1人1台の端末をフル活用し、学校は「高信頼性組織」への転換を目指そう

GIGAスクール元年と呼ばれた2021年度がもうすぐ終わろうとしています。この一年を振り返り、見えてきたものは何でしょうか。GIGAスクール構想推進の旗振り役を担ってきた経済産業省の浅野大介氏に聞きました。

浅野大介氏の顔写真

浅野大介(あさの・だいすけ) 2001年に経済産業省入省。2018年に1人1台端末とEdTechを活用した教育改革プロジェクト「未来の教室」を立ち上げ、GIGAスクール構想を推進してきた。2021年9月よりデジタル庁に併任され、教育DXを推進。近著に『教育DXで「未来の教室」をつくろう』(学陽書房)がある。

「文房具」として使えていない

2021年度は、1人1台の端末が全国の小・中学校に行きわたりました。これは日本の学校教育にとって大きな一歩だと思いますが、端末を積極的に使っている学校がある一方で、普段使いの「文房具」としては使えていない学校がほとんどなのではないかと感じています。なぜかというと、もしも校内の子どもたちが端末を一斉に使い出したら、現在の学校の通信環境では脆弱すぎて通信トラブルが全国の学校で多発していてもおかしくないはずだからです。

現状では、各学校の通信は教育委員会の教育センターのサーバーを通ってインターネットに接続する方式になっています。しかし、この方式はそもそも全校の全ての子どもが「普段使い」の文房具のように端末を使い、一斉にネットにアクセスするような状態は想定されていないはずです。ですから、もし一斉につないだら接続できなくなる学校が続出してもおかしくないのに「静か」なのが不思議なのです。

もちろん、「通信不良」が起きるとわかっていて政府は黙って見ていたわけではありません。子どもたちがインターネットをスムーズに使うには、LBO(ローカルブレイクアウト)といって、各学校から直接インターネットに接続する方式に変えるための簡単な工事をする必要があります。そのため、文部科学省と相談して、LBOの工事を行うための補助金を用意してあるのです。ところが、文部科学省が教育委員会のために用意したこの補助金があまり使われていないのです。ということは、「補助金を使わなければいけない事態に陥っていない」のであり、つまりは「端末を毎日十分には使っていない学校が多い」のではないかと推測できます。

文部科学省も経済産業省も心配していたのは、先生も生徒も張り切ってGIGA端末を使い、その結果「ネットの動きが悪い」「うちもつながりにくい」とストレスを抱えて、「端末は使わないことにしよう」という方向に話が進むことでした。しかし、今はその段階にも至っていないのかもしれません。先生たちには、どんどん使ってもらい、不具合を改善するために教育委員会経由で国に上申してほしいと思います。「全員が一斉に使う」ことを前提に、もう一回インフラを作り直すよう、行政で議論してもらうには、ボトムアップで意見を上げていく必要があるのです。

ですから、各学校では早くクラウドにつなぎながらフル活用してみてほしいと思います。それで「使えない」という事態が起きてはじめて、教育委員会が文部科学省に補助金を申請し、現場環境は改善されることになると思います。国としては必要な補助金を用意したわけですから、「各自治体に早く使って、必要な環境を整備してほしい」というスタンスで現状を見ています。

今後、校長先生がすべきことは、こんな使い方をした結果こうなったとレポートし、「こんな通信環境では使えない」と訴えることです。他校の校長先生たちと一緒に、教育委員会や学校の設置者である市長・村長などに訴えていく必要があります。これを急いでもらいたいと思います。

明らかになった学校間の差

経済産業省は「1人1台端末で変わる学校の姿」を実証する「未来の教室」プロジェクトを、2018年から推進してきました。私はその当事者の一人として、EdTech(EducationとTechnologyを組み合わせた造語で、教育現場にテクノロジーを取り入れることによって生まれた仕組みやサービスのこと)導入補助金を使って、この実証事業に取り組んでいる学校を見て回ってきました。それらの経験をもとに、2021年11月、『教育DXで「未来の教室」をつくろう』(学陽書房)という本を上梓しました。この本で取り上げた学校では、それぞれの子どもが主体的に端末に向かって学んだり、端末を使って各自が調べたことをベースにグループで議論したりと、我々大人のワークスタイルとあまり変わらないやり方で、子どもたち自身が学びを組み立てています。

それに伴い、授業での先生たちの役割も変化しています。これまで先生たちは黒板を背にして立ち、学級の全員に対して指導する存在でしたが、生徒たちの背中に立ってサポートする存在になったのです。このように、1人1台の端末の活用がうまくいっている学校では、子どもと先生たちが変化していく姿が見られ、教育現場の適応のスピードの速さを実感しています。

その一方で、先ほど申し上げたように、端末はあるものの、まだ動き出していない学校もたくさんあります。つまり、1年目ですでに学校間の差が生じているのです。しかも、私が本で取り上げたのは、地方の公立の小・中・高校ばかりです。「東京だから」、「私立だから」などと言い訳はできないはずです。まだ動き出していない学校の校長先生には、まずは先進事例に触れてもらい、「今、こんなことが始まっているのか」と知り、その差を認識し、来年度に向けて動き出してほしいと願っています。

高信頼性組織とは?

