)がある。

本企画の記事一覧です(週1回更新、全7回予定)
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 提言|中邑賢龍 学習障害の子どもの見つけ方とICT支援(本記事)

実際に困っている子どもはもっとたくさんいる

8.8%という調査結果には意味がないと感じます。この調査に答えたのは先生であって、回答に子ども本人や保護者の困り感は反映されていないからです。困っている先生方がたくさんいるから、このような調査を行うのだと思いますが、これでは「先生が困っている子ども=発達障害」になってしまいます。学習するうえで困っている子どもがどれぐらいいるのかを把握することのほうが重要でしょう。

それと同時に、困っている子どもを発達障害と認定することに危険性も感じます。発達障害と診断される子どもの特徴は、生まれつき有する認知や性格の偏りです。それを治療することは彼らを否定することにもつながりかねません。発達障害の子どもにありがちな、空気を読まない、こだわりが強いなどの特性は、使い方次第でプラスに働く可能性があるのに、最初から障害、「よくないもの」として扱うことには疑問を感じます。しかも、文字を読むのが遅い、文字を書くのが遅い、文字が汚いなど、読み書きが苦手な子どもがいたとしても、今はICTを使えば、負担を軽減することができます。これからは、困っている子どもにはICTを使って学びの支援を行うことを前提とすればいいと私は考えていますが、その際に、あえて子どもを発達障害と認定しなくても、読むのが苦手な子ども、書くのが苦手な子ども、計算が苦手な子ども、などの分け方をすればいいと思うのです。

私たちの研究室では、児童生徒の不登校問題を研究していますが、不登校の子どもたちの中には相当数、読み書きが苦手な子どもがいることがわかっています。書けないわけではないし、読めないわけでもないのですが、文字が汚いこと、書くのが遅いことなどを、いつも先生から注意され、もちろん、不登校の原因はそれだけではないですが、だんだん学校に行かなくなってしまうのです。

問題は、困っていても、困っていると言えない子どもがいることです。そのような子どもたちは、現在のシステムでは医師による診断や認定がないために、学校で特別支援教育を受けることができず、先生から注意され続けることになります。おそらく、通常学級で困っている子どもは、8.8%よりももっとたくさんいることでしょう。これからは診断や認定がなくても、子ども本人が望んだら、通級指導などを受けられるようにする必要があります。

小学校低学年では書字の苦手意識を持たせないことが大事

子どもが困っているかどうかは、小学1、2年生の頃はまだわからないと思います。その時期に大切なことは、書字への苦手意識を持たせないようにすることです。

そのために大事なことは、子どもが書いた文字に対して、例えば、ハネがない、曲がっている、枠からはみ出しているなどと、先生があまり細かく指導しないことです。視覚-運動協応が苦手な子どもは、見本と同じように文字を書くことが難しいのです。にもかかわらず、細かいことをあれこれ言われ続けると、文字そのものを書かなくなりますので、長文が書けなくなってしまいます。

子どもが書くことへの意欲を失わないためには、多少間違っていても、例えば、漢字の線が一本多くても少なくても、先生には丸を付けてやって欲しいところです。しかし、先生ご自身にこだわりがあって、完璧な形の文字にしか丸をあげたくない方もいるかもしれません。その場合は、赤ペンでバツをつけるのではなく、青ペンで丸をつけてあげて欲しいのです。結果的に、漢字テストなどが青丸ばかりの子どもが出てくるかもしれませんが、それを見ることで保護者は「子どもが困っているかもしれない」と気付けます。青丸の得点がその子の理解度を示すことになりますので、保護者は「赤丸は40点だったけど、本当は青丸を加えて80点だね」などと言ってやれますから、子どもは自信を失わずに済むはずです。

また、宿題は、クラス全員に同じことを課すのではなく、それぞれの子どもの特性に合った内容に調整することも重要です。例えば、同じ漢字を複数回書かせるような宿題を出すとしたら、他の子どもは10回でも、書くのが遅い子どもは3回でいいことにします。枠を大きくしてもいいでしょう。それにより、書くのが遅くても無理のない範囲で宿題をこなせるようになります。

