気付けなかった無意識の差別【連載小説 教師の小骨物語 #16】

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新米でもベテランでも、教師をしていると誰でも一つや二つは、「喉に詰まっている”小骨”のような」忘れられない思い出があります。それは、楽しいことばかりではなく、むしろ「あのときどうすればよかったの?」という苦い後悔や失敗など。そんな実話を取材して物語化して(登場人物はすべて仮名)、みんなで考えていく連載企画です。

16本目 卒業後の同級会で知った23年前の“罪”

まもなく50歳になろうとしている私(松谷明子・教師26年目)は、今では“ベテラン教師”の仲間入りをしているが、新任の頃は“無意識の罪”を数々犯していた。

“罪”と言うには大袈裟かもしれないけれど、知らない間に子供たちの心を傷つけていた。そして、そのことに気付くのは、何年も後に担任教師として招待される同級会だったりする。

今回出席した同級会は、私が新任の学校で5年生から2年間担任して、初めて卒業生を見送った思い出深いクラスだった。

私が新卒で受け持ったクラスは4年生。小規模の小学校で30人が2クラス。その子たちが5年生になるとき、私は「なんとしても、この子たちと卒業まで一緒にいたい!」と思った。

しかし、地方の学校には、当時はまだまだ古い体質が残っていて、同僚の女性教師たちは「オンナの新人教師が、高学年なんか担任させてもらえるわけないわよ」と口をそろえて言ったものだ。若かった私は、それでもダメモトで高学年担任を願い出たところ、熱意が通じたのか、引き続き5年生の担任になった。

「あのとき、松谷先生が担任になって、私、すごく嬉しかったんですよ」

卒業して23年後の同級会に招待された私に、当時の内気な印象とはガラッと変わった教え子の仲村敦子(35歳)が、声をかけてくれた。

「私、小学校の先生になったんです。2年間担任してもらった松谷先生に憧れて……」

「まぁ、うまいこと言っちゃって」

「本当です。でもね、忘れられない、ちょっと寂しかったこともあるんです」

「え、何? 私、何かした?」

教師になって2年目の私は、子供たちとの距離が近いのが自慢だった。私のことを“アッキー”と愛称で呼んでくれる子もいて、私のほうもクラスの子供たちを愛称で呼んでいた。

希望が通って5年生の担任になった私のクラスは、半分が昨年から一緒だった子供たちだ。

「アッキー、これで卒業まで一緒だね!」

「アッキーは、案外オッチョコチョイで抜けてるからなぁ。ま、オレたちに任せろ」

4年生から一緒だった子たちは、慣れた口調で私に話しかけてくる。私のほうも遠慮がない。

「一番抜けてるシュンペイに言われたくないなぁ。どう思う? サッチン」

サッチンこと石井幸子は、快活でよく気が付く優等生タイプ。教師1年目の私をよくサポートしてくれたものだ。

「シュンペイのことは私に任せて!」

「うん、今年も、やっぱりサッチンに頼ろうかな。よろしくね」

そんなふうに新学年はスタートした。

時効と言われても、子供を傷つけた後悔はこれからも消えない

子どもに囲まれる先生

当時のことは、現在は教師になった敦子の目には、こんなふうに映ったそうだ。

「先生はきっと気付いてなかったと思います。4年生のときから担任していた子たちは、あだ名で呼んでいたでしょ。シュンペイ、サッチン、メグ、カッツン、まゆゆ……。なんか、うらやましかったんですよ」

「そうだった?」

「何か用事を頼むときも、前のクラスの子ばかり呼んでいたんですよ。『サッチン、職員室の先生の机の上のファイル、取ってきてくれる?』とか、『カッツン、先生の肩をもんで~』とか」

「あらあら、そんなこと、今だったら問題になってしまうわね」

次々、語られるエピソードに冷や汗が出る。

「松谷先生は新たに担任した私たちに気を遣っていたのか、何も頼んでくれなかった」

「そうだった……?」

「はい。私だって頼まれたかったんです」

「……そっか。そんな思いをさせていたのね」

「今だから言いますけど、実はとっても、寂しかったんですよ」

「寂しかった」という敦子の告白は、大きなショックだった。

自分は、無意識のうちに“差別”をしていたことになる。さらに追い打ちをかけるように、その同級会でよく用事を頼んだサッチンからも、軽い口調ではあったが、告白された。

「実はあの頃、男子から『松谷先生からヒイキされてる』って、いじめられていたんですよ。『おまえばっかり、呼ばれてる』って。だから、『先生、お願い。私のこと、そんなに呼ばないで』って祈ったりしていました(笑)」

知らなかった……。サッチンにまで辛い思いをさせていたのだ。無邪気に子供たちとの距離を近づけようとしていたあの頃の私。うまくいっているように思っていたのは、私だけ。私の独りよがりだったのだ。

「もう時効ですから!」

明るく笑っているサッチンと敦子の前で、笑えない“ベテラン教師”の私がいた。

取材・文/谷口のりこ  イラスト/ふわこういちろう

『教育技術』2018年6月号より

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