“障害”は隠したままでいい? ~連載小説「教師の小骨物語」 #11

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教師の小骨物語【毎週水曜更新】
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新米でもベテランでも、教師をしていると誰でも一つや二つは、「喉に詰まっている”小骨”のような」忘れられない思い出があります。それは、楽しいことばかりではなく、むしろ「あのときどうすればよかったの?」という苦い後悔や失敗など。そんな実話を取材して物語化して(登場人物はすべて仮名)、みんなで考えていく連載企画です。

11本目 “強迫性障害”を公表しないままクラスの協力を得ることはできるか

私(岸谷佳世・教師3年目)が担任することになったのは4年生の単学級。
37名の子供のうち、一人の子が前年から不登校になっていたのが、気になるスタートだった。

梶原尚樹くんは、3年生の学芸会を境に不登校になった。特に何か“心が傷つくような事件”があったとの報告も受けていない。保護者も、「先生や周りのお友達のせいではありません。あの子の問題なんです」と多くを語ってくれない。

しかしながら、心療内科を受診した結果、“強迫性障害”と診断されたそうだ。

“強迫性障害”は、頭の中に不安・不快なイメージが繰り返し襲ってきて、それを打ち消そうと無意味な行動を何度も繰り返す。それが日常生活に支障をきたしてしまうので、“障害”となる。尚樹くんがどんな“強迫”を感じているのかわからない。

最初の1年間は、保護者の「そっとしておいてほしい」という強い希望もあって、尚樹くんは1日も登校しなかった。

5年生になって、引き続きこのクラスの担任になった私は、少しずつ尚樹くんが学校に来られるようにアプローチを始めた。最初は、友達と絶対に顔を合わせないようにすることを条件に、授業時間外に裏口からカウンセリングルームへ登校させることに成功した。そこでは焦らず、たわいない会話をした。

「尚樹くん、マンガ描くの本当に上手だね」

「これ、アニメのキャラクターだよ」

「へぇ~、どんなアニメ?」

「夜中にテレビでもやってるんだけど、まぁ、宇宙防衛隊の話っていうか……」

尚樹くんは無口だが、大好きなアニメやゲームのことになると夢中で話してくれる。夜遅くまでゲームに夢中になり、生活は昼夜逆転していた。学習は家庭教師に任せているが、このままでいいのだろうか。

せめて卒業式は一緒に! 心を許している友達に託した

私の願いは、尚樹くんが卒業式に出席できることだった。それを目標にしていた。

5年生の間は、カウンセリングルームへの登校を続け、学年を下げた内容でプリント学習を進めた。次第に学校にいられる時間も長くなり、週に2日ぐらいは給食を食べていけるようになった。6年生になってもそんな日々が続いていたが、ある日、私は尚樹くんに聞いてみた。

「ねぇ、尚樹くん。誰か仲よしだったお友達にここへ来てもらおうか?」

「……」

「遊び相手がいたら、もっと楽しいよね」

尚樹くんはちょっと考えていたが、ぼそっと一人の子の名前をつぶやいた。

「拓斗くんなら……」

拓斗くんは、尚樹くんが幼稚園から仲よくしていた幼馴染で、誰からも好かれる優しい子だ(拓斗くんなら、尚樹くんがクラスに戻る橋渡しになってくれるかもしれない)。

カウンセリングルームから、時々、尚樹くんの無邪気な笑い声が聞こえるようになった。拓斗くんが、上手に尚樹くんの相手をしてくれていた。

ある時、拓斗くんがもう一人、別の友達を連れてきたが、尚樹くんはすんなり受け入れることができた。その後、2人…3人…とカウンセリングルームがにぎやかになってきた頃、私は尚樹くんに聞いてみた。

「クラスのみんなに、尚樹くんが学校に来てること、言ってみてもいい?」

「……」

尚樹くんは「イヤ」とは言わなかった。

「給食、教室で食べてみようか?」

「先生、ぼくの隣の席にしてあげてよ」

拓斗くんの言葉に安心したのか、尚樹くんは初めて教室に帰ることを承知した。すでに6年生の秋になっていた。

保護者に説明できないまま、謝ることしかできなかった私……

怒った保護者からの電話を受ける教師

それからは、拓斗くんが中心になって、尚樹くんの面倒を見てくれていた。教室でみんなと遊んでいたり、一緒に下校する姿を見ていたりすると、「ああ、このまま卒業式まで調子がいい日が続くといいな」と心から願った。

そんなある日、1本の電話があった。

「なんでうちの子だけが、尚樹くんの面倒を見なくてはいけないんですか!」

拓斗くんの母親からだった。

「尚樹くんと一緒に遊んだり、帰ったりしているおかげで、習い事に遅れることも、たびたびあるんですよ!」

「すみませんでした。これからは、そんなことがないように気を付けます。すみません!」

私は謝る以外、釈明の言葉も浮かばなかった。

これまで、クラスの子供たちにも保護者にも、尚樹くんの障害のことについては説明してこなかった。ある種の病気ではあるが、センシティブなことなので、公表は躊躇された。だから、その時も拓斗くんの母親に“事情”を説明することもできなかったのだ。

「うちの子に問題のある子を押し付けないでください」

押し付けたつもりはないが、確かに、拓斗くんの善意に甘えていたかもしれない。

結局、尚樹くんは卒業式には出られなかった。

「すみません」としか言えなかった自分の不甲斐なさを思い返すと、今も胸が痛む。あの時、拓斗くんの母親に対して、尚樹くんのことをどんなふうに伝えたらよかったのだろうか。

取材・文/谷口のりこ  イラスト/ふわこういちろう

『教育技術』2018年5月号より

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