ただし、先生は良かれと思ってしたことでも、保護者に何の相談もなしに進めると、保護者は差別されていると感じ、「なぜうちの子だけ宿題の量が少ないのですか」と抗議してくるでしょう。大事なのは、保護者も一緒に考えてもらうことです。「どうすれば子どもの困り感を軽減できるのかを一緒に考えましょう」と話し、保護者の意見も聞きながら、対策を一緒に考えるのです。それにより、「先生、ありがとう。うちの子のストレスがなくなりました」と言われるような関係をつくることができます。

困っている子どもの見つけ方とICT支援

今は社会インフラが整い、音声だけではなく、文字でも、絵でも、写真でもコミュニケーションが可能な時代となりました。それらの新しい技術を学校にもどんどん取り入れていくべきです。読み書きなどで困っている子どもがいても、一人一人の特性に合わせたテクノロジーを使えば、その特性は障害ではなくなるからです。

それにはまず、困っている子どもを見つけ出す必要がありますので、学校の先生が判断する方法を4つご紹介します。

1つ目は、宿題にかかった時間を計測することです。漢字や計算のドリルを宿題に出したときに、それを終えるまでに何分かかったのかを書いてきてもらいます。多くの子どもは、15分か20分で終えているのに、1、2時間かかっている子どもがいるかもしれません。そのような子どもは書字や計算が苦手だとわかります。

2つ目は、国語のテストを行うときに、問題文を先生が読み上げることです。毎回というわけではなく、5回に1回程度でいいので、先生が読み上げてみてください。そうすると、読み上げたテストのときだけ点数が上がる子どもがいるはずです。その子どもは視覚で読んで理解するのが苦手なのです。

3つ目は、算数で、電卓を使ってもよいテストを行うことです。電卓を使うと点数が上がる子どもは、問題の解き方を理解しているのに計算や筆算が苦手な子どもです。

4つ目は、タブレットを使ってもよいテストを行うことです。普段、ワークシートやテストなどにあまり文字を書いてこない子どもが、たくさんの文字を入力できていたら、書字が苦手だとわかります。インターネットで調べ物をして答える問題を出して、普段よりもたくさんの文字を書いてくる子どもがいたら、見聞きしたことを記憶するのが苦手だとわかります。

このようにして、困っている子どもの存在がわかったら、その特性を総合的に見立て、その子に合う機器やアプリなどの利用を提案する仕組みを作るといいと思います。例えば、文字や文章の読みづらさがある子どもには、スマホやタブレットにある音声読み上げ機能や音声教材が役立ちます。文字や文章を書くことが苦手な子どもは、スマホやタブレットの入力機能やノートアプリを使うと、ノートの代わりに使えます。文字を手早く書くことが苦手な子どもは、録音や撮影、音声入力など、書くこと以外の方法で情報を残すようにします。話し言葉だけでは話を理解しにくい子どもには、話し声を聞きやすくするツールや、話し声を文字で表示するツールが役立ちます。

困っている子どもに適した機能を組み込んだアプリやシステムはすでに開発されており、新しい道具をわざわざ買わなくても、身近にあるスマホやタブレット、パソコンを使ってできることはたくさんあります。ただ、どんどん便利なものが出てきますので、ICT支援の専門家から助言をもらったほうがいいでしょう。

例えば、東大先端研の近藤武雄教授の研究室では、2008年からDO-IT Japan(ドゥーイット・ジャパン)という活動をしています。これは、障害や病気のある若者の高等教育への進学と、その後の就労への移行を支援することを通じて、障害のある若者の中から未来のリーダーを育成するプロジェクトです。Webサイトでは、テクノロジーを活用した学び方の例なども紹介しておりますので、参考にしてもらえればと思います。https://doit-japan.org/

これからは「みんな一緒」でなくてもいい

これまでは学校で、一部の子どもだけがテクノロジーを使うのは「ずるいこと」だとされてきました。その背後には、学校では「みんな一緒」が当たり前という考え方があります。

しかし、子どもは皆、スタートラインが違うのです。これからは教室にいるそれぞれの子どもが違うことをしていて当たり前、という考え方に転換してはどうでしょう。学習指導要領ではテクノロジーの利用については特に規定されていませんから、校長先生はもっと柔軟に解釈し、学習障害の子どもに合ったICTの使用を進める、という意識を持ってもらいたいのです。GIGAスクール構想により、小中学生には一人一台のタブレットが配られています。まずはその端末を使って何ができるかを理解し、授業中だけではなくテストでもどんどん使っていって欲しいのです。

