青山新吾×月本直美×川野吏恵「学級・学校の枠を超えたインクルーシブ教育を【後編】~特別支援学校のセンター的機能を活用しよう~」

特集
発達障害8.8%をどう受け止めるか

ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授・インクルーシブ教育研究センター長

青山新吾
左:月本直美先生/中央:川野吏恵先生/右:青山新吾先生

特別支援の現場で分厚い研究と実践を重ねてきた3人、青山新吾先生(ノートルダム清心女子大学准教授)、月本直美先生(岡山県立特別支援学校教頭/取材時・岡山県公立小学校教諭)、川野吏恵先生(岡山県高等学校教職員組合書記長/取材時・岡山県公立盲学校教諭)による鼎談、第2回(後編)をお届けします。学級や学校の枠に囚われない広い視野からインクルーシブ教育について考えていきます。今回は、支援を要する子の保護者への対応、特別支援学校のセンター的機能をどう充実させるべきか、さらには現状制度の問題点にまで言及します。

保護者と一緒に考えよう

――支援を要する子の保護者に対しては、どのように配慮されているのでしょうか。

月本 困っている事象だけを伝えないようにしています。「〇〇ができなくて困っています」と伝えるのではなく、「こうやってみたけど、うまくいきません。お母さん、どうしたらいいと思います?」と相談するのです。いくつかの手を打ったけど効果がないから、一緒に考えてくださいという方向に持っていきます。

通常学級に特別支援学級から2人の子どもが交流に来ているなら、その保護者同士をつなぐようにしています。「困っているなら、あのお母さんに相談してみたら?」と、他の学校の保護者を紹介することもあります。それをきっかけに、保護者同士の勉強会に発展する場合もあります。ただし、私が市内の規模の大きな学校を異動し続けてきたから、できることかもしれません。

特別支援学級の担任なら、特別支援学級の子の保護者と通常学級の保護者とのつながりをつくってあげることも大切です。私は年度最初の学級懇談会で、特別支援学級に来た保護者を通常学級の懇談会に誘い、通常学級の保護者を前に「うちの子にはこんな症状があります」と、保護者自身の言葉で語ってもらうようにしています。以降の懇談会では、特別支援学級でお話しした後、後半は通常学級の懇談会に出てもらっています。「通常学級のお母さんたちのつながりに自分が入っていくのはためらいがあったけど、段々その中に入れるようになった」と話してくれます。

ことあるごとに支援を要する子の保護者が話す機会をつくって、子どもとともに保護者の自己肯定感も上がるようにすることを、心がけています。

青山 保護者が自分たちで会をつくって、何かを訴えるような動きは、昔の障害児教育の世界ではよくあることでした。そうやって学校や行政を動かしてきたところがあります。しかし、今の時代は制度や福祉サービスが充実してきたがゆえに、そういう動きは弱くなっています。

それなのに、月本先生がおられる地域は時代に逆行して、保護者が主体的に動き、自分たちの地域や子どもたちを育てようとしています。それはなぜかと言うと、月本先生が教え諭し過ぎないからではないでしょうか。月本先生は知識や経験はあるのに、意識的に保護者と一緒に考えるというスタンスを取られているように見えます。そうせずにプロが主導権を握ると、保護者の主体性を弱めてしまい、結果的にインクルーシブな状態を妨げることになりがちです。月本先生が素晴らしいのは、保護者の主体性を保つために、自分がやり過ぎないところだと思います。

青山新吾先生
青山新吾(あおやま・しんご)●1966 年兵庫県生まれ。岡山県内公立小学校教諭、岡山県教育庁指導主事を経て現職。臨床心理士。『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』『通常学級「自立活動」の発想による指導』(学事出版)、『ゼロから学べる特別支援教育』(明治図書出版)など、著書多数。

月本 そうですね、そこは意識しています。「これをしたら?」と押し付けはしません。「何ができそう?」と問いかける場合が多いですね。

川野 私も保護者に「目が見えない子どもを持つというのは大変なことだと思うけど、お母さん自身が幸せになっていいんですよ。小さくなっている必要はありません。仲間はたくさんいますから、交流会に来てみませんか」といった話をします。そうやってつないであげると保護者はどんどん元気になっていきます。最初は子どもを抱いて泣くばかりだった保護者が、他の保護者とつながり、おしゃべりできる場所が見付かる。そうすると、次は何がほしいか、何をするべきか、自分から踏み出していきます。

特別支援学校のセンター的機能を使おう

青山新吾先生、月本直美先生、川野吏恵先生

――特別支援の現場からみて、現行の教育、行政システムで改善したい部分はありますか。

川野 弱視の子どもは、いちばん前の席にしておけば、暴れるわけでもないので学級は困らず、その子自身も何とか過ごせてはいます。でも、その子の学習は十分ではないだろうし、多くのことを諦めている可能性があります。

もっと活用してほしいのは、特別支援学校が地域の学校を支援する「特別支援学校のセンター的機能」です。
私が働く岡山盲学校なら、県内のいろいろな学校に在籍する視覚障害を抱える子どものところに、私たちが出張サポートに行きます。担任、保護者、本人を交えて、私たち専門家が「そこは諦めなくても、こういう方法もあるよ」と提案させていただきます。つまり、通常学級にいながらにして、視覚障害のサポートを受けることができ、諦めることを減らしていけます。さらに、仲間と一緒にいながら、「みんなとは違うけど、こうすれば僕もできるんだ」と自己理解を深めることができます。

