鈍感だった男性教師の勘違い ~連載小説「教師の小骨物語」 #10

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新米でもベテランでも、教師をしていると誰でも一つや二つは、「喉に詰まっている”小骨”のような」忘れられない思い出があります。それは、楽しいことばかりではなく、むしろ「あのときどうすればよかったの?」という苦い後悔や失敗など。そんな実話を取材して物語化して(登場人物はすべて仮名)、みんなで考えていく連載企画です。

10本目 いじめではなく、「好きだった」とは…

その日は全校集会がある朝だったが、8時前にクラスの女子の母親から電話がかかってきた。

「どうかされましたか?」

「実は、恵里が学校へ行きたくないと言っておりまして…」

恵里は思ったこともなかなか口に出せないようなおとなしい子だった。まだ20代だった僕(磯村健太郎・教師7年目)は、理由を聞く前から“不登校”の3文字が頭に浮かび、「何とかしなくては!」と受話器を強く握りしめた。

「お母さん、わかりました。すぐに行きますから」

僕は必死で恵里の家まで自転車をこいだ。

「何かあった?」

「……」

「誰かに何かされたの?」

恵里はコクリとうなずいた。

(誰だ? …いったい誰だろう?) 自分のクラスの中でいじめが発生してしまったショックと同時に、“犯人探し”に頭がクルクルと回った。

「隼人くんが、毎日私に何かしてくる…」

隼人…? 隼人は活発な子で、教室でも流行ってる曲を調子っぱずれに歌ったり、クラスを盛り上げるムードメーカーだ。そして、1年生の頃から僕がよく可愛がっていた子だった。小さくて、クリクリ坊主頭で、よく抱っこして “高い、高い”とスーパーマンごっこをしたものだ。

そんなふうに可愛がってきた隼人が、いじめを? まさか。僕は裏切られたような気分になっていた。

「何されたの?」

「『あっち行け』とか『ブス』とか言ってくる。昨日は傘で突いてきた」

「そっかそっか…それは辛かったな。もっと早く、先生に相談してくれたら力になってあげたのに。待ってろ、いま先生が隼人と話をしてくるから」

再び、自転車をこいで学校に戻ると、全校集会の列の中にいる隼人を引っ張り出した。

「ちょっと来い!」

隼人は、僕の本気モードの怒りにおびえた顔で付いてきた。

「何か心当たりはないか、自分の口から言え!」

「ありません…」

「恵里のことで何かないか?」

恵里の名前が出たとたん、隼人の顔色が変わった。

「あるだろ? 嘘をつくな!」

子どもたちからは怖いイメージをもたれている僕の叱り声に、隼人は固まってしまった。

「ごめんなさい。恵里にいろいろしました」

「許さない! いじめは絶対に許さない! いまから恵里を連れてくるから待っとけ!」

「ま、待ってください!」

「なんだ?」

「話を聞いてください」

「言い訳するな。とにかく謝れ!」

その後、恵里の家に行き、「先生が絶対に助けてやるからな」と約束し、隼人にも謝らせて、この一件は終わった。

母親から聞いた真相 卒業まで埋められなかった溝

恵里が好きだった隼人

今回の件を隼人の保護者にも報告しようと思っていた矢先、ちょうど保護者会があった。隼人の母親は1年生の時から気さくに話す間柄だったが、今回のことを話すと、謝るどころかケラケラ笑い出した。

「隼人から聞いてます」

「え…?」

「実はね、あの子、幼稚園の頃から恵里ちゃんのことが好きなんですよ。だから、ちょっかい出してしまうのは、“好き”の裏返しなんですよ。あ、私がこんなことバラしたことは、隼人には絶対に内緒にしてくださいよ」

僕は、しばし呆然とした。「話を聞いてください」という隼人の声が蘇ってきた。あの時、僕がちゃんと話を聞いていたら、隼人は「恵里のことが好きなんだ」と言ってくれたかもしれない。

そしたら、僕だって「そっか。その気持ちはわかる。先生も好きな子にちょっかい出したことあるさ。でも、そのやり方は良くなかったな」と言ってやれた。

ああ、若かったとは言え、鈍感な僕は取り返しのつかないことをしてしまった…。その後、隼人は恵里にあまり近寄らなくなった。僕とも、この件について話すことはなかった。

そうして、このことは僕の心に引っかかったまま、隼人は卒業していった。

隼人が中学生になっても、同じ校区なので彼を見かけることがあった。だが、隼人は明らかに僕を避けていた。

1年生の時からあんなに可愛がっていた隼人と、僕は埋められない溝をつくってしまった。なんということだ…。

そして、彼が高校生になった頃、僕は学校を異動することになった。そんな折、僕の離任を知った隼人が、離任前日に職員室に来てくれた。

「異動するって聞いて…」

大人っぽくなった隼人は、懐かしそうに職員室を見渡していた。

「あの時は悪かったな。…覚えているか?」

「ええ。覚えています。めちゃめちゃ叱られた」

「ちゃんと話を聞いてやればよかったのに…」

「もういいんです。実はあの頃、オレ、恵里のことが好きだったんです。だから、あんなことしちゃって。そのこと、先生にはちゃんと言っておきたかったんです」

ああ…、隼人はこんなにも大人になって、僕を “後悔”から救ってくれた。最後に手渡してくれた手紙には、僕も忘れられない “高い、高い”の思い出も綴られていた。 

トラブルが起こった時、どんなときも絶対に一方からの話だけで最初から決めつけてはいけない。きちんと子供の話を聞く耳をもつことが大切だ。たとえ悪いことをしてしまったとしても、その背景に何かあるかもしれない、と思ってまずはしっかり聞くことだ。そのうえで、必要な時には叱る。そうでなければ、不必要に子供を傷つけてしまう恐れがあるのだ。基本中の基本だが、今も僕は忘れないよう戒めている。

ありがとう、隼人。

取材・文/谷口のりこ  イラスト/辻星野

『教育技術』2017年12月号より

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