テストでの使用が認められなければ、読み書きが苦手な子どもたちは、高校入試で困ることになります。今も「紙の入学試験」にこだわる人たちによって、排除されている子どもがたくさんいるのです。それこそが差別です。

基本的に、学校では先生たちが子どもを変えようとしますが、変わらないから障害なのです。変えなくてはいけないのは子どもではなく、先生の考え方です。

多くの学校では、子どもの欠席連絡を、毎朝、電話で受けていると思いますが、なぜ電話でなくてはいけないのでしょう。保護者の中には音声によるコミュニケーションが苦手な人もいるのです。LINEでもいいのではないでしょうか。時代は変わったのです。「昔からそうやってきたから」という理由で同じやり方を続けるのではなく、学校も考え方を変えていくべきです。まずは、欠席連絡は電話でもLINE でもOKにする、そんなところから変えてみてはいかがでしょう。

みんながワクワクするような場をつくる

東大先端研の個別最適な学び寄付研究部門では、日本の教育を変えたいとの思いから、LEARNプログラムという活動を展開しています。そこでは、学校の学びに違和感を感じている子どものための教育プログラムや親のサポートだけではなく、教員のサポートも開始する予定です。

LEARN(ラーン)プログラム

今の学校教育は優れた部分を持ちつつも、一斉指導が中心で多様な子どもに十分対応できているとは言えません。また、激変する社会に対応するためにもこのままではいけないと多くの人が感じています。残念ながら学校の先生たちが内部から学校を変えていくのは容易ではありません。だからこそ、私たちは今の学校では実施できない、子どもがワクワクするようなプログラムを企業、教育委員会や学校と連携しながら、実施しています。それがLEARNプログラムです。LEARNプログラムのポリシーは「目的なし」「教科書なし」「時間割なし」「協働なし」。学校と正反対の学びの場です。先月は小中学生たちを家出の旅に連れて出ました。「家出旅」として、子どもを家出させるのです。不登校になり、家に引き篭ったり暴れたりしている子どもは、家の外に連れて行った方がいいと思うからです。子どもは、予備知識などを一切持たずに家出をし、行った先で様々な新しい体験をし、人と出会っていくのですが、自分で考えて行動することで、成長していきます。

子育て作戦会議

先端研の個別最適な学び寄付研究部門では赤松裕美特任助教らを中心に、発達障害の子どもを持つ保護者から様々な相談を受けています。ただし、個別相談を行うのではなく、複数の保護者を集めて、「子育て作戦会議」と称して合同の相談会を行っています。これがとても好評なのです。参加した保護者は「うちの子だけではなくて、他にも様々な特性を持つ子どもがいる」と気づけますし、ある保護者が「こうやったらうまくいきました」と報告すると、「私もやってみよう」と思えるようです。保護者はわが子のできないことに目を向けがちですし、孤立しがちですが、同じような立場の保護者が集まり、楽しめる場面をつくることは大事な支援だと考えています。

メタバース教育学部

大学の教員養成系学部には、今の学習指導要領にある内容以外のことを教えるための、余分な時間枠が無いようです。教育センターが実施する先生向けの研修も同様です。例えば、学びに困難のある子どもの支援技術の授業をしているところはほとんどありません。教育の課題を議論し、新しい教育を論じる時間も十分ではありません。そこで、他大学の教育学部の先生にも声をかけながら、教育学部の学びを補完できる場をメタバース上に作ろうと計画しています。単位には関係ない講座ですので、あくまでも自主的に受講することになります。2023年の夏にはオープンする予定で、現在、準備を進めています。

最後に校長先生に申し上げたいのは、「ワクワクするような場を、一緒に作っていきましょう」ということです。今、子どもにとっても先生にとっても学校が楽しくなくなっているのは、「みんな一緒」という考えが変わっていないからです。昨今は「個別最適な学び」と言いながら、授業中、子どもたちに同じ活動をさせていないでしょうか。まずはみんなが同じことをしなくてもいいのだと、発想を転換することから始めませんか。そして、私たちの研究室の活動を参考にしてもらい、校長先生にはご自分がワクワクするような楽しい学校をつくって欲しいと願っています。

取材・文/林 孝美

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