今の公教育は、就学する場所によって、仲間を取るか、学習できることを取るか、二者択一のようなところがあります。盲学校に来たら地域から切り離される。でも、通常学級にいたら勉強は分からない。それではおかしいのです。人が育つためには両方が必要です。その子が両方を望むなら、通常学級にいながらセンター的機能を使うことで、学校生活の充実を図っていくことも選択肢の一つです。

私たち専門家が出張することをきっかけに、私たちとその学校の管理職、学級担任、コーディネーター、場合によっては市の教育委員会の先生も入って、ケース会議が開かれます。こういうつながりが一度できると、中学生になる時に、中学も通常学級に行くのか、中学部からは盲学校に行くのかといったことを話し合う時に関係者が集まりやすくなるという利点もあります。

とは言え、岡山盲学校では、1人の子どものために支援に行けるのは、年3回が限度という人手の問題もあります。本気でインクルーシブを考えるのであれば、特別支援の専門家が定期的に出張できるよう、センター的機能により多くの予算をかけてほしいと願っています。

また、少子化で子どもの数が減っても教育予算を維持して、通常学級1クラスの人数を少なくしていくことを望みます。そうすれば、どんな背景の子どもにも今より丁寧に関わることができ、学校全体をインクルーシブにできると思うのです。

そしてもう一つ思うのは、同じ敷地の中に特別支援学校と通常の小中学校があればよいということです。必要のある子は適宜、通常学級の子どもと交流する、必要のない子は別の空間にいるということが近くでできれば、どんなに話が早いでしょうか。そういう学校が自分の居住地から遠くにあったとしても、そこも自分にとっての地域になります。生まれた地域ではなくても、仲間がいて、大好きな地域になれるはずなのです。

川野吏恵先生
川野吏恵(かわの・りえ)●高校生の時に全盲の小学生と出会ったことをきっかけに、視覚障害教育を志す。広島大学盲学校教員養成課程卒業後、教員生活のほとんどを広島県、岡山県の盲学校で過ごす。取材時(2017年)は岡山県公立盲学校教諭。知的障害の特別支援学校を経て、現在は岡山県高等学校教職員組合書記長。

子どもの実態に応じて柔軟な教育課程が編成できる制度改革を!

青山 それは絶対に進めた方がいいですね。

最後に大きなことを言わせていただくと、通常学級の教育課程を子どもの実態によって変えることができるという制度にならない限り、どんなに合理的配慮などをがんばっても限界があります。今、小中学校の教育課程は単一ですが、この子にはこの単元の一部を取り扱わなくてもよいとか、この単元は基本的なところまで理解できればよいとか、子どもの実態に応じて柔軟な教育課程の編成ができることが望ましい。そもそも全員の子どもが、同一の教育課程を履修できなければ、将来幸せになれないのでしょうか。決してそんなことはないはずです。

教育課程を変更することができれば、「あなたはここまでできているから、しっかり目標達成できています」と伝えることができます。それは、その子にとって将来のリスクにはならないでしょう。現状では、通常学級では基準に達していなければ、低く評価されることになります。評価規準を多様化できないことの不自由さがあるように感じてなりません。

月本 教育課程とまでいかなくても、「僕はここまでやる」とか、子どもたちが自分で課題を設定して、学ぶ内容や方法を個々に選べる授業が1日の中に1つでもあるといいと思います。子どもたちが「できた」とか、「今日の算数は面白かった」と思って帰宅してほしいですから。

月本直美先生
月本直美(つきもと・なおみ)●岡山大学教育学部卒業後、1991 年から岡山県公立小学校教諭。取材時(2017年)は岡山県公立小学校教諭で、現在は岡山県立特別支援学校教頭。これまで特別支援学級の担任を何度も経験し、特別支援教育に精通している。「子どもも保護者もみんなが幸せになれる学級づくり」を目指している。

青山 例えば、ギフテッドの子どもに対し、苦手な体育をみんなと同じレベルまで要求する必要があるのでしょうか。突出した能力をどう開花させるかという視点に立てば必要ないはずです。このように合理的配慮では扱いきれない子どもたちがいるのです。

そういう子どもたちを潰してしまったら、この国は没落していくのではないかと懸念しています。その子に合わせて教育課程を変更しながら、仲間とのつながりができるようにうまく育てられれば、将来グローバル社会で活躍しながらも、地域も日本も大好きという大人になるのではないでしょうか。世界中を飛び回って仕事をしながらも、生まれ育った地域のことは忘れたことがない。起業したけど、本社は大切な仲間がいる故郷に置こう、なんてことになれば素敵ですよね。

こうした改革が実現できるとしても10年、20年先の話になると思いますが、方法論だけでなく、教育課程まで含めて考えることが特別支援であり、インクルーシブな状態をイメージした教育の在り方だと考えています。

付け加えるなら、今話した学びの多様性の保障は、子どもたちの自己理解や自己認知とセットになっています。そこを無視し、「子どもは強制されないとやらない」という前提に立っているから、「決められたところまでやらない子どもが出るのではないか……」という声が出るのです。

一人一人に「今の自分にはこれが必要だ」とか、「自分はここまではやれているけど、ここは難しいので困っている」と認識し、表出する能力を育ててこそ、学びの多様性が成り立つのです。

【終わり】

学級・学校の枠を超えたインクルーシブ教育をで考えるインクルーシブ教育【前編】

取材・文/長昌之 撮影/西村智晴

『小六教育技術』2017年11月号より

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