もう一つ、「未来の教室」プロジェクトを進めてきて、わかったことがあります。実証事業で成果を出した学校には共通点が感じられたのです。それは、高信頼性組織である、ということです。

高信頼性組織の概念は、経済産業省産業構造審議会教育イノベーション小委員会で熊谷晋一郎委員(東京大学先端科学技術研究センター准教授)によって紹介されたものです。ただ、高信頼性組織の理論についてはまだ定説があるわけではなく、研究が行われている最中です。どんな研究かといいますと、日々様々なトラブルがあっても重大事故には至らず、うまく事態を収束させ、「ダイナミックな無風状態」を続けるような組織に共通している特徴を探る研究です。学校でも日々様々なトラブルが起きるわけですから、この理論は学校にも応用できると思われます。

そこで熊谷晋一郎先生の仮説を紹介します。高信頼性組織には3つのキーワードがあります。まず「謙虚なリーダーシップ」です。この場合の謙虚とは、リーダーが自分のやり方をメンバーに押し付けないことです。それぞれのメンバーのアイディアを尊重し、より良いやり方があれば自分も学ぼうとするようなリーダーシップを、多くの人が発揮しているのです。それがあることで、メンバーには失敗を責められたり、同調圧力で孤立感を与えられたりしないという「心理的安全性」ができ、「知識の交換」が盛んに行われます。こんなやり方もあるよね、と言い合える環境がつくられると、情報が飛び交いますから、組織としての創造性が向上するのです。

これらに加え、「未来の教室」実証事業がうまくいっている学校にはもう一つ、必要なものがあると私は考えています。それは「脅威」です。今回はEdTechが入ってきました。例えば、端末でドリル型の教材を使えば、わかりやすい解説がついています。しかも「この問題を間違えた子どもは、高い確率でこの部分が理解できていない」と、アルゴリズムが個々の子どもを導いてくれます。膨大なデータをもとに分析しますから、その点では先生より優秀かもしれません。そうなると、先生たちの仕事が奪われるかもしれないという脅威となります。

この脅威をどう捉えるかが、実は重要です。実証校の先生たちは、脅威を遠ざけるのではなく、受け止め、道具の一つとして自分にもメリットがある形で使いこなそうとする、ポジティブな発想転換をして取り組んでいるように見えました。脅威を脅威と捉えるのか、チャンスだと捉えるのかで、結果は大きく変わるのです。

高信頼性組織の管理職像

続いて、高信頼性組織の管理職に共通していることは何かを明らかにしたいと思います。まずは、先ほど申し上げた「謙虚なリーダーシップ」です。「空気」が支配する学校現場では、「正解と思われている行動」が何となく決まっていて、一人ひとりの先生の「心の中の異論」も封殺されてしまいがちになるのではないでしょうか。しかし、高信頼性組織の管理職にまず求められるのは、問題意識を持った人たちが「本当にこれが正解なのだろうか」という異論を口にできるようにすることではないかと思います。アイディアを引き出し、「良いものであれば、自分も取り入れてみたい」といった知的好奇心という「謙虚さ」を持ち、一人ひとりが伸びやかに生きられるように組織を動かせたらいいですよね。これはどんな職場にもおそらく共通することではないかと思います。

さらに、シンプルに目標を抽象化することも重要です。それは「学校は何をする場なのか」を明らかにすることでもあります。例えば、東京都千代田区立麹町中学校で教育改革に取り組んだことで知られる、工藤勇一校長(現在は横浜創英中学・高等学校校長)は、「学校は、自律と共生のスキルを育む場」という最上位目標を掲げていました。そして、それを実現するのに邪魔になるもの……教師が介入し過ぎたり、生徒に必要のない規制をかけたりすることをやめさせ、仕事を減らしました。最上位目標に近づくための学び方はいろいろありますので、学び方は生徒自身に決めさせ、先生たちはそんな生徒たちを支援する方法を模索していったのです。

多くの学校では、「教師はこうあるべき」という「べき論」が先走ってしまっています。「ここは何をすればいい場所なのか」という原点に立ち返ることで、仕事が整理されます。組織としてその目標に近づくのならば、手段は先生たちに任せればいいのです。それにより先生一人ひとりの個性を生かし、チャンスを与えることになります。

今後、学校が高信頼性組織に変わっていくために必要なことは、「議論を通して変化を起こせる」という経験を積むことでしょう。その際の格好の題材となるのが、校則の見直しと「GIGAスクール構想の後継端末をどうやって手に入れるか」です。子どもたちの日常を縛っている校則の話も、3、4年後に迫りくる端末の買い替えの話も、みんなが当事者になりますので、活発な議論になるはずです。管理職は謙虚なリーダーシップを発揮し、「学校は何をする場なのか」を示しながら、議論をリードしてほしいと思います。

取材・文/林孝美

『総合教育技術』2022年2/3月号

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